写図表あり
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リビング・サイエンス カフェ報告
vol.03 2007年12月11日(火)18:30~20:00 於・スワンカフェ&ベーカリー赤坂店
テーマ:ソニーの科学教育支援活動について
講師:坂口正信(財団法人ソニー教育財団 常務理事・事務局長)
ファシリテーター:古田ゆかり(フリーランス・ライター、リビングサイエンス・ラボ)
■講師:坂口正信さん
最初に、ソニー教育財団がどういう活動をしている団体かお話しします。当財団は1972年に「財団法人ソニー教育振興財団」として設立されました。いくつかの事業の柱があります。1つめは、学校・幼稚園の先生方を対象とした教育支援活動で、「ソニー子ども科学教育プログラム」「ソニー幼児教育支援プログラム」という2種類の論文を募集し、優秀な学校・幼稚園を表彰します。2つめは、全国48支部、1,900人くらいの小・中学校の理科の先生方が活動する「ソニー科学教育研究会」に対する支援活動です。3つめは、子どもたちが科学する場づくりとして行っている「科学の泉-子ども夢教室」。4つめは、ものづくりを通して科学を学ぶ取り組みで、今年スタートしたものです。そのほか、海外の教育関係との交流も以前からやっていて、一時途切れていたのですが、今年から再開しました。
まず、「子ども科学教育プログラム」は、小・中学校を対象として、科学教育・理科教育の実践計画をまとめた論文を募集し、大変優れた取り組みをしている学校を表彰するものです。最優秀校が300万円、優秀校が50万円、教育資金に加えてソニー機器も贈呈します。50年ほど前、1959年に「ソニー理科教育振興資金」としてスタートしました。「振興資金」という名のとおり、良い教育をしたことに対する表彰というよりもむしろ、これから行う教育に対して「がんばってくださいね」という意味で提供する趣旨の資金です。名称はその後変わりましたが、目的は現在も変わらず、これまでに全国延べ1万校から応募いただき、そのうち5,000校に対して何らかの教育資金を贈呈しています。
2002年からスタートした「ソニー幼児教育支援プログラム」は、対象が幼稚園・保育園・認定こども園ですが、基本的には同じで、先生方が子どもをどう保育しているかを論文にまとめていただいて審査し、優れたところに助成金を提供しています。テーマは「科学する心を育てる」こと。科学を「教える」というより、そのもとになる「心を育てる」ことに重点を置いています。
「ソニー科学教育研究会」は、「ソニー理科教育振興資金」の受賞校が中心になり、1963年に「ソニー理科教育振興資金受賞校連盟」として結成され、2002年に「ソニー科学教育研究会」として発足しました。当財団では、各支部の研修会、各ブロックの若手教員研修会、全国4ブロックに分かれて実施する中堅指導者の研修会、さらにその中堅指導者を指導するリーダーを養成するためのセミナー等の支援を行っています。
今年スタートした「ソニーものづくり教室」は、「子どもたちとソニー技術者との交流を行ってほしい」と、昨年ある方から多額の寄付をいただいて始まりました。「実際のものづくりを通して、楽しさ、工夫の大切さ、科学の基礎を学んでほしい」また、「ものづくりの精神をソニーの技術者から少しでも受け取っていただけるといいな」とおっしゃっていました。小学校高学年~中学生を対象に、ソニーの各工場で、子どもたち30名程度とボランティア10名程度が参加し、これまで「手づくりCDプレーヤー」や「手づくりマンガン電池」をつくるといったことを行っています。
今日は短い時間なので、先ほど途中までビデオを流していた「科学の泉-子ども夢教室」の話をさせていただきます。この中に重要なポイントが凝縮されていると思います。
ここのメインテーマは「自然に」学ぶことです。ノーベル化学賞を受賞された白川英樹先生を塾長として迎えているのが特色で、先生のご意向で、「自然の中で、自然から学ぶこと」「自ら、自分自身で、自ずから学ぶ」ことを目指しています。これは「必ずしも答えを出すということではないんだ」と白川先生はおっしゃっています。これまで人間は長い年月を通じて自然からいろんなことを学んできましたが、最近そうしたことが少なくなってきています。一方、学校で教わったりインターネットを見たりすれば情報はいろいろある、という環境の中で、われわれはもうすべて知ってしまったという驕りがあるかもしれません。しかし本当に分かっているんだろうか、いや、まだ分かっていないことの方が遥かに多いと思うんです。だから、新しい発見や発明のチャンスはあなた方にもたくさんある、と子どもたちに呼びかけています。自然に親しみ、自然をよく観察して、その観察したことをありのままに記録する。そうしたことが大切なのです。そして、観察したことや記録したことを事典などで調べ、自分で考えることが大切です。そういうことを伝えるイベントを行いたいと、3年前にスタートしました。
今年は、長野県白馬村の中学校・民宿・その他の施設などを使って8月13~18日に開催し、小中学生33名が参加しました。3月に募集をかけ、4月に締め切りましたが、26都府県から178名の応募があり、その中から33名を選考して参加いただきました。自然に出て自然に学ぶ活動がメインです。白川先生の講義もあります。導電性プラスチックを自分たちでつくり、導電性膜をつくるための溶液の濃度を変えると電気がもっと流れるようになるか、といったことを調べる実験もやります。課題選択として、スターリングエンジン、ホバークラフト、クリップモーターの実験も行いました。その他、栂池自然園散策、星空観察、昆虫採集なども行われました。栂池自然園の散策では、標高が1,800m~2,000mのところで、いろんな高山植物の観察を行いました。
指導員の先生方も毎年変わり、そのうち何人かが次の年残ります。今年は養護の先生を含めて全国の小中学校から11名ご参加いただき、一緒に活動していただきました。2~7月にかけて月1回のペースで当財団にお集まりいただき、どういうイベントにするか、白川先生と会議を重ね、白馬での現地調査も2回ほど行いました。最初に白川先生と顔合わせをする時、指導員の先生方はとても驚かれます。白川先生から「指導員の先生方は、子どもたちを教えないで下さい」と言われるからです。普段教えている先生方は、「教えないで下さい」と言われると、一体どうしたらいいのか分からない。そこからスタートするのです。教えたいことはたくさんあるのですが、そこを「教えないでください」と言われます。先生方が「これ面白いよ、あれ面白いよ」というのではなく、子どもたちが自分たちの力や感覚で、不思議に思うことや面白いと思うものを見つける。まずは子どもたちが見つけられるかどうかなのです。会議で先生方は「本当に見つけられるのか」と非常に心配して、何度も議論を重ねましたが、その心配は全くないのが事実です。むしろ、いろいろな子どもたちの疑問に自分たちが答えられるのか・・・。やがて、そちらの心配の方が強くなっていきました。指導員の先生方も、「科学の泉」に参加して自分を磨いていらっしゃると思います。そうした準備を経て当日を迎えるのです。
グループ名 テーマ
1班:カリブの山賊
周りの場所の色によって、かえるは自分自身の体の色を変化させるのか?
2班:ガリレオ
カエルの手・足について(いろんなところに貼り付くのはどうなっているのか)
3班:cool water in 松川
カゲロウという虫の生態
4班:イリオモテ白馬ネコ
なめくじのヌルヌルの秘密
5班:ズームイン白馬
Ⅰ アリジゴク(ウスバカゲロウの幼虫)
Ⅱ コバギボウシの花の咲く向き(一方向を向いて咲くのはなぜか)
6班:ミステリーズ
ミヤマカラスアゲハの生態
子どもたちは異学年グループを作ってそれぞれテーマを見つけ、指導員がついて外に出て行きます。白馬村は水生昆虫なども豊かで、近くにビオトープもあり、「ふれあいの森」には虫が多く棲むなど、いろいろな生き物がいる良い場所です。子どもたちは自然の中で「面白い」ことや「なぜ?」と思うことを見つけたら付箋紙に書き留めます。帰ってからグループで各自持ち帰った付箋紙を大きな紙に貼ります。そして、自分が見つけてきたものを他の人に説明し、情報交換や意見交換をします。そして翌日、また自然の中に出て新たな発見をします。2日目くらいの段階で、メンバーで話し合って、自分たちなりのやり方でグループ名と研究テーマを決めます。今年はこんな班ができました(右表)。グループ名は、子どもたちが「カガクのイズミ」の頭文字をとってつけたものです。昔『カリブの海賊』という映画がありましたが、1班はこれをもじって『カリブの山賊』とつけていました。5班はテーマを1つに絞りきれなかったようです。中日ごろには中間交流会を開き、壁に説明の紙を張って発表し、他のグループが感じたことや疑問点を付箋に書いて貼り付け、意見交換をします。紹介できないのが残念ですが、意見がたくさん出て非常に面白いです。
実は、前年までの反省点をふまえて変更したことが2点ありました。今やデジタルカメラで撮れば何でもデータとして保存でき、スキャナーでは虫などの拡大画像もつくることができます。しかし、今年はあまりデジタルカメラを使わず、子どもたちが自分の目で観察した虫や花を、強制はしないができるだけじっくり観察してノートに描くようにしました。写真は見えるものをそのまま写しますが、子どもが何を感じたのかは写し取れません。ところが、スケッチは自分が見て捉えたことを描くので、何を大切と思ったかが出ます。これは重要なことだと考えています。もう1つは、何かを調べる際にインターネット検索を使わないことでした。昨年も一昨年もインターネットを使ったのですが、書かれていることをそのまま、知ったかのごとく書いてしまうことがあります。それも調べることには違いないのですが、本などを使ってもう少し苦労して調べてほしいと考えました。
最終日の発表会では、5日間で分かったことを自分たちのグループで考えた方法で発表し、修了証をもらいます。寸劇形式で発表したグループもありました。発表するために結論を決めつけたりはしませんから、疑問点はたくさん残りますが、それはこの5泊6日のイベントが終わって家に戻ってから自分なりに考えてもらう、というスタンスです。「この続きを班のみんなでやろうよ」というグループもありました。実際集まったかどうかは聞いていませんが、何人かは実際に白馬に行って調べたりしているようです。
塾生・保護者・指導員の方々の感想をいくつか紹介します。
「科学の泉」は、夏のイベントで終わりではなく、毎年、翌年3月頃に交流会を開いています。これは今年3月に開いた時のものです。当日はたいへんな雨だったのですが、第1回、第2回の塾生、計65名のうち55名が参加しました。子どもたち7人の希望者には国立科学博物館の講堂で研究発表もしてもらいました。白川先生からも『プロフェッショナルとアマチュア』という題名でお話をいただきました。同じ経験をした仲間たちがここで互いに交流し、刺激し合う・・・。朝集まったときは、半年振りに集まる仲間たち同士で本当に兄弟のような感じでした。今年は塾生が33名いたので、第1回から合計100人くらいになり、交流会をどうやって開催していくのか心配にもなりますが、そのうち武道館とか東京ドームとかで開催できるように続けられるといいなと思っています。
■フリートーク
古田:「科学の泉」は、子どもがいたらぜひ参加させたいと思った方もいらっしゃると思います。大自然あり、科学実験あり、ノーベル賞科学者ありという非常に恵まれたリッチな条件ですが、参加費用と、178名中33名を選考した基準についてお話しいただけますか。
坂口:参加費用は2万円です。その他、会場までの交通費はご自分持ちです。また、募集の際、経済的な理由で参加をためらっている方には”当財団に相談して欲しい”と応募要項に記載しています。
選考についてですが、今年はいろんなところに記事を掲載していただいたため、応募が多く、178名の選考は大変でした。基本的には、「自分の将来について思うこと」という作文と、「自己紹介」の2つの資料をもとに選考します。その他、学校の先生の推薦状があり、「協調性」がどうかなどを参考にしますが、基本的には作文と自己紹介の2つの書類について、名前と学校名を消したものを指導員の先生方に見てもらって選考します。書類選考後、合格になった子どもたちとその保護者にお越しいただいて面接し、親子の人間関係を見させていただきます。おじいさんやご夫婦同伴でお越しになる方もいます。書類選考では、理科の点数ではなく、子どもの「こういうふうにしたい」という意欲を見ます。それは作文の「将来について思うこと」に現れてくると思います。基本的には、理科が好きな子どもたちが来ているんだろうなと思います。
会場:誰がどのように発案し、この公募を作ったのでしょうか。
坂口:私自身は財団に入って2年目で、「科学の泉」の最初のイベントからは参加しているのですが、発案は4~5年前だそうです。当時すでに実施していた「ソニー子ども科学教育プログラム」などの論文募集活動は、先生方が活動して応募されるので、当財団からみると間接的な活動です。それで、理事や評議員の方々から「当財団が直接関わる活動をやってはどうか」という意見がありました。また、「世の中のリーダーシップをとれる子どもたちを支援する活動をやってはどうか」という意見もありました。また、理事として白川英樹先生がいらっしゃったので、ぜひ白川先生にプログラムをやっていただこうということになり、お願いした結果、白川先生に塾長になっていただくことができました。当初は名称を「白川塾」としたかったそうですが、個人の名前を冠にするのは好ましくないとの白川先生のご意向に沿って、「自然に学ぶ~科学の泉-子ども夢教室」という名称になったと聞いています。
会場:今まで理科教育を見てきたが、これほど時間の余裕を与える取り組みには出会ったことがない。子どもたちにも一生忘れられない経験だと思います。ただ、他のところが実現するのは難しそうです。お金があるからできるという面もあるのだろうが、この内容はどのようにして決まってきたのですか。
坂口:プログラムを作るのは指導員の先生方です。メンバーは毎年変わるので、白川先生のおっしゃる「自然に学ぶ」とはどういうことか、子どもたちを教えずにどうすればいいか・・・これが一番の悩みどころなのですが、そこから考えて作ります。
子どもたちは自然の中に出ていろんなものを発見する能力を持っているのに、今の教育ではある意味それを殺してしまっているんじゃないかと思います。これは私の考えですが、たいへん懸念すべきことは、多くの子どもたちが「与えられた問題には必ず答えがあり、そのただ1つの答えを見つけて書くのが良いことだ」と勘違いしていることです。でも、実際に世の中に出てみると、「ただ1つの答え」なんてありません。少し話が逸れるかもしれませんが、私は物理を学んで、会社の研究所におりました。例えばブルーレイディスクのフォーマットを作るにも、どうすれば高密度の光ディスクができるか、使えるものをどう組み合わせればいいか、はたしてそういうブルーレーザーができるのか・・・答えはどこにも書かれていません。いろんな人間が関わり、いろんなものを集めて、可能な限りいいものを作ろうと試行錯誤し、途中で失敗すれば方向転換もして、ついに出来上がったものがその時の1つの答え、ということになりますが、最初から1つの答えというのはありません。自分のやり方で失敗して、また違う道を探す、という訓練・経験をせず、一本道しかないような教育を受けていると、道を外れて新たな道を見つけるという思考ができなくなります。それ以前に「何を問題・課題として掲げるべきか」すら自分で設定できなくなってしまう・・・そういう危険性をすごく感じます。そういう意味で、子どもたちが自力で「不思議」を探せるように、指導員の先生方がうまく見守ることが重要なんじゃないか・・・指導員会議の中ではそんな議論がなされます。
古田:学校の授業では、時間的な余裕や先生1人あたりの子どもの人数等、制約の中で教育効果を上げなくてはならず、限界がありますよね。「時間が十分あり、人数が少ない」という、本当に恵まれたこの条件を、33人以外の子どもたちにもぜひ経験してほしいと思いました。
会場:教育コーディネーターとしての取り組みに興味があります。「科学の泉」実現までに、苦労した部分、当初の予定と異なりうまくいかなかった部分等も多いのではないでしょうか。
坂口:苦労する部分は、やはり「教えてはいけない」という点で、かなりプレッシャーになります。子どもたちからいろいろ質問されると、つい「答えなくては」となりがちですが、そこをグッと我慢して「こうかな、ああかな」なんて言いつつ、子どもたちが自分で考えるようにもっていくのが難しいのです。
古田:「教えないこと」は先生にとって本当に大変なようで、「科学の泉」は「先生育て」の一面もあると思います。先生がこれから育てる子どもたちの数は限りないわけですから、そういう経験をした先生が増えることも大事なことだと思います。
坂口:指導員の選考では、科学に関してだけでなく、子どもたちの生活指導力等も含めて慎重に面接します。少し言えばできる子どもたちですが、基本的にやるべきことはきちんと教えなくてはいけませんから。最初に”はくば荘”(民宿)に来たときは玄関の靴がめちゃくちゃで、子どもたちに「自分のものじゃなくても気付いたら揃えなさい」と指導したら、その夜からは気付いた人がちゃんと靴を揃えるようになりました。
場所選びも重要な要素で、けっこう苦労しました。例えばプラネタリウムではなく実際の星空を見てほしくて星空観察を行う等、本当に欲張りなプログラムですから。白馬という場所は非常に良い選択肢だったと思います。じつは、第1回、第2回は相模原でやったのですが、2回とも天候に恵まれず、星空は見えませんでした。白馬でやった今年は、初めて満天の星空だったのです。
余談になりますが、私は60歳を前にして、満天の星空を見たのが初めてでした。その満天の星空の下で指導員の先生が説明してくれたのです。北には北極星が、真上には白鳥座が見えました。この夏の白馬は猛暑でしたが、私が泊まったペンションはクーラーがなくて毎晩3時間くらいしか眠れず、「どうせ眠れないなら星を見にいこう」と、私も含めて4人くらいで夜中の3時ごろ外に出ました。すると、東の空からオリオン座が昇ってくるのが見えました。よく考えれば当たり前のことなのですが、オリオン座は冬にしか見られないわけではないんですね。北斗七星もよく見えました。北斗七星や白鳥座が全天球に対してどのくらいの大きさに見えるか、天の川がどう横たわっているか、そのとき初めて知りました。それから、ベルセウス流星群の時期だったので、指導員の先生方を誘って見に行きました。「雲があってダメかな」とベッドに戻ったら、携帯電話に「今晴れているから見られる!」と連絡が来て、飛び出して行きました。流星はいくつも同じ方向に流れるものと勝手に思っていたのですが、そうじゃなくて、ある1点を中心にして、そこからヒュッ、ヒュッと放射状に光が流れるのです。まるで消える寸前の線香花火のような飛び方です。そういうのも初めて見ました。「子どもたちを起こそうか」という話も出ましたが、「明日も朝早いしやめておこう」ということになったんですけれど。
会場:同様の取組みをやりたい企業も多いでしょう。ただ、表には見えない運営上の苦労も多いと思うのですが。
坂口:参加者の評価の高さからもイベントの内容自体は良いと思うのですが、正直なところ運営はとても大変です。8月にイベントが終わってホッとしたのも束の間、次の指導員の選考が始まります。一般募集ではとても難しいので、ソニー科学教育研究会の各支部から推薦していただき、そうしておきながら面接して選考するという大変申し訳ないことをしなくてはなりません。面接にはご面倒を承知で白川先生にも必ずご出席いただいています。今はちょうど来年度の指導員が決まったところです。1月からは毎月指導員会議を開きますので、その案内も出さねばなりません。
指導員の先生方もわれわれの知らないところで苦労をされています。例えば、何かの実験担当、といった役割分担がありますので、その中身を決めていただき、参加人数分の道具や材料を揃えていただきます。ご自分の学校で教えるという仕事をこなしながら、合間を見つけて手製の実験キットを作るなど、準備を進めて下さっています。昨年は指導員の先生が忙しくて準備できないケースがあり、われわれ事務局も実験の準備に関わったりしました。そうやって材料等を揃え、現地や宿泊所の下見・確認をします。
イベント中もいろんな苦労があります。なめくじのヌルヌルを研究したグループがありましたが、世の中にはヌルヌルするものがたくさんあるので、それらと比較するために誰かが「先生、納豆がほしい」とか、そういうことを言いだすわけです。あるいは「バケツがもっとありますか」と言いだしたりして、その度に誰かが買いに行っていました。それは与えすぎかもしれませんね。次回は「なかったら、ない中でなんとかしろ」と言いたいですが(笑)。
会場:「夢教室」の後の交流会は人間関係を広げるという意味で非常に大事で、とてもいいアイデアだと思います。誰がどのような経緯で企画したのでしょうか。
坂口:いろいろな事業をやる上で、理事会や評議員会から常に問われるのは、「どういう効果があるのか」ということです。「子どもたちにどういう影響が、どういう効果として現れるのか。難しいとは思うが、よく調べてみて下さい」と言われます。他の影響をすべて排除して、単独に効果を計ることは非常に難しいので、従来の事業ではそれがなかなかできませんでした。しかし「科学の泉」では、白川先生が「参加した子どもたちがどんなふうに育っていくのか、私自身も見守りたい」とおっしゃって、交流会は最初から「夢教室」とセットで予定に入っていました(参加しなかった場合との比較はできませんが・・・)。ですから、毎年だんだん人数が増えていっても皆が会う機会を持ち続けたいと考えています。もう1つ白川先生がおっしゃるのは「最初に参加した子どもも高校1年生。大学生にもなれば『科学の泉』を推進する側になってもらおう」と。そうなっていけばいいなと考えています。
会場:私は今日の出席者の中で最年長かもしれないが、私の子ども時代と違って便利な物に恵まれ、自然に飢えている現代の子どもたちには、ここまで労力をかけねば理科教育ができないのかと、環境悪化を危惧しています。素晴らしいプロジェクトだと感心する反面、ここまでやって理科に向いていく子どもたちを育て、物理などを学ぶ子どもになって、やがてソニーのような会社に入り、便利な商品を作るようになると、その影響でまた環境が破壊される、といった悪循環を生じるのではないでしょうか。
坂口:参加した子どもたちみんなが科学や技術を志すわけではないですし、白川先生をはじめ運営しているわれわれも、必ずしも科学者に育ってほしいというわけではありません。こういう活動を通して「こうしたい」という意欲や、自分で何かを見つけて自分で調べる力を身につける、あるいはそのきっかけになればいいと考えています。集めた生き物は、生きている限り自然に返すよう指導しています。また、逆説的ですが、例えば子どもたちが蝶を集めて標本を作るとき、胸を圧迫して殺すことになります。そのとき子どもは「本当にかわいそう」と感じます。こうしたことが命の大切さを学ぶきっかけにもなります。いろんなものを生のままで観察する経験を通じて、いい方向に向かってほしいと期待しています。科学や技術を志す者が環境にネガティブに働くとは限りません。自然環境保護の分野で活躍するような子どもも出てくるのではないかと思います。
会場:僕らの世代は「理科離れ」と言われている世代です。公立の小中学校などでも「夢教室」のような機会を設ければ理科離れを阻止できるのではないかと思います。科学を好きな子どもを育てるためにどのような方法があると思いますか。
坂口:たぶん王道はないと思うので、それぞれの学校が工夫していろんな方法で取り組むことが非常に重要だと思います。「ソニー子ども科学教育プログラム」の「科学が好きな子どもを育てる」という主題には、「~『なぜ』を大切に/感性・創造性・主体性の育成~」という副題がついています。これを大きなテーマと考えていただき、夢のある教育計画や情熱のこもった取り組みについて論文にまとめたものを、各学校から応募していただいています。われわれの方から「こういう教育をしてほしい」とは言わず、教育内容はそれぞれの学校が自由に考えます。
工夫の仕方にはいろいろな例があります。2006年度「ソニー子ども科学教育プログラム」の最優秀校(千葉と長野の学校)で全国大会が開かれたのですが、実際に授業を見てみますと、先生からの一方向の授業ではありません。例えば「ものの溶け方」といったありふれた理科の実験でも、グループごとに違う条件で実験して、その結果をグループ内とグループ間で意見交換し、推論します。今OECDの学力調査の結果で、考察力不足が指摘されていますが、実験の機会が少なくなったのもさることながら、実施方法も含めて考える必要があると思います。私が見に行った千葉の学校では、「分かったことを他の子どもたちにどう伝えるか」も学べるWN(Why Narrating:理由付け)授業を行っていました。答えがいきなり出てくるのではなく、なぜそう思うか、なぜその結論になったかを他のグループに説明するのです。答えは間違っていても構わない、その子なりのしっかりした理由付けがあればいいと、そういう工夫をしていました。
きりがないのですが、もう1つ工夫点を挙げるとすれば、先生が必要項目を明記したフォーマットを作っていて、それに各自で必ずメモをとらせていたことです。どういう目的で実験をしたか、何が分かったか、何が分からなかったか、それをどう思うか、こういう根拠を持ってこう考える、といったことです。個人個人の能力に違いはあれ、そうやって思考力を積み上げていく工夫をしていました。
会場:参加しなかった人たちにも広く伝えていくために、事後の宣伝・PR等はどのようにしていますか。
坂口:メディアで取り上げてもらえるとありがたいのですが・・・。一部の新聞等で取り上げられることもありますが、なかなか取り上げてもらえない側面があります。
「科学の泉」活動については、基本的にはホームページを利用し、参加した子どもたちに報告を書いてもらって、写真入りで掲載しています。悩みの種は、そこにどうやってアクセスしてもらうかです。参加した人や、たまたまアクセスしてくれた人だけでなく、もっと広範囲な人に見てもらいたいのですが、月間アクセス数は5万くらいで、もっと伸ばしたいと考えています。
古田:白川先生はしっかりとした教育理念をお持ちの上で関わって下さっていますが、一方でノーベル賞受賞者という目玉(と言ったら大変失礼で恐縮ですが)の存在がプログラムの魅了を高めている面は否めないと思います。しかし、同様の教育プログラムを実践したいと考える人がどんなにプログラムの中身を充実させても、誰もがスターを呼べるわけではありません。スターの必要性についてお考えを聞きたいと思います。
坂口:スターが必要かどうかは分かりませんが、白川先生の存在は非常に大きいのだと思います。何かしら、そういう人は必要かなと思います。ただ、それを塾生たちが支える、という広がりができてくれば機能するようになると思うんですが。
例になるのかどうか分かりませんが、バイオリンの鈴木鎮一先生の「鈴木メソッド」は先生が亡くなられた後もずっと受け継がれています。今は豊田耕兒さんなどが伝える側になっており、鈴木先生の知名度からすれば・・・ということはあるかもしれませんが、「鈴木メソッド」そのものは今も続けられ、3千人ほどの子どもたちを集めた演奏会も復活しました。国内に限らず海外の組織もけっこう強くて、世界で10万人もの生徒がいると聞きます。相応の努力があってはじめて可能になることだろうと思いますが、世代が変わって本当のスターが見つからなかった場合でも、運営しだいでは可能だと思います。
古田:ソニー教育財団のプログラムのご紹介とともに、坂口さんの技術者としての考え方についてもうかがうことができたと思います。これと同じプログラムをするのは大変難しいでしょうし、同じことをすることに意義があるのかどうかも分かりませんが、こうして直接お話をうかがうことで新しい視点を持ち、参加者それぞれの立場で参考になる点があったと思います。坂口さん、どうもありがとうございました。
【まとめ:西山庭子(リビングサイエンス・ラボ)+池上紅実(サイエンスライター)】