ナノテクノロジーにおけるリスク評価の現状

投稿者: | 2007年12月3日

写図表あり
csij-journal 011 shiraishi.pdf
ナノテクノロジーにおけるリスク評価の現状
白石 靖
(ナノテクリスク勉強会) 
1. ナノテク製品の広がり
最近、ナノテクを謳う製品を見聞きすることが多くなった。家電製品売り場に行くと、「ナノ○○」といった表示をあちこちで目にする。私が最近購入した冷蔵庫にはナノ脱臭機能が付き、空気清浄機からはナノイオンが発生する。これもかつての「ニューロ&ファジー」や「マイナスイオン」などのブームと同じで、高機能を求める日本人には、「ナノ」と名のついた機能があるのとないのでは、同じような値段ならどうしても高機能らしい名前の付いた製品を選んでしまう。このように「ナノ」にはかなり「ハイテク」「高性能」など良いイメージがあるようである。これらの「ナノ」機能は、本当に効果があるのか、また美顔器から発生する白金ナノ粒子やナノイオン機能で発生するオゾンなど、多少気になる点はあるが、特に人体に大きな影響があるとは思えない。
人の健康への影響が懸念されているナノテク製品で、もっとも身近にあるのが化粧品であろう。特に、サンスクリーンやファンデーションなどの成分である酸化チタン、酸化亜鉛、シリカなどの無機材料は、従来よりも微細化したり微細な表面加工などを施すことにより、「彩度の向上、質感の調整、凹凸隠蔽性などの”仕上がり”をコントロールできる」、「光の乱反射を防ぎ、透明感が高まる」、「可視光には透明だが紫外線はカットする」、「滑らかな感触が得られる」などの特性が得られるため、より微細なものが使われる傾向にあるようだ。「ナノ」のサイズについては明確な定義はないが、概ね100nm以下と考える場合が多く、化粧品に使われる粒子はナノサイズに達しているものも多い。まさに「ナノテク化粧品」である。
また、最近では、全く異なったタイプのナノテク化粧品が市場に出回るようになってきた。それは、ビタミンC60バイオリサーチが開発した水溶性フラーレンを使った美白化粧品で、ドクターズコスメなどを通して、広く使われるようになってきている。同社のホームページによると、紫外線などで発生する活性酸素の活動を皮膚から浸透した水溶性フラーレンが抑制し、老化防止(テロメア維持)、美白(メラニン抑制)などの効果が得られ、さらには、皮膚がんの転移・拡大も抑制する効果が期待されている。
フラーレンは、テニスラケットなどのスポーツ用品にすでに使われており、素材に添加することにより剛性の向上などの効果が得られるらしい。また現在、がん治療薬など医療分野での研究も進められている。フラーレンと並ぶナノ材料の代表であるカーボンナノチューブ(CNT)も応用の研究が進んでいる。まずはエレクトロニクス分野において研究が始まったが、実用化はまだ先と思われる。最近では、高周波電磁波の吸収効率が高いことがわかり、その吸収材や遮蔽材としての開発も進められている。また、高周波を吸収させて加熱できることから特殊な半田材料への応用が検討されたり、また複合めっき材料として、表面改質、放熱性、導電性などの効果を狙って各種素材への応用が研究されている。その他、黒色の顔料や、有害物質の吸着材、高い導電性により帯電を防ぐ業務用衣類などの研究が進められている。
カーボンナノチューブに似た円錐形のカーボンナノホーンは、金属担持によりメタンを吸着して水素を発生させる触媒やドラッグデリバリーシステムのキャリアとしての研究が進められている。また、従来からある金属粒子もナノサイズ化することにより新しい機能を持たせることが可能になり、さらには、土壌汚染の浄化剤として開発が進められている鉄ナノ粒子など、全く新しい分野での応用も進められている。今後、このようなナノ材料が身の回りの製品に一般的に使用されるようになると思われる。
しかし、どのような製品でも、使われる成分の表示義務はあってもそのサイズに関する表示義務がないため、一般消費者には、どの製品にナノ材料が使われているか、それを謳った製品を別にすれば知ることはほとんど不可能である。ナノテクを宣伝文句にするかどうかは、企業の戦略次第であり、化粧品メーカーでも分かれるところである。化粧品はイメージ戦略の強い商品で、「ハイテク」「高性能」イメージのある「ナノテク」を謳うかどうかは企業の戦略によるが、特にナノテクを使っていることを隠そうとする意図はないように思われる。一般消費者にとっては、ナノ材料を使った製品かどうか選択できることが望ましいが、ナノ材料の定義も明確でない現状では、それも困難と思われる。
2. ナノ材料の特徴
ナノテクノロジーにおけるリスク評価は、現在はナノ材料のハザード・暴露評価が中心である。倫理・社会的な影響に対しては、現時点では、まだ課題が明確に抽出・整理されていないと思われる。ここでは、ナノ材料として特にナノ粒子のリスク評価について述べる。
先ほど述べたように、ナノ材料やナノ原料などと呼ばれる物質の定義は明確ではないが、おおよそ代表的な寸法(直径、膜厚など)が100nm以下のものを指すことが多い。その中には、先に紹介したような工業用に合成されたナノ粒子のほか、非意図的に発生するディーゼル排ガス粒子などがあり、ものの燃焼に伴って多くのナノ粒子が発生することが知られている。また、意図的に人体内や環境中に取り込まれるかどうかで分類すると、意図的に取り込まれる医薬品や環境浄化剤、非意図的に取り込まれる可能性のある工業用ナノ粒子やディーゼル排ガス粒子に分けられる。
ナノ粒子は、材料そのものは従来からある金属や金属酸化物、あるいは炭素などで、特に新しいものではない。ただし、①表面積が大きいため、フリーラジカルを作る可能性が高い、②化学物質が表面に吸着しやすく、毒性物質を吸着する可能性がある、③空気中に浮遊しやすく、金属や炭化水素と反応しやすい、などの特徴があり、より大きな粒子より毒性が強くなる可能性がある。また、多くのナノ粒子は凝集してより大きな粒子になりやすく、その場合は反応性が低くなると推定されるが、凝集の際に有害化学物質を取り込む可能性もある。
このように「無害な物質でも微細化すると有害性を示す可能性がある」ことを示唆したのが、米ロチェスター大学のG. Oberdorsterらによる2002年の研究である。酸化チタンの粒径を変えてラットに投与し、免疫細胞の一種である好中球の活性を調べた。その結果、粒径20nm以下の酸化チタンの毒性は、粒径250nm以下の酸化チタンの3倍になることがわかった。微細化が毒性を強めることを示唆する重要な実験結果と思われるが、一方では毒性はサイズに依存しないという実験結果もあり、微細化による毒性の有無はまだ仮説の域を出ていないように思われる。
このような試験管内(in vivo)や水槽での魚を用いた予備的な実験において、毒性が示唆されたとしても、必ずしも微細化により特異的な毒性を持つことが示されたわけではない。これは、培養液中や水槽中のナノ粒子の特性(サイズ、個数、形状、比表面積など)を正確に計測する技術が確立されていないためである。
3.ナノ粒子の暴露経路
工業用ナノ粒子が製造され、製品や廃棄物を通して人が暴露するまでの経路を図に示す。この中で、対策の優先順位は、①ナノ粒子製造現場における労働者の安全衛生、②消費者の安全衛生、③生態系の保護、と考えられる。
ナノ粒子製造現場の労働者において、ナノ粒子が体内に取り込まれる可能性がある経路としては、空気中に浮遊しているナノ粒子を直接吸入する場合が最も多いと考えられる。その場合「鼻→肺→血管→全身」という経路をたどると推定されるが、ラットや魚に対する実験では、「鼻→神経→脳」という経路を取る可能性も示唆されている。また、化粧品に使われるナノ粒子は、皮膚から直接経皮吸収される可能性があるが、現在のところ、ナノ粒子が角質層を通過したという確かな報告はないようである。ただし、皮膚に傷がある場合や荒れた肌の場合は、体内に取り込まれる可能性が大きいと推定される。口から取り込まれる経口経路については、腸細胞から摂取されるという報告もあるようである。
ナノ粒子が鼻から吸入された場合の血液中への侵入経路を少し詳しく見てみる。10μmより大きい粒子は、鼻の中の鼻甲介で捕獲される。それより小さい粒子は気管支まで入り込み、さらに2.5μmより小さい粒子は肺胞まで到達する。100nmより小さい粒子は肺胞嚢まで到達する。肺胞嚢の周りを血管が取り囲み、肺胞嚢と血液は、0.5μm程度の膜を介して、ガス交換を行っている。ナノ粒子のサイズが70nmになるとこの膜を通過して血管中に入ると考えられる。50nmでは細胞を通過、30nmでは中枢神経系まで到達するといわれている。肺胞内では、十数個のマクロファージ(免疫細胞)が巡回し、粒子をリンパ腺に運ぶか、粘液エスカレータに引き渡す。繊毛除去が不十分だと、マクロファージによる貪食が起こる。吸入量が多いと、サイトカイン放出、酸化ストレスおよび炎症を引き起こす。慢性的な炎症が起きると、肺腫瘍となる。
4. ナノ粒子の毒性評価の現状
(1) フラーレン
ナノ粒子の毒性に関する研究として最も有名なのが、南メソジスト大学のE. Oberdorster によるフラーレンの魚毒性に関する研究であろう。これはフラーレンC60を濃度0.5ppmで混入した水槽にオオクチバス9尾を入れて48時間放置後、脳を調べたところ損傷(脂質過酸化)が確認された、という報告である。実験では、C60をまずテトラヒドロフラン(THF)に溶解、水に入れた後THFを留去、nC60(クラスター)として水中に分散させているが、nC60は物質として未解明であること、脳からのC60検出に関するデータがないこと、残存THFの影響を見る対照実験がないこと、など初期的な実験であり、薬学や魚毒性試験専門家から、試験内容と結論の妥当性に関してさらなる検討が必要とコメントされている。
国内では、廣部雅昭名誉教授(東大・薬)、宮田直樹教授(衛生研(当時)、現名古屋市大・薬)他による文部科学省研究費補助金重点領域研究「炭素クラスター」(1993-1995)が行われている。フラーレンは、単体ならば活性があるが、通常は不活性な凝集体でしか存在しないため、生体内の薬物受容体には作用しない。また、光照射による変性があり、毒にも薬にもなる性質(誘導体化により生体内活性酸素種の生成を促進したり抑制したりする)があることが報告されている。
また、増野匡彦教授(共立薬科大)は、フラーレンが活性酸素を作り出さないことを実験で確認している。ビタミンCなど別の抗酸化物質と比べ、化粧品材料としての安全性が高い可能性を報告している。さらに、ビタミンC60バイオリサーチは、残留溶媒や不純物を取り除き精製した「Bio Fullerene」において、急性経口毒性など医薬品安全性試験実施基準(GLP試験)9項目すべてをクリアし、水溶性フラーレン「Radical Sponge」も有害性がないことを報告している。一方、水中で凝集したフラーレンがヒトのリンパ球のDNAに損傷を与える可能性があるとの報告もある。(Tarabara et al., 2006)
(2) カーボンナノチューブ(CNT)
亘理文夫教授(北大・歯)、田路和幸教授(東北大・工)、橋田俊之教授(東北大・工)らは、厚生労働科学研究費補助金萌芽的先端医療技術推進事業「ナノチューブ、ナノ粒子、マイクロ微粒子の組織反応性とバイオ応用」(2002~)として生体適合性の評価を行っている。サイズに起因する刺激性は有するが、短中期的に発ガン性等の特異的生体為害性は見出されないことを報告している。また、小山省三教授(信州大・医)、遠藤守信教授(信州大・工)らもCNTの生体適合性について評価を行っている。一方、単層CNTの製造過程における副生成物が小型甲殻類のカイアシに壊滅的な影響を与える可能性が高いという報告もある。(Chandler et al., 2006)
 
CNTは製造時に金属触媒を使う場合が多く、単層CNTの毒性への金属不純物の影響を示唆する実験結果も得られている。まずは、Fe, Ni, Al, Cuなどの金属不純物の含有量が、製造方法やメーカーによって大きく異なることが報告されている。(例:Fe濃度 A社50ppm, B社10,000ppm)(川崎 他、2006)また、酸化ストレスの原因は鉄不純物であることも報告されている(26%Fe-CNT > 0.23%Fe-CNT)。 (Kagan et al., 2006)
米労働安全衛生研究所(NIOSH)による最新の実験結果によると、「Fe濃度4,000ppm以下では生体作用はないが、分散状態での平均長さ10μm以上、直径100nm以上でがん化作用の可能性がある(アスベストでも、ガラス繊維でも同じ)。」とのことである。アスベストの中でもクロシドライト(青石綿)は鉄の含有量がもっとも大きく、2価の鉄が3価の鉄に変換される際に活性酸素を生じ、この活性酸素が細胞のDNA損傷をもたらし、遺伝子レベルの異常が中皮細胞のがん化に結びつくと考えられる。単層CNTにおいても同様な毒性のメカニズムがあると推定される。
(3)その他のナノ粒子
①カーボンナノホーン(CNH)
中村栄一教授(東大・理)は、金属不純物を含まない水溶性CNHを作製し、100nm程度に分散させて細胞毒性を評価した結果、CNHの毒性は、石英微粒子の1/10程度であることうを報告している。「他の強い細胞毒性を示す実験結果は、製造時に触媒として使用した金属微粒子の影響を受けている可能性がある」と指摘している。
②金属ナノ粒子
日下幸則教授(福井大・医)他は、ニッケル、コバルト、酸化チタンの吸入毒性評価の結果、毒性の強さは、「ニッケル> コバルト>> 酸化チタン」であることを報告している。
③金ナノ粒子
国立環境研は、気管から吸入された金のナノ粒子(粒系20nm)が肺胞壁を通過して血管内に直接入り、肝臓や腎臓、心臓などに移行することマウスの実験で確認した。
④ディーゼル排ガス粒子
東京理科大 他は、ディーゼル排ガスを妊娠中に吸わせたマウスの胎児の脳や精巣組織に、ナノ粒子が母体から移行して沈着、周囲の細胞に変性を起こしている可能性が高いことを報告している。
5. 国内外のリスク評価プログラム
米国では、ナノテクノロジーの国家戦略を敷いた2000年のNational Nanotechnology Initiative(NNI)発足当時からすでにナノ粒子の人体・環境影響の研究が進められ、ナノテク研究開発戦略の重要テーマとなっている。National Health Foundation(NHF)において健康・環境影響に関する基礎研究への支援が行われているほか、National Toxicology Program(NTP)では酸化チタン、フラーレン、量子ドットの経皮暴露やフラーレンの吸入暴露などの研究が2004年から行われている。また、労働安全衛生研究所(NIOSH)では、ナノ粒子の毒性評価に関する5年間のプログラムが2004年からスタートしている。
また、EUにおいては、ナノ粒子の健康影響に関するプロジェクトとして、NANO-PATHOLOGY(診断法・機器の開発、病理メカニズムの解明など、2001年~)、NANODERM(ナノ材料の皮膚への影響に関する研究、2003年~)、NANOSAFE(ナノ材料のライフサイクルにおけるリスクアセスメント、2003年~)、NANOSAFE2(ナノ粒子の安全な工業的生産のためのリスクマネジメントと管理手法の開発、2005年~)がスタートしている。
経済協力開発機構(OECD)では、2007年5月にナノテクノロジー作業部会を設置した。①ナノテクの定義、②波及効果、③研究と研究インフラの国際化、④社会受容促進、⑤政策対話の促進、について検討を進め、2008年末までに報告書をまとめる。日本は、米国などとともに③を担当する。ナノテクの安全性に関しては、ナノテクを安全に活用するための指標を作成する。(2007/5/25 日経産業新聞)
一方、日本においては、2005年以降、各省ごとの国家プロジェクトなどがスタートしている。それらのプロジェクトでは、ナノ材料における毒性の評価とともに、ナノテク産業の健全な発展のための体制を確立することを目標していると思われる。ここでは、日本における主なナノ粒子のリスク評価プログラムについて紹介する。
(1)文部科学省:科学技術振興調整費調査研究「ナノテクノロジーの社会受容促進に関する調査研究」
4国立研究所が中心となり、ナノマテリアルのリスク管理手法(産業技術総合研究所)・健康影響(国立医薬品食品衛生研究所)、環境影響(国立環境研究所、産業医科大)、ナノテクノロジーの倫理・社会影響(物質・材料研究機構、横浜国立大、名古屋大)・社会受容性促進のための技術評価・経済効果(産業技術総合研究所、ナノテクノロジービジネス推進協議会)の5ワーキンググループ体制で2005年度に1年間の調査研究を行い、次のような政策提言をまとめている。
公的研究機関については、人や生物への暴露の可能性のあるナノ粒子の評価方法について、早急な研究開発を推進すべきであり、政官民の各役割を明確化した上で、情報共有化と設備の共同利用を図り、連携した研究体制を確立すべきだと指摘。民間企業については、ナノテク標準化作業への積極的な参画や自主基準値の設定などを求めている。政府に対しては、技術開発とともに社会的影響の研究を進める必要性を指摘している。
(2)経済産業省:基準認証研究開発事業「ナノ粒子の安全性評価方法の標準化」
産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センターが実施機関となり、2005年から3年間で、リスク評価に必要なナノ粒子のキャラクタリゼーション手法、それに立脚したヒトの健康・安全を評価する方法に関する研究開発を実施し、データの収集・標準化体系の整備を図り、国際標準化機関に提案する。対象は、CNT、フラーレン、酸化チタン、酸化亜鉛。
(3)厚生労働省:厚生労働科学研究費補助金事業「ナノマテリアルのヒト健康影響の評価手法の開発に関する研究」
国立医薬品食品衛生研究所、名古屋市立大、化学物質評価研究機構が実施機関となり、2005年から3年間で、ナノマテリアルの健康影響を評価するための生体内存在量の計測法、体内動態の確認法及び有害性評価手法の開発に関する研究を行う。対象は、酸化チタン、フラーレンや多層CNTなど。
(4)環境省:ナノ粒子の水生環境影響調査
2008年から3年間で、製品に含まれるC60、CNT、金属・金属化合物微粒子などナノ粒子の水生環境での動態、有害性、環境リスクに関する知見を構築する。08年度に生態系、物性系、化粧品、医療といったナノ粒子応用などの専門家、学識経験者らによる検討会を立ち上げ、ナノ粒子の環境中での挙動解明手法などの検討を行い、09年度と10年度でナノ粒子の水環境有害性評価や手法の確立を目指す。
(5)国立環境研究所:重点研究プログラム中核研究プロジェクト「環境中におけるナノ粒子等の体内動態と健康影響評価」
2006年~2010年の期間で、自動車排ガス由来の環境ナノ粒子や、ナノマテリアルについて、呼吸器を中心とした生体影響と健康影響評価に関する研究を行う。アスベストの体内動態と生体影響に関する研究を行うとともに、廃棄物として熱処理されたアスベストの毒性評価に関する研究を行う。
(6)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO):ナノ粒子特性評価手法の研究開発
産業技術総合研究所、産業医科大、広島大、金沢大、鳥取大が実施機関となり、2006年度から5年間で、CNT、フラーレン、酸化チタン等の工業ナノ粒子の有害性評価、暴露解析、リスク評価等の基盤となるキャラクタリゼーション手法、環境濃度、環境放出発生源、環境中の運命と挙動等の解析を含む暴露評価手法、及び基礎的な有害性評価手法の開発を行い、これらを用いた工業ナノ粒子のリスク評価、適正管理のための提言取りまとめる。5年間で約20億円をかける見通しで、世界最大級の資金規模のリスク評価プログラムとなる。
(7)平成19年度新規連携施策群「ナノテクノロジーの研究開発推進と社会受容に関する基盤開発」
産総研の中西準子氏をコーディネータとし、食品素材のナノ加工、評価(農水省)、ナノ粒子の特性評価手法等(経産省)、ナノ粒子の生態影響評価手法等(厚労省)、ナノマテリアル社会受容基盤技術等(文科省)などの研究を行う。
(8)業界団体
日本化粧品工業連合会は、2005年にNEDO平成16年度委託調査研究として「ナノ粒子を使用した化粧品の安全性評価システムに関する調査」を実施しているが、その後、ナノ粒子が皮膚を透過するかどうかを動物の皮膚などで調べる独自試験などで、ナノテク化粧品に関する安全性の検証を行っている。また、(社)日本粉体工業技術協会では、2006年度に臨時委員会として「ナノ粒子の安全性検討委員会」を発足。ナノ粒子技術を産業として安全に利用していくために必要となることを企業に広報すると共に、ナノ粒子の社会受容性を高めていくための科学的情報を提供する等の活動を行っている。平成18 年度に活動報告書「ナノ粒子の安全性:検証と課題」作成。
6.ナノ材料に関する標準化への取り組み
ナノテクノロジーの安全性を議論する際に、先ずはナノテクノロジーに関する用語や計測技術の標準化が必要である。そのため、国際標準化機構(ISO)内にナノテクノロジーの標準化に関わる委員会(ISO/TC229)が2005年に設置された。同時にナノテクノロジーに派生する環境・安全問題についても標準化の議論を進めるため、用語・命名に関する小委員会(WG1)、計測に関する小委員会(WG2)とともに、環境・安全に関わる小委員会(WG3)が設置された。ISO/TC229は、化学物質などの管理・規制を協議する場であるOECD の化学品委員会や、国際電気標準会議(IEC)と連携して標準化を進めている。なお、WG1では、近々、基本的な用語に関する技術仕様書TS27687を発行する予定である。
日本国内では、ISO/TC229に対応する組織として、産業技術総合研究所を事務局として「ナノテクノロジー標準化国内審議委員会」および「用語・命名分科会」、「計測分科会」、「環境・安全分科会」が日本工業標準調査会のもとに2005年9月に設置された。また、日本規格協会にナノテクノロジー標準化調査委員会が2004年11月に発足した。さらに、ナノテクノロジービジネス推進協議会は「社会影響・標準化委員会」を2006年10月に設置し、単層CNT、多層CNT、フラーレンの3種類のナノ材料におけるサイズや純度のほか、不純物に関する計測技術の規格を2010年を目途に策定する。また、製造現場でのナノテク素材の取り扱い方法などを定めたガイドライン作りにも乗り出す。(2006/11/8 日経産業新聞)
7.ナノ材料に関する法規制動向
欧州議会環境・公衆衛生・食品安全委員会の委託により作成された報告書「消費者製品に含まれるナノ素材」によると、様々なEU規則が消費者製品に含まれるナノ素材のリスクをどの程度管理できるか評価することは不可能と報告している。これは、ナノ製品であると主張しながらナノ材料を含まない製品があること、ナノ素材を使用しながらそれを表示しない企業があること、市場に投入される製品の数が膨大かつ増加の一途にあること、ナノ材料の安全性に関する知識が限られているためナノ材料に起因する新たなリスクに対応できないこと、などを理由に挙げている。現行の規制の枠組みが不適切な場合の選択肢として、報告書は、EUの新化学物質規制(REACH規則)において、ナノ粒子を新規化学物質として扱うことを、その一つとして提案している。REACH規則においてナノ粒子を別物質として扱うかどうかについては議論が続いていたが、当面は見送られるようである。
EUの新しい健康リスクに関する科学委員会(SCENIHR)は、現行の化学物質に関するEUのリスク評価はナノ粒子には適していないため、人の健康に対するリスクの特定はできても、環境への影響を見逃す恐れがあると指摘し、リスク評価の枠組みを改正するべきと主張している。また欧州委員会は、2007年末までに、ナノテクノロジーに関する行動規範について、EU加盟国に勧告を行う予定で、意見の募集を行っている。英国では、環境・食糧・農村地域省(DEFRA)が、2006年度より2年間の予定で、ナノ物質に関する自主的な報告制度をスタートさせている。
米国においては、環境保護庁(EPA)が、ナノ粒子が有害物質規制法(TSCA)の新規物質に該当するかどうか検討を行ったが、ナノ粒子の規制は不可能と判断し、TSCAに代わる新しい規制の枠組みを求める声が出ている。一方、米国食品医薬品局(FDA)はナノ粒子を用いた消費者製品は安全性に問題ないため表示義務は不要と報告している。日本では、産業構造審議会化学・バイオ部会化学物質政策基本問題小委員会で、ナノ粒子のリスク評価を化学物質政策の課題として取り上げているが、法規制につながるような動きはない。
このような状況において、少なくとも今後数年間は、法規制による管理は困難であり、それまでは、企業における自主管理に任されることになる。ナノ粒子を扱う各企業においては、自主管理基準やガイドラインの設定が求められる。一方、企業内で認証可能なリスクマネジメントシステムを構築し、第三者機関により認証を受ける「ナノテク認証」が広がる可能性もある。ドイツの第三者試験認証機関であるテュフズードはナノテク分野で初の認証可能なリスクマネジメント・モニタリングシステムを開発し、日本でも浸透を図る計画である。
8.まとめ
ナノテク製品が市場へ急速に広がりつつある。特に化粧品原料として、酸化チタンなどの無機系ナノ粒子は、高い透明感が得られるなどの優れた特性から、広くサンスクリーンやファンデーションに使われていると思われる。また、ナノ材料の新たな特性が明らかになり、電子機器・スポーツ用品・衣料など幅広い分野に応用が広がりつつある。しかし、ナノテクを謳ったいくつかの製品を除いて、メーカーからの情報提供は少なく、消費者はナノ粒子の含有の有無などで商品を選択することは困難である。
ナノテクノロジーにおけるリスク評価は、現在はナノ材料のハザード・暴露評価が中心である。ナノ材料の安全性評価は、国内では各省庁や日本化粧品工業連合会などの安全性評価への取り組みがようやく始まった段階である。評価対象は、主として、フラーレン、カーボンナノチューブ、酸化チタン、酸化亜鉛などであり、これらのナノ粒子の標準化、キャラクタリゼーション評価手法、生体内での挙動および生体影響評価手法などの確立が当面の目標である。国内外において多くの研究結果が得られているが、現時点では、危険性を示す決定的な結果はまだ得られていない。そのような状況で今後数年間は、法規制による管理は困難と思われる。それまでは、企業における自主管理が非常に重要になってくると思われる。
最後に、英国王立協会と王立工学アカデミーによる勧告の中から、ナノ粒子の安全性に関連する勧告を掲載しておく。
【勧告4】合成ナノ粒子とナノチューブの環境影響がより詳しくわかるまでは、それらの環境中への排出をできる限り避けるべきである。
【勧告5】合成ナノ粒子とナノチューブの主な排出源である製造工場や研究機関は、それらを有害なものと仮定して取り扱い、廃棄物中への混入を減らすかゼロにすべきである。また、基板などに固定されていない孤立した合成ナノ粒子を土壌浄化のように環境中で使用することは、潜在的な利益が潜在的なリスクよりも大きいことが確認されるまでは禁止すべきである。
【勧告6】ナノ粒子やナノチューブを含む製品や素材の開発や設計プロセスにおいて、産業界は、それらの成分の排出リスクを製品のライフサイクルを通して評価すべきであり、関係規制当局がその情報を入手できるようにすべきである。
【参考文献】
・竹村誠洋「ナノテクノロジーの社会的受容に関する最近の国際的動向」、2006年

クリックして004.pdfにアクセス

・物質・材料研究機構「2006年度物質材料研究アウトルック」p404

クリックしてcap3-6-4.pdfにアクセス

・”Nanoscience and Nanotechnologies : Opportunities and Uncertainties”, The Royal Society & The Royal Academy of Engineering, UK, 2004
http://www.nanotec.org.uk/finalReport.htm
・日本化粧品工業連合会「ナノ粒子を使用した化粧品の安全性評価システムに関する調査」, 2005年(NEDO平成16年度委託調査研究、NEDOのHPよりダウンロード可能)
・産業技術総合研究所技術情報部門「ナノテクノロジーの社会受容」Webサイト
http://unit.aist.go.jp/techinfo/ci/nanotech_society/
・産業技術総合研究所化学物質リスク管理研究センター「工業ナノ材料のリスク評価・管理研究」Webサイト
http://unit.aist.go.jp/crm/menu/nanoindex.htm
・ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター「nanonet」 Webサイト
http://www.nanonet.go.jp/japanese/
そのほか、産総研 三澤雅樹氏、川崎一氏、フロンティアカーボン(株)村山英樹氏、三井物産(株)鶴岡秀志氏の講演資料、および各省庁のWebサイトを参考にさせていただきました。

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