【連載】日中学術交流の現場から 第2回
仮面ライダーと市民科学―市民科学にとって仮面ライダーとは何か―
山口直樹 (北京日本人学術交流会責任者)
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はじめに
石ノ森章太郎原作による異形のヒーロー、仮面ライダーが、誕生するのは1971年4月3日のことであった。このヒーローは、たちまち人気を博し、社会現象にまでなる。
当時の子供たちは、スポンサーのカルビーの発売していたスナック菓子についていた仮面ライダーカードほしさに群がっていた。そのなかでカードだけ入手してスナック菓子は、捨ててしまう子供が続出し、社会問題にもなっていた。
当時少年だった人で“変身”ポーズをしたことがない少年を探すことは難しいであろう。
それだけの影響力を有したこの作品は、『仮面ライダーV3』(1973)『仮面ライダーX』(1974)『仮面ライダーアマゾン』(1974)そして『仮面ライダーストロンガ―』(1975)など続編が次々と制作され、平成仮面ライダーの一連の作品に続いていくこととなった。
中国においては、仮面ライダーは、ウルトラマンほどではないが、假面超人あるいは假面騎士と表記され一定の知名度を有する。しかし、仮面ライダーをウルトラマンのような宇宙人だと誤解している中国人も少なくない。実際、石森章太郎『仮面ライダー』第一話では、「私は、遊星から飛来した宇宙人と思えるかもしれない」というセリフがあった。
1. 改造人間としての仮面ライダー
だが、仮面ライダーは、宇宙人ではなく改造人間である。当然ながらこのことを押さえておくことは重要である。ウルトラマンのように地球の外部からくるヒーローに対し、仮面ライダーは、地球の内部から現れたヒーローという意味を持つからである。
1971年4月3日にテレビ放送された第一話は、城北大学の知力と体力に優れた青年科学者、本郷猛(演;藤岡弘)が世界征服を狙う悪の秘密組織ショッカーに改造されるところから始まる。(ショッカーの思想は基本的に超エリート主義であり選民思想である。少数支配による人類の改造と再編成が、ショッカーの基本戦略である。)
本郷猛は、IQ600という設定であり、抜きんでた知力の持ち主である。ショッカーはそこに目を付けたのだ。
『仮面ライダー』(第一巻)(秋田書店,1971)においては、以下のようなやり取りがなされる場面がある。
ショッカーの首領「めざめよ本郷猛、栄光あるショッカーの一員に選ばれしものよ。世界のあらゆるところに組織を持ちその国の選ばれた者のみを組織に加える。やがてはほかの無能なる人間どもは、家畜のごとく「ショッカー」の意のままに動くことになる。」
本郷猛「ば、ばかな!人間はすべて平等だ。これからの世界には“人類愛”こそ必要な時だというのに、それを家畜のように支配するなんてぼくはごめんだ。」
ショッカーの首領「くくく、もう遅いのだ。本郷、君はすでに首までショッカーの一員になってしまっている。お前が意識を失ってからすでに一週間、その間にショッカーの科学者グループは、おまえの肉体に改造手術を施した。おまえはいまや改造人間なのだ。サイボーグが世界を動かし、そのサイボーグをこの私が支配する。」
本郷猛「死んでも貴様らの思い通りに動く人間にはならないぞ。」
ショッカーの科学者「そう思うのは今のうちだけだ。最初は皆がそのように言う。だが、やがてはショッカーに感謝するようになる。」
この場面からもショッカーが、いかに恐ろしい組織であることがうかがえる。
ここで本郷猛が、抜きんでた知力と体力の持ち主であるにもかかわらず、「人間は平等だ。」と述べているところが、印象深い。
たとえば、岡謙二は、『不滅のヒーロー仮面ライダー伝説』(ソニーマガジンズ,1999)においてショッカーについて以下のように述べている。
ショッカーは、世界制覇を企てる悪の秘密結社である。ナチスドイツが、秘密裏に研究していたとされる改造手術を人間に適用し、一方で仮面ライダーを誕生させ、もう一方で仮面ライダーとたたかう怪人を誕生させる。ショッカーは世界各地で作戦を成功させつつあったが、唯一取り残されていたショッカーの支配下におくための作戦を遂行しようとする。
このショッカーを「現代文明」と読み替えると、仮面ライダーはその文明の負の部分を背負いながらも、さらに悪化する環境汚染や人間の精神的荒廃と戦う孤高の戦士であり、ショッカーの怪人たちは、これまでの過ちへの反省もなく、さらに環境汚染や精神的荒廃にさらに荷担しようとする「利己的利益追求型」の政財界のリーダーたちとみることも可能だ。
なお怪人にはもともとショッカーの軍団員だった者、あらたに人間を怪人に改造したものに大別できる。怪人たちは、基本的に動植物がもとになり、怪奇性が強い。(220頁)
ショッカーはナチスに似た組織として描かれるが、ナチスと対決しようとした哲学者にフランクフルト学派のアドルノやホルクハイマーがいる。
彼らは『啓蒙の弁証法』(1944)において啓蒙の過程が、「自然の支配」の歴史だとすれば、技術によって「外なる自然」をそして道徳によって「内なる自然」を支配することが啓蒙の中に含まれており、この過程で啓蒙は神話となり文明は野蛮に反転すると考えた。
ショッカーは、道徳によってではなく、脳手術で「内なる自然」である人間の精神を支配しようとする野蛮な組織なのだが、本郷猛は、脳手術される直前にショッカーの基地から恩師、緑川博士の助けを得て脱出し、組織を裏切ることになる。
そして、ごく少数の理解者である「おやっさん」こと立花藤兵衛(演;小林昭二)や緑川博士の娘、緑川ルリ子らとともに人間の自由と平和のために闘うというのが仮面ライダーという物語である。
ここにおける第一のポイントは、仮面ライダーは、悪の組織ショッカーによって改造された改造人間であるということである。仮面ライダーの超人的な能力は、悪の組織ショッカーのテクノロジーによって開発されており、後に送り込まれてくるさまざまなショッカーの怪人と同様、もし脳手術の前に脱出していなければ、怪人バッタ男あるいは、怪人トンボ男などとショッカーの尖兵として「活躍」して人間の自由と平和に敵対していただろう。
仮面ライダーの身体には、悪の組織ショッカーのテクノロジーが、刻み込まれているのだ。
https://www.phileweb.com/news/hobby/201909/10/2578.html より引用
2. 裏切りの物語としての仮面ライダー
2-1.仮面ライダーの物語の構造
悪の組織ショッカーを裏切ることによってこそ痛みを背負った孤独な正義のヒーロー、仮面ライダーは誕生する。仮面ライダーとは「悪から与えられた力を使って悪と戦う物語」であるといってよいだろう。この物語の構造は、石ノ森章太郎『人造人間キカイダー』(1972)『サイボーグ009』(1964)『アクマイザー3』(1975)などにおいても同様である。悪の組織ダークを裏切ることによってキカイダーは誕生したし、悪の組織ブラックゴーストを裏切ることでサイボーグ009は誕生した。アクマイザー3もまた悪魔族をザビタンが、裏切る物語である。(石ノ森章太郎氏のアシスタントをつとめたこともある弟子筋にあたる永井豪氏の『デビルマン』もまたデーモン族を裏切る裏切りの物語であり、基本的に仮面ライダーと同じ物語の構造をもっている。)
石ノ森章太郎は、生涯にわたってこの組織を裏切るヒーローの物語を数多く描きつづけた。このことは何を意味するのか。
第二のポイントは、一般の人々は悪の組織ショッカーの正体を知らず、またウルトラマンにでてくる「科学特捜隊」や「ウルトラ警備隊」のような公的な組織も仮面ライダーには、ほとんど登場しないということである。
岡謙二は、『不滅のヒーロー仮面ライダー伝説』(ソニーマガジンズ,1999)においてウルトラマンと仮面ライダーの科学思想の差異を以下のように指摘していた。
仮面ライダーの思想性は、ウルトラマンとの比較で言えば“科学”という点に絞って考えてもまったく異なる。ウルトラマンでは、科学は正義の側が使用して人類の進歩に貢献するものであるという一点は、どんなシリーズにあっても不変に定理だったように思う。
実際、国際科学警察機構日本支部である「科学特捜隊」というネーミングを見ただけでそれはわかることだ。彼らは現代の科学を駆使し、さらにウルトラマンの持つ超ハイテクノロジーの助けを借りて人類を守るのである。
だが、仮面ライダーにおいては、科学は怪人、つまり悪の側が最大限に活用して人類を滅ぼそうとするものであり、本郷らがそのショッカーの軍団の最先端のハイテクノロジーによって改造されるなど、科学のもつ“負の部分“が強く押し出されていたといってよい。(276頁)
悪の組織ショッカーによるテクノロジーよって改造された身体を使ってショッカーを倒すところに仮面ライダーという物語の最大の特徴が存在する。
また、岡謙治は次のようにも言う。
今日、私たちは、科学は万能ではありえず、科学による人類の進歩、発展はというものはひょっとすると幻想かもしれないと感じ始めているが、最先端科学で武装された“悪の軍団”ショッカーが登場したことは、そうした私たちの感覚をあらかじめ先取りしていたとさえいえるだろう。
したがって、仮面ライダーは、科学は人類の進歩ためにあるといったそれまでの楽観主義的な“思想”を大きく乗り越え、時代に警鐘を打ち鳴らすものでもあったとさえいえるのである。
もちろん仮面ライダーの側もまた、最先端科学を駆使したスーパーマシン、サイクロンを使って悪と戦うわけだから結局、そこには科学の持つ善悪の側面が描かれ「誰がなんのために科学を用いるのか」が問われていたともいえる。いずれにせよ仮面ライダーは、超ハイテクノロジーを駆使して人間を葬り去ろうとする悪の軍団と真正面から闘う人間の物語である。(277頁)
「誰が何のために科学を用いるのか」が問われていたともいえるという指摘は、忘れられてはならない。仮面ライダーである本郷猛のごく少数の理解者である「おやっさん」立花藤兵衛(小林昭二)は、バイク屋やスポーツ用品店の店主という一民間人であった。仮面ライダーは、こうした民間人の協力を得て悪の組織ショッカーと戦っていたのであった。仮面ライダーは、官ではなく徹底して民の存在なのである。しばしばNPOといいながら実際は、官の組織の人間が理事の大半を占めているというような組織を見かけるが、仮面ライダーやそれを支える者たちは、民を装いながら実際は官というような組織の者たちとはおおよそ異なっている。
ここにおいてキーとなる存在は、仮面ライダーの理解者である一民間人の「おやっさん」の存在である。仮面ライダーは、「おやっさん」をはじめとする市井の市民たちの支えによって仮面ライダーとして、活動できている。市民の側が、ショッカーに対抗するために科学を用いているともいえる。
この点において仮面ライダーは、市民科学と親和的なのである。
また、青年科学者、本郷猛は、市民科学者といってよいかもしれない存在である。
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