水土砂災害の防災学習は「流域」で考えよう

投稿者: | 2019年12月8日

水土砂災害の防災学習は「流域」で考えよう


角田 季美枝
(和光大学非常勤講師、市民科学研究室会員)

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2019年10月13日、ラグビーワールドカップ「日本 v スコットランド」が横浜国際総合競技場(以下、国際競技場)で開催された。この日の前日19時前に台風19号が伊豆半島に上陸し、その後、関東地方を通過したのだが、この試合を開催できた理由は何と思いますか?

それは会場が横浜国際競技場であったからである。

国際競技場は鶴見川中流域、JR横浜線小机駅の近くにある新横浜多目的遊水地(通常の水位0.8m)の中にある。台風19号接近による降雨のため、10月12日(土) 8時50分頃、多目的遊水地への流入が開始された。同日午後には遊水地の水位が6.58mまで上がり、13日朝までに流入した水量は約94万m3。これは2003年6月に運用を開始してから今回で21回目の洪水流入で、今回の貯留量は運用開始以降3番目に多い量だった[1]

94万m3がどれぐらいの量か。試しに、浅いところで1.2m、深いところで1.5m、コース幅2mの8コース25mプール(540m3)で計算してみてほしい。横浜市水道局の1日平均給水量(112.7万m3)の8割超という情報も見た。

2019年10月15日配信の峯岸佑樹記者の「日刊スポーツ」記事によれば、国際競技場は高床式で駐車場は浸水していたが、2階(選手控室)、3階(グラウンド)には被害がなかったという。そして、13日、午前6時から管理スタッフや警備員、ビールの売り子ら総勢約2000人が会場復旧に尽力し、「日本 v スコットランド」開幕となったのだ[2]

後述するが、鶴見川は江戸時代より「暴れ川」と知られ、住民や自治体が国に管理してほしいと陳情して1921年に国の管理となり、1967年、一級河川に指定された水系である。そして、戦後の急激な都市化により、従来の河川対策では対応できず、流域での対策(総合治水対策)をおこなってきた。多目的遊水地もその対策で整備された施設のひとつである。

水は高いところから低いところに流れる。雨が降ると川以外のところに降る水も川に流れて入ってくる。川の水は上流から下流に流れる。川は本川だけではなく支川、支々川などからなる水系である。川、特に一級河川といわれる川の流れはひとつの自治体におさまっていないものが多い。川が長ければ上流域に降った豪雨の水が下流に到達するのに時間がかかる。なので、台風や局所的豪雨の際は、自分の居住地に関係がある川は何なのか、その川にはどこから水が流れてくるか、上流がどこなのか、上流域の土地利用の状況はどうなのかを知っていると、対策を考えやすい。いわれれば納得できるが、なかなか行動につながりにくい。ふだんから行動していないとイザという時、身体は動かない。

今回の台風19号に限らないが、上流域で豪雨があっても下流域で洪水対策や避難対策がとられず被害が出ている。その後、決まって「下流の住民の聞くと想定外」という報道がなされる。また、雨がやんでいるのに川が氾濫して驚いたという声も紹介されている。台風19号通過後の報道でこの点が紹介されているのか気になったので、NHKのウエブサイトに掲載されているニュース特設の報道400本(2019年10月15日~11月26日)をざっと見たが、被害状況や復旧情報が大半で、流域を学ぶことの重要性は紹介されていないようだ。

そこで、2016年度から18年度、私が学んでいる鶴見川流域の実践をふまえて、川崎市麻生市民館岡上分館でおこなった水土砂災害に関する連続講座の成果を紹介したい。特におすすめしたいのは、誰でもできる「小流域探検のすすめ」である。以下ではまず鶴見川流域での流域単位の実践を紹介し、次に連続講座の内容を簡単に紹介する。なお、流域とは「降った雨が集まる大地の範囲」という定義で使っている。また、台風19号やその被害状況を表に簡単にまとめておく(表1、2)。

 

表1 台風19号について

進路

 

10 月6 日に南鳥島近海で発生。その後、マリアナ諸島を西に進み、一時大型で猛烈な台風に発達した後、次第に進路を北に変え、日本の南を北上し、12 日 19 時前に大型で強い勢力で伊豆半島に上陸した。その後、関東地方を通過し、13 日12 時に日本の東で温帯低気圧に変わった。
降雨の状況

 

雨については、10 日から13 日までの総降水量が、神奈川県箱根で1000 ミリに達 し、東日本を中心に17 地点で500 ミリを超えた。特に静岡県や新潟県、関東甲信地 方、東北地方の多くの地点で3、6、12、24 時間降水量の観測史上1 位の値を更新するなど記録的な大雨となった。
風の状況

 

風については、東京都江戸川臨海で最大瞬間風速43.8mとなり観測史上1 位を更新した。関東地方の7か所で最大瞬間風速40mを超えた。また、台風の接近に伴って大気の状態が非常に不安定となり、千葉県市原市では竜巻と推定される突風が発生した。
高波、高潮の状況

 

波については、波高が静岡県石廊崎で13m、京都府経ヶ岬で9mを超える記録的な高波が観測された。高潮については、東京都三宅島で潮位230cmなど、静岡県や神奈川県、伊豆諸島で、過去最高潮位を超える値を観測したところがあった。

出典)気象庁のウエブサイトの以下より筆者抜粋、加工して作成。

https://www.data.jma.go.jp/obd/stats/data/bosai/report/2019/20191012/20191012.html


表2  台風第 19 号の主要な被害状況

人的被害 死者98人、行方不明者 3人、重傷40人、軽傷444人
住家被害 全壊2,806棟、半壊18,336棟、一部破損20,510棟、床上浸水18,702棟、

床下浸水28,605棟

非住家被害 公共建物273棟 その他7,894棟

(出典)11月25日9:00現在内閣府非常災害対策本部の情報より筆者作成。

http://www.bousai.go.jp/updates/r1typhoon19/pdf/r1typhoon19_40.pdf

 

1.鶴見川流域の総合治水の取り組み

鶴見川は源流が町田市田中谷戸、河口が横浜市にある。本川の長さは42.5キロとフルマラソンと同じ程度の長さである。自転車なら源流から河口まで1日で行ける長さである。流域面積は235km2

管理は東京都、神奈川県、国土交通省が分割しておこなっている(国の直轄区間は第三京浜から河口までの17.4km)。流域界と行政界と合わせて見ることができる地図があるので紹介する(図1)。

図1 鶴見川流域界と行政界

(出典)鶴見川流域誌編集委員会(2003)『鶴見川流域誌 流域篇』p.5

江戸時代から洪水氾濫をくりかえし(地形のゆえ)、「暴れ川」といわれていた。たとえば、1898年から1926年までわかっているだけで32件の水害があり、1938年の6月豪雨では東海道線が史上初の不通となった。

住民は陳情や水防組合で活動していたが、被害が多発したため、1921年、神奈川県から国へ移った(1967年一級水系に指定)。

戦後以降、市街化率:10%(1958)⇒60%(1975年)⇒85%(2000年)と急激な開発があり、狩野川台風(1958年)、台風4号(1966年)では多大な被害があり、さまざまな対策がとられた。

市街化するとなぜ川が氾濫しやすいか。土地の保水力が減ってしまい、降った雨が短時間で川に流れていくからである。それでまず行われたのが、河川対策で、これは早く海に水を流すのが目的である。川の流れをまっすぐにする、川底を深くするといった対策である。また、堤防を強化することにより市街地に水があふれないようにした。

しかし、それだけでは氾濫、洪水の被害が防ぎきれなかった。これは鶴見川流域だけではなく、首都圏、中京圏、関西圏の都市域を流れる河川も同様である。それでとられたのが総合治水対策である。

総合治水対策の政策的なはじまりは、1977年6月、建設省(当時)で「総合的な治水対策の推進方策についての中間答申」が出されたことである。その後、1980年5月に建設省事務次官通達「総合治水対策の推進について」が出されて、全国17の河川を特定指定河川にした。おおむね10年で1時間50ミリの豪雨に耐えうるようにするという目標が設定された。当時は高度成長時代、住宅を建設するニーズが高く、河川対策は建設省(当時)でも立場が弱く、立法化できなかった。それで中間答申後すぐに対策がとられず、事務次官通達で進められたのである。

総合治水対策は、以下のようにゾーニングをおこなって管理する。

*保水地域:自然地の保存、既開発地域における対策、新規開発地域における対策

*遊水地域:自然地の保存、盛土の抑制(残土処理規制、水田の畑地化における指導)

*低地地域:内水排除計画の推進、河川への排水量調整、貯留・浸透施設の設置

*全流域:水防体制の強化、耐水性建築の強化、浸水予想区設定・公示、警報・避難システム整備

鶴見川に話を戻すと、1981年、浸水被害実績図が日本で初公開された。予想図ではなく実績図の公開は、不動産関係者の反発が強かったが、事務次官通達をバックに関係者が押し切っての公開だった。

また、冒頭に紹介した新横浜の国際競技場は遊水地域での取り組みのひとつである。ちなみに、遊水地と似ていると思われている雨水調整池は、保水地域での取り組みのひとつである。遊水地は川からあふれる水を貯め、調整池は川に水が入らないようにためるという違いになる。

その後、鶴見川流域は、法定計画では鶴見川流域整備計画(1989年策定)、鶴見川水系河川整備計画、鶴見川流域水害対策計画(ともに2007年3月策定)、行政、企業、市民のパートナーシップによってボランタリーに運営する鶴見川流域水マスタープラン(2004年策定)によって管理されている[3]。また、将来の局所的豪雨や気候変動をにらんで、2005年、「特定都市河川及び特定都市河川流域」全国第1号指定の流域になった。

自治体を超えた広域の流域水マスタープランは、印旛沼、新河岸川など各地で策定されているが、現在でもパートナーシップで運営されているといえるのは鶴見川流域水マスタープランだけである。その理由はいろいろ考えられるが、私の意見としては流域レベルの市民団体が活動している、という点が大きいと思う。次節では、流域レベルで活動している鶴見川流域ネットワーキングの活動について紹介する。

[1] 国土交通省関東地方整備局京浜河川事務所記者発表資料(2019年10月16日)

http://www.ktr.mlit.go.jp/ktr_content/content/000758712.pdf

[2] https://www.nikkansports.com/sports/rugby/news/201910140000862.html

[3] 鶴見川流域水マスタープランについての詳細は、以下を参考にしてほしい。

http://www.ktr.mlit.go.jp/keihin/keihin_index049.html

【続きは上記PDFでお読みください】

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