「障害と人権全国弁護士ネット  東京大会シンポジウム」に参加して

投稿者: | 2020年2月13日

「障害と人権全国弁護士ネット  東京大会シンポジウム」に参加して

【報告】白井基夫(医療生協さいたま生活協同組合・本部)
【参考情報提供】丸山節子(認定NPO法人「難病のこども支援全国ネットワーク」事務局)

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ノーマライゼーション、インクルーシブ教育、障害者差別解消法

ノーマライゼーションという語をはじめて聞いたのは、1981年だった。国際障害者年。これをきっかけに、障害者も、障害がない人と同じように社会に受け入れられ、同じような生活条件を提供される社会をめざそうという機運が、官民双方で高まっていった。それから約40年。

また、教育現場の用語として、当時のインテグレーション(統合教育)から概念が拡大され、インクルーシブ教育がめざされるようになっている。障害児も、障害のない子どもといっしょに同じクラスで同じ授業を受け、同じ体験をする、より共生の理念を徹底した概念である。

そして、2013年に成立し、16年から施行された障害者差別解消法がある。その制定趣旨は、以下のとおり(内閣府のWebページから)。

〔全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進すること〕

さて、「障害と人権全国弁護士ネット 東京大会シンポジウム」は、昨年11月9日(土)と10日(日)の2日間にわたり、東京・千代田区内で開催された。

この会は2002年、全国の弁護士が、個々の対応では困難な差別・人権侵害の事例について、情報交換しながら力を合わせて立ち向かっていこうという趣旨で結成された。私の学生時代からの友人である弁護士はこの会の中心におり、その関係で、何度か報告会や学習会などに参加してきた。

1日め(弁護士会館)

最初に基調講演が行なわれた。講演者は立命館大学生存学研究所の永瀬修教授、テーマは「国連障害者権利委員会の日本への事前質問事項」。少し説明が必要かもしれない。私もはじめて知ることばかりだった。

障害者権利条約の締約国は、4年に一度、法制度や施策が、条約の内容にふさわしいものとなっているかどうか、権利委員会の審査を受ける。ここで重要なのがパラレルレポート。政府による報告があるが、これだけでは実態・実際の問題が見えにくいため、NPOや障害者団体などが、独自にレポートを提出するしくみがある。その審査が今夏。審査に際しては権利委員会から事前質問事項が出される。今回の講演は、その質問項目とパラレルレポートの内容の紹介が中心だった。特に焦点になるのが、障害者権利条約第24条。日本にとっては、かなり厳しい具体的な質問が投げられている。

講演のあと、「医療的ケア児とインクルーシブ教育をめぐる二つの裁判当事者報告」があった。ともに、障害を抱えていることに由来する、差別・人権侵害である。なお、医療的ケア児(略して「医ケア児」とも呼ばれる)とは、人工呼吸器や胃ろうなどを使用し、たんの吸引などのケアが必要とされる子どもを指す。医療技術の進歩によって入院せずに生活ができる子どもが増え、厚労省の資料によれば、10年前の倍、1万8000人ほどいる。

1つめは、愛知県での親の付き添いを強要する事件。医療的ケアに必要な器具などを毎日持ち運ばなければ授業に参加できず、校外学習に親の付き添いを強要し、集団登校や水泳の授業でも差別があった。親の付き添いがないと、教育を受ける権利が保障されないわけである。

2つめは、地域の小学校に入ることを希望しているにもかかわらず、特別支援学校への就学を強要した川崎市での事件。親や子の意向をまったく無視し、協議も説明もなく、どこの学校にするかの決定権は教育委員会にある、とした。

事例が報告され、そのあとはパネルディスカッション。大谷恭子弁護士が司会として、大阪府箕面市でのT君にかかわる取り組み「ともに学び、ともに生きる」とのテーマで担当教員からの報告を受けて、上記、愛知県と川崎氏の当事者も加わって。T君は中学2年生、脳性まひ、気管切開、胃ろう、言葉話せず、人工呼吸器使用、バギー使用。肢体不自由児特別支援学級に通いながら、実質的は2年生のあるクラスに在籍しており、クラスのみんなとともに活動している実例報告だった。教員からの報告の一部。

「T君がいることで、子どもたちもあたたかい雰囲気になっている」
「子どもたちは、大人が考えているよりもT君のことを自然に受け入れている」
「その関わりの中で子どもたちが見せる力はほんとうにすごい」

お母さんからの報告の一部。

「お友だちからの声かけがあったから、いまのTの反応のよさ・自己主張する力が培われたのであって、Tが今後生活していくうえで、何より必要な力だと思います」
「ともに学び、ともに育つの意味は、みんなが認め合い、助け合い、互いにその過程の中で成長していくこと。これからの優しい社会をつくっていけるのは、きっとこの子どもたちであり、その基盤をつくるのが小学校だと思っています」
……

【続きは上記PDFでお読みください】

 

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