ナノ食品の壮大な「動物実験」 消費者はモルモット
小林 剛(カリフォルニア大学環境毒性学部元客員教授)
pdfファイルはこちらから→csijnewsletter_020_kobayashi_201309.pdf
1.ナノ食品の「終焉の始まり」?
辛口のコメントで知られる米国の食品コラムニストJill Richardson女史が、ナノ食品の現状について、次のような強烈かつ的確な警告を発している(News Democrat Leader-Kentucky, July 30, 2013)。
It’s all just one grand experiment, and we’re the guinea pigs.
(それは一つの壮大な実験であり、我々はモルモットにされている)
米国においては、最近、ナノ成分を取り入れた加工食品類の著しい増加に対して、消費者団体などが、販売商品から続々とナノ成分を検出し、商品へのナノ表示規制を要求している。彼女は、実際に、ベストセラーといわれている一流ブランドの、チョコレート・ドーナツ・ゼリー菓子・タルトなどの菓子類からナノ粒子類を検出し、既に大量生産食品での「ナノ化」の異常なまでの浸透実態を浮き彫りにしている。
わが国においても、ナノ食品衛生の調査は喫緊に必要とされているが、行政・企業・消費者の問題意識が低く、全く未着手であるのは残念である。このまま「放置」されれば、米国の二の舞に堕することは確実である。しかし、最近、ある消費者団体が実態調査に乗り出すとのことで、早急の成果によるナノ食品規制の序章を期待したい。
2. ナノ食品産業の暗部
Richardsonリポートを見て驚いたことは、ナノ成分、例えば二酸化チタンの配合について、メーカー自身が知らないことがあり、ナノ食品原材料のサプライアーのみがその秘密を握っている場合が多いという情報である。
この食品メーカー自身が、原材料のナノ化について、「聾桟敷」に置かれているとの推定は、環境保護と企業責任を推進している米国のNPO”As You Sow”の本年2月の調査によるものである(付属資料 2として添付)。しかし、大企業の食品技術者が、原材料のナノ化を知らないとは信じ難い。大企業側の自社製品への「かくありたい」(外見・風味・香味・食感などについての)との利己的な注文により、それに合わせてサプライアーがナノレシピ材料を開発して食品メーカーに納入するという構図の方が自然である。メーカーは、強まりつつあるナノ食品批判の世論の動向を機敏に察知して、消費者の批判を免れるため、ナノ原材料の存在を熟知しているにもかかわらず、頬かむりして、責任を下請けの材料業者に押し付けているのでは、との穿った見方が強い。
この”As You Sow”の調査で最も注目すべきは、むしろ2,500社の食品会社のうち、回答を寄せたのは、僅か26社という、異常なまでの非協力乃至拒否的な態度である。ナノ食品リスクについての対話はおろか、話題にすることすら忌避して門前払いしている裏には、アメリカらしからぬアンフェアーな暗部が垣間見える。
このような状態では、Richardson 女史が指弾する「人体実験」を招来し、関係者の知らないまま、ナノ食品は何の制約もなしに、大衆に継続的に大量に自由に市販され、慢性的影響の蓄積により、いわゆる多様な「ナノ疾患」を誘発する可能性は高いであろう。いうまでもないが、ナノ粒子類の毒性については、バクテリア・ウイルス・プリオンに続く「第四の病原体」(東京理科大学 武田ら、2009)といわれ、これを実証する科学データは、日毎に急カーブで増加し続けている。一方、ナノ成分の安全を実証し、リスクを否定する研究結果は、残念ながら筆者の知る限りでは見当たらない。
食品にナノ成分が添加される理由は、人工的で実質のないベネフィット、例えば、外見・食感・香味・風味であり、その最たるものは「ホワイトチョコレート」(酸化チタン添加)である。チョコレートが何故シロでなければならないのか、全く理解に苦しむ。(白いココアまで販売されている。)これらの商品の実体を知らずに購入する消費者自身も学習が必要である。Richardson女史は、この風潮を”new-fangled”(軽蔑的に「新しがり屋の・新奇を好む」)とバッサリ斬り捨てている。本物の美味とは似て非なる、消費者の健康を無視した、必需品から程遠い有害物質による利益追求に他ならない。
3. ナノ食品規制への決断
現時点におけるナノリスクに対する評価は、「規制発動の臨界点を超えている」とする有識者の意見は著増の一途を辿っている。行政側から、規制しない理由として出てくるのは、相変わらず「科学的証拠が不十分」の常套句である。論理的には、完全に100%の証拠の存在はあり得ず、科学水準の向上に伴い、限りなくそれに接近する。「百年河清を俟つ」では、国民の健康を守ることはできない。「先手必勝」が切に望まれる。
どのレベルの科学的証拠で、規制に踏み切るかについては多くの論議がある。海外、特に欧州の動向では、現存のデータは不十分と認識の上、むしろ不十分なるが故に「予防原則」に則り、適切な規制を行うとの思想が主流を占めている。「疑わしきは予防する」「予防医学原則」は極めて当たり前の常識的な対応策である。
ところが、わが国では、逆方向に、「不十分だから規制しない」との詭弁を弄する主張が決定権を持っている。これは、意図的であるか否かにかかわらず、結果的に企業側にとって「好都合」であるが、「情報弱者」の国民や消費者の立場は軽視(無視)されている。日本の社会正義の存在が問われている。
このような規制問題における「方向誤認/錯誤」は、世界で最も失敗した我が国のアスベスト対策や、水俣病における政府の「不作為」の問題など、反省すべき点として多々見受けられる。しかも、これらの惨害の責任は、「汚染者負担の原則」(PPP : Polluter Pays Principle)の限界を逸脱し、公害の原因企業に国民の税金を注入する事態を招いた。
今こそ、「消費者主権」(consumers’ sovereignty)の原点に回帰し、積極的に予防的規制を取り入れ、ナノリスク問題においてアスベスト惨禍の再来を招かぬよう、将来に禍根を残さぬよう、速やかに十分な検討を開始することを要請する。わが国が、ナノリスク規制において、世界をリードする日の到来を願っている。
今回は、ナノ食品リスク・摂取毒性・生態系関連の話題として、次の資料を原報訳注文としてお届けする。
■付属資料1
Jill Richardson:「食品中のナノ粒子類は食べても安全か?」:
彼女の舌鋒鋭い論評をエンジョーイされたい。
■附属資料 2
環境NPO “As You Sow” 「ネット集団によるナノキャンデイーのテストキャンペーン開始」:
クラウドファンディング(ネット上で,人と資金を集結して種々の社会運動を展開する新方式)を駆使して、有名食品ブランドからの二酸化チタンナノ粒子類粒子の検出は今後のナノ食品リスク追求の画期的ツールとして期待され、食品産業にとっては恐るべき脅威になるであろう。
■付属資料 3
New York Times ヘッドライン「食品中の粒子類を発見」:
ナノ食品のリスク問題が米国の代表的大新聞ニューヨークタイムスのヘッドラインに登場すること自体、今後における問題の拡大を示唆している。
■付属資料 4
国際食品労組「ナノテクノロジーは土壌および食物連鎖に脅威」:
国際機関(国連食糧農業機構・世界銀行など)は、全世界の人口増加に対する食糧増産の必要性から、農業におけるナノテクノロジーを「持続可能の強化」と位置づけているが、ナノ肥料「バイオソリッド」(廃水処理場汚泥)による汚染との両立に苦慮している。また、毒性が明白なカーボンナノチューブ (CNT) に対する安全な利用は、現在の技術水準では極めて困難である。これらナノマテリアルの食物連鎖への侵入は否定できず、6年前に、国際労組連合はナノ製品に対して、強固で包括的な監視強化を要求したがナノ商品の殺到には対抗できなかった。今後の脅威に対して、運動を推進すべきとの立場を表明している。目標はあるものの、具体策には目途がついていない。
■付属資料5
米国農業・貿易政策研究所「土壌中のナノマテリアルと我々の将来の食物連鎖」:
米国では「ナノ肥料」は規制のないまま、安全テストは行われずに、既に使用されている。バイオソリッドへのナノチューブの含有は、特に問題視されており(バーデュー大学)、当面の農業従事者の健康保護の必要と、蓄積毒性による将来における生態学的影響の懸念が増大しつつある。
■付属資料 6
Science Daily「ナノ粒子の摂取毒性」:
ナノ食品の原点ともいうべき、毒性研究の新知見を取り上げている。ナノ毒性は、急性よりも慢性的である点、すなわち、おそらく数十年という長期的な蓄積影響への重視が読み取れる。毒性研究においては、急性影響の検出は比較的容易で対応し易いが、慢性すなわち潜伏性影響は、その初期段階での検出感度が低いため、対応は遅れがちで極めて困難である。
当面の応急策としては、アスベストにおける30~40年の潜伏期間の教訓に基づき、形状の酷似するカーボンナノチューブ(CNT)に対する予防的規制の早急な導入が必要である。現在までにCNTを含むナノマテリアル (NM)を扱った大学研究室、NM製造企業に属する(あるいは、属した経験のある)作業者(研究者を含む)をすべて登録し、定期的な健診(胸部レントゲン精査を含む)を実施すべきであり、労働基準監督署はナノ作業場の環境衛生基準(米国に準じ)の遵守と、すべてのナノ作業者を有害業務従事者健診による健康管理を恒久的に励行すべきである。現状のまま推移すれば、「ナノ疾患」の多発は必至であろう。
【付属資料の全文の翻訳は上記pdfファイルにてお読み下さい】