【翻訳】第6章 attacking science(科学を攻撃する)結論

投稿者: | 2015年1月23日

「Bending Science研究会」より翻訳とエッセイ
第6章 attacking science(科学を攻撃する)結論
翻訳:杉野実
pdfはこちら→csijnewsletter_028_bendingscience_sugino.pdf
 よい科学者は、他の科学者の研究に対して健全な懐疑をいだき、他の科学者のデータ解釈を文字どおりにうけとることを、ためらうものである。また再現可能性の科学的基準というのは、追加的研究により十分に確認されるまではデータの信頼性をうたがうことを、科学者に要求しさえするものである。そしてこういった事情が、他の科学者の研究に対する、科学者の健全な懐疑主義と、経済的もしくは思想的に動機づけられた攻撃とを区別することを、一般人にとって困難なことにしている。
 有益な方法のひとつは「資金を追跡する」ことである。査読者からの強烈な否定的評価、公表された研究を批判した編集者への書簡、または研究は撤回されるべきだという要求がもしも、その研究の政策決定過程への利用のされかたいかんに関心をもつなにものかの、顧問からきたというのであれば、科学界や規制庁や一般公衆は、そのような懐疑者に対して懐疑的にならねばならない。もし批判者がシンクタンクに雇用されているならその批判は、当該研究が関連する政策決定過程の結果に、経済的・思想的利害を有するなにものかにシンクタンクが支援される程度に応じて、わりびいて評価されるべきである。
 規制者や裁判官はまた、戦略的な矮小化攻撃を通じた、研究を抹殺しようとする利益の擁護者(advocates)の企図についても、承知しなくてはならない。規制庁や、とりわけ裁判所は、因果関係を導出するのに使用された科学的証拠という、より広範な背景のもとで考察されるようにする以前に、各個別研究に完全性を要求するという傾向に対して、免疫をもつべきである。特に疫学研究は、調査された関連の正確な描写に対する、障害が実際にはあることにおいて悪名がたかい。だが疫学的研究というのはしばしば、特定物質への人体の被曝が特定の病気をおこすかという重大な問題に関して、裁判所や規制庁が考慮しようとする際に利用可能な、唯一の証拠であったりする。疫学者デブラ・デイビス氏がいうように、科学においても、他のあらゆる人間の活動と同様に、「完全性は永遠に、『よいこと』の敵で、ありつづけねばならない」のである。■

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