日本政府と日本の専門家の欺瞞ぶりを体現する放射線審議会
瀬川嘉之(市民科学研究室・低線量被曝研究会)
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はじめに
2019年1月に放射線審議会が「東京電力福島第一原子力発電所事故の教訓を踏まえた緊急時被ばく状況及び現存被ばく状況における放射線障害防止に係る技術的基準の策定の考え方について」(以下「教訓を踏まえた考え方」)をまとめています。東京電力福島第一原子力発電所事故(以下「東電福島原発事故」)において日本政府が出した食品や空間線量率といった放射線障害防止あるいは放射線防護の技術的基準を評価し、今後の対応の前提にもなる考え方です。
避難指示が出された区域内外から何万人も避難しているにもかかわらず、日本政府が住宅提供を次々に打ち切っている現状について、放射線審議会は審議することなく追認しています。放射線被ばくを避け、被ばく線量を低減して防護をするための避難です。国際放射線防護委員会(ICRP)に依拠する放射線審議会も、防護の前提として累積100ミリシーベルトを下回る低線量の影響は確率的で安全なしきい線量がなく線量に比例して過剰なリスクが増加するものとしています。原発周辺では法令上、線量限度の年間1ミリシーベルトを超えるおそれのある区域に居住できないのも防護のためです。管理目標値は年間0.05ミリシーベルト、規制の対象としない免除やクリアランスのレベルは年間0.01ミリシーベルトです。事故発生とともに日本政府は、年間20ミリシーベルトまで居住可能としてしまいました。避難指示がなされなかった地域にしても、出された避難指示を解除して居住可能にしたとしても、防護のため避難継続ができる施策が十全になされなければ、差別的な法令や政策と言わざるをえません。
国連から日本政府に向けての勧告
2015年に国際連合が採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」には目標16.b として「持続可能な開発のための非差別的な法規及び政策を推進し、実施する」とあります。昨年から今年にかけて国連から日本政府に対し幾つもの勧告がありました。放射線審議会は国連からの指摘にまったく触れず、避難について直接検討することなく「教訓を踏まえた考え方」をまとめています。
国連人権理事会ではUPR(普遍的定期的審査)として4年に1度すべての国連加盟国の人権状況を審査しています。昨年は日本政府に対し、オーストリア、ポルトガル、ドイツ、メキシコの4ヶ国から勧告があり、3月の本会合で採択されました。いずれも東電福島事故における避難者や住民の住居や健康に関する権利を守るよう求めています。特にドイツの勧告では、年間1ミリシーベルトの線量限度に戻すことを明記しています。
また、10月25日国連総会に提出された有害物質と廃棄物に関する特別報告者バスクト・トゥンジャク氏による報告では、「許容可能と考えられていた放射線被ばくのレベルを20倍に引き上げた日本政府の決定は重大な問題であると述べ、特に、追加放射線による子どもの健康と福祉に対する重大な影響の可能性について強調している」とあります。
最近では、子どもの権利委員会が各国の状況を順番に調べて勧告している中で、今年の1月から2月にかけての日本に関する結果を採択しています。東電福島事故については、「環境保健」という節で、「2030年までに、有害化学物質、ならびに大気、水質および土壌の汚染による死亡および病気の件数を大幅に減少させる」とした持続可能な開発目標のターゲット3.9に留意しつつ、以下を含む7つの措置をとるよう勧告しています。
・ 避難対象区域における放射線への曝露〔の基準〕が、子どもにとってのリスク要因に関する国際的に受け入れられた知見と合致することを再確認すること。
・ 避難指示区域以外の地域出身の避難者(とくに子ども)に対し、金銭的支援、住居支援、医療支援その他の支援を引き続き提供すること。
・ 放射線の影響を受けている福島県在住の子どもへの、医療サービスその他のサービスの提供を強化すること。
・ 放射線量が年間1ミリシーベルトを超える地域の子どもを対象として、包括的かつ長期的な健康診断を実施すること。
「ARC 平野裕二の子どもの権利・国際情報」サイト 暫定翻訳
放射線防護の技術的基準は各省庁がそれぞれ定めています。原子力や放射性物質の規制は原子力規制委員会に一元化され、経済産業省以外に、労働者、医療、食品は厚生労働省、農林水産物は農林水産省、環境汚染は環境省、大学や研究機関は文部科学省、輸送や港湾は国土交通省といった具合です。大きくは平常時と緊急時の基準に分けられ、緊急時には原子力災害特別措置法に基づいて原子力災害対策本部が設置されています。
ほとんどすべての省庁にまたがるので、統一性や整合性を確認する「斉一を図る」ため、1958年以来、設置されているのが放射線審議会です。2001年の省庁再編で文部科学省所管となると同時に各省庁からの諮問に答申する役割に限定されていました。東電福島事故による規制委員会設置に伴い、規制委員会の下に入って規制庁を事務局とすることになりました。2017年にIAEAの指摘を受け、調査・提言機能が復活しています。現在の委員は、会長に福島県立医大県民健康管理センター長の神谷研二広島大学副学長、会長代理に日本アイソトープ協会の二ツ川章二常務理事、ICRP主委員の甲斐倫明大分県立看護科学大学、放射線医学総合研究所の神田玲子放射線防護情報統合センター長ら13人の放射線専門家です。事務局の片山啓核物質・放射線総括審議官や佐藤暁放射線防護企画課長は東電福島原発事故勃発時から経産省原子力保安院で活躍していました。
「現存被ばく状況」として線量限度を超える現状を追認
放射線審議会は、昨年1月に「放射線防護の基本的考え方の整理-放射線審議会における対応-」(以下「基本的考え方」)をまとめています。今年1月の「教訓を踏まえた考え方」のタイトルになっている「緊急時被ばく状況及び現存被ばく状況」は、平常時の「計画被ばく状況」とともに3つの被ばく状況としてICRP2007年の基本勧告に由来します。1990年の基本勧告から最も大きく変わった内容です。特に「現存被ばく状況」は2011年3月の時点では日本の法令に取り入れられていませんでした。昨年、今年の2つの文書により差別的な内容がいよいよ既成事実となったようです。ICRPの定義を踏襲して「現存被ばく状況」を放射線審議会は「基本的考え方」で「管理について決定をする時点で既に被ばくが存在している状況」としています。自然放射線と事故によって長期に汚染された環境での被ばくを同じ扱いにしていること自体が欺瞞的です。
「基本的考え方」では線量限度を超えることを許すのは「事故等における短期間の被ばくにその遵守を求めると、放射線以外の要因に起因するデメリットが明らかに大きくなる場合があるから」としています。「教訓を踏まえた考え方」では「線量限度を適用するとかえって混乱を招くおそれがあるということは、国際的に合意され、ICRPによって勧告されている」とあります。何に起因する誰にとってのデメリットや混乱なのか、避難に伴うデメリットや混乱だとしても時期や期間ややり方次第で被ばくのリスクより大きいなどと明らかに言えるはずがありません。リスク比較をしてより小さいリスクについては対策しないなどとする欺瞞が許されていいはずがありません。デメリットがあればデメリットを減らし、リスクがあればリスクを減らすのが政府の役割であり、人権の尊重です。何のため誰のための政府なのでしょう。
公平公正な放射線防護政策の策定を
「基本的考え方」も「教訓を踏まえた考え方」も主にICRPの2007年勧告に依拠しているだけのようです。技術的基準としては、国際機関での検討が不十分な最新の研究や東電福島原発事故で現実に起きている事態の検討を反映させるべきでしょう。これらに照らしたICRP2007年勧告自体の妥当性に関する調査審議もなされていません。2011年3月11日以前の域にも達していないように見えます。長期汚染で年間1ミリシーベルトを超える実態の検証も妥当性の検討もなく、「現存被ばく状況」として線量限度を超える現状を追認してしまえば、日本政府や東京電力が賠償や支援を打ち切り、汚染地域への帰還強制に強い後押しになります。
今のままの「基本的考え方」が行政機関における共通理解とされるなら、放射線防護は誤った「基本的事項」に基づき、被害者や避難者の現実を反映しない「立案のプロセスと考慮」によって政策の立案や決定がなされてしまいます。「眼の水晶体に係る放射線防護の在り方について (中間取りまとめ)」は、職業被ばくに限定しているにもかかわらず、2017年の12月から18年1月にかけて意見募集をおこなっています。「基本的な考え方」にしても「教訓を踏まえた考え方」にしても実際に放射線影響に脅かされている被害者や避難者を含む広範な人々に関わる内容です。意見募集さえおこなわないのは公正さを欠きます。意見募集をするだけでなく、公聴会等を開き、多くの調査研究や意見を検討し取り入れた上で最終的にまとめるべきでしょう。
国連人権理事会、国連総会、子どもの権利委員会からの勧告に従った公平公正な放射線防護政策を日本政府に求めます。
お世話になっております。我々、不勉強なジャーナリストにとっては、貴重な情報です。故・高木仁三郎さんの様に分かり易い記述ですね。今後とも、御身大切にご活躍して頂く事を願っております。
我々不勉強な科学ジャーナリストにとっては、貴重な情報です。
故・高木仁三郎さんの様に、分かりやすい記述ですね。
今後とも、御身大切にご活躍を期待しております。
追伸
昨年、3事故調の責任者(畑村洋太郎、黒川清、船橋洋一)にインタビューし、映像と活字に纏めました。
・「私たちはなぜ再検証委員会を立ち上げたのか」で検索して頂き、スクロールし最下段のグリーン文字
「メインページに戻る」をクリック。3人の顔写真右側の「映像」「文字」をクリックして頂けると、彼ら
の発言要旨を見る事が出来ます。
瀬川さんにチェックして頂いた「線量」表現等は、「わたしたちはなぜ再検証委員会を立ち上げたのか」の
中に記述させて頂いております。感謝です。
追伸
昨年、3事故調の責任者(畑村洋太郎、黒川清、船橋洋一)にインタビューし、「日本科学技術ジャーナリスト会議」のHPに公表しています。
HPからですと、複雑です。アドレスクリック方式がベストですが、ネット音痴ゆえNGです。恐縮ですが、
⑴ 「我々はなぜ再検証委員会を立ち上げたのか」で検索 ⑵ 最下段迄スクロールし「メインページに戻る」
をクリック ③3人各人の右側の「映像」「活字」をクリックして頂けると見る事が出来ます。
瀬川さんにチェック頂いた「線量」の表現等は、「われわれはなぜ再検証委員会を立ち上げたのか」に入れさせて頂いております。
その節もお世話になりました。感謝です。
最短距離派、
『自然放射線と事故によって長期に汚染された環境での被ばくを同じ扱いにしていること自体が欺瞞的です。』とありますが、被ばく状況として分類では、曝露の状況から現存被ばくの区分にともに当てはまるとしているだけに過ぎず、それへの法律への適用は異なりうるのではないでしょうか。