大学教員にウェブサイトから質問する ルイ・パスツール大学のウェブサイト『科学‐市民』

投稿者: | 2007年2月3日

写図表あり
csij-journal 002-sciencecitoyen.pdf
大学教員にウェブサイトから質問する
ルイ・パスツール大学のウェブサイト『科学‐市民』
齋藤芳子
(名古屋大学高等教育研究センター助手)
「不思議だな」とか、「もっと知りたいな」とか思うことがあっても、更に詳しく深く調べる手段がなくて、そのままにしてしまったという経験をお持ちの方もいらっしゃるでしょう。最近はインターネットでキーワード検索をすることも多くなりましたが、キーワードがうまく見つからない、なんていうこともまま起こります。
ここでご紹介する『科学‐市民』(原語はフランス語で”Science-Citoyen”)は、市民から寄せられる科学的な質問に専門家が答えてくれるウェブサイトです。ウェブサイトを覗いてみると、「ナノテクノロジー」(図参照)、「石油」、「太陽系外の惑星」、「電磁波の人体影響」、「遺伝子組み換え作物」、「食品添加物」といった話題が並んでいて、その話題ごとにウェブページが作られています。話題の数は、少しずつですが年々増えています。たとえば「電磁波の人体影響」のウェブページでは、「電磁波とは何か」「日常生活のなかの電磁波」「物質との相互作用」「報告書や勧告」「文献」「リンク」「私たちの回答」などの内容が見られます。「あなたの質問」のページから質問したい内容をオンラインで送ることができて、しばらくすると「私たちの回答」のページにあなたの質問と専門家による回答がセットになって掲載されます。回答は1つだけのこともあれば、何人かの専門家からの回答が署名入りで掲載されることもあります。
特定の科学技術分野に偏らず、幅広い科学的質問に答えている『科学‐市民』は、どのような意図で、誰によって始められたのでしょうか。話は、フランス・アルザス州・ストラスブール市にあるルイ・パスツール大学に、MCST(Mission Culture Scientifique et Technique)という組織が新設された1998年に遡ります。
MCSTは日本語に直訳すれば「科学技術的精神風土の使節団」となるでしょうか。”市民の科学技術的な精神風土を涵養すること”が使命となっている、学長直属の組織です。総勢10名ほどのスタッフには、科学技術史や生物学の博士、科学技術コミュニケーションの修士のほか、インターンシップ中の理系大学院生もいます。
1998年当時、大学内のいくつもある博物館を統合して、アルザス州の市民が科学技術に触れることのできる一大拠点とする、というプロジェクトが州政府の肝いりで進んでいました。その担当部署としてMCSTが設置されたのですが、州政府は方針を転換し、子供向けの体験型科学館が新しく作られることになりました。仕事のなくなったMCSTは活動を凍結、その後の活動をどうするか、議論を重ねました。折しも、市民に科学技術知識を教えれば諸々の問題は解決できるとする科学コミュニケーションのあり方に、限界が見えてきたころでした。MCSTも、科学と社会の橋渡しとしての機能を担うことを決意し、博物館の統合のほかに新たな活動を加え、ふたたび動き始めます。
『科学‐市民』もそういった新しい活動の1つです。MCSTの当時のメンバーが「このインターネット時代にふさわしい活動をしよう」という思いを形にしたものでした。『科学‐市民』は、①市民の科学的知識のレベルを問わない、②社会的な関心をよぶ科学的話題を選ぶ、③単に質問を受けて回答するだけでなく、市民と科学者の対話の場(フォーラム)をめざす、という方針に基づいて作られ、ウェブサイトは2001年2月に公開されました。運営するMCSTには大学から資金が出ているほか、地域の科学技術政策の一環としてアルザス州からの予算もあります。2006年度の予算総額は約500万円(34,000ユーロ)で、ウェブ作成にかかる人件費が主な支出となっています。
現在の運営方法は次のようになっています。
1) テーマをたてる; MCSTのメンバーを中心とする運営委員会が、ニュースなどを参考にして社会的話題を選択します。
2) 回答陣を選ぶ; テーマにあわせて教授数名を選んで回答者グループに入ってくれるよう依頼します。寄せられた質問から回答・掲載するものを選んだり、回答を作成または推敲したりします。
3) 質問を受け付ける; テーマごとのウェブページを作成して公開します。このウェブサイト以外には広報活動はしていません。また、一度立ち上げたテーマを閉じることはなく、いつでも質問が受け付けられる体制になっています。
4) 回答する; 寄せられた質問は回答陣が選別することになっていますが、今までのところは全てに回答し、ウェブに載せています。回答には、MCSTの担当者が回答陣とやりとりしながら作るものと、回答陣の教授が直に作るものがあって、後者の場合には署名入りで掲載されます。また、科学的に答えがひとつに定まらないような質問については、複数の回答を載せることもあります。
図 ナノテクノロジーを取り上げた『科学‐市民』のウェブページ
(URL http://science-citoyen.u-strasbg.fr/dossiers/Nano/DGNanotechnologies/ 2007年2月4日)
これまでのところ、『科学‐市民』へのアクセス数は飛躍的に伸びてきました。フランス語で書かれたウェブサイトだけに、世界各地のフランス語圏の国や地域からもアクセスがあり、いまでは半数を占めています。夏休みや冬休みの頃になるとアクセスが減ることから、生徒・学生らが期末レポート対策に閲覧したり、学校の先生が授業の準備に利用したり、という可能性も高いと考えられます。また、いくつかのテーマは立ち上げたものの質問がなかったり、ある時期を境に動きがなくなったりしています。そういったテーマをいかに活性化するか、また、質問が来てから回答が掲載されるまでの時間を縮めて臨場感を出せないか、など、MCSTでは検討を進めています。その一方で、教授を回答陣へ誘ったときには、すんなりと受け入れる率が着実に増えてきているという印象があるそうです。政府などからの研究資金が減り、民間からの資金が望まれるようになっていることと関係があるのでは、とMCSTでは見ています。大学の存在意義をアピールする必要が出てきたというのです。
ウェブサイトへのアクセスは多くても、初めに思い描いたような議論の場となるまでにはいたっていません。これまで市民から寄せられた質問には、純粋に知識を問うものが多く見られました。インターネットを用いた議論の形成は、やはり難しいことなのかと思わされます。反面、この『科学‐市民』の状況は、市民が大学(の教員)に求めるものを表しているとも言えます。市民は特定の専門分野における知識・知見を尋ね、大学教員は、学問研究を社会から付託された者として、その質問に誠意を持って答えている、というシンプルな図式がそこにはあります。
市民社会の到来にともなって、科学技術にまつわる意思決定に市民が参加すること、そのような仕組みを作ることが望まれています。そのため、日本における科学技術コミュニケーションの目的は、意思決定のための議論ができる市民および研究者を育てることに、重心が移されてきました。それは、MCSTも同じです。ただしMCSTでは、『科学‐市民』のほかにも、カフェ・シアンティフィーク(日本ではサイエンス・カフェとしてお馴染み)、市民が研究者と議論する「科学の庭」会議などなど、幾つものコミュニケーション機会を提供しています。それぞれの機会は、「大学開放」「対話の促進」「研究への理解」「科学への興味」「知識の提供」などの目的がいろいろな形で組み合わさっていて、対象とする市民層もさまざまです。その目的や対象にあわせて、コミュニケーションの手法が選ばれ、実施されているので、全体として”科学技術的精神風土の涵養”が期待できるように思われます。
最後に、日本語で読める科学的話題のQ&Aウェブサイトを2つほど、ご紹介しましょう。1つは、映画「日本沈没」の封切りにあわせて、東京大学地震研究所の教授が開設した『「日本沈没」と地球科学に関するQ&Aコーナー』です。ネタバレ注意のQ&Aは、封切り後しばらく間をおいてから掲載するなど、気配りが利いています。期間限定だそうです。
もう1つは名古屋大学天体物理学教室の皆さんが運営する『宇宙100の謎』です。宇宙に関する質問を募集し、天体物理学の教授から若い大学院生まで、また文学や哲学の教授も加わって、回答しています。回答に対して、さらに質問やコメントを募集してもいます。質問募集期間は過ぎてしまいましたが、とくに面白いQ&A100個を選んでイベントをしたり本にしたりという予定があり、まだまだ目が離せません。
知的な関心や興奮を市民と研究者が共有できるような科学技術コミュニケーションにも、いろいろな形がありえます。インターネットを利用する『科学‐市民』のようなコミュニケーションなら、気軽に、手軽に、始めやすいことでしょう。これをきっかけにコミュニケーションの世界が広がってくれたら、と思っています。■
<参照ウェブサイト>
『科学‐市民』 ウェブサイト (URL http://science-citoyen.u-strasbg.fr/)
『「日本沈没」と地球科学に関するQ&Aコーナー』ウェブサイト
(URL http://www.eri.u-tokyo.ac.jp/filmnc06/eri_qa.html)
『宇宙100の謎』ウェブサイト (URL http://www.a.phys.nagoya-u.ac.jp/100nazo/)
本稿の内容は、『基礎科学のための市民的パトロネージの形成』プロジェクト(研究代表者 名古屋大学教授・戸田山和久)として、平成17年度科学技術振興機構社会技術研究開発事業21世紀の科学技術リテラシープログラムより助成を受けた研究成果に基づいています。

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