ウォーターマイレージからみたミネラルウォーター

投稿者: | 2009年4月1日

ウォーターマイレージからみたミネラルウォーター
上田昌文

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水は21世紀の最大の環境問題の一つと言われる。地球上の水は循環するだけで、決してその総量が増減するわけではない。問題は人間の水の使用が20世紀に急激に増大し、自然の循環の輪が部分的に損なわれ、水の取れるところ取れないところの偏在が回復しようのない程度にまでひどくなっていることだ。人間が利用できる淡水は地球上に存在する水の総量のわずか0.5%にも満たないと言われるが、それはとりもなおさず、そのわずかな割合で何の不都合もなく生命圏の中での生存が確保されてきたことを意味する。したがって「水を大切に」という言い方は、本来「循環のしくみにうまく寄り添って」を意味するはずだ。

毎日の生活で水の使用に不便を覚えることがめったにない日本の私たちにとっては、水不足が伝えられる地域の深刻さを実感することは難しい。しかし、「2025年までに全世界人口の3分の2が水不足の危機に陥る恐れがある」(FAO(世界食糧農業機関)、2007年)といった、権威ある機関からの警告はめずらしくない。最近の報告書『Freshwater under Threat South Asia』(制作:UNEP+アジア工科大学院(AIT)、2008年10月)でも、ガンジス川・ブラマプトラ川・メグナ川流域やインダス川流域では「地下水の水位が毎年2~4m低下しており、土壌や水質が脅かされ、地下水に塩水が混じり始めている」との指摘がなされている。

ところが一方で、常飲してもほぼ健康に問題が生じることがないだろう水道水が普及している地域にあって、「安全のため」「健康のため」に容器詰めされた水を決して安くはない金を払って(水道水の500~1000倍もの価格で)飲む習慣が大いに広がっている。ミネラルウォーターを一般の消費者が手にするようになったのは、1980年代半ば頃からだが、以来、市場規模は全体としてみると増大の一途をたどっている(1986年には8218万リットルだったのが、2007年には25億1529万リットル)。

日本での消費量は2008年で約25億リットルであり、うち国産が約20億、輸入が約5億である(輸入のシェアは19.9%)。日本人一人あたりに換算すると、年間19.6リットルを飲んでいることになる。国土交通省の「水資源」ホームページによると、一人あたりの生活用水(家庭用水と都市活動用水)でみると、1985年では一日に118リットル使用していたのが、2004年では142リットルになっているから、20年で緩やかに増加してはいる。しかしその増え方は、ミネラルウォーターの増加率がほぼ同じ時期(1986年~2008年)に30倍に増加していることとは、比べるべくもない(次ページ【要点】のグラフを参照)。

ヒトが生き物として摂取する水の量は一日ほぼ2リットル程度と大きな変動はないので、先の年間19.6リットルという量は飲料する水の全量からいえば、年間の消費量の約10日分に相当するだけだ。しかし、たとえ10日分とはいえ、この「水道水からミネラルウォーターへ」の移行の拡大は、以下にみるようにさまざまな面で、水をめぐる問題を逆説的に浮き彫りにしている。

第一に、消費者の「水道水離れ」はむろん、水道水の安全性に対する不安が引き金になり、さらに「身体によい水」として健康志向にも訴える点があるから生じているわけだが、じつは、「ミネラルウォーターが水道水より安全」との保証を消費者自身が厳密に求めているとは考えにくい。ミネラルウォーターの定義は欧米と日本では食い違いがあり、日本で当然視されている「滅菌・殺菌」はむしろ、欧州では「ナチュラルではない(くみ取った原水に手を加えるべきでない)」とみなされる(厳格な水源の環境保全基準を施している)。日本では1986年の食品基準法の改正によって、採取した原水をそのまま詰めることを前提にした「ナチュラルウォーター」の輸入が容認されるようになり、輸入が拡大した。現時点でも、一般的に言って滅菌・殺菌など衛生上の基準は水道水の方が厳格であり、世界全体で統一されたミネラルウォーターの品質規格というものは存在しない。「身体によい」ことを謳った表記は、ミネラルウォーターそのものは医薬品でも特定保健用食品でもないので、できないし、現実にミネラル分などを多少添加したところで、それで健康増進がはかれるという根拠はきわめて希薄であろう。ミネラルウォーターは、実際の安全性・健康寄与ではなくて、それが実現するかのようなイメージによって購入されている商品、とみなすことができる。

第二に、環境面での問題がいくつも浮上してくる。

先に述べた、飲料水にも事欠く人々がたくさんいる世界の中での消費の拡大である点が、このビジネスが”公正で持続可能な水の分配”にどこまで合致するのかを、まず疑わせるだろう。ミネラルウォータービジネスをさらに拡張していこうとする、ネスレやダノンなどをはじめとする巨大な食品・飲料企業のグローバルな販売戦略を、消費者自身が是とすることができるかどうか、改めて問う必要がある。ミネラルウォーターは、「水を金で買う世界」への移行を象徴している商品であり、たとえて言うなら、消費者はそれを買うことで「水を金で買う世界への移行」に対する賛成の一票を投じていることになる。

また、ペットボトル容器の廃棄物問題が依然として解決されていない。リサイクル率はよくてせいぜい30~40%程度であり、石油製品の使い捨て拡大の一因をなしてきた。便利さと清潔でスタイリッシュなイメージの背後には、膨大なごみの処理のコスト、焼却や埋め捨てによる汚染やCO2排出の問題がのしかかっている。
加えて、輸送に伴う環境負荷がある。いわゆる「フードマイレージ」に相当する計算を、ミネラルウォーターの場合にも行うことができ、そこから生産・流通・消費のエネルギーコストと環境負荷の問題を読み取る手がかりが得られる。次ページの【要点】では、このミネラルウォーターのマイレージ、すなわち「ウォーターマイレージ」を試算している。これは日本で初めての試みとなる。■

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