Nanotechnologies and Upstream Public Engagement

投稿者: | 2007年12月4日

写図表あり
csij-journal 011 ema.pdf
Nanotechnologies and Upstream Public Engagement
江間 有沙
(東京大学大学院総合文化研究科)
1.何が問題なのか
本文のタイトルを横文字にしたのには、理由がある。まずなぜNanotechnologiesと複数形なのか。10億分の1メートルをナノメートルといい、ナノテクノロジーとは、基本的には粒子の一辺、直径や厚さが1~100nmくらいのものを扱う技術のことを指すと一般には解釈されている。今やナノテクノロジーは生物、物理など特定の分野だけに限らず、ありとあらゆる分野で次世代技術として注目を集めている。それゆえに、単に一つの技術Nanotechnologyではなく、もはや様々な分野で研究が行われているNanotechnologiesと言い表さないとならないのが現状である。さて、では果たしてどれほどまでにNanotechnologiesが現代産業にとって重要視されているのだろうか。一つの指標としてNanotechnologiesに対するR&D投資の推移がある。図1は各政府によるNanotechnologies R&D投資額であり、2000年以降急増していることがわかる(NEDO海外レポート)。当然ナノテク関係の市場も大きくなると推測され、2005年ごろからはNanotechnologiesの国際標準化についての委員会が設立され、Nanotechnologiesの①用語と命名法、②計測とキャラクタリゼーション、③健康・安全性・環境への影響規格といった面からの議論が世界各国を巻き込む形で推進されている。
 図1. R&D投資額の推移
Nanotechnologiesは、国際標準化の③でも重要視されているように、その安全性や倫理的影響で懸念が示されている。ナノ粒子が小さすぎるがために人体に影響をもたらしかねないという物理的な懸念に加え、無線ICタグなどの極小化された電子機器が、商品や人に付くことによってトラッキングされるといったプライバシーに対する懸念もある。このような懸念に対し、まだ技術が開発段階である今現在から、Nanotechnologiesに対して、市民と専門家を交えた議論を展開していこうというのが、タイトルにあるもう一つのキーワード、Upstream Public Engagement (上流からの市民参加)である。Upstreamというのは、技術が社会に出てしまった後(下流:Downstream)ではなく、開発段階の地点から(上流:Upstream)、議論をしていこうというものである。Public EngagementはPublic(人々)を Engage(関与)させるという意味であり、イギリスにおけるNanotechnologiesに関する市民参加は一般にこの用語が使われている。
 本文では、NanotechnologiesにおけるUpstream Public Engagementについて、イギリスと日本でどのような活動が行われているかを、ポイントを比較しながら紹介し、今後どのようなことを考えていかなければならないのかについて考察をしたい。
 
2.何が起こっているのか
 NanotechnologiesにおけるUpstream Public Engagementの出発点の一つといえるのが、2004年の英国王立協会・王立技術アカデミー(RS/RAE)報告書、『ナノ科学、ナノ技術:機会と不確実性(Nanoscience and nanotechnologies: opportunity and uncertainty)』である。この報告書の中には『利害関係者と市民との対話(Stakeholder and public dialogue)』という章が設けられており、Upstreamからの人々を巻き込んだ議論が不可欠であると提案されている。この提案に対し、イギリス政府は2005年2月に返答をし、対話の必要性を肯定し、同年8月にはOutline Programme for Public Engagement on Nanotechnologies (OPPEN)という政府の方針についての文章を出している。この中で政府は、あるNanotechnologiesに関するPublic Engagementの活動に対して助成金を出すことを宣言し、また旧科学技術庁(Office of Science and Technology)下にNanotechnologies Engagement Group (NEG)を設立して、イギリス国内で行われている様々なPublic Engagementの活動支援と調査を2年間プログラムで走らせることを宣言した。図2にNEGの報告書に取り上げられた政府助成金の元でのプログラム2つ(Small TalkとNanodialogues)と、非政府の助成金によって実施されたプログラム3つ(Nanotechnology, risk and sustainabilityとNanojuryとDemocs)の活動期間をまとめる。また表1にはそれぞれの活動(Democsを除く)の主催団体、対象者、大まかな目的に手法、かかった費用について簡単にまとめた。それぞれの活動の詳細な目的と結果については紙面の都合で割愛しまたの機会に詳しく述べたいが、ほぼすべての報告書はネット上で入手可能であり、参考資料にURLは示しておく。
 図2 イギリスにおける主なPublic Engagement
表1. イギリスにおける主なPublic Engagement NEG final report⑤より
イベント 主催団体 対象者 目的 手法 費用(£)
①Nanotechnology, risk and sustainability ランカスター大学・DEMOS(シンクタンク) 20名弱のイギリス・ロンドン市民(参加依頼) 市民参加のタイミングと方法の模索 ワークショップ・フォーカスグループ 226,000
②Small Talk Think-Lab(シンクタンク)その他 1200 人の興味を持った人たち(自発的参加) 対話イベントの運営と資金援助 パネル議論・科学フェスティバル等 40,900
③Nanojury ケンブリッジ大学・グリーンピース・メディア 16人のイギリス・ヨークの市民(参加以来) 政策への影響の模索・双方向対話の模索 ナノテク市民陪審 45,000
④Nanodialogues DEMOS(シンクタンク) ロンドンやジンバブエの市民(参加依頼) 様々な状況における適切な対話方法の模索 ワークショップ・フォーカスグループ 210,000
一方、日本においての議論はどのようなものがなされているのだろうか。「ナノテクノロジーの社会的影響」に関する活動が日本で始まったのは2004年である。産業技術総合研究所の呼びかけにより経産省、文科省、環境省、厚労省を横断した「ナノテクノロジーと社会」討論会が行われたのである(阿多、根上)。その後も平成17年度の科学技術振興調整費プロジェクトでは公共研究機関、民間事業者、政府のそれぞれがナノテクノロジーの社会受容に対してどのように取り組むべきかの提言骨子をまとめた調査研究を行ったり、ナノテクノロジーに関する質問紙調査を行ったり、様々な属性を持つ市民30数名を招いてフォーカス・グループ・インタビューを行ったりするなど、日本においては主に産業技術総合研究所が中心となってナノテクノロジーと社会について様々な活動を推進している。しかし、産業技術総合研究所で、社会的影響研究の第一人者である阿多氏はナノテクノロジーの実態の把握が難い現段階において、漠然とナノテクノロジー全体を対象として市民とのコミュニケーションを図るといった取り組みに対して懐疑的である。むしろ、ナノテクノロジーの実態が伴わないまま、社会的影響や受容の議論だけが行われるのは、ナノテクノロジーの包括的な推進にとって決して好ましいことではないと、現状のPublic Engagementの盛り上がりに対して懐疑的である(阿多、関谷、石津 2007)。
3.今後どうすればいいのか
 以上、イギリスと日本のNanotechnologiesのPublic Engagementについて概観を述べたが、両国の活動の多々ある目的や議論の焦点の中から、特徴的なものをいくつかあげて今後の課題を提示したい。イギリスにおけるPublic Engagementの活動報告書では民主主義(Democracy)がPublic Engagementのキーワードとして使われることが多い。そして民主主義の実現のためには、いかにして議論ででた結論を政策決定に結び付けていくかが課題となるのである。日本においても、Public Engagementが民主主義の有効なツールと見なされていることは同様である。しかし、民主主義のため市民のため、という言説の前提には『市民とは誰か』『市民参加から漏れ落ちる人々に対する配慮はどうすべきか』といった問題が潜んでいることを忘れてはならない。2004年の王立協会と王立技術アカデミーレポートが提示したUpstream Public Engagementについて、上流からの人々のナノテクノロジーへの関与をさせるモデルは、逆に「関与させたら人々はナノテクノロジーに対してより理解を示すようになる」という、別種の欠如モデルにとってかわっただけなのではないかと指摘している論文も出始めてきている(Rogers-Hayden, Pidgeon 2007)。そのようにPublic Engagementが使われるのだとしたら、時間的・場所的制約、あるいは経済的・政治的制約からPublic Engagementに参加できない人々をどのようにPublic Engagementモデルに組み込んでいくか、あるいは配慮していくかも同時に考えていかなければならないだろう。特に、Public Engagementを政策決定に結び付けることを目的とするのであれば、この観点は無視できない。
 また、産業技術総合研究所が懸念を示しているように、ナノテクの定義や技術そのものが曖昧なまま議論を進めていくことの弊害も考慮にいれておく必要がある。Upstreamであるからこそ曖昧とならざるを得ないのであるが、その辺についても工夫していかなければなければならないだろう。
【参考資料】
NEDO海外レポート. (2006). 米大統領科学技術諮問委員会(PCAST)によるナノテク政策評価報告書の概要. (http://www.nedo.go.jp/kankobutsu/report/986/986-03.pdf).
The Royal Society / The Royal Academy of Engineering. (2004). Nanoscience and nanotechnologies: opportunities and uncertainties. (http://www.nanotec.org.uk/report/Nano%20report%202004%20fin.pdf).
HM Government in consultation with the Devolved Administrations. (2005). The government’s outline programme for public engagement on nanotechnologies. (http://www.berr.gov.uk/files/file27705.pdf).
Gavelin. K. Wilson, R. & Doubleday, R. (2007). Democratic technologies? The final report of the nanotechnology Engagement Group (NEG).
(http://83.223.102.125/involvenew/mt/archives/blog_37/Democratic%20Technologies.pdf).
Smallman,M. Nieman,A. (2006). Discussing nanotechnologies (Small Talk final report). Think-Lab Ltd. (http://www.the-ba.net/NR/rdonlyres/E0AFF5A5-CF21-4F76-956C-1A896059C350/0/FinalsmallTALKreport.pdf).
Kearnes, M. & Macnaghten, P. & Wilsdon, J. Governing at the Nanoscale. (Nanotechnology, risk and sustainability final report). DEMOS. (http://www.demos.co.uk/files/governingatthenanoscale.pdf).
Stilgoe, J. (2007). Nanodialogues. DEMOS. (http://www.demos.co.uk/files/Nanodialogues%20-%20%20web.pdf).
Nanojury. (http://www.nanojury.org.uk/).
藤田・阿部. (2005). ナノテクノロジーと社会に関する質問紙調査報告書.
(http://www.nanoworld.jp/nri_res-repo/pdf/rep0510.pdf).
平成17年度文部科学省科学技術振興調整費 ナノテクノロジーの社会受容促進に関する調査研究.
(http://unit.aist.go.jp/techinfo/ci/nanotech_society/H17_investigation/summary_j.pdf).
藤田・草深・阿部. (2006). ナノテクノロジーと社会に関するフォーカス・グループ・インタビュー調査. (http://www.nanoworld.jp/nri_res-repo/pdf/rep061215.pdf)
阿多・根上. (2005). 『未来社会への架け橋 ナノテクノロジー』. 日経BP社
阿多・関谷・石津. (2007). 市民参加とナノテクノロジー:展望と問題点. 科学技術社会論学会 第6回年次研究大会予稿集. pp.179-180.
Rogers-Hayden, T. & Pidgeon, N. (2007). Moving engagement “upstream”? Nanotechnologies and the Royal Society and Royal Academy of Engineering’s inquiry. Public Understanding of Science, 16, 345-364.

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