【翻訳】新しい血を入れる:環境保健市民科学プロジェクトの期待

投稿者: | 2018年3月21日

【翻訳者からのメッセージ】
正直、驚きの論文でした。この論文では、米国の公的機関によるある一定期間(24時間)採取したサンプルの平均化されたデータと、住民自身がサンプリングした測定データを比較しています。すると、住民のサンプルの測定データは、その都度短時間サンプリングされた試料の測定値であるため、基準値を超えた値が判定されます。つまりサンプリング法とデータ処理の方法の違いがデータに反映しているのですが、住民による広域にわたる測定値は毒性のある化学物質の存在を見逃さないという観点から重要であると思われます。この結果は地域の市民科学者の育成が市民の健康を守る上で、いかに大切であるかを直接示していると思います。(五島廉輔+五島綾子)

新しい血を入れる:環境保健市民科学プロジェクトの期待

Nancy Averett

(Nancy Averettはオハイオ州シンシナティ出身の、科学と環境をテーマにするライターです。彼女の著作はPacific Standard, Audubon, Discover, E/The Environmental Magazineなど多くの刊行物に発表されています。)

翻訳:五島廉輔、五島綾子、上田昌文 翻訳補助:杉野実
原題:New Blood: The Promise of Environmental Health Citizen Science Projects

▶『市民研通信』第44号(今号)と第45号(次号)の2回に分けて掲載します。

  Mónica Ramírez-Andreottaはフンボルト小学校の体育館でノートとペンを持って折り畳みイスに座っていました。2008年8月のことでした。米国環境保護庁(U.S.EPA)のプロジェクトマネージャーのLeah Butlerはアリゾナ州、デューイ・フンボルトの小さいコミュニティー内に最近設定されたスーパーファンドサイト(訳注1)に関する市民集会で司会をしていました。住民に健康リスクを引き起こす400万m3以上の鉱くずがアイアンキング鉱山とフンボルト精錬所によって置き去りにされたことがU.S.EPA(米国環境保護庁)により確認されたからでした(原注1)。

  Butlerは聴衆に“風と水による浸食によって以前の工業地所からデューイ・フンボルト地域にヒ素、鉛、その他の汚染物質を含んだ危険な廃棄物が住民の水、土壌、大気を汚染しながら運ばれてきた可能性がある”と説明しました。さらに行政機関による浄化活動では何が求められるのか、そしてコミュニティーはいかにして関与できるだろうかという点について概説しました(原注2)。

 プレゼンテーションの結論について、住民の手が上がりました。Ramírez-Andreottaは彼らの質問を走り書きしました。その当時、アリゾナ大学の医学生であった彼女はアリゾナ大学スーパーファンド研究計画のための研究説明コーディネーターとして雇用されていました。その計画は米国環境衛生科学研究所(NIEH)から基金を提供されており、有害物質と人の健康や環境の問題について学際的研究を促進するためのものでした。その晩、Ramírez-Andreottaの役目はコミュニティーメンバーの懸念に耳をかたむけ、この研究について彼らに知らせることでした。

 彼女は、これまでにも何度か聞いたことがある一つの質問が住民から出されたことに特に興味を惹かれました。その質問は「自宅の庭で栽培した野菜を食べて安全か?」というものでした。

 ミーティングの後で、Ramírez-Andreottaは何人かの聴衆のところに寄っていって、自己紹介をして、庭での栽培についての心配に対して、ある提案をしました。“現在のところ、私は明確な解答はできません。しかし、答えを見つけるために一緒に研究してみたいとは思いませんか?”と彼女はたずねたのです。

  一般の人々(レイピープル)(訳注2)が科学研究に参加した長い歴史があります。それは18世紀チャールス・ウイルソン・ピール注3の活動による米国で最初の自然史博物館(原注3)を公的寄付金により設立した事例から、20世紀においては主婦ルイス・ギブス注4がラブ・キャナル・コミュニティーにおける近隣の人々を念入りに調べ、彼らの子供たちの先天性異常を記録した事例まであげられます(原注4)

  ですが(原注5) 市民科学の実践が科学コミュニティーによって正式に認められるようになったのは、ほんの十数年前の1990年代半ばに、「市民科学」という用語が作り出されてからにすぎません(原注6)。一部の研究者は市民科学に対して慎重でしたが(他方、環境問題でもめている地域の一部の市民は、科学者が自分たちが心から懸念していることを調査しているのかどうか懐疑的でした)、コミュニティーを巻き込んで数々の研究成果が得られるようになりました(原注7)。

  市民科学プロジェクトは住民のより多数でより多様な人々に科学がどうなされていくかを公開することによって科学を民主化する可能性も持っています。このことは、特に環境保健研究部門においてあてはまります。環境に問題が生じてしまっている場所の近くには、有色で低収入の人々―そうした人びとは研究者集団のなかでもやはり少数なのですが―人口比でみてあまりにも不釣り合いに多く住んでいるからです(原注8)。

 “今、我々は遺伝子コードよりZIPコード(郵便番号)の方が重要であるかもしれない時代に生きていることを強調したいと思います。自分が住んでいる場所、廃棄物がどれくらい近くにあるのか、社会経済的地位、生活の物理的環境が、場合によっては、持って生まれた遺伝子組成よりも自分の健康を左右するのです”とRamírez-Andreottaは述べています。

  しかし環境保健研究がらみの市民科学プロジェクトは、その影響を調べようとするコミュニティーの中にいることで、研究者にとっても住民にとっても、困難になる場合があります。例えば、あるかもしれない環境汚染を調べようとしている市民グループを助けようとする科学者がいると、その人は、環境活動家というレッテルが貼られて自身の科学的中立が損なわれることを心配するかもしれません。正規の科学的訓練を受けていない人々から確かなデータを得ることができるかどうかを疑う科学者もいるかもしれません。その一方で、住民は彼らの健康懸念が真剣に取り上げられるないのではないか、調査が続いている間に住民が意思決定やデータ共有に公正に参加できないのではないかという疑念をもつかもしれません(原注9)。

懸念と信頼

  ヴァージニア工科大学教授Marc Edwardsは記者会見で、ミシガン州フリントにあるシティーホールの芝生に立っていました。彼は二つの小さいプラスチック製のボトルを持っていました。一つにはオレンジ色の水が入っていました。彼の隣には4人の子供の母親であるLeeAnne Waltersがいました。彼女は数か月前に自宅の水道水のサンプル30個をEdwardsに送っていました。テストの結果、その水は高いレベルの鉛を含んでいました。ひとつのサンプルは飲料水中の鉛の世界保健機構の最大許容限度10 ppbの1,300倍以上でした。“私が25年間で経験した最も悪い値でした”とEdwardsは言っています。彼は記者会見で5000のフリントの家庭の水道水に10ppmを超える鉛が含まれていたと推定しました。

  Edwards はWalters家の水道水中の鉛を測定後、大学院生と共にフリントの住民に水質試験キットを配布しました。また学生たちは飲料水のサンプリングの方法を説明するビデオ10を作成しました。そして地元のコミュニティーグループとアメリカ自由人権協会の代表者たちは地元の教会の地下室で勉強会を開きました。

  Edwardsはフリントの住民が適切に水道水のサンプルを集めることができたと確信していた、と述べています。彼がそう確信できるのはいくつかの理由があったのです。一つには、米国環境保護庁(U.S. EPA)によって施行されている鉛・銅規則に従った法令順守を判定するために、地方の水道局が住民から送ってもらうサンプルに日常的に頼っていたことです(原注10)。 加えて彼は、数年にわたって水道水の鉛のレベルが高いことが判明したワシントン.DCで、住民とともにその調査をした経験もあって、水道水の汚染を疑っているほとんどの一般の人々(レイピープル)が、彼が言うように、“サンプリングのミスを犯さないか、ほとんどの科学者よりも、注意深くなっているし気を使っている”ことが彼にはわかっていたのです。そして最後に、U.S. EPAのプロトコールではミスがいくつか見逃されてしまっており、彼のチームはそのミスから来るサンプリング異常を探しあてることもしているのだ、と指摘しています。

  鉛・銅規則のもとで、検査機関は集められた100サンプル毎に最も高い濃度の9サンプルを処分します。その理由は鉛の最大許容濃度(MCL)は存在しないけれども、サンプルを提出した家庭の10%以上がU.S. EPAによって定められた対策レベル以上の金属汚染がある場合には、水道局は是正処置をしなければならないからです(原注11)。

【続きは以下のPDFでお読み下さい】

続きをPDFで開く(原文・日本語の段落ごとに対照した文書になっています)

Environ Health Perspect. 2017Nov; 125(11): 495–501.
  https://ehp.niehs.nih.gov/ehp2484/
翻訳:五島廉輔、五島綾子、上田昌文 翻訳補助:杉野実
原題:New Blood: The Promise of Environmental Health Citizen Science Projects


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