【翻訳】 バイオ燃料ブームを批判する

投稿者: | 2008年6月4日

写図表あり
csij-journal 017 biofuel.pdf
【翻訳】バイオ燃料ブームを批判する

著者:Henk Hobbelink
(環境と公正に配慮した農業を促進することを目的とした国際NPO”Grain”のスタッフ)

翻訳:杉野実+上田昌文

原文:”Stop the agrofuel craze!”(Grainの機関誌『Seedling』2007年7月号所収)

今や、新聞をみると、豊富なバイオ燃料利用の時代に人類が突入するであろうという見通しが、語られない日はないといっていいほどだ。石油会社はこれからも長期間にわたって石油を採掘し続けるであろうが、石油は気候変動・大気汚染その他環境災害の主要な原因であるから、その燃焼を減らすべきであるとの合意もできつつある。そのためには、トウモロコシやサトウキビを蒸留してエタノールにしたり、アブラヤシ・ダイズ・アブラナからディーゼル油を抽出したりして、生物素材から燃料を製造することが必要であると主張されている。またバイオ技術が発達した将来においては、雑草・樹木・食用油など、どんな生物素材でも燃料になるであろうとも言われる。一見するとその利点は限りないようにみえる。植物ははじめに二酸化炭素を吸収していたから、それを原料として自動車の燃料をつくれば、地球温暖化の原因となる温室効果ガスを減らすことができるように思われる。植物を自前で栽培できるのなら、各国のエネルギー自給率が高まるようにも思われる。作物にあらたな市場ができれば、農村は経済的にも社会的にも利益を得るかもしれない。貧しい国々も新たな輸出市場をえるかもしれない。

●バイオ燃料とはなにか

 おもなバイオ燃料にはエタノールとバイオディーゼルの2種類がある。

 エタノールは、サトウキビ(糖蜜)・サトウモロコシ等蔗糖を含む原料から得られるもの、穀物(トウモロコシ・コムギ・オオムギなど)等澱粉を含む原料から得られるもの、および木材・農業残差等繊維素を含む原料を加水分解して得られるものの3種類にわけられる。繊維素を原料とする「次世代エタノール」の研究は精力的にすすめられてきたものの、これまで商業的にははじめのふたつのみが製造されていた。エタノールそれ自体が石油を代替する燃料として使用されうるが、そのためには特別に調整されたエンジンが必要とされる。実際にはしばしば石油と混合されて使用される。

 バイオディーゼルは(アブラヤシ・アブラナ・ダイズなどの)植物油あるいは動物油から製造される。これは炭化水素ディーゼルを代替するとされる。純粋なものも混合物も使用されている。たとえばB30と表示されていればそれは、ディーゼル燃料の30パーセントがバイオディーゼルであるということである。
 このような燃料を奨励するで利益を得る人々は、希望にみちた将来を語る。だがそのような、みんなに希望をもたらすグリーンでクリーンなエネルギーの世界は、本当に存在するのであろうか。先住民の居住地が燃料農業のために占拠され破壊されているとか、アブラヤシやダイズのために数百万ヘクタールの熱帯雨林が伐採されているとか、ブラジルの燃料用サトウキビ農場では労働者が奴隷のような境遇におかれているとか、といったことも報告されている。編集長もいったように、このような破壊の背後にある、「車に食わせる燃料を農業的に栽培する」過程を記述するためには、バイオ燃料というより農産(アグロ)燃料という用語をもちいる方が適切と思われる。

●バイオかビジネスか

 実際におこっていることを理解するためにはまず、バイオ燃料への要求は、地球温暖化・環境破壊に対処しようとする政治家によって、提示されたものではないことが強調されなくてはならない。バイオ燃料を開発する方法をすでに決定し、いまそれを実行しようとしているのは、巨大多国籍企業とその政治的同盟者らである。決定権をにぎっているのは、石油産業・自動車産業・食糧商社・バイオ技術会社および国際投資会社など、世界でもっとも強力な企業たちである。

 世界の食糧加工・流通企業はすでに、バイオ燃料にむけて強力な一歩をふみだしている。カーギルやADMのような企業は、すでに世界の多くの地域で農産物の生産・流通を支配しているが、そのような企業にとっては、バイオ燃料は事業と利益を拡大する大きな機会をもたらすものなのである。モンサントやシンジェンタのようなバイオ企業もすでに、バイオ燃料生産者の要求にそう作物や樹木を調達するために多大な投資をしている。より多くのエネルギーをうみだす作物から、木質部のより少ない樹木、あるいは原料をより容易に燃料に変える酵素まで、バイオ企業はあらゆるものをつくろうとしている。それはもちろん遺伝子工学によって達成されるが、それというのもバイオ燃料革命には遺伝子組み替え作物が付随するからである。英国石油・シ得る・エクソン等の石油企業にとっては、バイオ燃料ブームは、石油でかせいだ資金を新エネルギー商品に投資して、両方の分野をおさえておくための、またとない機会である。自動車企業にとってはバイオ燃料は、より効率的な自動車をつくれとか、さらには生産をへらせとかいった、政府や世論からの圧力をかわすためのまたとない口実になる。かくしてかれらはこぞって「バイオ競争力」をたかめることになるのだ。そして豊富な資金をもつ投資会社が、そういう改造に出資することになる。

 バイオ燃料のすじがきを書いているのは、このような強力な企業の連合体なのである。こういう企業は競争することもあるが、利益をふやすために協力しあうことも多い。世界のアグリビジネスは主要な商社と協力して、作物から工業市場までのすべての生産流通の連鎖を管理しようとする。モンサントとカーギルは共同して、バイオ燃料と飼料の両方を供給しうる、遺伝子組み替えトウモロコシの新品種を生産しようとしている。英国石油とデュポンもたがいの利益のために、バイオ燃料と石油を混合した「バイオブタノール」を共同して生産しようとしている。こういう例にはきりがなく、すでに世界でもっとも強力になっている企業のあいだで、迷路のようにいりくんだ協力関係があらたにつくられつつある。新興成金やその他の投資家、および政府がこの分野につぎこんでいる補助金を通じて寄与している世界の納税者は、こういう企業連合に巨額の資金を供給しつづけている。その結果は、世界的な工業的農業の拡大と、それに対する企業の支配力の強化である。

●グリーンエネルギーの青写真?

 近年のマスコミにおけるバイオ燃料への注目は、アメリカをバイオ燃料の生産国にして、テロリストに支配されている(あるいは支配されようとしている)不安定な諸国からの石油輸入への依存をへらそうという、ブッシュ大統領の発言に集中している。だがバイオ燃料がそういう機能をはたしえないことは明白である。もし全国のトウモロコシとダイズをバイオ燃料の製造にあてたとしても、現在のガソリン需要の12パーセントとディーゼル需要の6パーセントしかまかなえない(文献1)。ヨーロッパでは状況はもっとわるい。たとえばイギリスでは、たとえ全国土をバイオ燃料にあてたとしても、すべての自動車の燃料をまかなうことはできない。バイオ燃料は経済的な意味でも有効ではない。アメリカとヨーロッパのほとんどのバイオ燃料経営は補助金におおいに依存しており、それがなければおそらく存立しえない。世界補助金イニシアチブの報告(文献2)によると、補助金額はアメリカだけでも年間55億から73億ドルに達し、しかも急速に拡大している。バイオ燃料製造者および栽培者むけのアメリカとEUの補助金はすでに、食糧・燃料作物間の世界的な直接的競争、食糧価格の高騰による貧困国での混乱、世界の食糧備蓄の減少といった結果をもたらしている。最近では食糧農業機関も、2007年には豊作であったにもかかわらず、バイオ燃料需要のせいで、最貧国の穀物輸入額は今期だけで4分の1も増加するであろう、との推計を発表している(文献3)。だがこれははじまりにすぎない。バイオ燃料が先進国と新興工業国の燃料消費にいくらかでも影響を与えるためには、発展途上国の農場からの供給が大量になされなくてはならない。

 この問題について米州開発銀行のために研究したコンサルタント会社はいう。「バイオ燃料の成長は、長期の耕作期間・熱帯の気候・高水準の降水量と、低水準の労働・土地費用にめぐまれた諸国に、利益をもたらし……その利点を活用するための、計画・人的資源・技術的方法をももたらす」(文献4)『アメリカ大陸におけるグリーンエネルギーの青写真』と題されたこの研究は、このバイオ燃料計画の背後にある思考をはっきりとしめしている。この報告が仮定しているのは、需要に対応して、2020年までに世界の輸送エネルギー消費のたった5パーセント(現在では1パーセント)を供給するためには、世界のバイオ燃料生産を5倍近くにしなければならない、ということである。それを実現するためには、急速な「能力拡大」、あらたな生産基盤と市場の建設、そして「技術革新」の推進が必要であるとされる。すでに主要なエタノール生産国であるブラジルが、生産力急増へのそのような挑戦が成功しうる例としてあげられているが、それというのも同国にはまだ利用できる土地が豊富にあるからである。ブラジルはすでに600万ヘクタールをバイオ燃料に利用しているが、同国にはまだ効率的に利用可能な土地が1億2000万ヘクタール以上もあると同報告はいう。

 同種のもうひとつの報告は、サハラ以南アフリカ・ラテンアメリカ・東アジアをあわせると、将来は全世界のバイオ燃料需要の半分以上をまかないうるが、そのためには「現在の非効率で粗放的な農業経営システムが、2050年までに最善の農業経営システム・技術に代替される」ことが必要であるとのべている(文献6)。いいかえれば、数百万ヘクタールの伝統的農業と地域社会を、大規模農場で代替するということだ。生物多様性にもとづいた在来の有畜農業システムを、単一耕作と遺伝子工学で代替するということでもある。そしてそういうものをもっとも適切に管理するのは多国籍企業だとされる。計画者らが婉曲に「未開地」ないし「限界地」とよぶ、数百万ヘクタールの土地が接収される際には、地元の数千万人が虚弱な生態系に依存して生活していることも、都合よく忘れられている。代替すべき在来の農業システムがないときには、森林が接収されることになる。

●数百万ヘクタールと数十億ドル

 実際のところ、バイオ燃料が現在のようにわずかな貢献を世界の交通に対してなすためにさえ、破壊がすでに避けられなくなっている。数字は驚くべきものだ。数百万ヘクタール、数十億ドルといった規模のものなのだ。主要なバイオディーゼル作物はアブラヤシである。数十年前にはアブラヤシ農場がほとんどなかったコロンビアでは、2003年までにこの作物を18万8000ヘクタールに栽培し、現在また30万ヘクタールにそれを植え付けている。数年間に100万ヘクタールにすることが目標とされている(文献7)。インドネシアでは、アブラヤシの耕作地は1980年代なかばにはおよそ50万ヘクタールしかなかったが、現在では600万ヘクタールでその栽培がおこなわれているだけでなく、今後20年間に2000万ヘクタールを追加することが計画されており、そのなかにはボルネオ島中央部の、180万ヘクタールの世界最大のアブラヤシ農場もふくまれている(文献8)。バイオ燃料のもうひとつの原料であるダイズは、ブラジルでは耕作地の21パーセントにあたる2000万ヘクタールで栽培されているが、同国ではちかい将来、バイオ燃料への世界市場の需要に応えるべく、この作物のためにあらたに6000万ヘクタールが開墾されそうだという(文献9)。それだけでなくサトウキビ農園を5倍に増やすことも計画されている。おくれをとりたくないインド政府も、もうひとつのバイオディーゼル作物であるアブラギリの栽培を急速に拡大しようとしている。2012年までに「未開地」に分類された1400万ヘクタールに作付けがなされるという(文献10)が、企業により豊穣な土地から放逐された農民はアブラギリの栽培をのぞんでいないとする報告もある(文献11)。これらの例が示しているのは、グローバル化した現代の新自由主義的な世界に適合するように再設計された、植民地的単一栽培農業の再導入である。

 こういう大規模な計画のどこに地元の農民がいるのであろうか。どこにもいないのである。地域社会がエネルギー農業から恩恵をうけるとか、地域経済が新市場により再活性化されるとかいうこともいわれているが、バイオ燃料革命はあきらかにその反対の方向にすすんでいる。企業に管理された大規模農業の一部としての新バイオ燃料は、地域の雇用を創出するよりもむしろ破壊する。その例はブラジルの農家にみられる。サトウキビ・ダイズ・ユーカリの農場の最近の増加は、しばしば暴力をともなう広範な小農の放逐につながっている。1985年から96年のあいだに、530万人が土地をおわれ、94万1000筆の農地が放棄されたが(文献12)、放逐の率は過去10年間にまた上昇している。

 ブラジルでは、ほとんどの農家は生活のために数ヘクタールしか必要としない。それに対して大規模農場は数百万ヘクタールを占拠するが、雇用はほとんど供給しない。100ヘクタールにつき供給される人員は、ユーカリでは1人、ダイズでは2人、サトウキビでは10人である(文献13)。この状況は世界中であまりかわらない。

●気候変動とたたかう?

 これらすべての作物、およびそのような単一栽培の拡張は、森林破壊・住民の放逐・水と空気の汚染・土壌浸食そして生物多様性破壊の直接の原因となる。この過程はまた皮肉なことに、バイオ燃料農場をつくるために森林・泥炭地を焼くことを通じて、二酸化炭素の排出を大幅にふやす。輸送燃料のためのエタノール生産では世界の最先端をいくブラジルでは、温室効果ガスの80パーセントは自動車からではなく、一部はダイズ・サトウキビ農場の拡大によりひきおこされた、森林破壊によって生じている。最近の研究によると、東南アジアの泥炭地をアブラヤシ農場にして1トンのバイオディーゼルを得ることによって生じる二酸化炭素の量は、1トンの石油ディーゼルを燃焼することにより生じるそれの2倍から8倍にも達するという(文献14)。トウモロコシ・サトウキビ・アブラヤシなどの作物の「エネルギー純収支」が正か負といったことについて科学者は議論しているが、農産燃料農場の造成にともなう排出がその効果をうちけさないかという問題は、文字どおり「煙にまかれて」しまっている。

【2000年における排出源ごとの温室効果ガス排出量】
◆エネルギー部門/発電(24%)/工業(14%)/輸送(14%)/建設(8%)/その他(5%)
◆非エネルギー部門/土地利用(18%)/農業(14%)/廃棄(3%)
◆2000年の総排出量:42ギガトン二酸化炭素相当)

 この点を銘記することは重要である。現在の企業的単一栽培モデルが推奨している農産燃料は、地球温暖化危機の対策になるどころか、それを悪化させるのだ!

 バイオ燃料と気候変動に関する論争のなかで、温室効果ガスの主要な排出源はなにかという問題にたちかえろうとする政策決定者がいないのは、驚くべきことである。すべての関心が、自動車を走らせるために作物を栽培することにむけられている。むろん世界的にみると、排出の14パーセントをしめる輸送が温室効果ガスの主要な排出源であることは確かであるが、言及されることのほとんどない農業もまた、輸送とまさしくおなじだけの比重をしめる排出源なのである。土地利用の変更による排出(全体の18パーセントを占めており、そのほとんどは、大規模農園を含む農業の森林への侵入によるものである)をもふくめると農業、とりわけ工業的農業モデルこそが、地球温暖化の主要な要因であると結論せざるをえなくなる(文献15)。そしてバイオ燃料によって推進されようとしているのは、まさにそういう種類の農業なのである。

 気候変動の経済的影響についてイギリス政府から諮問をうけたスターン委員会の報告によると、のちに酸化物となり大気中に放出される窒素を土壌中に大量に供給する肥料が、農業による特定の排出源としては最大のものであり、家畜と水田耕作とがそれにつづいている。農業による排出は2020年までに約30パーセント増加すると同報告は算定しているが、そのおよそ半分が農地への肥料投入の増加によるものだという(文献16)。同期間中に発展途上国は化学肥料の使用量をほぼ2倍にすると予測されているが(文献17)、新種のエネルギー作物栽培も、その増加の主たる部分をしめることはまちがいない。

 バイオ燃料にともなうもうひとつの深刻な問題としては、これもしばしば無視されるのであるが、土壌浸食とそれにともなう土壌の枯渇があげられる。トウモロコシ・ダイズ等の作物による土壌浸食については研究がよくなされているが(文献18)、プランテーションを作る会社が世界の森林で採用している焼き払い戦略はさらに深刻な問題をひきおこす。食糧農業機関(FAO)の推定によると、現在の方法がひきつづき採用されるのであれば、第三世界だけで5億ヘクタールの天水灌漑農地が、土壌の浸食・劣化により失われるであろうという。バイオ燃料への熱狂がなくともそれはおこるし、いわゆる「第二世代」のバイオ燃料が導入されれば事態はさらに悪化する。推進企業がいうところによると、「第二世代」バイオ燃料を導入すれば、農業残渣その他あらゆる「生物廃棄物」を蒸留器にいれて燃料を増産することができる。
だが農民も農学者も知っていることであるが、「生物廃棄物」など存在しない。生物由来の物質は、収穫後には地力を保つために土壌にかえさなくてはならないのである。そうしなければ、土壌をほりつくし、その破壊をすすめることになる。世界の表土が蒸留器と競争しなければならなくなれば、まさにそのとおりのことがおきるであろう。

 もうひとつ支持者が見逃しているのは、バイオ燃料作物の多くが水を多量に消費するということである。世界人口の3分の1はなんらかの意味で水不足に直面しており、深刻な水危機はすでにおきているとも言い得る。世界の淡水の4分の3は灌漑により消費されているが、バイオ燃料作物はその需要をさらに大きくふやす。国際水利経営研究所は2006年3月に、バイオ燃料の急増は水危機を悪化させると警告する報告を発表した(文献19)。中国とインドの状況を調査した、同研究所の別の報告は、「中国やインドのように急速に成長する経済が、すでにおきている水不足を相当に悪化させることなしに、将来の食糧・飼料および燃料の需要を、満足させることはありそうにない」と結論している(文献20)。インドの主要なエタノール作物であるサトウキビはほとんどすべて灌漑されているし、中国でも主要な燃料作物であるトウモロコシの45パーセントは灌漑されている。水資源にとぼしい国である中国とインドは、すでに水を深刻に枯渇させ汚染しているが、現在の食糧生産水準をたもつためにだけにさえ、2030年までに灌漑用水需要を13から14パーセント増加させるとみられている。これらの国がバイオ燃料へと大きくかじをきれば、希少な灌漑用水をさらに大きく消費することになろう。国際水利経営研究所の算定によると、インドのような国では、サトウキビエタノール1リットルを生産するのに3500リットルの灌漑用水が必要であるという。

 要するにバイオ燃料は、食糧作物と土地をめぐって競争を起こすだけでなく、土壌の健康をたもつのに必要な有機物質や、作物が成長するのに必要な水の、大部分をすぐ消費するようになる。いいかえればバイオ燃料への熱狂に加わった国は、自動車の燃料だけではなく、人々の食糧を確保するための、貴重な灌漑用水や表土をも輸出しているのである。

●エネルギー方程式

 バイオ燃料に関する議論でもっとも重要なことは、議論の中心となるべきエネルギー消費の問題に関心がむけられていないことである。実際のところ、バイオ燃料に焦点があてらればこそ、この主要問題から関心がそらされるのである。

 アメリカ政府の『2006年国際エネルギー概要』によると、世界の商業的エネルギー消費は、2003年から2030年までに71パーセント増加すると予測されるという。その増加の大部分は発展途上国、とりわけ商工業の発展が成功した諸国によるものになるであろうと、同報告は指摘している。その追加的なエネルギーはどこからくるのであろうか。石油の消費は50数パーセント増加し、石炭・天然ガス・更新性エネルギーの消費はそれぞれほぼ倍増し、そして原子力は3分の1ほど成長すると思われる。2030年になっても、(バイオ燃料を含む)あらゆる再生可能エネルギーは、世界のエネルギー消費のたった9パーセントをしめるにすぎないとみられる。予想されるエネルギーの消費増加ののこりの部分は事実上、より多くの化石燃料を燃焼することによってえられるものと考えられる(文献21)。
【1980年から2030年までの燃料別商業的エネルギー使用量】
(単位は1000兆英国熱量単位=1Btuとは1 poundの水の温度を1゜F上昇させるに要する熱量)
記号は順に石油/石炭/天然ガス/再生可能エネルギー/原子力)

 いまのところをもう一度読んでからグラフをみて、数字をおぼえていただきたい。酔いもさめるようなこの構図から、話をはじめなくてはならない。再生可能エネルギーは、市場におけるエネルギーの消費を、もし減らすとしても、ほんのわずか減らすにすぎない。他のすべてのことは、かわらないか、あるいはもっとわるくなる。

 そこから逃げることはできない。この惑星で生きのころうと思うのなら、エネルギー消費を減らすしかない。農業だけをみても、工業的方法と伝統的方法におけるエネルギーの使用は、極端にちがっている。工業的農業が発展途上国の伝統的農業とくらべて、どれほど効率的で生産的かということがよく議論されるが、エネルギー効率性を考慮にいれるならば、これほど真実からとおいものはない。FAOの計算によると、工業国の農民は平均すると、1キログラムの穀物を生産するにあたって、市場でのエネルギーの消費は、アフリカの農民の5倍になるという。特定作物に注目すると、相違はさらに極端になる。1キログラムのトウモロコシを生産するためにアメリカの農民は、メキシコの伝統的な農民の33倍を消費する。そして1キログラムのコメを生産するためには、アメリカの農民はフィリピンの伝統的農民の80倍を消費するのだ!(文献22) FAOがいうこの「市場でのエネルギー」というのは、大部分は肥料・農薬の生産や機械の運転に使用される、化石性の液体・気体燃料のことであり、相当量の温室効果ガスを排出するものである。

 しかしそれでも農業そのものは、食糧が食卓にとどくまでに消費されるエネルギーの4分の1を消費するにすぎない。本当のエネルギー浪費と汚染は、加工・包装・冷凍・調理および全世界にわたる食糧の輸送を含む、より広範囲の国際食糧システムのなかでおこっている。タイで栽培された飼料作物がロッテルダムで加工され、また別の場所で家畜にあたえられ、そしてできた肉がケンタッキーのマクドナルドで食べられたりする。毎日3500頭のブタがヨーロッパの他の国からスペインにいき、同時に3000頭の別のブタがその反対の方向に移動する。スペインは毎日22万キログラムのジャガイモをイギリスから輸入する一方で、毎日7万2000キログラムのジャガイモをイギリスに輸出している。ウッパータール研究所の計算によると、ドイツで市販されているイチゴヨーグルト(ドイツ国内でも容易に生産できるもの)の原材料の移動距離は、8000キロメートル以上にもなるという(文献23)。

 多国籍企業により組織された国際食糧システムの不条理と無駄は、ここでこそあきらかになる。工業化された食糧システムにおいては、1カロリー相当の食糧を生産し流通させるために10から15カロリー以上が消費される。アメリカの食糧システムだけでも同国のエネルギー供給の17パーセントを消費する(文献17)。そういうものは本当には必要とはされていない。人類の基本的必要をみたすのに要求されるエネルギーの量は、現在の世界の発電量のたった7パーセントにすぎないと、世界エネルギー会議が算定している(文献25)。

 気候変動に対処するために、エネルギーを生産するための燃料農場は必要ではない。そうではなく、工業的食糧システムをひっくりかえさなくてはならない。エネルギー消費をへらして浪費をふせぐための政策と戦略が必要である。そういう政策と戦略は、すでに存在し追求されてもいる。それは農業と食糧生産においては、生産を国際市場よりもむしろ地域市場にむけること、農業に多様性をとりもどすために持続的で持続可能な方法を支援すること、農業生産システムを多様化すること、地域の知識を活用し拡張することおよび農村発展の主導権を地域社会にもどすことを意味している。そういう政策と戦略は、地力と生物活性を改善し、もって二酸化炭素を大気中に放出するよりむしろ土壌に吸収させるような、農業生態学的技術を使用し、さらに開発することを意味する。そしてそれは、かつてないほど強力になり、バイオ燃料をひっさげてまさに反対の方向にすすもうとしている、世界的な農工業複合体に正面から対峙することをも要求している。

●持続可能なバイオ燃料なんかいらない!

 バイオ燃料への熱狂に起因する現在と将来の破壊への懸念が、ゆっくりとひろまりつつある。バイオ燃料への熱狂が、気候変動をとめる努力を、支援するよりむしろ阻害するという証拠が増えるにつれて、事業計画案や投資銀行の計画書や企業の公共政策資料のなかに、その種の燃料が持続可能な形で生産されることが保証されるべきだ、とする提言がしばしばみられるようになってきた。それは普通報告書の50ページを過ぎるあたりに記されていたりする。

 政策決定者がより積極的にみえるヨーロッパ連合は、2020年までに輸送燃料の10パーセントをバイオ燃料にすべきとの決定を含む、改訂版「バイオ燃料指令」を策定しようとしている。それがどのようにして持続可能におこなわれうるのかさぐるために、市民参加型の協議も実施された。そもそも持続可能がありえるのかという問題を無視したうえで、ヨーロッパ連合委員会は、3原則に立脚した基準と認可の原則を提案している。
1)温室効果ガスの削減に関しては、バイオ燃料は石油よりは、少なくともいくらか高く評価されるべきである。(同委員会は、バイオ燃料の気候変動への抵抗への貢献を、なんと10パーセントにもみつもっている!)
2)温室効果ガスを実際に増やしてしまうことのないように、「炭素が高度に蓄積している」生態系では、燃料農場を拡大しないようにすべきである。
3)農場は「生物多様性が例外的に豊富な」地域には侵入すべきではない。
不幸なことにバイオ燃料に関しては、こういう原則は大して意味をなさない。理由は二つある。第一に、持続可能性のなかでも何が一番大切かという点が考慮されていない。第二に、たとえいかなる持続可能性政策があろうと、破壊の推進力は別のところにあるので、なにがどこで栽培されるのかという問題には、ほとんど手が付けられないのだ。

 持続可能性に関する議論においては、バイオ燃料の拡大による間接的・マクロ経済的影響はまったく考慮されていない。たとえばブラジルで、ダイズ農場が森林破壊の直接の原因になっているのは本当であるが、同国国立アマゾン研究所のフィリップ・ファーンサイド博士は、「整地された土地やサバンナや遷移林をダイズ農場化することで、牧場業者や焼き畑農民はより奥深い森林へと押しやられてしまう。そのことがより大きな森林破壊をもたらすのだ。ダイズ農業はまた、あらたな高速道路や通信網の計画を経済的・政治的に推進させ、それがまた、森林破壊を加速する」とのべている。ブラジルでのダイズにあたるのが、インドネシアではアブラヤシであり、インドではアブラギリだというわけだ。

 持続可能性の基準においては、燃料農園の拡大のために土地が使用されることによる、地域への社会経済的影響は考慮されていない。しかし地元の人々の生活手段の持続性や、食糧安全保障はどうなるのか。多くの農園にみられる非人道的な労働条件とか、農園主やかれらの意向をうけた警備員・自警団による、殺人を含む人権侵害についてはどうか。こういうことは現実の問題なのだが、ヨーロッパ委員会はそれを無視して、「持続可能なバイオ燃料」を定義する際に、「社会的基準」を明白に除外している。

 おそらくもっとも重大なのは、バイオ燃料生産という競技の規則が、そういう政策的手段によって決められているわけではまったくなくて、むしろバイオ燃料の原料の価格で決まっているという事実に、ヨーロッパの持続可能性の基準では対処しえないという点だろう。当のヨーロッパ連合(や他)の政策決定者が自動車使用者のために制定しようとしている強制的なバイオ燃料目標のせいもあって、その価格はいま急上昇している。アマゾンの森林破壊がダイズの国際市場価格と直接に相関していることを、アメリカ航空宇宙局の科学者がすでにしめしている。このことはほかの燃料作物にもあてはまりそうである。

 さらに当サイトが別のところでのべているように、バイオ燃料事業が急成長すれば、その背後にいる、多国籍アグリビジネスや地元のサトウキビ・アブラヤシ豪農らの、経済的・政治的勢力が増大することにもなる。バイオ燃料蒸留所が世界中でつぎつぎと建設されているが、その背後にいる企業は、持続可能性への配慮が流通網に介入することをの望んでいない。いつどこでどれほどの燃料作物がだれのために栽培されるかという決定は、ブリュッセルの持続可能性政策の決定者ではなく、企業連合によってなされる。

 こういったことすべてにかかわらず、もしもヨーロッパ連合が輸入バイオ燃料に持続可能性基準を課すことができたとすると、今度はそれほど良心的ではない他の輸入国が、ヨーロッパが拒否した作物を買いしめるばかりか、より安価にそれを入手するということになるであろう。おそらくそういうことを意識して、対ヨーロッパ・アメリカ使節団のトマス・スミサム氏は、ブリュッセルでの会合の席で持続可能性計画に反応して、「アメリカからみたところ……持続可能性基準はヨーロッパを苦境におとしいれるようにみえるみ。……それを実施するのはものすごく困難だろう」とのべた。このことに関する限り、われわれもアメリカ政府の見解に賛同せざるをえない。

 持続可能性に関する議論は、世界の強力な企業がすでにきめているすじがきを、背後にかくす煙幕の役をはたしている。バイオ燃料について最善の方法は、それを規制しようとすることではなく、たちどまって本当にそれが必要なのか再考することである。■

References
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17 See, for example, Miguel Altieri and Elisabeth Bravo, “The ecological and social tragedy of crop based biofuel production in the Americas”, April 2007.
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19 ”Biofuels: implications for agricultural water use”, Charlotte de Fraiture, et al. International Water Management Institute, P O Box 2075, Colombo, Sri Lanka.
20 EIA, “International Energy Outlook 2006”. See especially figures 8 and 10.
http://tinyurl.com/2vxkys
21 FAO, “The energy and agriculture nexus”, Rome 2000, tables 2.2 and 2.3.
http://tinyurl.com/2ubntj
22 Examples from Gustavo Duch Guillot, Director of “Veterinarios sin fronteras”, Barcelona 2006.
http://tinyurl.com/2mlprh
23 John Hendrickson, “Energy Use in the U.S. Food System: a summary of existing research and analysis”, Center for Integrated Agricultural Systems, UW-Madison, 2004.
24 World Energy Council. “The challenge of rural energy poverty in developing countries”
http://tinyurl.com/2vcu8v

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