アイカム(ICAM)訪問記

投稿者: | 2007年2月2日

写図表あり
csij-journal 002 icam.pdf
アイカム(ICAM)訪問記
東京大学大学院 学際情報学府 修士1年 田中 舞
日本にはかつて、科学映画が年間1000本近く作られていた時代があった。ここで言う科学映画とは、科学をテーマとした記録映画のことを指す。教育、国民の啓蒙、企業PR…と様々な目的のため、1950年代から60年代まで沢山の映画が作られ、学校の教室や市民教育の場などで視聴された。中には世界的に高く評価され、国際映画祭の舞台でグランプリを取ったような作品もある。
武田純一郎氏率いるシネ・サイエンスも、優秀な作品を制作してきた制作社のひとつだ。現在は株式会社アイカムに社名を変え、現役で科学映像を制作している稀有な会社でもある。代表的な作品といえば、1970年の「生命~哺乳動物発生の記録」だろう。世界ではじめて哺乳動物発生の映画化に挑戦し、パドヴァ国際科学・教育映画祭第1位をはじめ、合計11の賞を受賞した。排卵の瞬間から、受精卵の卵割が起こり、各器官の形成を経て胎児ができるまで、美しい映像で克明に記録している。はじめて観た時の感動は忘れられない。生物の教科書でこれらの現象が起こることは知っていたけれど、実際に映像で見られるなんて思ってもみなかった。何回も繰り返し見た。だから今回、アイカムの川村さん、本尾さんから会社を見にきませんか、とのお誘いを頂いた時は、飛び上がらんばかりに心が躍ったのだった。
見学は1月23日の火曜日、朝10時から。常盤台の本社に市民科学研究室の上田さんと私の二人でお伺いした。アイカム本社は壁に大きくアイカムのマークが描かれた、4階建てのビルだ。玄関付近ではビデオや、映像作品の画像をプリントしたポストカードなどが販売されていた。会社概要によれば社員は現在50名で、他の科学映像制作会社に比べて多い。ビル内には撮影場所はもちろん、クリーンベンチや各種実験装置と、光学顕微鏡、共焦点レーザー顕微鏡、走査型電子顕微鏡を取り揃えた研究施設があり、専門知識を持ったスタッフが常駐している。細胞などの撮影材料の用意から、研究、撮影、編集、検証まで全てひと所でできるようになっている。
まずは応接間で、アイカムおよびシネ・サイエンスの映像作品を見せていただいた。残念なことに、昔の科学映画プロダクションには、自社の作品をきちんと保管していないところも少なくない。こうして良い状態で保存されたフィルムが見られることも、非常に喜ばしいことである。
今回は7本の作品を見せていただいた。国立遺伝学研究所、吉田俊秀博士のクマネズミ研究にスポットをあて、染色体の変化から探る生物の進化を紹介した、「染色体に書かれたネズミの歴史」(1975年、32分)。ぱっと理解しにくい遺伝や進化の概念も、映像でみるとこんなにもわかりやすい。学校でこの作品を観ていたら、もっと理解が早かっただろうに、とつい悔しく思った。撮りかたは、現在テレビで見られるような科学映像に比べて、ずっと「映画らしい」。クローズショットの使い方、緩急のつけかた、演出的に挟み込まれた映像など、技法がとても映画的である。また、ネズミの形をした円グラフなど、手作り感のあるちょっとした演出も、映画の魅力に一役買っている。
「あなのふしぎ」(1978年、17分)は、科学技術庁から与えられた「穴」というテーマのもとに、自由な発想で作られた作品である。ドーナツの穴、野菜の穴などの身近な穴から、身体の中の、赤血球の穴、腎臓の穴などのミクロな穴、そして都会の地下鉄の穴、ブラックホールと巨大な穴へ、めくるめく展開を見せる。アーティスティックな実験映画のようで、非常に面白い。「Cell Universe」(1988年、34分)は、アイカムがつくば科学万博で製作した展示、「健康スポーツ館・細胞空間」を記録したもので、主催者のスズケンの、社員教育用に利用された。身体の中の細胞、細胞の中の核に、宇宙の中の地球や、子宮内の胎児などのイメージを重ねている。このようなミクロとマクロの視点で生命をとらえるコンセプトは、アイカムの他の作品にも共通して感じられる。
肺炎球菌の型による違いを説明した「肺炎」(1996年、28分)と、胃が粘膜によって巧妙に守られていることを紹介する「胃~巧妙な消化のしくみ」(2005年、15分)では、撮影技術に驚かされた。「生命~はるかな旅」(2001年、38分)に見られるCGの技術も素晴らしい。どこまでが実写でどこからがCGなのかわからなくなるほどである。普段、生の細胞に接しているスタッフだからこそ、細胞を機械的に描くのではなく、やわらかく、実際の細胞そのもののように描けるのだそうだ。「生命~はるかな旅」では、生命の尊さを出産の様子と絡めて説いている。「たまごからヒトへ」(1976年、24分)も、生きた接合子が受精し、胎児が発生して出産に至るまでを顕微鏡撮影で説明する、性教育用の映像である。アニメによる性行為の平易な説明に、生命が形成される過程の美しい映像が加わって、重みが増している。児童文学者の岸田衿子による文章を、妹の岸田今日子が読むナレーションも、雰囲気があってよかった。
お昼には、代表取締役の武田純一郎氏とお話ができた。武田氏が映画に興味を持ったのは、浅草の隅田劇場でのアルバイトがきっかけなのだという。芸妓さんが集まる舞台を眺め、武田氏は芝居における「間」のとり方の重要さを知った。人を感動させる動き、リズム、そして物語に魅入られた。ゆえに武田氏の撮ってきた科学映画は芝居的、物語的である。武田氏は最初東京シネマで働き、東京シネマの倒産後1年は、著名な科学映画カメラマン小林米作とともに仕事をした。しかし、生命そのもののリズムを撮りたい、という武田氏の考えと、対象をあくまで素材として追求する小林米作の姿勢は相容れず、腸粘膜の蠕動運動の撮影で二人は決裂する。小林米作が腸粘膜を撮りやすい形にしてから撮ろうとするのに対し、武田氏は腸粘膜の自然な動きを撮りたいと考えたのだった。そして1968年に、シネ・サイエンスが設立されるのである。
武田氏は「ディテールのレンガを積むように同じことを顕わにするだけでなく、包括的な世界を見せることを目標にやってきた」と言う。武田氏にとっての科学とは、ものの認識のしかたであり、普遍的な言葉だ。だからアイカムの作品は、「あなのふしぎ」が分子レベルの話から宇宙の話へと広がっていくように、科学を大小さまざまの枠組みで包括的に見せる。
アイカムの作品はそれぞれが物語を持った作品でもある。科学映画が物語性を持つことは、批判されることも少なくない。科学の現象をストイックに見せることが科学映画の役割だとする制作者もいる。数少ない現代の科学映画制作会社、東京シネマ新社の姿勢もそうだ。前出のアイカムの作品、「染色体に書かれたネズミの歴史」は、コンラッド・ローレンツの弟子から物語的な部分を省くように言われたという。しかし、科学を固定的なイメージで捉えず、芸術とからめて提示するアイカム作品のファンも多い。このあたりは好きずきというところだろうが、個人的にはメッセージ性があるぶん、一般の人々にも見やすく仕上がっていると思う。映画館での一般公開もできるのではないかと思うほどだ。
アイカムが、現在も科学映像作りを続けられる理由はなにか。アイカムの作品性もひとつの理由だろうが、一番大きな理由はおそらく、医学・薬学系の映像制作に特化していることだ。アイカムという会社名も、「International Communication for Advanced Medicine」の略である。アイカムの作品には、医学生や看護士の教育用に制作された映像も多い。また、アイカムでは理系出身のスタッフを集め、オリジナルの研究部を作っている。海外の科学映画は、大学の一部門により作られたものが多いが、アイカムの研究部では大学とはまた違った視点で研究をしていることが強みになっている。例えば骨粗しょう症の映像では、背骨から骨組織のサンプルを作った。大学では頭頂骨を使用することが定石だったが、実際に骨粗しょう症で問題となる部位を考えると、背骨のほうがサンプルに適している。映像で動的に見るからこその発見もあり、学術的意義を持つ作品は多数存在する。こうして研究者の需要を得たことが、ひとつの勝因となった。
もうひとつの理由としては、若手の育成を行っていることが挙げられる。アイカムには若いスタッフも多い。この日も入社希望の学生がひとり、会社を訪れていた。私がこれまで見てきた科学映画プロダクションは、少人数で映画を製作していた。例えば樋口生物学研究所では、たった二人のスタッフで研究から撮影までを賄った。忙しすぎて、人材育成など考える暇もなかったと言う。対照的にアイカムでは、チームワークをしっかりと結んで作品を作っている。作業をきっちりと分担し、若手にも撮らせてみることなどで、継続して作品を生み出せる環境ができている。
医学・薬学系の映像に特化したアイカムであるが、一般の人にも見てもらいたい、という思いは強い。武田氏は、小学校で科学映像を見せて、小学生たちに科学の特別授業「いのちの話」をする、という試みもしている。子供たちは熱心に作品を視聴し、話に聞き入っていたそうだ。アイカムの作品の内容は、決して簡単なものではない。高校生物以上のレベルの内容を扱うものが多い。しかし、圧倒的な映像のダイナミックさと、科学というものの思惟を物語にして伝える作品性で、科学の現象を単純化して説明する映像よりも格段に、人々を弾きつける。このような映像が視聴できる機会が増えることを願いたい。
今回の見学では、アイカムの学術情報室長の本尾真さん、代表取締役社長の川村智子さん、広報の堤愛子さん、そして代表取締役会長の武田純一郎さんにたいへんお世話になりました。この場をお借りして、御礼申し上げます。■

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