連載「日中学術交流の現場から」第5回 北京から第五福竜丸元乗組員の市民科学者、大石又七さんへの手紙 第二便

投稿者: | 2020年12月8日
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【連載】日中学術交流の現場から 第5回

北京から第五福竜丸元乗組員の市民科学者、大石又七さんへの手紙 第二便

山口直樹 (北京日本人学術交流会責任者)

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はじめに

拝啓 大石又七さま

こんにちは。山口直樹です。

前回書いた第一便に続き、第二便をお送りします。

北京大学で「日中原子力テクノロジー再考」 と題して、原子力を考える緊急特別報告をする著者(本文の最後を参照)

 

5.大石さんが、キリ島で出会った多田智恵子さんに仙台で会いました。

大石さんは、原水協の企画により2002年2月26日から3月10日までの日程でマーシャル諸島を訪問されたそうですね。核の実験場にされて、生活の場を奪われたマーシャルの人々と交流する機会を持てたことは非常に貴重であり、有意義なことではないかと思います。第五福竜丸の元乗組員では大石さんが、はじめてですね。

そして3月3日、4日には、マーシャル群島のキリ島をも訪問されたそうですね。

アメリカは、1946年1月にビキニ環礁を核の実験場に決め、島民たちを強制的にロンゲラップ島に移住させ、1948年からキリ島で暮らさせるようになったとのことですが、このキリ島は、別名、監獄の島と呼ばれているとか。援助漬けにされた人々は、特にすることもなく働く意欲をそがれていたそうですね。

そのような島で大石さんは、日本から来ていた多田智恵子さんと出会っています。

 

大石さんはその時のことをこう書いています。

 

「俺はマーシャルを訪問中、一人の日本人女性に出会った。青年海外協力隊としてキリ島に来ていて小学校の先生をしていた宮城県出身の多田智恵子さんだ。この小さな島に1000人もの人が住んでいる。その中で日本人はただ一人、それもうら若き女性、よほどの強い意志と信念がなければ務まらないと思った。「大変だけど日本に帰りこの経験を生かして教師を続ける」と頼もしい多田さんだった。日本にもまだこのような若者がいた。」(254頁)『ビキニ事件の真実』(みすず書房2003)

 

大石さんによれば、多田さんはマジュロ環礁に一番近いアルノ環礁でマーシャル語の訓練を五週間受けてキリ島に来ていたのだそうですね。

 

「アルノでも戦時中、日本軍が玉砕し、周りの島にはまだたくさんの遺骨が残されているという。俺はかねがね思っていた。モーニング姿で靖国神社を参拝して大騒ぎする前に、大臣や議員たちはこういうところに来て、まだ成仏していない英霊を一体でも多く持ち帰ることのほうが先ではないのか。従順な気持ちで天皇や国を思い、命をささげた一兵卒こそ真の日本人だと思う。戦争を知らない議員たちにはそれがわかっていない。こんな大切なことを若い女性に言われてしまい、俺は恥ずかしかった。」(255頁)

 

南洋で玉砕した日本兵には、石橋湛山のような政治家の息子もいます。湛山は、靖国神社だけでなく元号の廃止をも主張していました。モーニング姿で靖国神社を参拝して大騒ぎする議員たちとは大きく異なった政治家でした。そうした政治家が自民党にいたことなど信じられないほどの地点に私たちは来ていると思いました。

実は、私もその後、宮城県にもどってきた多田さんに一時帰国したとき2013年にお会いしました。

実は、マーシャル群島やそこの島民たちを直接知る日本人として貴重な存在だと考え、多田さんの活動には以前から注目しておりました。彼女は、『きょうもえんまん―ビキニ環礁を追われた人々と暮らして』(健友館、2004年)という本も書いていますが、「えんまん」とは、マーシャル語で「元気」というような意味なのだそうですね。

仙台で多田さんに会って話していた時、彼女が2011年3月11日、宮城県の荒浜小学校で被災していたことを知りました。宮城県の荒浜というのは、夏は、海水浴場になるところで私も夏場は、たまに足を運んでいたところでした。そこが地震による津波の直撃を受けて大きな被害を受けていたのでした。多田さんは、津波が近づいてくる間、「ひょっとしたらこれで死んでしまうかな」という思いが頭をよぎったといっていました。四階建ての荒浜小学校の屋上に避難し、なんとか難を免れたといいます。二階までは完全に津波でやられたそうです。そして自衛隊のヘリコプターで救助され、助かったようです。

私の知り合いでもある宗教人類学者の山形孝夫氏は、その時のことを書いた多田さんの手記を「実存的で真摯だ」と評しています。私も2011年の3月9日の夜までは、仙台にいたわけで少し仙台を離れるのが遅れていたらどうなっていたかわかりませんでした。

ともかくお互いの無事を喜び、共通の知人である大石さんの話をしていました。多田さんに会ってみると大石さんをはじめ、共通の知人がいるということがわかりました。

 

6.吉永小百合さんと大石又七さん

大石さんの精神的支柱になっている存在としては、まちがいなく女優の吉永小百合さんの名前をあげることができるでしょう。

大石さんは『ビキニ事件の真実』で「1997年10月21日、大田区田園調布、嶺町文化センターに300人を超す人たちが、入場整理券を手にして集まった。女優の吉永小百合さんの原爆詩の朗読を聞くためである。」(188頁)と書いています。

そして「吉永小百合さんの顔が見られる。詩が聞ける」と一週間前からそわそわしていたうちのお母ちゃんも、俺のすぐ後に店を閉めて会場に来ているはずなのに、姿が見えない。」(188頁)と書かれているところを見ると、奥さんも吉永さんのファンであるということがうかがえますが、その会場で大石さんは、吉永小百合さんに呼ばれたのでしたね。

吉永小百合さんは、そこで大石さんに「ビキニ事件のことはよく知っています。まだ小さかった頃、久保山さんの死がとてもショックでした。私が原爆詩を朗読するようになったのも、そのことが一つのきっかけなんです。」といわれたそうですね。

それで感激した大石さんは、「芸能界にあって、優しくかよわそうにみえる吉永さんが、ボランティアで平和問題に力を尽くしている。優しさの奥に芯の強い平和への意志が秘められていると思った。お母さまも千葉の館山にある従軍慰安婦の碑を建てた教会に鐘を寄付されている。」(189頁)と書いています。

実は、私は吉永小百合さんというと日活映画『愛と死をみつめて』(1964)でミコこと大島みち子さんを演じた19歳の吉永さんが、まずは思い浮かびます。

この『愛と死をみつめて』は、本、テレビドラマ、映画、歌すべてにおいて爆発的なヒットを記録しました。戦後日本のメディアミックスの始まりと言われたりすることもあります。実を言いますと私は、吉永小百合さんが演じた大島みち子さんの小学校、中学校、高校の後輩にあたります。その関係で『愛と死をみつめて』(大和書房1963)の中国語版をコーディネートすることになったのです。そして吉永さんがもっとも大きな共感を示していたのは、大島みち子『若きいのちの日記』(大和書房,1964)のほうでした。この『若きいのちの日記』(大和書房,1964)を読んで感動し、往復書簡『愛と死をみつめて』の映画化を進言し、自ら大島みち子を演じたのは、他ならぬ吉永小百合さん、その人でした。

そして、その大島みち子さんは、1962年8月6日の日記に「今日は原爆記念日、昨日又ソ連が40メガトン級の核実験を再開した。私たちの常識では考えられないのが政治であり、政治家であるらしい。怒りよりも先に人間の訴える力がいかに弱いものか知って悲しい。原爆の被害どころか空襲の被害さえ知らない私だけどこのごろつくづく人間の生命の尊さを感じ始めた。生きようとする人間を殺すほど、むごいことはない。」と書いていました。

この時期、日本は、高度経済成長期にあり、第五福竜丸のことも忘れられていた時期ではありましたが、「私たちの常識では考えられないのが政治であり、政治家であるらしい。」というのは現在も真実でしょう。私たちの常識では考えられない政治によって核兵器が増やされてきた。そうであるのなら私たちは、「生きようとする人間を殺さない」核兵器を廃絶する政治を追及しなくてはならないということでしょう。

かつて米ソ冷戦下では、資本主義圏の核は、悪だが、社会主義圏の核は、善だという考え方がありました。いわゆる「きれいな水爆」というのが、それですが、ソビエト連邦崩壊のきっかけとなったのは、社会主義圏での「原子力の平和利用」のためのチェルノブイリの原発事故でした。2005年、北京大学の中国語の授業でゴジラについて説明していると中央アジア出身の留学生が、「私の出身の地域では、おかしな魚がいる」と反応してきました。彼はソ連時代の核実験場の近くの地域に生まれ育っていた人だったのです。社会主義圏の政治権力者にとっては「きれいな水爆」かもしれませんが、そこに住む人間や自然は確実に放射能に汚染されているということでしょう。

2017年11月5日、第五福竜丸記念館で子供たちの第五福竜丸を描いた絵画展が、吉永小百合さんをゲストに招いて開催されたという新聞記事を読みました。大石さんと吉永さんが並んで写っている写真をみました。なかなかによい企画だと思ってみました。

大石さんが、ビキニ事件の被爆者として平和を訴える活動をすると「共産党員だ」という人がいますが、同様に吉永さんにも「共産党の広告塔」だとレッテルを張ろうとする自称文芸評論家の小川栄太郎のような人がいます。私は大石さんと吉永さんのお二人から党派性を感じることはほとんどありませんが、そのような枠組みにどうしても押し込めてみたい人たちがいます。

現にある政治権力を肯定すると何も言われないのに現にある政治権力に批判的に対峙しようとすると「あの人は政治的だ」という。その傾向がとりわけここ5年ほど、日本社会では強まっていると思います。

私が、DHCの番組「ニュース女子」のデマ放送に我慢できず、北京で沖縄の問題を取り上げたときなども北京の日本人社会から「偏っている思想の人たちの集まり」とか「政治的だ」という反応がきました。しかし圧倒的に権力関係が不均衡な時、安易に「中立、公平」に逃げることは結局、何もしないことに帰着してしまうのではないでしょうか。

大島みち子さんは、医療ソーシャルワーカー(M・S・W)に展望を見出そうとしていた最後まで社会を見失うことのない女性でしたが、吉永小百合さんもまた社会を見失うことのない、知性を感じさせる大女優だと私は、思っています。

 

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連載「日中学術交流の現場から」第5回 北京から第五福竜丸元乗組員の市民科学者、大石又七さんへの手紙 第二便」への1件のフィードバック

  1. 山口一郎

    ここでの「汚染」をどう定義するか?

    他船乗員の被曝裏付け 第五福竜丸被害のビキニ実験 広島大の星名誉教授ら 歯や血液解析
    http://www.hiroshimapeacemedia.jp/?p=34820

    「第五福竜丸を振り返って」−日本放射線影響学会第50 回大会・市民講座−
    http://www.nirs.qst.go.jp/publication/rs-sci/pdf/200802.pdf

    第五福竜丸被曝事故(1954年)
    https://www.jrrs.org/about/activity/20160326-1.html

    明石真言.第五福竜丸を振り返って
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/jrrsabst/2007/0/2007_0_360/_pdf

    国立研究開発法人 放射線医学総合研究所 平成27年度業務実績等報告書
    https://www.nsr.go.jp/data/000157741.pdf

    第193回国会 農林水産委員会 平成29年4月6日(木) 第6回
    https://www.sangiin.go.jp/japanese/kaigijoho/shitsugi/193/s070_0006.html

    辻村 憲雄.ビキニ水爆実験の「降灰」は見えたか?
    https://www.jrias.or.jp/books/pdf/201804_JIYUKUKAN_TSUJIMURA_V2.pdf

    ビキニ水爆被害の全容解明に関する質問主意書
    https://www.sangiin.go.jp/japanese/joho1/kousei/syuisyo/191/meisai/m191002.htm

    「ビキニ水爆関係資料の整理に関する研究」に関係する皆様へ
    https://www.nirs.qst.go.jp/research/review/document/optout/Optout_14-025.pdf

    厚労科研費研究班 ビキニ水爆関係資料の線量評価に関する研究 平成 27 年度 総括・分担研究報告書(研究代表者 明石真言)への見解
    http://bikini-kakuhisai.jet55.com/ニュース/厚労科研費研究班声明.pdf

    平成26年度厚生労働科学研究費補助金による「ビキニ水爆関係資料の整理に関する研究」における会議の日程等が分かる文書等の不開 示決定(不存在)に関する件
    https://www.soumu.go.jp/main_content/000521429.pdf

    辻村憲雄. 測量船「拓洋」が遭遇した核実験フォールアウト. Radioisotopes 2020; 69: 253–61.
    https://www.jstage.jst.go.jp/article/radioisotopes/69/8/69_690801/_article/-char/ja

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