上田昌文
水問題は21世紀の最重要の環境問題の一つだ。国際的な統計や海外のレポートでみると、日本の状況からはなかなか想像が及ばない深刻な予測がいくつも記されている。
たとえば最近発表されたレポート『Freshwater under Threat South Asis(危機にある淡水 南アジア)』(制作:UNEP+アジア工科大学院(AIT)、2008年10月)では、世界人口の約4分の1が暮らす南アジアにおいて、過剰な取水、地球温暖化、関係国の協力不足などが原因で、水資源が脅かされているとあるが、ガンジス川・ブラマプトラ川・メグナ川流域やインダス川流域では「地下水の水位が毎年2~4m低下しており、土壌や水質が脅かされ、地下水に塩水が混じり始めている」との指摘もある。
一方、日本での水の使用量はここ30年ほど大きな変動がない。生活用水はその中で約2割を占めるが、それも大きな変化はない。しかし飲料に限ってみると、その中で近年シェアの拡大が目立つのが、ミネラルウォーターである。
1986年の販売開始以来ほぼ直線的な伸びを示していること(2007年では日本人一人あたり19.6リットルで、「一日2リットル水を飲む」と仮定しておよそ10日間分の量にあたる)の背景には、サプリメントや特定保健用食品などの増加と軌を一にする、消費者の健康志向がある。しかし、通常のバランスの良い食事でまかなえるだろう栄養をサプリメントで補強することに違和感を感じるのと同様、水道水(+浄水器の使用)でおそらく安全性にはほとんど問題がないにもかかわらず、水道水に比べて価格が500倍から1000倍にもなるミネラルウォーターを常飲することに違和感を覚える人は少なくないはずだ。ことに奇異な感じを抱かせるのは、輸入品の消費が伸びているという事実だ(2007年では全体の23%)。
食を海外に大きく依存している事実を環境負荷の面からとらえる指標として、食料の重量(トン)にその食料の輸送距離(キロメートル)をかけて総和して算出する「フードマイレージ」があるが、日本が世界で突出してその値が大きいことが知られている(2001年で約9000億トンキロで米国の約3倍、英国の約5倍、中田哲也『フード・マイレージ』日本評論社2008年)。筆者が、輸入ミネラルウォーターについて日本と米国で比較してみたところ、日本が98億トンキロ、米国が43億トンキロという結果を得た(ともに輸入シェアのトップはフランス)。水の硬度が高いゆえにミネラルウォーターを常飲する習慣がある欧米と比べて、総消費量は10分の1程度の日本が、米国の2倍以上のウォーターマイレージになっていることは注目に値するだろう。ミネラルウォーターといういわば”贅沢な飲み水”は、水の商品化と水貿易の先行例とみなすことができるものであり、世界全体での水供給の逼迫が懸念されるなかで、ライフスタイル、安全性のとらえ方、輸送やペッボトル使用の環境負荷など、様々な問題を私たちに提起していると言えるだろう。■
★この問題については、『市民科学』第23号(2009年3月+4月)「ウォーターマイレージからみた ミネラルウォーター」で詳しく論じています。