連載:美味しい理由―「味の素」の科学技術史 第3回 「感覚」の科学研究と「味覚」

投稿者: | 2021年5月15日
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【連載】 美味しい理由―「味の素」の科学技術史  第3回

「感覚」の科学研究と「味覚」

瀬野豪志(NPO法人市民科学研究室理事&「bending science」研究会世話人)

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「舌の味覚地図」 なぜ「誤報」が生まれるのか

インターネットで世界に向けて配信されている教育向けの動画で、「メディアリテラシー」や「ファクトチェック」の専門家であるジョセフ・アイザックは、なぜ人は「誤報」に惹かれてしまうのかというテーマを掲げて、「舌の味覚地図」の歴史を次のように紹介している[1]

1901年にダーフィト・ヘーニッヒが論文を発表し、これが味覚に対する考え方を永遠に変えました。彼の論文は「舌の味覚地図」のルーツと言われており、舌を4つの部位に分けて図示しました。この「地図」によると、舌の先端にある味覚受容体が甘味を検出し、苦味は舌の奥で検出され、舌の横に沿った受容体が塩味と酸味を検出します。発表された味覚地図は、教科書や新聞にも掲載されました。この地図には1つだけ問題があり、間違っているのです。実はヘーニッヒの発見を正確に表してもいません。この味覚図はよくある誤解、つまり、広く信じられているのに大きく間違っていることの1つです。こういった誤解はどうやって発生するのでしょうか?また、間違ったことがどうしてこうも信じやすいのでしょうか?

現在の「味覚」研究において「舌の味覚地図」が間違っているとされているということは、日本語で書かれているウェブサイトでも紹介されている。ところが、「ウィキペディア」や他のブログからの「コピペ」のような記事がほとんどで、不確かな情報が「間違いである」という情報の上に重ねられていることが多いのである[2]

ヘーニッヒの論文では、「舌の図」がいくつかあるが、あらゆる味の感覚が「舌の全体」に拡がっていることが注記されており、4つの「基本味」の感度の差は非常にわずかなものであるとされていた。しかし、彼がハーヴァード大学の研究者になり、その論文の内容が英語で引用されていく過程で、よく知られている「舌の味覚地図」が生まれたのである[3]

アイザックの説明によると、原論文がドイツ語だったために「理解することができたのは、ドイツ語に通じていて、しかもヘーニッヒの狭い学術分野に精通している読者だけでした。これは伝言ゲームを招き、ヘーニッヒの研究は再成型され、外部の人たちと共有される度に変わってしまった」。そして、1912年にヘーニッヒの図を簡略化した「舌の味覚地図」が新聞に掲載され、「この分かりやすいイラストの様々なバージョンが繰り返し引用され、ヘーニッヒの論文が出典であることも、論文の意味合いも考慮されませんでした。次第にこのイラストが、味覚の検知方法として、まことしやかに教科書や学校にも広まりました」。そして何よりも「この誤解に最も寄与した要因は、多分、話の単純さだったのでしょう。色々な面で、味覚地図は私たちが求めている、世の中に関する明確な説明を補完します。これは複雑な科学の多くの分野において欠けていることがある性質です。例えば、味覚の種類だけでもヘーニッヒの論文が示唆しているよりも複雑です」。

 

ドイツ仕込みの科学的な「感覚」の歴史

「舌の味覚地図」のミステリーには、ハーヴァード大学の心理学史研究者のE・G・ボーリングの著書が関わっていたと説明されることがある。1942年に出版された彼の『実験心理学の歴史における感覚と知覚』にはヘーニッヒの研究が紹介されており、それによって「舌の味覚地図」が広まったとする説である。しかし、彼の著書は「ボーリング史観」と言われるほどの影響を「実験心理学」に与えてきたとはいえ、その本にはヘーニッヒの「舌の図」もなく、ボーリング自身による「舌の味覚地図」が掲載されているわけでもない。この著書の全体からすればほんのわずかなページで「味覚」の研究史が網羅的に挙げられており、ヘーニッヒの研究については「グラフ」が引用されている。このヘーニッヒの「グラフ」が「舌の味覚地図」と同じように「4つの基本味」を誇張している問題はあるが、少なくともこの著書の記述だけで「舌の味覚地図」が広まったとするのは歴史的な説明として不十分なのではないかと思われる[4]

ボーリングの著作によって「舌の味覚地図」の近代的なコンセプトが確立されたというやや曖昧な説明も見られるが[5]、ドイツの「感覚」研究に始まるボーリングの「実験心理学」のパラダイムを「舌の図」がわかりやすく示していたということは考えられるかもしれない。19世紀後半から20世紀にかけて、ライプチヒ大学のヴィルヘルム・ヴントの研究室から新しい「実験心理学」が広がっていったとする「ボーリング史観」の背景には、当時のアメリカの大学ではまだ「神学」部の影響が強く残っていたために、「科学的な心理学」を研究するにはドイツに留学するのが通例だったということがある。ボーリングが描いているのは、ドイツに留学して帰国した若い研究者たちが各地の大学で「実験心理学」の研究室を開いていったというストーリーである。これは日本の明治の「心理学」の始まりにも重なっている。現在でも、日本の心理学の教科書には「1879年にライプチヒ大学でヴントが心理学研究室を開設した」という出来事によって「科学的な心理学」が始まったと書かれている。ドイツから新しい「実験心理学」が広がっていったというストーリーに沿っているイメージとして「舌の味覚地図」を考えると、素人でも実験すればすぐに否定できる部分はあるものの、「感覚器官の解剖学的な部位」によって「感覚」が説明されるという新しい「生理学」と「実験心理学」の要点が分かりやすかったために、長い間、教科書に載っていたのかもしれない。

「舌の味覚地図」が生まれたもう一つの理由として考えられるのは、実験による「感覚」のデモンストレーションの可能性に対する解釈である。19世紀のドイツ仕込みの「心理学」には、物理的な「刺激」の変化との関係で視覚や聴覚の「反応」の変化を測定する「精神物理学」という方法があった。物理的な操作が視覚的に見えるようにする実験方法や、音を出して聴覚を測定するための新しい方法は、それを可能とするような「器具」を制作する技術がなければできない。しかし、そのような実験は、誰にでも「見せる」ことができ、「聞かせる」ことができる。「ウェーバー・フェヒナーの法則」やヘルマン・フォン・ヘルムホルツの物理学的な「感覚」の生理学の著書には、独自の実験器具によって光や音の「感覚」が「再現できる」ことが示されていた。新しい実験方法による「感覚」を文献で解釈する者にとって、ドイツ人の研究者による「舌」が訴えかけてくるのは、味覚の「基本的な味」が鮮やかにデモンストレーションできるということだったのではないか[6]

 

感覚の「質」という難題

ドイツから始まる「実験心理学」のストーリーには、裏の歴史がいくつかある。その一つは、「感覚」の解剖学・生理学や測定方法につきまとう「感覚の質」という魅惑的な難題である。特に、視覚では「色」、聴覚では「音色」の問題などがある。これは、「実験心理学」以前から続いている問題で、光や音の物理学・生理学から続く「感覚」研究の器具や、レンズ、スクリーン、カメラ、電話(振動板)といった視覚や聴覚の技術の普及とも深く関わっている。

この「感覚の質」の問題でよく指摘されてきたのは、19世紀の生理学者ヨハネス・ミュラーの「特殊神経エネルギー」説と、それを刷新しようとしたヘルムホルツの物理学的な生理学である。

ミュラーの説は、視覚神経には「視覚固有の質」が生起する性質があり、聴覚神経には「聴覚固有の質」が生起する性質があるというように、感覚器官ごとに独立の「質」があると考える。「視覚」と「聴覚」の質の違いは、それぞれの神経の性質に還元されている。ある意味では、たとえば、聴覚神経を電極で直接刺激するような方法で調べれば「聴覚(音)」の感覚が生じるのがわかるように、感覚器官につながっている神経を刺激することによって「感覚器官固有の感覚の質」が生じるのを観察できるのであるから、現在でも観察されることを説明している。「舌の味覚地図」のように、刺激する部位・場所と「感覚の質」の違いを説明するということでは間違いはないかもしれない。しかし、ミュラーの説は、「音の感覚作用は聴覚神経の特殊な『エネルギー』もしくは『質』なのだ」と述べているように、感覚器官の神経そのものに固有のエネルギーを生み出す機能を仮定している点で「生気論」的な説明でもある[7]

ミュラーの弟子の一人といわれるヘルムホルツは、物理的・機械論的なモデルで「特殊神経エネルギー」の「生気論」の部分を払拭しようとした。ヘルムホルツの説は、感覚器官の物理的な反応のモデルによって「色」と「音色」の「感覚の質」が生じるのを説明しようとした。それによって、「色」のうちの差異、「音色」のうちの差異まで論じている。しかし、ヘルムホルツは「音色」を感じているときの耳の機能を説明するには機械的・生理的な理論だけでは十分ではないこともわかっていた。ヘルムホルツの「音色」の定義は、物理的には「波形」の差異によって「音色」の差異が生じるとはしながらも、「異なる波形でも同じ音色」になる可能性もあるとして、次のような消極的な形で述べられている。「音色とは、全ての楽器が同じ高さで同じ旋律を生み出しているときに、フルートの音、クラリネットの音、あるいは人間の声から、ヴァイオリンの演奏音を識別するような音の特色のことである」[8]

同時代のドイツの生理学者たちは、ミュラーやヘルムホルツによる「感覚の質」の説明をどのように考えていたのだろうか。たとえば、1878年に音声生理学のヘルマンは次のように述べている。

 

感覚の質が、異なる神経線維での刺激に帰せられるというのは必然的なことであり、たとえば、赤と青の感覚、高い音と低い音の感覚は、特定の神経繊維の固有なエネルギーが赤の知覚を助け、一方、他の神経繊維は青の知覚を助けるとみられる。もしそうでないとするなら、ひとつの同じ神経線維が異なる質の興奮状態を可能にするということを推測しなくてはならない。いまのところ、この推測は事実によって証明されていない。少なくとも、単純な感覚の質があるのと同じぐらい、多くの感覚神経繊維があるに違いない[9]

 

感覚器官の神経繊維一本それぞれが「固有の感覚の質」を生み出すと考えるのであれば、たくさんの神経繊維によって様々な「感覚の質」を説明できると考えられる。その一方で、「ひとつの同じ神経繊維が異なる質の興奮状態を可能にする」という仮説も検討された。たとえば、「音の高さ」は内耳の蝸牛にある「基底膜」が「共鳴」する部位で分析される「共鳴・場所」説がヘルムホルツ によって論じられたが、その一方で、音の高さなどの「質」が聴覚神経の発火パターンによって脳に伝えられるとする「電話・時間」説も議論されるようになり、現在でも両方の説が聴覚生理学の教科書に載っている。

1901年の論文にルーツがあるとされる「舌の味覚地図」は、19世紀の「感覚」の生理学研究の理論的背景を考えると、「特殊神経エネルギー」説の流れにあるものである。「場所」によって「質」が決まるというモデルは、「ピアノ」の弦と「音の高さ」の関係のように、具体的でわかりやすい。

実は、ボーリングの著書は、「味覚」についてのページは少ないが、「味覚」研究の「質」の難題を詳しく解説していたのである。ボーリングが網羅的に調べているところによると、「味覚」研究では、18世紀から味覚受容器の候補として「舌の味蕾」が解剖学的に考えられていたが、研究者によって「味の質」の分類がまちまちで、提案された16の「質」が「特殊神経エネルギー」説の都合に影響されて「4つの基本味」に収斂していたのである。ヘルムホルツの『音感覚論』のように複雑な質は考えられておらず、「あまり進展がない」生理学の分野であるという評価だったのである。

 

[1] ジョセフ・アイザック「人間が誤解してしまう理由」(TED-Ed日本語翻訳版)https://www.ted.com/talks/joseph_isaac_why_people_fall_for_misinformation/transcript?language=ja#t-25042

[2] ウィキペディア(日本語)「味蕾: 味覚分布地図に関する誤解」https://ja.wikipedia.org/wiki/味蕾

英語版のウィキペディアでは「舌の図」は同じだが記述内容には異なる部分がある。https://en.wikipedia.org/wiki/Tongue_map

[3] David Hänig, “Zur Psychophysik des Geschmackssinnes”. Philosophische Studien, 17(1901), pp. 576–623. https://vlp.mpiwg-berlin.mpg.de/library/data/lit4562

[4] 日本語の「ウィキペディア」やブログなどへの引用では、ボーリングのこの本によって「舌の味覚地図」が広まったとされているが、その書名の「実験心理学(Experimental Psychology)」が見慣れない「実証心理学」と翻訳されている。それがどういう由来によるのかわからないが、この本を見れば「舌の図」がないことはわかるはずである。E. G. Boring, Sensation and Perception in the History of Experimental Psychology, (Appleton Century Crofts, 1942).

[5] Christopher Wanjek, “The Tongue Map: Tasteless Myth Debunked”. Livescience.com. (August 29, 2006). https://www.livescience.com/7113-tongue-map-tasteless-myth-debunked.html

[6] たとえば、電話を発明したことで知られているアレキサンダー・グラハム・ベルは、若い頃にヘルムホルツの『音感覚論』(ドイツ語)に載っていた実験器具の図を見て、電話のようなもの(母音を合成して伝送する機械)がすでにできているのではないかと誤解していたといわれている。セス・シュルマン『グラハム・ベル空白の12日間の謎』日経BP社、2010年、63ページ。

[7] 「感覚の質」が発生するのが「脳」の部位で生じる「意識」であると先送りしても、同様の「生気論」的な「質」の謎は残るように思われる。ヨハネス・ミュラーとヘルムホルツの「感覚」理論の詳細については、大村敏輔『ヘルムホルツの思想―認知心理学の源流』ブレーン出版、1996年、を参照。

[8] 「音色」は、現代の音響学でも、ヘルムホルツと同様に「波形」との関係が考えられてはいるが、消極的な定義のままになっている。JIS Z 8106:2000の定義では「物理的に異なる二つの音が、たとえ同じ音の大きさ及び高さであっても異なった感じに聞こえるとき、その相違に対応する属性」となっている。ヘルムホルツの「音色」の定義については『音感覚論』の英訳、Hermann Helmholtz, On the Sensations of Tone, (Dover, 1954), pp. 18-19を参照。

[9] William Rutherford, “On Tone Sensation with Reference to the Function of the Cochlea,” The British Medical Journal, (1898), pp. 353-358.


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