東京都の温暖化対策/エネルギー政策に注目を

投稿者: | 2008年6月5日

写図表あり
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東京都の温暖化対策/エネルギー政策に注目を
上田昌文(NPO法人市民科学研究室)
●温暖化対策の決め手とは
babycomの連載『環境危機で変わる子ども生活』(2007年10月~2008年2月、全5回)では、温暖化がもたらす様々なダメージを具体的に描き出してきましたし、子育てや健康面を主にしてどんな対策が必要かを問題領域に応じて示してもきました。その中で痛感されたのは、地球規模の気候変動という大きなスケールの現象である温暖化を押さえ込むのには、個々人や個々の家庭や事業所での自主的な省エネの努力を集積するだけではまったく歯が立たないだろう、ということです。CO2を排出量の多い部門(工場や大規模事業所など)でしっかりと抑制しない限り、あるいは家庭部門も含めて全部門でエネルギーをCO2排出量の多い化石燃料(石炭火力など)に依存する割合を落としていかない限り、各家庭ので省エネの努力の総和もいとも簡単に帳消しになる、という現実があるのです。
全体的にみるならば、防止対策の決め手は、
1)持続可能な社会を可能にする長期的な展望に立ったエネルギー政策が打ち立てられるか
2)それを確実に実行するための手段・メカニズムがあるか
3)とりわけ二酸化炭素排出を低減する行いが実際に”得をする”条件が作り出されているか
に尽きるのではないでしょうか。これらは国が政策として掲げて実施すべきことがらであることははっきりしていますが、京都議定書(1997年)での6%削減の約束を守れずむしろ8%ほども増加している、という結果が示すように、ここ10年間の国の対策は失敗だったわけです。洞爺湖サミットで打ち出されることになっている”低炭素社会”に向けた提言も、1)~3)の点からみてそれが本当に実効性があるものかどうか、厳しい検証が必要です。
国がいろいろな点で有効な政策を打ち出していくことに及び腰であったり、後手に回ったりすることは、環境や健康の問題で事例に事欠きません。そのような状況において、自治体が導入を開始して後に国全体の規制となった事例があることは注目に値するでしょう。
●東京都が先陣を切って
過去の事例でみると、東京都は公害問題が全国で深刻化した時期に一足先に、公害防止条例を制定し(1969年)、工場や施設の届出制、環境基準の設定、公害防止計画の策定の義務化などを盛り込みました。その総量規制の考え方が2~3年後からいくつかの地方公共団体の公害防止条例に波及しはじめ、ついには国の大気汚染防止法にも取り入れられることとなったのです。最近のよく知られた例では、1999年から「ディーゼル車NO作戦」を展開し、都独自の厳しい規制値を設けて、これを満たさないディーゼル車の都内運行を禁止するという思い切った政策を導入したことが挙げられます。これが隣接の埼玉、千葉、神奈川県に拡大し、2003年からは首都圏全域の規制となることを国も認めざるを得なくなったわけです。また、温暖化対策につながる事例として、事業所による温室効果ガスの「算定・報告・公表制度」(2003年~、環境省によって2006年から全国に導入)や、エネルギー消費の多い家電製品について省エネ性能の違いが一目でわかるように5段階評価と電気料金を表示させる「省エネラベリング制度」(2002年~、2006年から全国統一ラベル化)などがあります。先陣を切って大胆に導入したことが全国レベルの規制や政策に結実する――これらの歴史的経験をふまえて、東京都は今、温暖化対策という難題に挑もうとしているように思えます。
●2020年までにCO2を25%削減
 
東京都がここ数年で打ち出してきた温暖化対策は、これまでの日本にあまりみられなかった、総合的な環境エネルギー戦略とい性格をもっています。その戦略の中心となる『東京都気候変動対策方針 「カーボンマイナス東京10年プロジェクト」基本方針』(2007年6月、以下『基本方針』)は、明快なわかりやすい言葉で記されていますので、ぜひ直接読んでいただきたいと思いますが、ここでその主だった点を一瞥しておきましょう。
 このプロジェクトに先立って東京都は、温暖化ガス排出量が多い大規模事業所を対象として、5カ年の削減計画の提出・公表を求める「地球温暖化対策計画書」制度を2005年より開始しています。この制度の導入によって、対象となる全事業所の4分の1程度が、これまでの3年間で約3.5%のCO2削減を達成するといった成果を出しているのですが、この「10年プロジェクト」はそれを全企業に拡大しつつ、家庭部門や交通部門や都市作り全体をも含めた対策とその実施を支援・促進するきめ細かな制度やメカニズムを提示しているのが特徴です。
 まず、掲げている目標は「世界の先進都市に遅れまじ」という意気込みを感じさせる「2020年までに温暖化ガス排出量を2000年比で25%削減する」というもの。この目標値は、ロンドンの「2025年までに1990年比で60%削減」、パリの「2050年までに2004年比で75%削減」、ニューヨークの「2030年までに2005年比で30%削減」に並び立とうとするものでしょう。
日本政府は現在、2013年以降の地球温暖化対策の枠組み(ポスト京都議定書)交渉の中で「セクター別アプローチ」 を提唱していますが、京都議定書では米国や中国など温室効果ガスの大排出国が政治的思惑から削減義務を負わなかったという事実がありますから、確かに”公平性”を期すために技術的に削減可能な量を算出しそれを積み上げて削減目標を決めるというやり方は一理あるのかもしれませんが、温暖化の深刻化をみすえて「2015年から20年には世界のCO2排出量を減少に転じさせる必要がある」(『基本方針』2ページ)という認識を最優先させて自ら率先して大胆な削減目標を立てることが大事なのです。東京都はこう宣言しています。「我が国においては、中長期的な削減目標も、実効性のある具体的な対策も、国からは示されていない。一刻の猶予もならない気候変動対策の強化を実現するために、都は国に代わって、この『東京都気候変動方針』の中で、世界最高水準の対策の実施を提起し、我が国の気候変動対策をリードしていく。」(同書3ページ)東京都のこの姿勢は他の自治体を刺激するだろうと思います。
●大規模事業所での削減を義務化、排出量取引も
 では、具体的にどうCO2を削減していくのでしょうか。方針の一部はすでに条例の成立で具体化が始まっています。すなわち、努力目標ばかりでなく、規制的な措置も必要との判断から、2010年度から総量削減を確実に達成するための新制度が導入されることになりました。都内の業務・産業部門での企業活動によるCO2排出量が全体の4割以上に達することから、大規模排出源から確実に減らしていくことを優先したのです。
このたび成立した東京都の環境確保条例改正案(2008年6月25日、2010年度から実施)では、
・原油換算で年間1,500キロリットル以上のエネルギーを使う都内の約1,300事業所を対象にして(主に床面積2万~3万平方メートル以上のビルなどが対象となる)
・2020年度までに15~20%の削減を実施を義務化(第一計画期間は2010~2014年度、第二計画期間は2015~2019年度で、温暖化ガス排出総量の削減と「温暖化対策計画書」「進捗状況報告書」などの提出・公表)
・温暖化ガスの削減義務量は、対象事業所の過去の実績排出量やこれまでの削減実績などを考慮した基準排出量に、削減義務率(取り組みがすぐれている事業所は削減率を低減)を掛け合わせて算出
・計画に従って削減努力をし、足りない分は他者の「削減量」を買い取るなどの排出量取引によってカバー(他の事業者が義務量を超えて削減した排出量やグリーン電力証書 の購入など)
・目標を達成できない事業所に対しては、最高50万円の罰金
といった内容が盛り込まれている。
排出量取引では、おそらく中・小規模事業所の省エネなどによる削減量を大規模事業所が購入するといったことが出てくるでしょう。こうした連携がうまくいけば、省エネ対策の実施が加速するかもしれません。
●家庭部門のポイントは照明、住まい作り、太陽光・熱の活用
厳しい削減目標を掲げられると、なにやらストイックでこまごまとしたエコ・省エネの励行に追い立てられるような気がする人も多いと思いますが、東京都の指針は思いのほか重点的です。前述の家電製品ラベリング制度やマンションの環境性能表示などで生活者にグリーンな消費行動を促してきたわけですが、『方針』では新たに、
・家庭から白熱球を一掃するための大規模なキャンペーンを実施すること(照明に費やすエネルギーの80%が削減される)
・1983年をピークにして設置件数が激減してしまった太陽熱利用設備(太陽熱温水器など、1983年には50万件だったのが2004年には5万件に)の普及を制度的に促進すること(都内において100万キロワット相当の太陽エネルギーの導入のために、一般家庭4万世帯に太陽光発電など太陽エネルギー利用機器を普及させる「3ヶ年モデルプロジェクト」が計画されている)
・こうした快適で低CO2排出の暮らし・住まいが普及する仕組みを設備機器メーカー、住宅メーカー、エネルギー事業者、学識経験者らが共同で作っていく
といったことを打ち出しています。
また交通では、「世界一充実した公共交通機関を活かした」(『方針』13ページ)自動車利用の抑制(パークアンドライドの導入やカーシェアリングの推進を含む)、ハイブリッド車などの低燃費車が優先的に扱われるようなルールの策定が提示されています。そして、都市開発・建築に伴うCO2 排出を重視し、都の施設を新設する場合に「世界でもトップクラスの建物省エネ仕様」を適用することや、都内の新築の大規模建物に「省エネルギー性能証書(仮称)」によって省エネ性能の表示を義務づけたりすることも予定されています。
●大胆で多角的な経済支援策
東京都の温暖化防止・エネルギー戦略でとりわけ注目されるのは、民間資金、基金、税制を活用して改革のための大胆な投資を支援しようとしていることでしょう。現時点ではまだ割高な自然エネルギーを普及させ、省エネ技術の大量導入をはかるには、その初期投資が行いやすくする必要があるのです。そのために、例えば、中小企業の新たな資金調達手段として「環境CBO(社債担保証券)」を創設し、金融機関との連携によるファンドが設置することが目論まれています。都独自の「省エネルギー促進税制」導入、省エネ設備導入に対する税の減免措置、課税によるインセンティブ効果などなど、あの手この手の経済方策は、日本のエネルギー政策の新しい潮流を生み出していると言えるかもしれません。どの地方自治体でも環境に配慮したエネルギーの購入を自らすすめていけるように、東京都を牽引役の一人としたネットワーク「グリーンエネルギー購入フォーラム」もできました。
東京都が先進モデルとなって、日本全体に新しいうねりが生まれてくる――私たちは、それぞれのなりの形で、エコな社会の仕組みを作り、エコな暮らしを実現していく主体としてそこに関わっていくことができるのではないでしょうか。■

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