『受ける?受けない? エックス線 CT検査  医療被ばくのリスク』

投稿者: | 2008年11月3日

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書評
世界で最大の医療放射線被ばく国・日本の現状への鋭い批判の書

高木学校医療ばく問題研究グループ
『受ける?受けない? エックス線 CT検査  医療被ばくのリスク』
(発行:高木学校 発売:七つ森書館、2008年)

評者:笹本征男(低線量放射線被曝研究会会メンバー)

●はじめに

本書は、おそらく、日本における医療放射線被ばく問題を扱った、最初の書籍であろう。本書を一読して受けた感想は、「日本は世界で最大の医療放射線被ばくの国である」ということを発見した驚きである。本書に寄稿している小児科医の山田真氏は、「日本には世界中のCTの四分の一があるといわれ、入院施設のないような小さな医療機関でもCTが設置されています」と指摘している。
本書では、CT(Computed Tomographyの略、コンピューター断層撮影)は、エックス線を使い、その放射線量は、「一回のCT検査で受ける線量は10~20ミリシーベルトで、公衆の年間の線量限度1ミリシーベルトを10倍以上うわ回ります」と述べている。
私がCTという言葉に、実際に出会ったのは、前立腺がんの診察を受けた病院においてであった。Computed Tomographyという英語を辞書で調べたことがある。前立腺がんは、右足の股関節に転移していたため、股関節を除去し、人工股関節を取り付ける手術を受けた。その後、私は、何度もCT検査を受けている。さらに、その後、私は胃がんも発見されて、胃の三分の二を切除した。このため、さらにCT検査を受けている。私個人の問題で言えば、最初に診察のためにCT検査を受け、その後もCT検査を受けていることになる。
そのような私であっても、私が治療を受けている病院の放射線技師に対して、CT検査による一回分の放射線量を聞いたのは、つい最近のことである。それは、本書の執筆者の一人であり、市民科学研究室の低線量放射線被曝勉強会グループの一員である、瀬川嘉之さんから、『医療被ばく記録手帳』試作版を見せられた、2005年4月以来のことである。
私が通っている病院の放射線技師は「約20ミリシーベルトです」と私に伝えた。私は『市民版 医療被ばく記録手帳』を持っているので、今後、放射線検査のたびに、放射線量を手帳に記録したいと考えている。

●『医療被ばく記録手帳』の発行と本書出版の経緯

本書の初版は、2006年9月に出版されたが、その経緯は重要である。それは、先に触れた『市民版 医療被ばく記録手帳』の存在である。高木学校では、2005年4月、『医療被ばく記録手帳』試作版を代々木のアースデー会場で配布したところ、参加した市民が多くの関心を寄せた。その後、高木学校では、2005年11月、『市民版 医療被ばく記録手帳』を作成、配布することにした。
その目的は、手帳を「エックス線検査を受けるとき医師あるいは技師に示し、線量を記入してもらうことによって、医療関係者に被ばく線量とそのリスクに関心を向けてもらい、ひいては医療被ばくを少なくしたいという」ことである。毎日新聞の2005年11月28日付毎日新聞が、『手帳』のことを報道したことで、全国各地から『手帳』の注文と「被ばくを心配する多くの声が寄せられました」。高木学校では、「市民の立場から「医療被ばく問題」をどう考えるのか、この冊子を発行することに」なった。
ここで留意すべきは、「ここで考慮する放射線被ばくによるリスクは、治療のための照射は含みません」ということである。
さらに、初版の「はじめに」では、「子ども、赤ちゃん、退治、というように年齢が低くなればなるほど、そして体の中では細胞が盛んに増殖している臓器ほど、放射線の影響を受けやすく、障害が心配されます。この冊子は、感受性の高い赤ちゃんや子どもをもつおかあさん、若い方々に特に読んでいただきたいと思います」と述べてある。
高木学校医療被ばく問題研究会グループの崎山比早子氏は、その後、好評を得て、今度の増補新版を発行することになったと、増補新版の「はじめに」に書いている。増補新版では、「放射線の障害を受けやすい妊婦、胎児、子どもの被ばくリスクについて新たに一章を設け、被ばく線量の多いCT検診、PET検診、無駄な被ばくとは何かについて検証し直し(略)二〇〇七年に私たちが行った小児科医、放射線技師、妊婦や子育てをしている女性などを対象としたアンケート調査の結果と、そこから見える問題を書き加え」たという。
本書は、全部で7章ーー「医療被ばく、なにが問題か?」(第Ⅰ章)、「放射線検査のリスク」(第Ⅱ章)、「気をつけたい妊婦と子どもの被ばく」(第Ⅲ章)、「放射線をあびると」(第Ⅳ章)、「放射線の生物への影響」(第Ⅴ章)、「無駄な被ばくを減らすには?」(第Ⅵ章)、「放射線あれこれ」(第Ⅶ章)ーーから成っているが、一つの項目が見開き2頁で説明してあり、項目は全部で58項目ある。各項目は、それぞれ簡潔に記述してあるので、読み易い。
以下、本書を読んで、私が特に注意を引いた問題について述べる。

●医療被ばくを問題にする理由

第Ⅰ章の冒頭の項目(1)は、「今なぜ医療被ばくを問題にするのか」である。ここでは日本では、これまで「本格的な医療被ばくのリスク推定が行われなかった」ことが指摘され、「医療機関からは科学的な証拠を挙げることなしに、相変わらず「危険はない」という見解が出され続けています」と述べられている。これが、現在の日本において、医療被ばくを問題にすべき理由であるとする、本書の筆者たちの問題関心である。
二〇〇四年、A・ベリングトンらは、「診察用エックス線によるがんリスク:イギリスとその他14カ国のための評価」(Berrington, A.G., Darby, S. Risk of cancer from diagnostic X-rays: estimates for the UK and 14 other countries,Lancet ,Vol.363,345-351,2004)を発表した。本書には、項目(2)で、この論文の結果を図にしてある。
それによると、「1991年から6年に調べられた医療先進国15カ国の年間のエックス線検査件数で、単位人口あたりで日本が世界一多く」、日本の「エックス線検査による年間の発がん数は七五八七人」になっている。さらに、「日本のCT台数は人口当たり他の国の三・七倍であることを加味して計算すると、年間の発がん数は九九〇五人、発がん数に占めるエックス線検査による割合は四・四%にもなり、一番少ないイギリスの七倍」になる。
この結果は重大であると考えられる。しかし、ベリングトンらの論文に対して、日本国内では、専門家が盛んに批判したが、「国際的な専門誌にこれを反証する論文発表は行われていません」という。なぜ、日本の専門家は、この論文への反証を国際的に行わないのであろうか。それにしても、日本の現状には、驚きを禁じ得ない。

●患者の医療被ばく線量に限度がないということ

項目(4)では、「患者の医療被ばく線量については限度がありません」ということが述べられている。そしてこのことは、「線量を管理し、責任を持つ機関がないことを意味します」。
なぜ、線量の限度が決められていないのか。「職業被ばくの場合は被ばくを伴う業務から利益を得る人と、被ばくのリスクを負う人は別の人です。これとは異なり、医療被ばくの場合には被ばくにリスクが伴っても、それによって病気を発見できれば、被ばくした本人が利益を得ることになります」という。このことも、私には新しい発見であった。
医療の現場における放射線業務従事者の中の医療従事者についても、驚くべき事実が、項目(6)で紹介されている。医療従事者は、2004年で40万人を超えたと推定され、医療従事者の被ばくは、「職業被ばくの全線量の六〇%以上を占めているといわれています。にもかかわらず、放射線を扱う医療従事者は、その人数も被ばく線量も正確には把握されていません」というのである。
以上、項目(2)(4)(6)が示していることは、医療用放射線被ばくの現状についての鋭い警告である。

●低線量なら心配ない?

項目(8)は、「低線量なら心配ない?--小学生時代からの教育」という標題である。学校における「総合的学習の時間」や「エネルギー教育」の授業における放射線教育は、「日本原子力文化振興財団、NPO法人放射線教育フォーラム、エネルギー環境教育情報センター、自治体や電力会社が大きな役割を果たしています」という。これらの財団財団などの広報活動の資金は、文部科学省や経済産業省エネルギー庁などからの国家予算である。そして、学校における放射線教育は、「原子エネルギーの受容促進のためには「少しの放射線を怖がらせないこと」が必要であるという認識」の上に立って行われている、という。人々は、このような認識に基づく教育を、小学校時代から受け続けている。
人々が、検診の時に「被ばくが心配」と言っても、「低線量ですから心配ありません」という答えが返ってくることの原因に、「低線量なら心配ない」という教育がある、ということを本書は、教えてくれる。

●医師と患者の問題ーー市民のエックス線信仰

項目(9)は、「お医者さんもこわさを知らない?」という標題で、放射線の教科書について、「医療被ばくのリスクを理解するために必要な放射線の基礎知識を扱う教科書の少なさに驚かされます」とあり、大学における医学教育の中でも、放射線教育に割かれる時間は多くない現状が紹介されている。しかし、「このような教育環境で育った学生も、卒業し医療現場に出れば、日常的にエックス線検査をし、検査をオーダーする立場になります。(略)放射線の単位も人体への影響もよく知らない医療従事者によって放射線診療が行われていることが多いといっても過言ではありません」。
小児科医の山田真氏が「医療被ばくに対する患者の意識」という文章を寄稿している。
戦後の日本では、「検査漬け」「薬漬け」という状態があり、「医者の側は「濃厚な医療が高度な医療である」という言説を振りまいてそのような医療を正当化してしまった」という。放射線診断についても、「「レントゲンを撮ってもらえば安心」という風潮が市民の側にある。それは医者や専門家の側が「レントゲンえお撮れば何でもわかる」式の宣伝をし、”レントゲン検査による放射線被ばく” というマイナス面を情報として伝えてこなかったことによる」と山田氏は批判している。「無効なエックス線検査を有益とする言説が多量に流され市民のエックス線信仰ができあがったというのが日本の実情である」と述べている。
以上、簡単に、本書の最初の部分の項目の幾つかを紹介したが、ここまでの内容は、日本における医療被ばくの現状と問題点を端的に示している。そして、私自身がよく知らなかったことでもある。

●放射線検査のリスクなど

第Ⅱ章「放射線検査のリスク」では、項目(10)で、CT検査には放射線を使うことが述べられているが、放射線を使うことを知らない人が多いという。「問題は被ばく線量が高いことです。胸部の単純撮影に比較すると二〇〇倍から四〇〇倍にもなります」という。
項目(12)は、CT検診についてであり、「すべてを考慮すると「自覚症状がない場合、CT検診によって命にかかわる疾病を早期発見し、延命できるという利益は期待できない」が結論です」と述べている。
項目(14)は、PET検診について述べられているが、私は、本書によって、初めて、PET(陽電子放出断層撮影、Positron Emission Tomographyの略)のことを知った。「何の症状もない健康な人のがん検診にはPETが使われるのは有害無益です」という。
第Ⅲ章「気をつけたい妊婦と子どもの被ばく」は、項目(16)において、妊娠中の被ばくを取り上げている。胎児の被ばくを可能な限り避けるために提案された「一〇日規則」を紹介し、この規則が緩和されている実情を紹介している。「放射線への感受性は胎児が一番高いのです」という言葉は、次の項目(17)の「胎児期の被ばくによる脳の障害と小児がん」につながる。ここでは、米国軍機が広島市、長崎市に投下した原爆の放射線が、脳に与える影響についての、大規模な疫学調査の中の、胎内被ばく児に関する調査に言及している。
項目(18)は、子どものCT検査の危険性を論じている。「一、子どもは大人に比べ細胞が盛んにに分裂しているために放射線の傷害を受けやすい。二、子どもは、被ばく以降に残る人生も長いために、その間に被ばくによるがんが発症する機会も多い」という二点は、子どもに放射線検査を行う時に考慮すべき点であると、述べられている。「0歳でCT検査を受けると三五歳で受けた場合よりもがん死する危険性は一〇倍以上になりますから、CTはできれば避けたい検査です」と指摘されている。
以下、第Ⅳ章「放射線をあびると…」では、被爆のリスクが蓄積すること、「しきい値」はないということが国際的な常識であること、線量当たりの発がんのリスク、晩発的傷害、子孫に与える影響、大量被ばく、急性傷害、外部被ばくと内部被ばく、放射能汚染食品、原発事故の時の甲状腺がんを防ぐためのヨウ素剤の服用、ホルミス効果、について述べられている。
第Ⅴ章「放射線の生物への影響」では、被ばくからがんへの道が論じられている。

●無駄な被ばくを減らすための取り組み

最後の章の第Ⅵ章「無駄な被ばくを減らすためには?」では、無駄な被ばくを減らすたための取り組みが紹介されている。項目(46)は、英国における被ばく対策が成果を挙げていることを述べているが、英国の健康保険局(HPA)は、1992年から。全国患者線量データベースを作成し、五年ごとに報告している。2001 年から2006年までの最新の報告では、全国316の病院と歯科医から報告された約30万件の線量測定記録が集計されているという。健康保険局は、「各種の検査に対して基準となる線量を規定し、それからはずれている検査室があると注意を促します」という。
項目(47)では、CT検査に対する英米の取り組みを日本と比較している。英国の健康保険局は、「環境放射線の医学的側面に対する委員会」の行った「健康な個人に与えるCT検査の影響についての評価報告書を公開しています」という。
米国では、食品医薬品局(FDA)が、「全身CT検査――あなたが知っておかなければならないこと」という冊子で、「病状のない人の検診は、それによって寿命が延びたという証拠がない。被ばくは通常のエックス線検査の数百倍にもなり、必ずリスクが伴う」という注を促している。国立がん研究所(NCI)は、「放射線と小児CT――健康管理のためのガイド」において、「子どもの放射線被ばくで特に注意すべきことを挙げています。特記すべきは「放射線には、がんのリスクがゼロで安全であるという線量は存在しないという合意が国際的に成り立っている」ことを明記していることです」という。
日本の現状はどうであろうか。「厚生労働省には医療被ばくを扱う部門のありませんし、被ばく線量も把握されておらず、リスクと利益を比較した科学的検証も行われていません」というのである。

●高木学校の医療被ばくアンケート調査と被ばく低減対策

項目(48)は、高木学校で行った「医療被ばくアンケート調査」について紹介されているが、アンケート調査の結果は、高木学校のホームページに掲載されている。アンケート調査において、小児科医へのアンケート調査では、「子どもの親が強く要望するため不要なCT検査をせざるを得ない医師の困惑」が一番印象的であったという。放射線技師に対するアンケート調査も行われた。
私は、最後に、医療被ばくを減らすために、日本放射線技師会が取り組んでいる対策を紹介したい。技師会は医療被ばく低減施設認定事業を行っている。その目的は、病院間の線量格差をなくし、低減することである。2005年に認定を希望した病院は全国で16施設であった。認定第一号が神奈川県の横浜労災病院である。本書の筆者たちは、この病院を訪問したが、「被ばく低減のためには、線量がどの位であるかを測る必要があります」。しかし、そのためには莫大な資金が必要であるという。この問題について、日本放射線技師会常務理事の諸澄邦彦氏が「医療被ばく低減施設の認定事業」という文章を寄稿している。

●おわりに

私は本書を読んで、あらためて、冒頭に紹介した、私が受けた驚きに戻らぜるを得ない。「世界最大の医療放射線被ばく国・日本」についてである。日本政府の厚生労働省には、医療被ばくに関する担当部署が存在しないことは、何を意味するのであろうか。
私は、米国軍機が広島市、長崎市に投下した原爆問題に関心を抱いてきた。日本政府は、米国の原爆調査に協力するために、1947年、「広島・長崎原子爆弾影響研究所」を設置し、膨大な国家予算を投入してきたし、今も後継機関の「放射線影響研究所」に国家予算を投入している。この調査機関は、日米共同の調査機関で被ばくに対する、それなりの対策を知ると、その感を深くする。皮肉なことに、「原爆被爆国日本」が「世界最大の医療放射線被ばく国」である、という事実を、私は、本書から学んだ。
私は、厚生労働省に対して、医療放射線被ばくに関して、早急に、対策を講じることを検討するように、要望する。■(2008年9月18日、記)

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