技術者倫理力教育への道程 (2) 技術者倫理教育から技術者教育教材の整備へ

投稿者: | 2019年5月3日

技術者倫理力教育への道程

その2  技術者倫理教育から技術者教育教材の整備へ

比屋根 均 (技術者倫理・技術者教育研究者)

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ABET-EC2000やJABEE認定基準が、工学教育を受けてきた技術者が総合的に物事を捉えるための教育セットであるとすれば、実はその全体が倫理的能力教育になっていることを意味する。

JABEEによってEC2000同等の技術者教育制度が導入されて以来、従来の工学専門教育及び一般教養教育に、技術者倫理、コミュニケーション、エンジニアリングデザイン、(後にチームワーク、そしてまだ取り込まれていない「同時代的な諸問題の知識」や、「実験等の計画及び実施法」など)を加えれば技術者教育になると考えられてきた。技術者倫理はあくまでその1科目に過ぎなかったわけだが、ここまでの研究でその考え方は覆されたことになる。

また、「自国を中心とする技術の現場の知恵を集約し、次の自国の工学の発展と技術者の輩出という、大学本来の在り方に変え」る力が、大学等の工学研究者の中に残されていないことは、大学教育研究者と同席する様々な学会等の場で痛切に感じてきたことだった。

今や技術者出身の技術者倫理教育者である私の課題は、「技術者倫理」という1科目に取り組んでいるだけでは達成されないことは明らかだった。学生たちの技術者(あるいは社会人)への全人格的な準備・教育に携わること、そのための教材開発にまで拡張しなければならなくなった。

このような課題を自覚する以前に私が考えていた課題は、「技術者倫理」に加え、JABEEが対応に苦慮していた「エンジニアリグデザイン」と、語学とプレゼンテーションに簡略化されていた「コミュニケーション」の、技術者教育としてあるべき教科書の整備だった。それらだけでも、科目全体の時系列の整合的な配置、すなわち、学生の社会人・技術者への成長と準備の段階に応じた科目・内容の配置(すなわち、カリキュラム)まで検討しなければならないことではあった。

大学教育をそういう目で、すなわち高卒生を社会人(技術者)1年生に成長させていく課程として見た時、大学でも「キャリア(デザイン)教育」や「初年次教育」、あるいは「インターンシップ」、「PBL(Problem/Project/Program Based Learning)」などへの取り組みがなされ、学生が自ら主体的に学ぶアクティブラーニングが重視されていることに気づいた。また、それらの取り組みが、やはり社会人や技術者の実務を知らない工学研究者・教育者たちのそれぞれの解釈に基づく取り組みに任されていることにも気づいた。

このような広範囲の教材開発・カリキュラム整備に取り組むとき、もはや一人の手には余る。他方では、中途半端に概略などの提示にとどめてしまえば、またそれぞれ勝手な解釈の中途半端な教育が普及してしまうリスクもある。そういう考えもあって、私も所属し、実質的に私の技術者倫理教育の普及にオムニバスなどの形で協力してくれている仲間が多くいる技術士会中部本部倫理委員会の内部に、「技術者倫理」科目以外にも対象を拡張して取り組むグループを2017年に立ち上げて、取り組んでいくことにした。

その人脈の効果もあって、いくつかの課題への取り組みが始まった。

また自らも技術者倫理教育で学部1年生前期を担当する機会を得たことによって、新たな「技術者倫理」教育と教科書の着想を得ることとなった。つまり、大学初年次から社会人・技術者を意識させ、学生時代全体を通じて社会人・技術者に自己エンジニアリングデザインさせる、すなわち大学の教育だけでなく大学生活全体をアクティブラーニングに変えることができるのではないか、という着想だ。

これは、よくある大学初年次のガイダンスが「大学教育へのガイダンス」に留まるのに対し、それを越えて「大学卒業のゴール=社会人・技術者としてのスタート」であることを意識させる、いわば大学教育全体を「キャリア教育」に変えることを目指すものだ。

とはいえ、私自身は時代的に教養教育の大切さ、専門学問だけでなく様々な専門分野の友人たちと多面的に広く学問を学び触れることの大切さを知っている。だから私の目指す「初年次からのキャリア教育」は、「工学教育を受ける学生が総合的に物事を捉えられるようになるための教育セット」全体へのガイドにもなっていなければならなかった。そうしてできたのが、2018年秋の新しい教科書『大学の学びガイド 社会人・技術者倫理入門』(理工図書)である。

この新しい教科書の特徴は、5部×3章=15章の構成で5人までのオムニバス教育に対応していること、グループディスカッション・グループワークを前提にしており、テーマや取り組むタイミングまで(仮にではあるのだが)示してあること、そして、現在JABEEでも必須の要求事項になっていない安全やリスクへの基本的な考え方に1部を当てたこと(これは最初の教科書でもある程度取り上げていた)、それに組織倫理についても報連相の基本的な考え方やハラスメントなどの大学生活でも関係しそうなことまで取り上げて1部を当てたこと、を挙げておこう。

また、最初の教科書で分析不十分に終わっていた「問題」というものについても、物理的な面と社会的あるいは人間関係の中での価値や責任の面の2面があることや、「問題」には既に事実だけでなく価値を含んでいること、そして様々な文脈で生じていることを明らかにした。

更に、最初の教科書で強調していた「三現主義」は、それに「原理」と「原則」を加えて「5ゲン主義」にまで発展させた。(産業界では既に約30年以上前から問題解決における「5ゲン主義」が唱えられていた。ただ、私は「原理」と「原則」の解釈を少し変えることで、「5ゲン主義」を、科学的探究を含む探求活動一般に共通のやり方に昇華させることができたのではないかと考えている。)

その「5ゲン主義」による探求プロセスや「文脈」を強調する中で、過去の知見や文献、記録を調査することの大切さ、あるいは記録することの大切さをも明示できた。

そして更に、徳倫理・行為主義・帰結主義の倫理の3分類を更に発展させたことは、実践倫理学的にも意味を持ってくるのではないかと考えている。すなわち、反省先として科学的技術的に再発防止する部分、価値判断に関する部分、それ以前に無意識的な部分の3つに分けたこと。個人の持つ説得力にも神経の行き届いている無意識的な部分、主張の論理性の部分、結果を出している実績の部分の3つに分けたことなどである。これらによって、工学的な再発防止を図ったことで、価値判断への反省や無意識的な性向への反省を怠ることを戒めることができるし、「同じことをしたのに、なぜあの人とこの人では扱いが異なるのか?」などの一面的な倫理の捉え方に対しても正しく批判することができる。

新しい教科書の記憶がまだ生々しいために、少々詳しく述べすぎたようだ。もちろん、この教科書もまだ本当の意味で実践的に成果を上げているわけではない。大学初年次前期への適用はこの4月からしか始まらない。その実践を踏まえて大きく書き直すべきところも出てくるかもしれない。

それでも、この新しい教書、1年前期に卒業後の人生を見通すような教科書を書いたことで、学生が社会人へと成長する道筋=カリキュラムを考える土台を作れたことは重要な成果だった。

【続きは上記PDFにてお読みください】

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