土星の環を見たことはありますか? 市民研理事による読み切りリレーエッセイ 第4回

投稿者: | 2018年10月2日

土星の環を見たことはありますか?  国際隕石学会で聴くバチカン神父のおはなし

三河内彰子(市民科学研究室・理事)

2018年7月23日、私はモスクワのロシア科学アカデミーで国際隕石学会の特別講演(バリンジャーレクチャー)を聞いていました。私は科学者ではありませんが、自然と人の関係や知のあり方を探求するために、サイエンスコミュニケーションの研究・実践を行う上で、科学系で、かつ、教育普及の枠などがある学会には時々参加しています。

講演者は学会員であるDr. Guy J. Consolmagno(現バチカン天文台台長)。米国マサチューセッツ工科大学出身でバチカン天文台に長く勤務する神父です。天文台で日々何をやっているかという話に引き続き、自分が隕石研究のために毎日実験室に行くのはどうしてだと思うか、と聴衆に質問しました。さらに「科学は人々が行っていること(Science is what human beings are doing)」だが、では科学を行う動機、意義は何だろうか、と問いかけました。聴衆には若い科学者の卵で将来を不安に思い迷っている人もいれば、既に長く科学研究に携わり、論文を出すのに必死で科学のそもそもの意味を問う余裕などない人もいることを踏まえた上で、神父はそうした問いを投げかけ、それへの答えの候補を挙げながら話を進めたのです。

神父でありながら天文学者でもある個人の経験に即して、社会的意義からくる動機と個人的な動機、自分のやりたいこと、家族の望むこと、社会の望むこと、という観点から答えが語られたのですが、それはどのような科学者であっても自身の活動を振り返るのに共有しやすい観点ではないかと感じました。

最後に科学は科学的事実でなく事実への洞察でできているとの言葉もありました。、神父は会場の聴衆に向かって「この中で手持ちの簡単な望遠鏡で土星を見たことがある人はいますか?」と聞きました。200名ほどの聴衆の半分以上の人が手を挙げました。隕石研究は実際に空を見る必要はないので、多くの人が手を挙げたことは興味深いことなのです。さらに、神父は「その中で、初めて土星の輪を見た時、ワーッと声が出た人は?」と聞きました。先ほどのほとんどが手を挙げました(もちろん私も)。この声がワーッと出る、これが科学には必要なのだと締めくくりました。これは知識偏重から舵を切ろうとしている現在の理科教育の世界にとっても熟考すべき言葉と感じました。

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