市民科学は感染症(拡大)予防に寄与できるか

投稿者: | 2020年12月7日

COVID-19 Citizen Science (CCS)で公開されているmapより

 

市民科学は感染症(拡大)予防に寄与できるか

上田 昌文(NPO 法人市民科学研究室)

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この原稿は、2020 年度科学技術社会論学会(STS学会)総会・年次学術大会 で行われた、「コロナ禍の市民科学:市民はパンデミックへの対策にいかに関与しうるか」というセッション(C-1-1【OS】)において、筆者が行った発表(約15分)をもとにしています。 文章が箇条書き風になっているところがありますが、その方が読みやすいだろうと考え、もとの形をそのまま生かしているためであることをご了承ください。

 

COVID-19への公衆衛生上の課題の2分類

この新型コロナウイルス(COVID-19)への課題としてまず語られるのは、

1)発症関連:予防、感染の拡大の防止+重症化防止、治療、後遺症への対処

であるが、次の点を見落とすわけにはいかない。

2)日常生活関連:社会経済活動の変容→自粛・封鎖に伴う、心身のダメージへの対応

この「心身のダメージ」は、休業や倒産、失職や解雇などによる収入減に起因するものが多いと考えられるが、人との交流が絶たれたことによる孤独感や精神的不安などもかなり関係すると想像される。

これらの課題に対して、ここ20年ほどの間にとりわけ欧米において活発になってきたCitizen Science(以後、この英語を「市民科学」と言い換える)(その取り組みの主だった特徴については文献1を参照のこと)はどう対応したと言えるだろうか。

「市民科学」のアプローチ

上記1)の発症関連に対しては、

個人の行動履歴モニタリング→データ集積→感染状況の把握と効果的な対策

②PCでのゲームやパズルをとおして抗ウイルスタンパク質の設計などの科学研究(補佐)

マスクの提供など、具体的な予防手段の開発・普及

感染症に関する進行状況や対策に関する情報のわかりやすい提供(啓発)

に大別される活動がある。

①は、主としてスマホアプリを用いた「クラウドサイエンス」「オープンサイエンス」の手法によって、感染症の抑え込みのために必須となる感染状況の把握が、より素早く、大規模に、的確にできるようにする、というものである。これについては後に詳しく述べる。

②は次の2つの顕著な例がある。

【例1】Foldit https://fold.it/

2005年に開始された、タンパク質構造予測を行うコンピュータゲーム。必要な創薬の第一歩として、参加者にパズルを解いてもらうことで、コロナウイルススパイクタンパク質に対する抗ウイルスタンパク質の設計を試みる。現在、コンピュータを使って行われているタンパク質の構造設計はまだ時間も金もかかる作業であるが、ワシントン大学の研究者が運営するオンラインの作業に多数の市民が参加してこれを進めている。20,000の潜在的なCovid-19抗ウイルスタンパク質のうち、すでに99の最も有望なものを絞り込むことに成功している。

◆参考:https://www.gamespark.jp/article/2020/03/04/97257.html

【例2】Folding@home  https://foldingathome.org/

米国のスタンフォード大学を中心に、COVID-19感染の問題が起こる以前から、がんやアルツハイマー病など、さまざまな病気の治療に役立てることを目的にタンパク質のおりたたみ構造を解析してきたプロジェクト。利用するのは世界中のパソコンやスマートフォンで、かつてはPlayStation 3からも参加できた。専用のソフトウェアがインストールされたPCは、処理能力の一部が折りたたみ構造の解析に使われる。新型コロナウイルスの解析開始後2週間で参加者が40万人を超えた。

◆参考:https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/1243230.html

③は例えばマスクについてみると、今回のSTS学会の同じセッションでの発表がなされた、Xenoma(ゼノマ)という企業による独自の飛沫拡散防止効果の検証を経たうえでの福祉機関への30000枚の布マスクの無償(網盛一郎氏による発表)や、ベルギーでの市民の間に起こった「自作マスク運動」と行政のそれへの支援 (ヨーク・ケネンス氏による発表)などにみる、DIY市民科学とも呼ぶべき活動が起こった。おそらく似たような事例は他の国でもみられたと想像され、マスク製作といった一般市民による実践が、公衆衛生の推進にどのように寄与したか、そして社会はそれをどう評価し支えたか(あるいは支えなかったか)を調べておくことは重要だと思われる。

PCR検査をはじめとする、必要な検査をどう普及させ、その有効性を確保していくかという点に関しても、おそらく④の啓発活動としての面を含めて、①とも重ね合わせて、何らかの市民科学的なアプローチがあり得ると思われるが、現時点では筆者は、そうしたことの事例を調べるところにまでは至っていない。

④も各国で多数見られる。もちろん、感染症対策にあたる行政の部署や国公立の病院などの医療機関でも基本的な情報を提供しているが、①を実施しているプロジェクトでは、市民の参加のもとに得られたデータを用いて、感染状況の把握を行うことのなかで、COVID-19について知っておかなければならない知識を解説し、(感染状況が異なる)エリアごとに応じてよりきめ細やかな(市民自身が自発的になし得るものも含めての)対策を示していく、とういやり方を採用している。

上記1)に関しては市民科学の手法は力を発揮する局面が様々にあるが、上記2)の日常生活関連に対しては、方法としては

⑤「聞き取り調査」型の実態調査

から始まるアプローチが当然想定し得るのだが、実際には休業、解雇、売り上げ低下、利用者数減少……など、現状では経済的指標での報告は多数なされてはいるものの、自殺率の増加などに表れてきているだろう心身ダメージの実態はうまく把握できていないのではないだろうか。病院や保健所などからの症例として報告されるデータだけから見えない、経済的困窮などから来る心身へのダメージを被っている人たち(受苦者)の実態を、どう拾い出していくかが、改めて市民科学的な課題として浮上しているように思われる。確かに、こうした受苦者が自らその置かれた苦境を申告・報告することは考えにくいがゆえに、自発的参加が前提とされる「市民科学」のアプローチでは対応できないし、また、直接訪問・面談など地域の保健衛生活動でしばしばなされるやり方も、接触による感染リスクのために手控えざるを得ないという面がある。すなわち、市民科学とも親和性が高いと考えられるCBPRのようなアプローチでは、「現場に赴いて」の調査がその前提となっているが、それが容易に実施できない(CBPRについては、例えば文献2を参照のこと)。そこで、オンラインも活用しての、これまでにないやり方でのCBPR的なアプローチが、この⑤を出発点にする市民科学には求められるのではないか。

直接に公衆衛生に結びつくものではないが、多くの学校がオンラインでの授業を余儀なくされるなかで、教育者や児童にオンラインで教育コンテンツを提供する活動が活発化しており、そのコンテンツの制作がクラウドを用いた「集合知」によってなされる場合が出てきている。また、学習者や教育者自身が、例えばZooniverseに参加して銀河の分類作業に携わる際のように、共同作業に加わって、自身の能力を高めるというやり方も出てきている。

このような「共同」への参画といったあり方は、はたして、生活困窮に陥っている人たちへのアプローチとして成立し得ないものであろうか?

 

個人の行動履歴モニタリングの市民科学

①の「個人の行動履歴モニタリング」とそのデータ集積による感染状況の可視化は、COVID-19に対する市民科学の主流であったし、今もそうである、といえる。

以下に述べるように、まずまずの成果を生んでいると思われる市民科学の事例がみられる一方、基本的に国が導入し管理することになることが多い、接触感染アプリ(日本では「COCOA」がそれにあたる)を用いた追跡は成功しているとは言い難い例が多いように思われる(COCOAは2020年10月21日時点で日本の総人口(約1億2581万人)の約15%に相当する約1869万件がダウンロードされたが、効力を発揮するにはそれが60%ほどに達する必要がある、とされる)。中国、台湾、韓国でこのタイプのアプリが有効に働いていると報告されているが、その有効性の差が生まれる背景には、各国によって国民の個人情報の管理体制が異なるという事情がある。これは公衆衛生上の課題解決のために「国家(当局)がどの程度までの個人情報を、どのようなアプリやシステムを通して取得し、どこまで各個人に行動変容を強いるか」という普遍的な問題が提起されており、それ自体今後に向けての慎重な検討を要するものであろう。

◆参考:世界で導入のすすむ、接触確認アプリ https://note.com/sekaimesen/n/n859014571ea0

注目すべき市民科学の事例をいくつか挙げてみる。

【例3】COVID-19 Citizen Science (CCS)  https://covid19.eurekaplatform.org/

実施主体はカリフォルニア大学サンフランシスコ校のEureka (UCSF EUREKA RESEARCH)で、UCSF Eureka Research Appというアプリをスマホなどに導入して参加する。100万人のユーザーに到達することを目標に、新しいコロナウイルスがどのように拡散して将来の感染を減らすのかについての洞察を得ることを目的にしている。現時点(12月24日)での参加者は38,924人。参加者は、健康状態、投薬、様々な日常習慣に関するいくつかの基本的な情報を毎日収集されることになり、また追加で、GPSによる位置情報、体温、運動、体重、睡眠などの追加のデータを提供するオプションもある。それに加えて、COVID-19の何をどう調べていくのがよいか、という「リサーチクエスチョン」を提出するように依頼される。すでに参加者から2000を超えるアイデアを受け取っていると報告されている。Northwestern MedicineやAmerican Lung Associationとも提携。そしてEureka Research Platformチームは、ビル&メリンダゲイツ財団がCCS調査員に助成金を授与し(2020年9月2日)、米国国立衛生研究所(NIH)の支援を受けるようにもなった(2020年10月15日)。

看板となる情報提示は、データを集約化してウイルスの「ホットスポット」と震源地を特定して、感染拡大の予測に役立てるための「症状分布マップ」であろう。報告者の位置とその数が、11種類の症状(咳、鼻水、匂いや味の不感、微熱、筋肉痛、喉の痛み……など)ごとに示され、それらが時系列でどう変化しているかが辿れる(特定の地点にカーソルを置くと、その地点で11種類の症状を示した人の割合が表示される)。

 

【続きは上記PDFでお読み下さい】

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