ウォーターマイレージ

投稿者: | 2009年4月2日

ウォーターマイレージ

上田昌文

csij-journal 023 point.pdf

1 ミネラルウォーター(MW)の消費量は?

ボトル入りのミネラルウォーター(以下、MWと表記)を日本の一般消費者が店頭で手にするようになったのは、1980年代になってからである。88年に年間消費量が1億リットルの大台に載り、以後ほぼ直線的な伸びを示し、2007年には25億リットルに達した。このうち、ボルビック、ペリエ、エビアンなどの輸入MWは、1986年の食品基準法の改正を契機に急増し、現在では20%を占めるに至っている。金額でみると約2000億円の市場規模となっている。【図】

一人あたりの消費量でみると、【図】とほぼ同様の伸びを示している。2008年では年間19.7リットルのMWを飲んでいる。欧米と比較した場合、データがそろっている年でみると、1986年~2005年での米国(22リットル→80.6リットルの3.6倍)、ドイツ(65→124.6の1.9倍)、フランス(76 156.2の2.1倍)、イタリア(66→168.3の2.6倍)、ベルギー(63→158.0の2.5倍)のいずれと比べても、日本の増加率(0.7→14.4の20.6倍)の方が大きい。ただ、カナダ(95年~05年で9.0→42.3の4.7倍)、英国(98年~05年で3.1→35.8の11.5倍)の2国は欧米の中では相当大きな増加率を示している。

日本のMW消費のもう一つの大きな特徴は、輸入品のシェアが大きいことだろう。これについては全世界で比較できる最新のデータが公開されてはいないので、推測するしかないのだが、国連環境計画 (UNEP)が提供する.「Environmental Knowledge for Change」というサイトの図版の中に、世界の輸出入の状況(金額ベース)を示したものがあり、それをみると、消費量の全量では欧米の10分の1~数分の1にすぎない日本が、金額ベースの輸入取引でみて米国やドイツや英国に匹敵するだけの額に達していることから、輸入の割合が相当に大きいだろうことがわかる。現に、Beverage Marketing Coporationのデータを用いて、2007年のデータで日米を比較すると、MWの輸入の割合は米国が2.1% (輸入総量は約6億9000万リットル)に対して、日本は23.29%(輸入総量は約5億8000万リットル)と10倍以上になっている。

2 フードマイレージの計算方法は?

フードマイレージは英国の消費者運動家のTim Lang 氏(ロンドン市立大学教授・食料政策)よって提唱された一種の環境指標である。日本で本格的にフードマイレージの試算を行ったのは農林水産省の中田哲也氏(現・北陸農政局)である(彼の『フード・マイレージ』(日本評論社2008年)にはフードマイレージの計算方法とその結果が詳細に記されているが、幸いなことに、彼が最近行った講演「私たちの「食」と地球環境問題」の発表資料がネット上で公開されている)。計算方法はいたって単純で、ある年のある国で消費されたすべての食料品について、個々の食料品の品目ごとに、生産地から消費地まで、どれくらいの量がどれだけの距離を移動しているかをはっきりさせ、そのそれぞれについて[重量ton]×[距離km]の値を求める。すべてにわたってそれぞれの値の総和を出せば、それがその年のその国におけるフードマイレージとなる。

厳密を期すなら、生産地と消費地が多岐にわたる場合でも、そのすべての流通・配送ルートの網目に即して、1年間に輸送される食料品の品目と輸送時の重量と輸送距離をすべて知る必要があるが、現実にはこうしたデータは揃わない。そこでいくつかの仮定を設けて、単純化することになる。

外国産の食料品については、貿易量を詳細に記録した「財務省・貿易統計」があるので、品目ごとにみた1年(もしくは毎月)の輸入総重量は把握できる。国内産で国内移動する分と、外国産が陸揚げされた後に国内移動するの分については、個々のケースをすべて把握してから総和を求めることは現実には不可能である。そこで、国内の輸送部門にかかわるCO2排出量のデータ(環境省)やエネルギー消費量のデータ(国土交通省)などを用いて、食料品全体についての、輸送の総重量と総距離を求める。そうした全体データで、国産輸送と海外輸送を比較する。さらに、個別品目(たとえば大豆)をとりあげて、生産地と消費地を特定して、遠隔地(たとえば東京にとっての米国アイオワ州)と近郊地(たとえば埼玉県小川町)の場合のフードマイレージを比較することが一般的になっている。

移動距離の点で注意を要するのは、
・外国産品のその生産国内での輸送(トラックもしくは鉄道)は、場合によっては、「生産地点をその国の首都とし(たとえば米国ならワシントン)、1ヶ所に集積されると仮定して決めた主要出港地点(たとえば米国ならニューオーリンズ)までの直線距離の移動、というかなり概算的な扱いをしている
・海上輸送距離は主要出港地点から輸入先の主要入港地点までの直線距離ではなく、船舶の実際の輸送距離を用いている(これは海上保安庁の『距離表』(平成15年版)にデータがある)
といった点だ。

また、貿易量も正確に全世界の最新データを揃えようとすると、非常に大変だ。日本の「貿易統計」に相当するものを完備している国はむしろ少数だし、詳細な統計があったとしても相互に比較可能な形になっているとは限らない。国際的な機関(たとえば国連のUN comtrade online database)が把握しているものは、品目が限られていたり、最新の年度までデータがそろっていなかったりする。個別品目について言うと、最も詳細で最新のデータを持っているのは、当然のことながらそれを扱う企業自身であり、企業からのデータを集約してまとめられた市場調査レポートがじつにいろいろ出てはいる。ところが、これらはコンサルティング会社がまとめたものであり、極めて高価で、国会図書館にも収められていないものがほとんどだ(MWでいうとたとえば、『Bottled Water: Global Industry Guide』)。また、業界団体(MWならたとえば、Bottled Water Web)のホームページでもこうした生産・販売・消費に関するデータは、高価な会費を払う会員にしか公開されていないものが大半である。情報開示の上で改善すべき点が多々あると言うべきだろう。

3 ミネラルウォーターで日米比較すると?

日本と米国の輸入ミネラルウォーター(MW)のデータが得られたので、中田氏が使った方法によって、ウォーターマイレージを計算した。その結果は【表】のとおり。2007年について、国全体でみると、日本の消費量は米国の7.4%にすぎないのに、MWマイレージは114億tonkm(日本)対82億tonkm(米国)となり1.4倍。一人あたりでみると、消費量は日本は米国の17%にすぎないのに、MWマイレージは米国の3.3倍となっている。2008年の貿易量で試算すると、国全体でのMWマイレージは、日本が約99億tonkm、米国が約66億tonkmとなり、日本は米国の1.5倍である。輸入の割合が大きいために、MWマイレージが大きくなっていることがはっきり示されている。

4 国産MWのウォーターマイレージは?

国内産のMWの国内輸送にかかわるマイレージはどれくらいになるのか? いくつかの仮定をもうけて計算してみた。

・生産地は日本ミネラルウォーター協会による「都道府県別生産数量の推移」より2008年のデータを使って、全国シェアが1%以上の都道府県を生産地と定める。北海道、山形、群馬、山梨(全国シェア1位)、長野、富山、石川、静岡、三重、兵庫、鳥取、高知、熊本、鹿児島の14道府県で全体のシェアの94%をカバーしている。これらの地域の中で特に生産量が大きい所に大きなメーカーの生産工場がある。シェアが少なくなればなるほど、地元での販売に向けられる傾向が強いと考えられる。
・消費地は全国だが、西日本の工場での製品は主に西日本の各地に、東日本のものは東日本の各地に送られている傾向が強いと考えられる。
・そこで、消費地を東京と大阪で代表させ(日本の全人口がこの2地点に集中していると仮定して)「東日本の工場からの出荷量 東京:大阪=3:2」「西日本の工場からの出荷量 東京:大阪=2:3」と仮定して、上記の生産地から東京と大阪に送られていると仮定する。実際は、たとえば兵庫の出荷のかなりの割合が関西で消費されていると思われるので、「3:2」というのは、マイレージをかなり大きくする仮定になっていると思われる。
・各生産地から東京ならびに大阪までの輸送距離は、「生活地図サイトMap Fan Web」の「ルート検索」を用いて主要道路による輸送距離を確定する。

以上のようにして算出した結果は2008年で約5億tonkmとなった。飲料割合で約20%を占める輸入MWのウォーターマイレージが99億tonkmだから、国産MWは輸入MWに比べて、約20分の1の値になっていることがわかる。

5 MW輸送に伴うCO2 排出量は?

飲料水の輸送に伴うCO2排出を考えると、水道水がMWに比べて排出量が極端に小さくなるだろうことは容易に想像できる。ここでは、国産MWと輸入MWを比較してみた。

・国産ミネラルウォーター1リットル(1000g)を東京で飲む場合:宮崎→東京[トラック輸送]で253g、山梨→東京[トラック輸送]で21g(最小)という具合に、輸送距離に単純に比例して排出量が大きくなる。
・米国産ミネラルウォーター1リットルを東京で飲む場合:仮に、オレゴン州(工場)→ポートランド(輸出港)[鉄道とトラックの半々を使用] そして、ポートランド→東京湾(輸入港)[船舶]と輸送した場合:294g

トラック輸送がいかに大きくCO2排出に寄与しているかがみえてくる。MWを買う場合も、できるだけ地元産の製品を選ぶようにすれば、外国産のおそらく10分の1以下にCO2 排出を抑えることが可能になると推定できる。

【表 ミネラルウォーターマイレージの日米比較(2007年)】
2007年
Lはリットル 日本 米国 (注釈)
MWの総消費量★1 25億L 334億L
MWの総輸入量★2 5億8081万L 6億9271万L 別の資料で6億3588万L
人口★3 1億2770万人 3億0315万人 年内で若干変動
一人あたりのMW消費量★4 年間19.6L 年間110.9L
輸入割合★5 23.3% 2.0%
一人あたりの輸入MWの消費量★6 4.57L 2.2L
輸入MWマイレージ★7 約114億ton・km 約82億ton・km
一人あたりの輸入MWマイレージ★8 約89ton・km 約27ton・km
フードマイレージの中での割合(*)★9 9002億tonkmの約1.3%に相当 2958億tonkmの約2.8%に相当

出典
1★日本の数値:日本ミネラルウォーター協会の統計
 米国の数値:Beverage Marketing Corporation (BMC)の資料 
2★日本の数値:財務省貿易統計 
 米国の数値:JETRO 貿易統計データベース 
 ただし、何らかの理由で、★1の米国資料と食い違いが生じている。
3★日本の数値:総務省統計局人口統計のデータベース 
米国の数値:米国勢調査に関するニュースなどより
4★及び5★(1★と同じ)
6★は「1★÷2★」で算出、7★はオリジナルの算出結果による(この計算方法は中田氏の本の第3章に記された方法を用いている)
8★は「7★÷3★」で算出
9★2001年のフードマイレージデータは、中田哲也『フード・マイレージ』(日本評論社2008)の113ページのデータを用いている。

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