ナノ科学技術により生じる食品と飼料の安全に対する潜在的危険

投稿者: | 2009年7月7日

写図表あり
市民研 csij-journal 025 nano-EFSA.pdf
ナノ科学技術により生じる食品と飼料の安全に対する潜在的危険
欧州食品安全機関(EFSA)科学委員会の見解
(諮問番号EFSA-Q-2007-124a)
2009年2月10日採択
科学委員会委員
スー・バーロウ、アンドリュー・チェッソン、ジョン・D・コリンズ、アルバート・フリン、アンソニー・ハーディー、クラウス・ディーター・ジャニー、アダ・クナープ、ハリー・クイパー、ジョン・クリスチャン・ラーセン、ピエール・ル・ナインドル、ジャン・スキャンズ、ジョセフ・シュラッター、ビットリオ・シラーノ、ステファン・スカービング、フィリペ・バニエル
要約
 欧州食品安全機関(EFSA)は、ナノテクノロジーにより生じる食品と飼料の安全に対する潜在的危険についての科学的見解を提出することを、欧州委員会により要請された。当該分野の学際的性格を考慮して、当課題はEFSA科学委員会に委託された。
 当課題は人工ナノ素材に焦点をあてている。応用および潜在的影響という基本的課題は共通しているので、食糧と飼料が一緒に取り扱われている。当見解は元来包括的なものであり、ナノテクノロジーそのものの危険評価や、その技術ないし特定製品の試験的応用あるいは使用可能性の調査を目的とするものではない。
 生産加工技術、食品接触素材の改良、食品品質の監視、追跡可能性と製品安全の向上、味・きめ・感触・密度および脂肪含有量の改善、栄養吸収の向上などなど、さまざまな食品への応用の可能性が、ナノテクノロジーについてはいわれている。現在のところ短期的に最大の成長が期待されるのは食品包装の分野である。
 ナノサイズの成型により素材の物理化学的性質は、同一物質の溶液ないし大きさの異なる粒子とは、違ってくる可能性がある。その小ささに由来する、体積に対する表面積の高比率および強力な表面活性は、新たな応用に関しても、また健康と環境への潜在的危険に関しても、重要な性質である。
 人工ナノ素材およびその食品・飼料分野への可能な応用の危険評価に現在見られる不確実性は、さまざまな領域での情報の不足に起因している。特異的な不確実性があるのは、食品や飼料あるいは細胞間質に含まれる人工ナノ素材の検知・計測・特徴づけの困難や、あるいは毒物学的・毒物動態学的側面に関連する情報の不足についてである。食品・飼料分野における現在の使用と、製品による曝露については限られた知識しかない。
 ハザードの特定、ハザードの記述、曝露評価、リスクの記述からなるリスク評価の方法は、人工ナノ素材にも適用可能であろう。しかし食料・飼料分野における人工ナノ素材のリスク評価では、粒子の大きさによらず共通する物質の性質だけでなく、ナノ粒子に特有の性質も考慮されねばならない。ナノ粒子でも種類が違えば毒物学的性質が違うことはありうる。特定人工ナノ素材の経口的暴露や、その毒性に関する既存のデータは限られている。人工ナノ素材の毒性に関する既存情報の大部分は、試験管実験や、あるいは経口以外の動物実験によるものである。人工ナノ素材の危険評価は事例ごとにするしかない。
 既存の素材に対する既存の毒性試験方法は、人工ナノ素材に対する危険評価の出発点としても有効である。しかし人工ナノ素材潜在毒性のあらゆる側面を検知するためには、既存の毒物学的試験で十分だとはいえない。毒物学的試験は方法論的に改善されねばならない。特定の不確実性は、現在の標準的な試験手順で、人工ナノ素材を試験した経験が限定されていることから生じている。従来の目標にくわえて、現在自動的には設定されていない、追加的な目標も、考慮される必要があるかもしれない。
人工ナノ素材の生理化学的性質は、同一物質の溶液ないし大きさの違う粒子とは異なっているので、そういう素材の毒物学的・毒物動態学的性質を、ナノサイズでない同一物質のデータから完全に外挿することはできない。
 食品・飼料部門における人工ナノ素材危険評価の適切な評価は、それがナノサイズで消化されるのか、あるいは吸収されるとすれば、吸収中もナノ状態にとどまるのか、といった情報を含む、素材の包括的な特定と特徴づけを、含まなくてはならない。もしナノサイズで消化されるのであれば、たとえば遺伝毒性などの、試験管毒性試験を繰り返す必要があるかもしれない。その種の研究を計画し実行するためには、毒物動態学的な情報が重要である。たとえばナノ運搬剤のような、他物質の摂取可能性を向上させることを目的とする人工ナノ素材であれば、摂取可能性の変化が測定されねばならないであろう。
 特定人工ナノ素材の事例ごとの評価はすでに可能であるが、科学的委員会はむしろ、食品・飼料中ナノ粒子の分析と特徴づけ、毒物試験方法の最適化およびえられた結果の解釈に関して、危険評価方法はまだ発展途上であることを強調したい。そのような状況にあっては、いかなる個別の危険評価も、かなりの不確実性を伴わざるをえない。人工ナノ素材の試験に関する、より多くのデータと経験が得られるまでは、この状況は変わらないであろう。不確実性の要因を考慮する際には、この分野のデータベースが限られているということも忘れられてはならない。
 科学委員会が勧告するのは、食品・飼料および生体組織中の人工ナノ素材を検出する方法を発展させること、食品・飼料分野における人工ナノ素材の使用について調査すること、消費者と家畜の曝露を評価すること、および各種人工ナノ素材の毒性に関する情報を生成することである。
キーワードナノテクノロジー、ナノ科学、人工ナノ素材、食品、飼料、農業化学的、食品接触素材、曝露、毒性動態学的、毒性、環境、リスク評価、指導
欧州委員会による背景説明
 食品利用におけるナノ科学技術応用の展望は、ほぼ確実なもの(薄膜・殺菌剤・濾過材・包装など)から、可能なもの(病原体や汚染物質の検知・環境表示・警報機器・遠隔検知追跡装置など)、さらにはほぼ不可能なもの(原子を自由に操って無尽蔵に食料を合成すること)まで、さまざまな範囲にわたっている。高機能包装、オンデマンドの保存料および相互作用する食品を、もっとも有望な分野としている市場アナリストもいる。新設ないし改良された分子構造をともなう食品が有望であることについては、異論がないようにもみえる。しかし食品・飼料あるいは農薬の産業部門に、現実に使っている場合であれこれから使うかもしれない場合であれ、ナノ科学技術を使用するにあたっては、明確にされておかねばならないことがまだ残っている。そういう技術のもたらす利益や改善についても、明確にされるべきことはあるであろう。アメリカ合衆国では、食品医薬品局がナノ素材をふくむ製品を認可した。同局が現在までに認可した製品には、医薬品・医療機器・日焼け止め・ペット用サプリメントが含まれる。
 健康及び消費者保護に関する責任部署がナノテクノロジーに関していかなる行動指針を持つべきかについては、欧州委員会が様々な議案を通してその枠組みを与えてきた。2005年6月⑦日に採択された「ナノ科学とナノテクノロジー:2005-2009年ヨーロッパ行動計画」(COM(2005) 243)は、ナノテクノロジーについては、「安全で、統合され、かつ責任ある対策」が必要であるとした。欧州委員会は2007年9月6日に、ヨーロッパ議会に提出するための、行動計画実施にむけての報告書を採択している。EUの第7次フレームワークプログラムも、前記行動計画を支持して、ナノテクノロジーに35億ユーロを配分するとしており、その一部は安全性の研究にあてられるという。最近では欧州倫理ワーキンググループも、ナノ医療の倫理的問題について意見書を作成した。2008年6月17日に採択した「ナノ素材の規制に関する声明」は、ナノテクノロジーに対する既存規制の持続可能性に関する法的概説であった。欧州委員会の事業は、経済協力開発機構や米欧対話等の国際的活動にも組み込まれている。
 食品以外のものに関する欧州委員会の「新規に出現・特定された健康への危険に関する科学的委員会」(SCHNIHR)は最初、2006年3月10日に(公衆との意見交換を経て)「ナノテクノロジーの創造的・偶成的産物に関連する潜在的危険を評価する既存的方法の適切性」に関する科学的見解を採択した。それに続いて同委員会は2007年3月29日にも、「既存および新規の物質のための技術指導書に準じたナノ素材の危険を評価する方法の適切性」に関する科学的見解を採択している。
 ナノテクノロジーに関連する危険を取り扱うためには、化学物質に対する現在の危険評価方法は改善されなければならず、また特に、粒子の大きさがナノ素材に特有の性質を付与しているため、既存の毒物学的・環境毒物学的方法は不十分であるかもしれない、というのがこれらの見解の結論であった。粒子が小さくなれば、より大きな粒子とくらべると、たとえば単位質量あたりの活性表面積が増加する。粒子が小さくなれば、外来物質の体内への侵入と、その体内での移動とに対する、障壁の有効性が減じられる可能性がある。ナノ粒子に対する生理学的反応については知られていることが少なく、リスク評価に必要な知識が不足していることにも、言及している。
 ナノ科学技術から生じうる安全性問題を段階的に取り扱い、食品・飼料の安全および環境における行動指針の策定を推進することを、欧州委員会は望んでいる。この行程の第一歩として、欧州委員会はEFSAに、リスク評価の必要性を明示するための科学的見解を準備すること、危険評価方法の適切性を評価すること、また上記の領域についてナノ科学技術により生じた潜在的危険を評価することを委託した。
 協議会が適切な方策を探求し、既存の法制を評価し、科学的見解に留まらない政策?を決定することを、当見解は協議会に対して認めたい。
欧州委員会により承認された調査の範囲
 食品・飼料部門におけるナノ科学技術の応用に対して、特有な危険評価の方法の必要性に関して、科学的見解を作成することを、欧州委員会はEFSAに要請した。この事業を遂行するために、EFSAは特に、欧州連合(SCENIHR・共同協議会研究センターおよび連合諸機関)・連合加盟各国・第三国および国際機関の科学的諮問機関により作成された諸文献を、考慮すべきとされている。
 EFSAはまた、食料・飼料部門における、実際のないし予想しうる可能な危険の性質を特定し、その種の技術およびその応用の危険評価のために要求されるデータについて、一般的な指導原則を提供することをも要請されている。
謝辞
 当見解作成のための作業団団員、すなわちハンス・ボウムミースター、ホアキム・ブルフォー、カシム・チョウドリ、ミッチェル・チーズマン、ウィム・デ・ジョング、マリー・クリスチーヌ・ファブロット、デビッド・ゴット、ロルフ・ハーテル、エリック・ジョナー、ウォルフガング・クレイリング、イソールト・リンチ、ホアン・マリア、ヘンリック・ライ・ラム、ピーター・サイモン、ステファン・スカービング(団長)およびハーマン・スタムの各氏に、EFSAは謝意を表する。科学委員会の外部専門家であるデビッド・ローベル氏にも感謝したい。
評価
1はじめに
 食品・飼料の製造工程に意図的に導入され、消費される可能性のある人工ナノ素材に、本適切な訳語?は焦点をあてる。そのような人口ナノ素材は、食品接触素材(製造途中で使用されるものを含む)・原材料・添加物から、食品・飼料部門で使用される肥料・農薬にまで及んでいる。ミセル等の「天然」ナノ素材は、たとえば生活性物質をカプセル化するなど、ナノ的性質を意図的に保持するために使用されるときにのみ考察の対象とされる。縣濁液の形態をとる「天然」ナノ成分(均質化牛乳やマヨネーズなど)は考察されない。
 食品・飼料中のナノ肥料・農薬および獣医薬の残余は、消費される食品・飼料に残存する可能性があるので、考察の対象となる。しかし本見解は、他の人為的・自然的源泉に起因する、環境中のナノ物質による偶発的な食品・飼料の汚染を、考察の対象とはしない。汚水や土壌の処理に使用される(つまり消費を目的としない)人工ナノ素材や、人工ナノ素材の植物の健康への影響についても考慮されない。その種のナノテクノロジーの食品・飼料への影響も評価には重要であるが、本見解では優先権を与えられない。
 環境的側面は、人工ナノ素材の食品・飼料製造過程への再混入をもたらし得るときにのみ考慮されることとし、環境そのものへの影響は考察の対象外とする。
 ナノ素材・製品の製造・包装・輸送・使用・除去に従事する労働者は、人工ナノ素材に曝露しうる。職業的環境における人工ナノ素材への暴露の可能性は認識されているが、それは本見解の対象範囲外と見られるので、ここでは取り扱われない。
 動物への影響は人間への影響と類似しているので、人工ナノ素材の飼料への影響は、本見解の目的のために、食品への影響と同様に取り扱われる。人工ナノ素材やその残余への人間の曝露は、飼料から動物を経由して動物性食品へ、という経路でも(すなわち「持ち越し」)起こり得る。
 本見解は、他の科学委員会・連合加盟国・危険評価機関・国内機関・国際機関およびその他諸団体により、作成された報告を参考にしている。本見解はまた、食品・飼料の分野に直接に関係しないものをも含む、査読・刊行された科学論文その他、信頼できるとみなされた情報にも立脚している。
 2008年1月23日から3月28日にかけてEFSAは、その諮問会議およびホームページを通じて、このテーマに関する科学的情報を第三者から募集した。EFSAが閲覧した全文書の目録を本見解の末尾に添えた。2008年10月17日から12月1日にかけて、一般の意見を聞く(または、パブリックコメントを得るために)ために、本見解の草案がEFSAホームページに掲載された。本見解の対象範囲内とみられる意見はすべて参照され、関連する意見を考慮して内容も修正された。寄せられた意見と、それによる修正の結果はEFSAホームページで公開されている。
2.食料・飼料分野におけるナノテクノロジーの概説
 ナノテクノロジーは、ナノメートル大の物体を取り扱うという共通点をもった、物理学・化学・生物学そしてエレクトロニクスの各分野にわたる、加工・材料・応用の広範な技術である。人工ナノ素材は小さいので、独特の性質が生じることがある。そのうち重要なもののひとつは表面積の増加であり、そのために他の物質との反応性が増し、そしてさらに、生体膜への侵入力も増すことがある。
 ナノテクノロジーは食品の包装と貯蔵分野に進歩をもたらし、生鮮食品の保存性を増すといわれている。ナノテクノロジーはまた、栄養分の摂取をより有効で効率的にするともいう。食品と食品包装へのナノテクノロジーの応用は比較的に新しいものであり、可能な応用のうちあるものは、食品・医療・美容各分野の境界領域にあるともいわれている(Chaudhry et al., 2008)。
 ナノテクノロジーの食品への応用は、安全・環境・倫理・政策・規制に関する、いくつもの問題を提起した。懸念は主として、人体と環境に対するナノ粒子の潜在的影響について、知識が不足しているということから来ている。食品へのナノテクノロジー応用に対する消費者の不安は主に安全問題に関するものであり、また新技術から発した製品の安全に対する一般の期待が、既存技術による製品に対するものとは違うことも認識されている。
 一部ヨーロッパ連合加盟国での調査によると、消費者世論は食品へのナノテクノロジーの使用に好意的ではなく、食品または食品包装にナノ素材を使用する技術は、商品化される以前に中立の機関により評価されるべきとの考えが多い(BRF, 2008; Which?, 2008)。
本報告で使用される用語
 人工ナノ素材の危険評価においては、問題となるナノ素材の性質や特徴は、記述のために使用される用語というよりは、むしろ決定されるべき要因である。この意見は定義をなんらするものではない。とはいえ人工ナノ素材を記述する際には、共通理解のためにいくつかの用語をきめておくことが重要である。そこでここでは、SCENIHRにより示唆された用語と定義を用いるが、それらは危険評価に適合しているとみられる(SCENIHR, 2007b)。その主なものを以下に記す。本見解末尾の用語集も参照されたい。国際標準化機構による用語集も最近出版された(ISO, 2008)。
 「ナノ」は10のマイナス9乗倍を意味するものであり、「ナノメートル」なら長さの単位というように、単位の性質はむしろあとに続く語によって決定される。だが本見解では、およそ100ナノメートル以下の長さのことをナノサイズという。長さを小さくすることによる性質の変化が、正確に100ナノメートルのところで生じるわけではないので、この定義では「およそ」の意味するところも重要であり、実際には性質の変化に関していろいろな境界があり得る。100ナノメートル以下のところでの議論が多いが、規模による効果がより大きな長さで生じることもある。
 人工ナノ素材とは、内部あるいは表面において、機能的かつ構造的な意味?により構成されるように、意図的に創造された素材であって、多くの場合に、長さ、幅等三次元方向のいずれかにおよそ100ナノメートル以下の長さをもつものである。本見解では、人工ナノ粒子も人工ナノ素材にふくまれるものとする。「人工」と「創造された」の意味するところは同様である(e.g. SCENIHR, 2009)。
 食品や飼料も、たとえば天然の分子・ミセル・結晶のような、ナノサイズの内部構造をもつ成分を含むことがある。しかしすでに言及されたように、本見解で「天然」成分が考慮されるのは、たとえば生活性物質をカプセル化するなど、ナノ的な性質をもつように意図的な改変がおこなわれた場合においてのみである。
 ナノサイズを優にこえる規模の物体を「マクロ/ミクロ大」ということがあり、一方溶解された物質といえば通常はナノサイズよりも小さな規模をあらわしている。
 分子間力・静電気力のような弱い力で粒子が集合したのを「凝集体」ということがある。
 共有・金属結合のような強い力で粒子が集合したのを「集合体」ということがある。
3.食品・飼料分野におけるナノテクノロジーの応用
 本章における情報は、業者や業界団体、あるいは科学文献や特許文献からえられたものである。しかし、食品・飼料中の人工ナノ素材を検知・特定する方法はまだ整備されていないので、主張されているナノ的な性質や応用が証明されないことも多い。全部がそうだというわけではないが、ナノを謳いながら事実は異なる製品も中にはある。それとは反対に、ナノ成分を含んでいながら、そう表示していない製品もあるかもしれない。たとえば、「ミクロ大」の素材がナノサイズの破片をふくむことがありうる。
 食品・飼料分野でのナノテクノロジーの応用は、以下のように大別される(Chaudhry et al., 2008; Observatory-nano, 2009)。
ナノ的な工程や素材が、食品接触素材の開発に用いられている場合。ナノ素材に補強された材料(ナノ混合物)、食品ないしその周囲の環境と何らかの相互作用をするように設計された活動的な食品接触素材、および表面にナノ素材・ナノ構造をもたらす被覆が、これに含まれる。
食品・飼料の成分が、ナノ構造を形成するように加工されている場合。食品成分をそのように加工して、風味・感触・濃度を改善する場合が、これに含まれる。
ナノサイズの成分が食品・飼料に添加される場合。着色料・香料・保存料等の添加物や、酵素を封入するナノカプセル等の加工助剤など、多様なものがこれに含まれる。
貯蔵・輸送中の食品の状態を監視する「センサー」。表示機能つきの包装はこれにあたる。
ナノサイズの肥料・農薬・獣医薬の開発など、食品・飼料分野へのその他の間接的応用。
食品・飲料分野へのナノテクノロジー応用の大部分が、研究開発あるいは市場試験の段階にあるのに対して、食品包装への応用は急速に市場に浸透しているという(Chaudhry et al., 2008)。現在入手可能な食品接触素材には、ナノクレイによるガスバリアつきのペットボトル、殺菌性ナノ銀を含む包装用ポリプロピレンや、ナノ酸化亜鉛含有食品包装フィルムなどがある。ナノテクノロジーを応用した食品包装素材はすでに、ナノ食品市場で最大の比率を占めているともいう(Cientifica, 2006)。食品包装を含むナノ包装が、世界のナノ製品市場全体のなかで、2015年までに19パーセントをしめるようになるとの予測もある(Nanoposts, 2008)。食品接触素材の商業的利用が急速に発展している決定的理由は、人工ナノ素材がプラスチック重合体に封入されることが多く、消費者への直接の暴露が少ないとみられることにあるのであろう(FSA, 2008; Simon and Joner, 2008a)。
新興ナノテクノロジー計画(ウッドロー・ウィルソン国際センターとピュー慈善財団)は、インターネットにより入手可能な、世界の食品およびその関連市場で調達できる、ナノテクノロジーを応用していると称する製品に関する、報告(e.g. PEN, 2006a; FoE, 2008a)と目録を発表している。ヨーロッパ市場でのナノ製品情報に関するデータベースについては、EFSAは把握していない。しかしナノテクノロジーを応用した食品分野の消費財は、インターネットを通じてヨーロッパ連合の外部からも入手することができる。EFSAがえている情報によると、「食品業界はいまだ適切な応用をしていない」が、「新機能をもつナノ素材は、いまのところ食品分野では使用されていない。」(CIAA, 2008, EFSAとの私信によるよる; BLL, 2008)食品接触素材とか、例えばナノ濾過のような加工技術の応用については、事情はもっと曖昧であり、それらはヨーロッパ市場にもすでに現れているかもしれない。市場に出ている製品の規制は、連合加盟各国がするべきことであって、EFSAの管轄外である。
4.食料・飼料中の人工ナノ素材に対する危険評価の前提条件
 リスク評価とは、人間・動物の健康あるいは環境への悪影響を評価する、科学に立脚した過程である。伝統的なリスク評価の枠組みは、ハザード特定・ハザード記述・暴露評価・リスク記述の4段階からなるとされている(FAO/WHO, 1995, 1997; SSC, 2000; CODEX, 2007)。健康への危険は、健康に害悪が生じる可能性と、その害悪の深刻さとの組み合わせで定義される。伝統的な危険評価の枠組みは、人工ナノ素材のナノ的性質により付加される安全上の懸念を考慮する際にも、出発点として有効であると思われ(SCENIHR, 2006, 2007a; COT 2005, 2007)、そのことは食品・飼料分野にもあてはまると科学委員会は考える。
 寸法の小ささ・表面活性および生体膜を通過する移動などといった人工ナノ素材の特性は、周囲の基質との相互作用や、それによる予測し難い結果とともに、特別の考慮を要する事柄である。生理化学的特徴づけその他、食品・飼料部門への使用にあたって注意を要する事項を適切に指定することの必要性は、特に強調されている。代表的な人工ナノ素材の生理化学的・毒物学的性質に関する詳細な知識は、将来予防的モデルを開発するにあたって重要なものになるであろう。
4.1.人工ナノ素材の生理化学的特徴、食料・飼料基質中の安定性および分析装置
 人工ナノ素材の生理化学的性質は、同一物質のより大きな物体とも、その溶液とも違い、そのためその種の物質は、広範囲のきわだった応用可能性とともに、特異な動態学的・毒物学的特性をもつことになる。人工ナノ素材の性質に関する包括的な分権は最近出版された(Balbus et al., 2007; Rose et al., 2007; Simon and Joner, 2008a; ICON, 2008; OECD, 2008a, b)。以下の各節では、食品・飼料中の人工ナノ素材に対する評価において特に重要な事項に焦点をあてつつ、その特性を概説する。
4.1.1.人工ナノ素材の特徴
 人工ナノ素材を特徴づける基本的な物理変数は、その成分の大きさ(その分布をふくむ)・形状(ときに縦横比を含む)および意味?である(OECD 2008b)。その他の特徴としては、化学成分・溶解度・表面積・粒子の凝集度・表面特性(成分・電荷・吸収生体分子など)および残存触媒等不純物の存在が挙げられる。生体組織中の分布・濃縮に関しては、親水性および親油性が重要である。生分解性あるいは生残留性もまた重要な性質といえるであろう。
 一般に物体表面の分子はエネルギー的に不安定な状態にあり、共有結合が完全には満たされていないために、表面活性が上昇させられている。この興味深い表面特性が、食品産業にも利用されることになった。ミセル・乳液・縣濁液などは、この表面特性、つまり表面エネルギーを低下させようとする成分分子の性質により生じたものである。しかし巨視的な、あるいは顕微鏡で見える程度の大きさの物体においては、分子の大部分はエネルギー的に最低の状態にあって、不安定な状態にある分子の比率は非常に低く、したがって伝導性や硬度などの物体の性質も、この大部分の分子に決定される。
 人工ナノ素材を特別なものにしているのは、粒子の大きさが小さくなれば、それに応じて表面積が大きくなって、表面分子が全体の性質を決めるまでになり、遂には高い表面・体積比率に決定される特異な性質を、人工ナノ素材がもつようになるからである。この特異な性質のために、人工ナノ素材は広範に応用されるようになった。人工ナノ素材の表面積が大きいということが、危険評価の際に考慮すべきいくつもの結果をもたらし、その性質を同一物質のより大きな粒子とは違うものにしている。ナノ素材においてはより多くの分子がエネルギー的に不安定な表面に位置しているため、より大きな物体よりも表面活性が増加しているのである。人工ナノ素材はまた、材料科学における結晶化ないし再結晶化(蛋白質の二次・三次構造の変化といった、不均一核形成時における核となりうる潜在的なな可能性を含めて)を引き起こすことができる。
 人工ナノ素材は環境に応じて動的に変化する。高い表面エネルギーと不安定な表面の力は、粒子同士の相互作用を引き起こすことがある。したがって、遊離人工ナノ素材(一次ナノ素材)が凝集ないし集合して、より大きな粒子(二次ナノ素材)となり、それがまた、大きな表面積や表面活性など、ナノ粒子としての性質を保持することもありうる。人工ナノ素材の凝集・集合する性質は、たとえば被覆・界面活性剤・イオン等化学物質の存在などによる、表面の改変によって増強ないし阻害されることがある。
4.1.2.食品・飼料および生体組織中の人工ナノ素材の性質
 人工ナノ素材は通常は、食品・飼料中に凝集体として存在するが、その凝集体が条件次第では、食品・飼料あるいは消化器官や生体組織のなかで、こわれる可能性も否定できない。人工ナノ素材は食品・飼料ないし生体組織中の、蛋白質・脂質・炭水化物・核酸・無機イオン・水と相互作用する。とりわけ興味ぶかいのは蛋白質との相互作用である(Lynch and Dawson, 2008)。人工ナノ素材が、蛋白質の動的な「冠」にかこまれ、そして周囲の蛋白質や、ナノ素材自身がもっている蛋白質の挙動に影響することがある。したがって人工ナノ素材と、食品・飼料基質中の特定生体分子との相互作用、およびその後の消化は、ナノ素材の吸収と分配に影響しうる。人工ナノ粒子の安全性と生物学的効果にとってこの相互作用が重要であるのは、関連する生物学的環境におけるナノ素材の詳細な特徴づけが必要であるからである。しかし、生体分子の「冠」は静的でなく動的なものであって、はじめは豊富な蛋白質に囲まれているが、それが次第により少量の、類似の蛋白質で置き換えられていくというように、周囲と均衡していくものであるといったような、事態を複雑にする要因はいくつもある。ところが、蛋白質その他、ナノ粒子と相互作用する生体分子のなかには、測定に要する時間程度ではそのような影響をうけない、いわゆる「かたい冠」を形成するものもある。
4.1.3.食品・飼料基質中人工ナノ素材を検知・測定・特徴づけする分析装置
 人工ナノ素材を質的・量的に特徴づけする分析用具はいくつもあり、そのなかには1種類の粒子を対象とするものだけでなく、ナノ粒子の混合物を対象とするものもある(Powers et al., 2006; Hassellov et al., 2008; Luykx et al., 2008; Tiede et al., 2008)。人工ナノ素材は非常に多様であるので、分析方法にも多数の異なるものがあるのであって、「あらゆる」状況に適合する「最善の」方法はなく、通常は方法の組み合わせが必要になる。
 人工ナノ素材の性質は、周囲の基質に依存し、また加工方法の影響も受けるので、当該基質中でナノ粒子を計測することが重要である。より単純な、モデル基質中での計測よりも、これは通常困難な作業になる。
 人工ナノ素材を含有するナノサイズの金属や半導体は、電子顕微鏡と化学分析用具とを併用することにより、食品・飼料や生体組織といった、複雑な基質中でも検知される。しかしナノ粒子は小さくて高倍率が必要であるため、電子顕微鏡による検知は、ナノ粒子の個数が、基質中でのその所在を特定するに十分なほど多い場合にのみ、可能となる。そのため、人工ナノ素材の臓器分布を調査するのは、通常は非常に時間のかかる作業となる。それにくわえて、たとえば二酸化珪素や、生体内にもありカプセルの原料にもなる脂質のように、人工ナノ素材のなかには、自然に生成される同一物質の変種と区別できないものもあるという事実も、事態を複雑にしている。ナノ粒子の検知はまた、細胞中の溶質や小器官との相互作用が、分析信号の明瞭さを損なうことによっても阻害される。
 標準化された比較対照物質が現在少数しかないことも、食品・飼料・生体組織中人工ナノ素材の、正確で再現性のある検知を困難にしている。最近では、珪酸塩ナノ粒子の量的調整物質(IRMM-304)が共同研究センターと対照物質計測研究所により、金ナノ粒子のそれ(NIST RM 8011, 8012, 8013)が国立標準化技術研究所により、それぞれ公表された。
 分析者に熱意が不足しているときには、人工ナノ素材の物理的形態に関する情報を提供することなく、化学組成のみが決定されることになる。たとえばナノ粒子の金属含有量は、誘導結合プラズマ物質スペクトル分析器や、中性子照射後の放射能分析、その他の方法で分析される。化学分析の限界は準備段階での損失や検地の検知によるものである。有機ナノ素材の場合には、試験方法が存在するときには、検出や計測が可能であるが、焦点はむしろ、それがまだナノ形態を保持しているかどうかを知るのに必要な、形状の分析にあてられることになる。
 要約:食品・飼料・生体組織中のナノ素材を検出する方法はあるが、その背景でさまざまなことがあるので、ナノ粒子の存在が確定できないことも多い。ナノ粒子中の化学物質を分析する方法もあるが、それがナノ形態で存在していることはしばしば証明されない。特定人工ナノ素材を検知・計測できるのは、現在では特別な場合にかぎられる。
4.2.食品・飼料中の人工ナノ素材への曝露
 食品・飼料基質中の人工ナノ素材を検知するのはいまのところ困難なので、ナノ素材が現在どう使用されているかということに関する知識は、その製品へのそれらの添加に関する業界自身による情報に依らざるを得ない。
 消費者は以下に記す経路で人工ナノ素材に暴露しうる。だが食品・飼料分野での、言明された(あるいは言明されていない)ナノテクノロジーの使用をともなう製品の入手可能性については、現在のところ知識がかぎられているので、以下に概観される経路は、(潜在的)曝露を仮定して記述されるものである。食品・飼料中の異なる材料からの人工ナノ素材への曝露の、絶対的・相対的な重要性に関する情報は非常に限られている。
 一般的ないし職業的な環境における、大気汚染物質の吸入によるナノ粒子への曝露についてはかなりの情報があり、大気中粒子の検出・分析方法は、食品・飼料中粒子のそれよりも進歩している(SCENHIR, 2006, 2007a, 2009)。
4.2.1.曝露の源泉
 人工ナノ素材を含有する食品接触素材はいくつか開発されている。接触素材から食品への、ナノ物質の移動可能性とその程度については、多くのことがわかっていない。そういう移動については研究が少なく、食品に侵入する人工ナノ素材もあれば、そうでないものもあるとしかいえない(Avella et al., 2005; EFSA, 2007; FSA, 2008; Simon et al., 2008b)。移動可能性はナノ素材と接触素材の種類によるらしく、現在の限定された情報から一般的な結論をえるのは難しい。
 人工ナノ素材を含有する塗料で被覆された加工機器を通じて、ナノ素材やその残存物が食品・飼料中に放出されることもあるかもしれない。そのような曝露と、加工に使用される通常素材による曝露との間に、いくらかでも違いがあるかどうかはわからない。食品・飼料の加工過程で、例えば濾過のようなナノテクノロジー的操作がなされた場合の、残存物への潜在的な暴露可能性については情報がない。
 ナノサイズないしナノカプセル化された食品・飼料原料の使用、もしくは原料の加工ないし添加物の使用による人工ナノ素材の含有による曝露は、まだ評価されていない。
対象動物への飼料の投与による曝露の評価は、人間に対する曝露評価と同様になされるべきである。害悪が人間におよぶのは、人工ナノ素材が可食部分に移行したときにおいてである。そのような移動がおこる可能性については研究がまったくない。
 ナノ的に形成された肥料・農薬・獣医薬はヨーロッパ市場では現在大々的に市販されていないので、そういう製品によるナノ粒子残存物への曝露の可能性は非常に小さいとみられる。だがいわゆるミクロないしナノ乳液における、実際の粒子の大きさとその分布に関する情報は乏しいので、個々の場合において人工ナノ素材が存在する可能性は否定できない。家畜や作物からの「持ち越し」により人間が曝露する可能性は原則としてあるが、そのような経路からの曝露についてはデータがないのが現状である。
 人工ナノ素材は電化製品・医薬品・包装材料などの消費財にも広範に使用されており、そのため製品の製造・使用・廃棄過程を通じてナノ粒子が環境中に放出される可能性もある(Nowack and Bucheli, 2007)。農地にまかれる下水汚泥が汚染されていれば、人工ナノ素材がそれを通じて食品に到達することもあり得る。環境への放出によるナノ粒子の経口的曝露については、情報がないため評価がなされていない。
 結論をいうと、食品・飼料中の人工ナノ素材原料を通じた、消費者と家畜の大規模な曝露は現在のヨーロッパではなさそうであるが、既存の食品・飼料原料にふくまれるナノ破片への曝露ならありそうである。だが人工ナノ素材を含有する製品はインターネットでも入手可能であり、その経路を通じた曝露は計測されていない。
4.2.2.食事を通じた曝露の推定
 曝露評価とは、食品・飼料を通じたありうる人工ナノ素材への暴露の、質的・量的な評価である。ナノ素材の曝露評価における原則は、他の物質の暴露評価に使用されるものと基本的には同一である(Krores et al., 2002)。食品・飼料の標本作製、標本成分の変化、標本による濃度の変動などといった事項については、より大きな物体や溶液の場合となんら異なるところがない。現在の食品消費データベースも、人工ナノ素材をふくむ食品・飼料の消費量を推定するのに使用できるであろう。しかしサプリメントの消費(量と頻度)に関しては限られた情報しかない。
 曝露評価の中心をなすのは、消費される食品・飼料中の、成分を特定しその量を測定することである。現在ほとんどの場合、人工ナノ素材の量の決定は、添加された物質(一次・二次粒子等)あるいは食品と接触する物質に関する情報に、依存してなされざるをえない。添加されたナノ素材の元来の性質を推定することはでき、それは曝露評価を通じて仮定としても利用されるが、食品・飼料基質中のもともとの人工ナノ素材を自動的に推定することは現在ではできず、そのことが曝露評価を不確実なものにしている。
 ナノ的運搬手段の曝露評価というのもあって、その中には、カプセル化された生活性物質および遊離状態にある物質の、食品中の量を計測することが含まれる。この条件を満たすためには、分析のための単離・検出・同定の方法が開発されねばならない。食品接触素材にも同様の方法が必要とされる。だがこういう場合、人工ナノ素材を同定する方法が欠如していて、該当する化学物質のみを検出することが必要になることもある。
 人工ナノ素材の構造は、蛋白質・脂質その他食品・飼料基質中の成分との相互作用のために、製造・加工・貯蔵の過程で変化することがある。したがって、ナノ素材の分析がその過程の初期段階でなされる場合には、曝露評価における加工や貯蔵の影響も考慮されなければならない。基質の消化によるナノ粒子への影響もまた考慮される必要がある。加工の効果に関する情報は現在のところまったくない。
4.3.人工ナノ素材の薬物動態
 薬物動態は物質の体内での吸収・分配・代謝・排出をとりあつかう科学である。消化に続いて起こるこの一連の過程は、潜在毒性のある物質への臓器の曝露を決定する。人工ナノ粒子の、吸収その他の過程に関する研究はもっぱら金属とその酸化物について行われており、ほかには重合体に関するものが若干あるにすぎない。
4.3.1.吸収
 人工ナノ素材の消化器官内での挙動についてはほとんどわかっていない。可溶化・凝集・集合化・吸着、または食品の他の成分との結合や、酸・酵素等消化器官内成分との反応といった変化のために、ナノ粒子は体腔内で遊離状態には留まらず、したがって吸収されないということもあり得る。つまりナノ粒子は、完全に消えてしまうか、あるいは部分的にしか残らないのかも知れない。
 消化管内壁を通過する粒子の移動は、腸壁表面粘液中の拡散・腸細胞や巨大細胞との接触・細胞的ないし傍細胞輸送そして移動後の出来事をも含む、多段階の過程である。上皮を通過する人工ナノ素材の移動は、粒子の大きさ・表面電荷・親水性ないし親油性・結合剤の有無といった物理化学的性質のほか、病気の有無など消化管内壁の生理にも依存する(Des Rieux et al., 2006)。通常の生理学的条件下では、強固な関門の細孔直径は0.3から1.0ナノメートル程度であるので、人工ナノ素材の傍細胞移動は非常に限られたものとなる(Des Rieux et al., 2006)。
 通常は小さい粒子の方が、大きな粒子よりも吸収されやすいし、より急速に吸収される。ラット末端結腸の上皮粘膜ゲル層にラテックスの人工ナノ粒子を接種したところ、直径が14と415ナノメートルの粒子はそれぞれ2分と30分で上皮を通過したのに対して、直径1000ナノメートルの粒子はこの関門を突破できなかった(Szentkuti,1997)。マウスに経口投与された金ナノ粒子(直径58,28,10,4ナノメートル)においては、小さくなればなるほど消化器官内の摂取率が上昇した(Hillyer and Albrech, 2001)。ラットに強制給餌されたポリスチレンナノ粒子(直径50,100,200,300,1000,3000ナノメートル)では、直径ナノメートルで吸収率が50パーセントであったのに対して、粒径が増していくと吸収率はほとんどゼロになった(Jani et al., 1990)。直径500ナノメートルの二酸化チタン粒子を、くりかえしラットに経口投与してから10日後にみると、全体の12パーセントが吸収され、7パーセントが消化管内に存在していた(Jani et al., 1994)。それに対して二酸化チタンのより小さな粒子(25,80,155ナノメートル)を、1回だけマウスに投与した実験では、14日後には非常にわずかな比率しか検出されなかった(Wang et al., 2007)。ただしこの研究では、粒子の同定が不十分であり、生涯投与量も体重1キログラムあたり5グラムと大きなものであった。
 粒子が上皮細胞を通過するのは、腸細胞による細胞内摂取(通常の消化と同様)、ペイエル板を通じた巨大細胞による細胞内摂取、あるいは受動的拡散による。ペイエル板による人工ナノ素材の摂取は、腸細胞による摂取よりも2から200倍も多いが、ペイエル板はそもそも体腔表面積の1パーセント以下にしか相当しない(Des Rieux et al., 2006)。人工ナノ素材(試験時平均直径116プラスマイナス5ナノメートル)の移動率はミクロ粒子の15から250倍も高いが、ミクロ粒子は特にペイエル板にとどまりやすい(Desai et al., 1996; Des Rieux et al., 2006)。洗剤で被覆されたメタクリル酸ポリメチル粒子(130プラスマイナス30ノメートル)のラットへの経口強制給餌(Aruajo et al., 1999)や、テンジクネズミに強制給餌された、アルブミンやポリビニルアルコールに被覆されたポリD,L乳酸粒子(95および150ナノメートル)の、消化管内での分解効果の研究(Landry et al.,1998)からもわかるように、人工ナノ粒子の吸収は表面被覆によっても影響される。
4.3.2.分布
 消化管粘液様組織と接触した人工ナノ素材は、毛細血管に侵入して、門脈を通って肝臓に達するか、あるいはリンパ管に侵入して、胸部空隙をとおって血液循環に入り込むかすることがあり得る。
 蛋白質との相互作用も人工ナノ素材の重要な性質である(Linse et al., 2007; Lynch and Dawson, 2008)。蛋白質によるナノ粒子の吸収は、膜の通過あるいは細胞への侵入を促進しうる(John et al., 2001; Pante and Kann, 2002; John et al., 2003)。それだけでなく、ナノ粒子との相互作用は蛋白質の三次構造を変化させ、その機能を阻害しうる(Lynch et al., 2006)。ナノ粒子と蛋白質とのそのような相互作用は、静的なものではなく、時間とともに変化しうる(Cedervall et al., 2007a; Cedervall et al., 2007b)。
 経口投与後の人工ナノ素材の体内分布については限られた情報しかない。60ナノメートルの銀ナノ粒子をラットに経口投与して28日後に観察したところ、最高水準の銀含有量が腎臓・肝臓・肺・精巣・脳・血液にみられた(Kim et al., 2008)。腎臓における銀含有量は、投与量によらず、メスにおいてオスより2倍も高かった。分布は粒子の大きさにも依存する。金ナノ粒子(58,28,10,4ナノメートル)をマウスに投与したところ、小さな粒子ほど臓器に集中していた(Hillyer and Albrecht, 2001)。質量のかわりに表面積を考慮するなら、小ささの影響はさらに大きくなる。最小の粒子が腎臓・肝臓・脾臓・肺・脳にみられたのに対して、最大の粒子はほとんど消化管内に残留していた。50ナノメートルのポリスチレン人工ナノ素材を接取したところ、全体の約7パーセントもが肝臓・脾臓・血液・骨髄にみられた(Jani et al., 1990)。
 大きな粒子が消化管内に残留するという傾向は500ナノメートルの二酸化チタン粒子でもみられたが、それらはペイエル板や腸間膜リンパ節に存在していた(Jani et al., 1994)。だが系統別に分布する傾向もみられ、二酸化チタン微粒子は肺や腹膜組織では検出されたが、心臓や腎臓では検出されなかった。化学分析ではチタンは肝臓・肺・脾臓・心臓・腎臓でも検出されたが、4.1.3節でもみたように、物質がナノ状態で存在するかということに関する情報は化学分析ではえられない。
 傾向曝露後の分配に関する情報は不足しているが、体循環到達後の人工ナノ素材の運命に関する情報は、他の経路による投与期間するデータからえられるかもしれない。2および40ナノメートルの金ナノ粒子をマウスに静脈注射したところ、その人工ナノ粒子は、第一に肝臓中クーパー細胞の細胞内摂取により、第二に脾臓その他臓器中のマクロファージにより、摂取されることになった(Sadauskas et al., 2007)。クーパー細胞中では金ナノ粒子はリソゾームに分布していた。15および80ナノメートルのイリジウムナノ粒子だけを吸入したラットにあっては、粒子は主として肺でみつかっており、肺の粘膜を通じて消化管や糞には移行しないようにされているとみられる(Kreyling et al., 2002)。1パーセント未満のわずかな移動は、肝臓・脾臓・心臓・脳にみられた。80ナノメートル粒子の移動は、15ナノメートル粒子のそれよりも1桁小さいものであった。ラット(Oberderster et al., 2002; Takenaka et al., 2006)あるいはヒトにおける各種の人工ナノ素材吸入の研究(Mills et al., 2006; Wiebert et al., 2006a; Wiebert et al., 2006b; Semmler-Behnke et al., 2007a)においても、同様の結果がえられている。
 二次的に到達した臓器における人工ナノ素材の長期的な動態に関するデータを提示している研究は2件しかない(Semmler et al., 2004; Semmler-Behnke et al., 2007a)。短期的に単一種類のナノ粒子を吸入させたところ、全体の1から5パーセントの粒子のみが空気・血液関門を通過し、肝臓・脾臓・腎臓・心臓・脳・骨などに蓄積された。ナノ粒子の集中度は6か月にわたり一定であった。平均直径20ナノメートルの金ナノ粒子を、3週間にわたりのべ15日間吸入させたところ、全身での分布がみられた(Yu et al., 2007; Kwon et al., 2008)。50ナノメートル以下の蛍光磁性ナノ粒子をマウスに投与しても、同様な広範囲の分布が観察された(Yu et al., 2007; Kwon et al., 2008)。
 さまざまな直径の金ナノ粒子(10,50,100,250ナノメートル)をふくむ縣濁液をラットに静脈注射すると、粒子の分布は直径に依存し、最小の粒子が、血液・心臓・脾臓・胸腺・脳・生殖器など、もっとも広範な領域に分布した(De Jong et al., 2008)。最大の粒子は主として肝臓と脾臓に分布した。動脈注射で同様の結果を示す研究は多い(Hillyer and Albrecht, 2001; Niidome et al., 2006; Semmler-Behnke et al., 2007b)。金ナノ粒子をポリエチレングリコールで被覆すると、被覆していないものよりも長く体内を循環するようになった(Niidome et al., 2006)。合成ナノ装置(無機物の核をもつ合成樹脂重合体、11および22ナノメートル)においても、体内分布を決定するのは大きさであった(Balogh et al., 2007)。正に帯電した5ナノメートルの合成ナノ装置が腎臓にもっともよくみられたのに対して、負に帯電した、あるいは中性の合成ナノ装置は脾臓と肝臓に集中した。
 ポリビニールピロリドンに分散させたフラーレン(C60)を、体重1キログラムあたり50ミリグラム程度、懐妊から18日後の動物に腹膜注射したところ、それが胎児の全身に分布していた(Tsuchiya et al., 1996)ので、フラーレンも胎盤障壁を通過することがわかる。しかし、静脈注射(2および40ナノメートル)および腹膜注射された金ナノ粒子(40ナノメートル)は、胎盤障壁を通過しないようであった(Sadauskas et al., 2007)。これに反して、金ナノ粒子の細片(1.4および18ナノメートル)は、妊娠9カ月のラットに腹膜ないし静脈注射したら、24時間に内に胎盤と胎児のなかに発見された(Semmler-Behke et al., 2007b)。
4.3.3.代謝(生体内での変化)
 経口接取後の人工ナノ素材の代謝については情報がほとんどない。人工ナノ素材の代謝はなによりもまず、表面の化学組成に依存する。重合体のナノ粒子は生分解性になりうる。金属や金属酸化物のナノ粒子では、早急な分散が重要になる。分散動態における表面積の重要性は、ミクロ粒子については議論されている(Kreyling and Scheuch, 2000)。マクロファージ摂食リソゾーム中の酸性環境においては、金属被覆された粒子の分散動態が、中性体液中にくらべるとより増進される。
4.3.4.排出・除去
 吸収された人工ナノ素材の排出については非常に限定された情報しかない。マウスに2ナノメートルの金ナノ粒子を静脈注射したところ、その一部は原尿中に濾過された(Sadauskas et al., 2007)。5ナノメートルの金合成ナノ装置のマウスへの静脈注射では、金は尿と糞との両方に排出された。表面電荷が正である場合には、それが負やゼロであるときにくらべて、糞尿中への排出が増加した(Balogh et al., 2007)。平均130ナノメートルのメタクリル酸ポリメチル粒子をラットに経口投与したところ、吸収された分の95パーセントは2日後までに排出され、8日後には投与量の0.5パーセントしか残存していなかった(Nefzger et al., 1984)。投与量のうち吸収されたのは10から15パーセントであり、8日以内に胆汁と尿から、それぞれ5から8パーセントおよび4から6パーセントが排出されたという。
 人工ナノ素材の除去率に関する情報はほとんどない。二酸化チタンナノ粒子をラットに静脈注射した実験では、どの臓器においても第1日の存在量は最大であった。二酸化チタンは肝臓には28日間残存した。脾臓中の存在量は14日から28日を経てもわずかしか減少しなかったが、肺や腎臓では14日で通常水準にもどった(Fabian et al., 2008)。
 ラットに静脈注射された、核がセレン化カドミウムで殻が硫化亜鉛である量子ドットの、腎臓による除去も研究されている。シスチンによる中性被覆をして蛋白質の結集をふせぎ、粒子が凝集しないようにして、水和半径が5.5ナノメートル未満になった量子ドットが、腎臓により尿中に排出されたのに対して、動半径8.6ナノメートル以下のより大きな量子ドットは、除去されにくく二次目標臓器に蓄積された(Choi et al., 2007)。
 表面が改変された、あるいは改変されていない、単層ナノチューブと複層ナノチューブを、テンジクネズミに静脈注射して、その排出を比較するということも行われている(Singh et al., 2006)。ナノチューブの表面を被覆すればその正電荷と親水性が増し、血液中に分散する可能性も劇的に増して、尿中への排出が促進される。人工ナノ素材の母乳への移行については情報がない。
4.3.5.薬物動態に関する結論
 人工ナノ素材の種類が違えば、その薬物動態的性質も非常に違う。
 経口暴露された人工ナノ素材の毒物動態学的研究は、主として金属とその酸化物、すなわち不溶性金属と、ある種の分解性重合体についてなされている。それ以外の人工ナノ素材については、現在のところ非常に限定された情報しかない。
 大多数の毒物動態学的研究において、人工ナノ素材は、たとえば凝集体を形成するというように、服用に適した形態にさせられてはいない。
 既存の研究においては、量的測定はもっぱら人工ナノ素材成分の特定によってなされており、ナノ構造が維持されていることは確認されていない。
 ナノサイズへの形成は人工ナノ素材の毒物動態学的挙動を、より大きな粒子のそれとは違うものにする可能性がある。
 既存のデータが示唆するところによると、食品・飼料基質中に分散された人工ナノ素材が、基質および消化器官成分との接触や可溶化などの変化を、基本ないし消化器官中でこうむり、その物理化学的性質や吸収性を変化させることがありうる。
 現在までに研究されている人工ナノ素材は、消化器官を通じては、ある程度までしか吸収されることがない。細胞内接食により吸収されたナノ粒子は、門脈を通じて肝臓に到達する。ナノ素材はまたリンパ系を通じて、肝臓を経由せず胸部空隙に到達しうる。
 金属製人工ナノ素材が主として分布する二大臓器は肝臓と脾臓である。しかしナノ素材の種類によっては、これまで研究されたあらゆる臓器において、ナノ素材そのものあるいはその化学成分が検出されたことがあるので、すべての臓器が標的になり得る。
 ナノ粒子は小さければ小さいほど広範囲の組織に分布するが、経口曝露後のことに関するデータは限定されている。表面の被覆と電荷も重要とみられるが、それに関する研究は一層少ない。ほかにどんな性質が重要であるかはわかっていない。
 人工ナノ素材が胎盤を通過しうるという情報は若干ある。人工ナノ素材が母乳中に移行するかどうかはわからない。
 人工ナノ素材の潜在的・長期的な蓄積・残存については限られたデータしかない。だがその限定的なデータは、不溶性ナノ素材が長期間残存し蓄積することを示唆している。
4.4.人工ナノ素材の毒性
4.4.1.人工ナノ素材の急性・亜急性および亜慢性経口毒性
 人工ナノ素材を使用した経口毒性の研究は少数しか刊行されておらず、その大部分は不溶性の金属ないしその酸化物に関するものである。
4.4.1.1.金属
 平均23.5ナノメートルの銅ナノ粒子が単独でマウスに強制給餌され、銅ミクロ粒子(17マイクロメートル)および銅イオンと比較された(Chen et al., 2006)。生涯投与量は体重1キログラムあたり1,080ミリグラムと高く、粒子の凝集による消化管の閉塞までおこすほどであった。イオンの相対的毒性はナノ粒子よりも高く、したがってミクロ粒子よりも高かった。ナノ粒子においてみられた(しかしミクロ粒子にはみられなかった)用量依存効果は、腎臓・肝臓・脾臓・血液では観察されたが、肺・心臓・脳・精巣・卵巣では観察されなかった。
 亜鉛のナノ粒子(58ナノメートル)とミクロ粒子(1.08マイクロメートル)をそれぞれ、高用量(生涯に体重1キログラムあたり5グラム、粒子の凝集には防止策が講じられた)でマウスに強制給餌した結果、いずれにおいても消化管の炎症がみられた(Wang et al., 2008)。毒性は一貫していなかった。血液・心臓・腎臓に対してはナノ粒子の方の毒性が高かったのに対して、肝臓に対してはミクロ粒子の方が高毒性であった。その後に行われた、酸化亜鉛(生涯に体重1キログラムあたり1から5グラム)のマウスに対する経口毒性試験では、20および120ナノメートルのナノ粒子が従来のマクロ・ミクロ粒子と比較された(Wang et al., 2008)。ナノ粒子の大きさも強制給餌において分析されたが、それはおのおの44.8と187.5ナノメートルであった。毒性のありかたはここでも複雑であった。120ナノメートルのナノ粒子が胃・肝臓・心臓・脾臓・腎臓・血液においてもっとも高毒性であったのに対して、20ナノメートルナノ粒子の毒性は(その毒性がもっとも強くあらわれた膵臓をのぞいて)マクロ・ミクロ粒子に類似していた。しかし用量依存性は観察されていない。
 二酸化チタンナノ粒子(25,80,155ナノメートル)を、高用量(生涯で体重1キログラムあたり5グラム)でマウスに強制給餌したところ、食道ヘルニアが頻発した(Wang et al., 2007)。すべての粒子がほとんど肝臓と脾臓に蓄積した。腎臓・肝臓・心臓における病変はあらゆる大きさの粒子で観察され、80と144ナノメートルではとりわけ顕著な効果が観られた一方、たとえば乳酸塩脱水化酵素やヒドロキシ酪酸塩脱水化酵素の増加など、血漿生化学指標の変化は80ナノメートルでもっとも顕著にみられた。500ナノメートルの二酸化チタン粒子を、体重1キログラムあたり12.5グラムだけ10日間、ラットに強制給餌しても病変は生じなかった(Jani et al., 1994)。
 ラットに銀ナノ粒子を28日間経口投与(60ナノメートル、容量は1日に体重1キログラムあたり30,300,1000ミリグラム)したところ、最小限の用量依存的な生化学的毒性が肝臓にみられたが、容量30から300ミリグラムにかけては効果が観察されなかった(Kim et al., 2008)。
4.4.1.2.他の人工ナノ素材
 非金属性人工ナノ素材については少数の研究報告しかない。
 20から60ナノメートルのセレンナノ粒子の、ラットへの経口投与毒性については複数の報告がある。単一強制給餌をしたところ、セレン化ナトリウムイオンの毒性は、セレンナノ粒子よりも高かった(Zhang et al., 2001; Zhang et al., 2004)。飼料中のセレンナノ粒子(生涯投与量体重1キログラムあたり2から5ミリグラム、飼料中濃度は定義されず)を13週間ラットに(Jia et al., 2005)と、マウスに投与した実験(生涯投与量体重1キログラムあたり2から6ミリグラム、12から15週間、20から60ナノメートル)(Zhang et al., 2005)においても、それは確認されている。
 生後1から42日の肉用鶏に、飼料にまぜてナノ粘土(10から60ナノメートルのモンモリロナイト)を42日間投与しても、毒性はみられなかった(Shi et al., 2006)。親水親油性キトサンナノ粒子(200ナノメートルまでは走査型、85ナノメートルは透過型電子顕微鏡で観察)をラットに単一投与(生涯投与量体重1キログラムあたり2グラム)しても、やはり毒性は観察されなかった(Yoksan and Chirachanchai, 2008)。炭素複層ナノチューブ(直径50ナノメートル未満、長さ450マイクロメートル)および窒素含有炭素複層ナノチューブ(炭素網にとりこまれた窒素原子。直径20から40ナノメートル、長さ100から300マイクロメートル)も、マウスに単一経口投与された(生涯投与量体重1キログラムあたり1,2および5ミリグラム)が、そこでも毒性はみられなかった(Carrero-Sanchez et al, 2006)。
4.4.2.非経口曝露による毒性および試験管内実験
 吸入および皮膚暴露の研究からえられた毒性のデータもあり(SCENIHR, 2007)、そのなかには経口曝露の効果を測定するのに有益なものもある。酸化ストレスや、肺・肝臓・心臓・脳での炎症性サイトカインの生成により、免疫・炎症効果が惹起されることもある(Oberdorster et al., 2005a; Oberdorster et al., 2005b; Borm et al., 2006; Oberdorster et al., 2007)。人工ナノ素材の吸入による循環器系への影響には、心拍数の変化・血栓生成の促進および急性心筋梗塞が含まれる(Borm et al., 2006)。
 人間および動物細胞中の人工ナノ素材に関する試験管内研究は豊富にある。チタン・銀・亜鉛・マンガン・セレン・珪素など、広範囲の人工ナノ素材について、集中度や曝露時間が研究されている。試験管内の環境で粒子を検査する際にはさまざまな複雑性がみられる。生理学的に有効でない物質の投与、粒子の凝集、細胞の人工ナノ素材への直接の接触などが、結果の解釈と並ぶ、その種の研究における典型的な問題である。
 しかし人工ナノ素材の種類に関係なく、試験管内実験で共通してみられる効果は、活性遊離酸素原子の生成であるらしい(Donaldson and Born, 2004; Oberdorster et al., 2005b; Nel et al., 2006; Balbus et al., 2007; Chen et al., 2008; Lewinski et al., 2008)。酸化ストレスの主要な結果は、核酸塩基・脂質膜および蛋白質の損傷(細胞間蛋白質凝集体の生成をふくむ)である(Chen et al., 2008)。通常そのような効果は高濃度のナノ素材に曝露したときにのみ見られ、その効果に生理学的な意味があるのか判定するのは難しい(Lewinski et al., 2008)。人工ナノ素材と細胞内小器官との相互作用により、細胞死ないし壊死の機構が活性化されて、細胞が死滅することもあるかもしれない(Xia et al., 2006; Hong et al., 2006; Di Pasqua et al., 2008; Kagan et al., 2006)。試験管内で観察されているそのほかの効果には、イオン伝達経路の封鎖・小孔の生成あるいは生理機能の停止などがある(ICON, 2008)。
 在来粒子の遺伝毒性は、直接遺伝毒性と間接遺伝毒性(たとえば酸化ストレスや炎症により媒介される)という、ふたつの機構を経て発現する(e.g. Schins and Knaapen, 2007)。ナノ粒子もそれら両方の経路を通るのかもしれない。複数の研究によると、鉄白金合金・コバルトクロム合金・酸化亜鉛・二酸化珪素・二酸化チタン・黒炭・炭素単層ナノチューブ・炭素複層ナノチューブなど、さまざまな人工ナノ素材に遺伝毒性がありうる(Gonzales et al., 2008; Landsiedel et al., 2008のレビューによる)。使用された試験は、核酸損傷のためのコメット試験、染色体の数的・構造的変容のための微小核(試験管内)試験、それにAmes試験等の遺伝的変異試験などである。コメットおよび微小核試験に関しては、大部分の研究結果が陽性であった。しかし諸論文で提示されたデータの解釈は、方法論上の相違のほか、ときにはナノ粒子の不十分な特定や、汚染物質に関する情報の欠如のために、困難なものになっている。二酸化チタンと黒炭については、200ナノメートル程度のナノ粒子は核酸を損傷するが、200ノメートルほどのより大きな粒子はそうでないという(Gurr et al., 2005; Mroz et al., 2008; Rahman et al., 2002)。コバルトナノ粒子についても同様の観察がある(Papageorgiou et al., 2007)。
4.4.3.人工ナノ素材における用量反応関係の計測
 人工ナノ素材にありうる毒性に関連する、用量を記述する単一の変数を特定することは、これまでのところ成功していない。大部分の研究で唯一の変数とされてきた質量濃度は、人工ナノ素材に特有の性質を反映していないので、よい変数とはいえない(SCENIHR, 2006; SCENIHR, 2007a)。粒子数や表面積の方が適切であるかもしれない。ナノ素材をできるかぎり完全に特徴づける方が、望ましいのは明らかである(Thomas and Sayre, 2005; Oberdorster et al., 2005a; Powers et al., 2006; OECD, 2008b)。用量計測集団がひとつしかないことが、望ましいとは思われない。
 現在採用されているナノ素材の定義は、たとえば100ナノメートル未満というように、大きさのみに基づいたものであるが、それではより大きな、一次ナノ粒子の凝集・集合体は、人工ナノ素材と認識されないことになる。変数としての比表面積は、粒子の凝集状態からは独立したものである。危険評価の観点からみれば、比表面積をふくむ定義がより適切であろう(SCENIHR, 2009)。たとえば直径100ナノメートルの球体の、一定密度の集合体は、1グラムあたり60平方メートルか、あるいは粒子の直径によってはさらに大きな比表面積をもちうる。
4.4.4.追加的考察
 人工ナノ素材の不確実性をます要因はほかにもある。食品中に存在するナノ粒子は、通常の食品成分や、あるいは汚染物質に影響するかもしれない。人工ナノ素材がその表面に、蛋白質を含む(Lynch and Dawson, 2008)、他の化合物やその成分を吸着・拘束しうることは知られている(Simon and Joner, 2008a)。人工ナノ素材が、曝露した生物の血液やその他の組織・臓器へと、潜在的に有害な化学物質や外来物体を運搬するのではないかとの懸念も、ここから挙がっている。いまのところその直接の証拠はないが、そのような「トロイの木馬」効果の間接的な証拠を提示した研究はいくつかある。たとえば磁性酸化鉄ナノ粒子は、砒素などの毒物を吸着し運搬するという(Shipley et al., 2008)。500ナノメートル程度の炭素煤煙粒子に対して免疫ができると、多環式芳香族炭化水素に対する抗体も形成される(Matschulat et al., 2006)というが、そのことは、微粒子が芳香族の運搬役を務めることを示すのかもしれない。200ナノメートル大のフラーレン凝集体が存在すると、藻類およびミジンコ類に対するフェナスレンの毒性が増大することもわかっている(Baun et al., 2008)。試験管内で培養されたヒト角質細胞に対する炭素単層ナノチューブの毒性は、加工過程で使用された鉄触媒が微量に残存していると増強される。アジドチメジン製剤の経口吸収率は、それが230プラスマイナス20ナノメートルの、クリル酸六シアン被覆ナノ粒子と結合していれば上昇する(Lobenberg et al., 1997)。
 食品中の栄養成分等を運搬するためにナノ粒子を利用することも、たとえば消化されない蛋白質が消化管を横断するというように、意図されない巨大分子も運搬されるのではないかという同様の懸念を生じさせる。もし粒子が巨大細胞の食作用を通じて上皮細胞を通過するのであれば、ペイエル板への蓄積とそれに伴う免疫反応を通じて、望まれないアレルギー反応が引き起こされるおそれもある。
 人工ナノ素材の吸収が消化器官の不調と関連することを示唆する初歩的な証拠もある。消化器官炎症中にはナノ粒子の摂取量が増加するとか、潰瘍性大腸炎患者の結腸組織から粒子が検出されたとかいう報告があり、ナノ粒子への曝露がクローン病に関連するのではないとの懸念も表明されている(McMinn et al., 1996; Lomer et al., 2002; Gatti et al., 2004; Hoet et al., 2004; Buzea et al., 2006)。
 カプセル製剤においても、摂取率を向上されるために被覆その他の表面特性に工夫がこらされているが、そのこともまた懸念の種になっている。ナノカプセルの被覆に使用されるレクチンは、細胞毒性を持っていて、炎症反応を誘発するのかもしれない(Govers et al., 1994; Des Rieux et al., 2006)。
長さ・硬度・耐久性が石綿に類似している特殊な炭素ナノチューブがマウスに腹膜注射されたときに、「石綿様」肉芽状炎症を発症させることも最近報告された(Poland et al., 2008; Takagi et al., 2008)が、これは粒子の形態も毒性に影響することを示唆する。
4.4.5.人工ナノ素材の毒性に関する結論
 経口摂取された人工ナノ素材の潜在的毒性は、まだ初歩的にしか理解されていない。経口摂取について研究がなされているのは、金属やその酸化物など、非常にかぎられたナノ素材だけである。毒性研究に使用されるナノ素材は、しばしば大変に限定された特徴づけしかなされていない。
 ナノ粒子の毒性を、同一化学物質の在来型(溶液ないしミクロ・マクロ粒子)と比較した研究は、わずかしかない。一般的な結論をえるにはデータが不足している。
 人工ナノ素材を飼料中に投与した実験は1件しかないが、その研究においてはナノ素材の、凝集体の形成など形態面での特徴づけはなされていない。他のすべての研究では、強制給餌などの人工的な方法によりナノ素材が投与されている。
 経口投与生体実験の大部分は、人工ナノ素材の急性毒性に関するものである。長期間にわたる研究は実行されていない。
 未試験の人工ナノ素材の効果を予測することを可能にするような、ナノ素材の一般的毒性は存在しそうにない。大きさ・表面特性・化学組成などの物理化学的性質と、ナノ素材の生体内ないし試験管内毒性との間の関係について、一般的な結論をえるのに十分なほどの情報もない。
 用量を計測するのに質量だけで十分ではなさそうだし、単一の性質で十分だとも考えられない。質量・粒子数・表面積のいずれもが必要ではないか。
 同一物質の溶液ないしミクロ・マクロ粒子に関する情報から、人工ナノ素材の潜在的毒性を推測することは一般に不可能である。
 ある種の人工ナノ素材は高濃度で酸化ストレスを誘発することを、多数の試験管内実験が示唆している。試験管内での遺伝毒性的・炎症的反応を示唆するデータもある。
5.食品・飼料分野におけるナノテクノロジーの環境的側面
 ナノテクノロジーの環境的影響について包括的に論じることは、この見解の範囲をこえていると科学委員会は考える。そのような面についてはSCENIHR(2007a, 2009)やthe UK Royal Commission on Environmental Pollution (2008)、あるいは最近の各種概説(Klaine et al., 2008; Handy et al., 2008b; Wiesner and Bottero, 2007; Nowack and Bucheli, 2007)を参照されるのがよかろう。食品・飼料の生産・消費過程への、人工ナノ素材のありうる再参入に関する、少数の環境上の問題に関してのみここでは述べたい。
 ある種の人工ナノ素材が、食品・飼料の生産・消費過程に、汚染物質として参入することはあり得る。ナノ素材がその製造・使用・処分過程で環境中に拡散することは、食品・飼料部門においても考えられる。汚水処理・焼却・埋め立てなど、従来の廃棄物処理法を通じても汚染は生じうる。その結果としての水や土壌の汚染が、人間や動物が消費する植物や水産物によるナノ粒子の摂取につながるのも、ありえないことではない。植物および水産生物による人工ナノ素材の摂取は実証されている(Lin and Xing, 2008; Handy et al., 2008a)。
6.食品・飼料中の人工ナノ素材に対する危険評価の指針
 本節では人工ナノ素材危険評価の一般的側面を論じる。ここでの意図は、裁判原告のために詳細な指針を提供することよりも、むしろ危険評価に要求される一般的なデータを概説することにある。
 害悪特定・害悪記述・曝露評価・危険記述という既存の危険評価方法は、食品・飼料中人工ナノ素材の危険評価にも応用可能であると、科学委員会は考える。だがナノ素材には異形態の同一化学物質とはことなるところもあり、その物質に関する既存の知識を完全には適用できない(e.g. SCENIHR, 2007a)。人工ナノ素材の危険評価に関する戦略を提言している、国内・国際諮問員会は多い(e.g. SCHNIHR, 2007a, 2009; SCCP, 2007)。
 現在詳細な危険評価指針を策定するにあたって困難となるのは、人工ナノ素材の潜在的害悪を包括的に理解する一助となるに、十分な情報やデータが不足していることである。既存の毒物学的試験の方法は、人工ナノ素材の害悪を特定する際にも、出発点として採用されるべきである。だが毒物動態や追加的な毒物学的効果の可能性といった、ナノ素材に特有の事項もまた考慮されねばならない。特段の配慮は曝露評価においても必要である。食品・飼料中の人工ナノ素材を検知・分析するための、自動的な方法がないことも重要な障害となる。したがって十分なデータが蓄積されるまでは、人工ナノ素材の危険評価は事例ごとになされねばならないであろう。(しかし実はこのことは、他形態の化学物質に対する危険評価にもあてはまる。)
 危険評価の方法は基礎知識の発展につれて改良されねばならない。食品接触素材・農薬・添加物などといった、食品・飼料分野で使用される物質一般に適用される評価方法は、人工ナノ素材に対しても依然として概して適用可能であるが、その種の物質の特性を考慮した改良もまた必要である。食品・飼料分野において現在文書化されている評価指針は、人工ナノ素材のことを考慮していない。(勧告を参照されたい。)
 危険評価のために提供される情報はまた、人工ナノ素材の意図された用途および機能をも、表示するものでなければならない。生産ないし消費段階において、食品・飼料の生物学的安全性を表示あるいは増進すると称する、殺菌剤あるいは感覚器として作動する人工ナノ素材の有効性と信頼性は、その使用条件が下流における食品安全にも重大な影響をおよぼしかねないので、確認され記録される必要がある。
 人工ナノ素材危険評価の第一歩となるのは、食品・飼料に使用されている製品を、適切に特定し詳細に特徴づけることである。人工ナノ素材と記述と特徴づけについては、経済協力開発機構と国際標準化機構で努力が行われている(OECD 2008a, b; ISO 2008)。現在のところ危険評価にあたり重要とされているのは、大きさ(分布を含む)・凝集性ないし集合性・質量・表面積・比表面積・粒子数・形状・濃度・形態変化・化学組成(不純物および加工助剤を含む)・表面特性(被覆・電荷など)および可溶性(親水性・親油性を含む)である。生分解性ないし生残留性も重要とされる。この目的のためには、追加的な参照素材を含む、標準的な方法論が必要とされている。前述したように、観察された毒性とさまざまな用量指標との関係についても議論がなされており、質量以外のいろいろな指標、たとえば表面積や粒子数などについて検討が必要とされている(SCENIHR, 2007a, 2009および4.4.3節を参照)。
 人工ナノ素材は食品・飼料の成分と相互作用しうるので、製造ないし添加されたナノ素材や、食品・飼料中に現に存在しているナノ素材を特徴づけるのが重要であることが、強調されておかねばならない。重要な第一歩は、食品・飼料中にナノ形態で存在している物質を、質的にも量的にも特定し確定することである。食品接触素材についても同様に、適度に敏感な方法を用いて、食品への移行が検出されねばならない。ことの成否は、適当な敏感さをもつ分析方法の存在にかかっている。
 食品・飼料中の人工ナノ素材の存在を分析するのは現状では困難なので、食品・飼料に添加された、あるいは食品接触素材から移行した物質の全量がナノ状態であったという、慎重な仮定が危険評価では採用されている。
 製品が人工ナノ素材を含んでいないとか、もしくは食品・飼料中にナノ素材が残存していないとかいうことがもし証明されれば、ナノ素材への曝露はありそうもないということになり、その後の危険評価の過程は、溶液やミクロ・マクロ粒子など、在来の化学物質と共通するものになる。
 ナノ構造を保持した素材に動物あるいは人間が曝露する可能性が排除できないのであれば、さまざまな点が考慮されなければならない。たとえば人工ナノ素材の物理化学的性質に立脚して、消化後のナノ素材の、消化管体腔内での運命が考察されねばならないであろう。関連する体液の試験も必要かもしれない。ナノ素材が体腔中で拡散するという証拠がもしあるのなら、ナノ素材は吸収されれば非ナノの同一物質と同様にふるまうと結論することができ、これにもとづいて危険評価もすることができる。しかしありうる局所的評価とその潜在手効果も依然として評価されねばならない。ナノ構造が消滅しないという証拠がないかぎり、その構造は消化管内でも維持されると仮定されることになろう。
 もしナノ構造が消化管内で維持されるのであれば、毒物動態学的なデータも必要になってくる。提案されている試験管内実験はまだ、生体条件にと同様ではいないので、毒性学?的な情報は生体実験に依拠することになろう。生体組織内の人工ナノ素材を分析するのは現状では難しいので、その毒物動態学的な研究は、それがナノ構造を維持しているかどうか知ることなしに、素材の化学組成を決定することに依存せざるを得ないであろう。その場合、ナノ構造が保持されているという慎重な仮定が採用される。それ以上の試験方法や評価に関する決定にとって重要な情報が、この毒物動態学的研究によって提供される。
 共存する物質の摂取可能性をますことを目的とする人工ナノ素材、すなわちナノ運搬装置においては、摂取可能性の変化も測定されなければならない。共存物質の方の危険評価法を利用する際には、共存物質の摂取可能性の変化も考慮する必要がある。それに加えてナノ運搬装置自身に対しても危険評価がなされねばならない。
 人工ナノ素材その他、食品・飼料に使用される物質の毒物学的性質は、一般に生体内試験により評価される必要がある。在来化学物質の毒性試験については、経済協力開発機構によるものその他の基準がある。その種の基準は、人工ナノ素材の毒性効果を検出するものでなくてはならない(OECD 2008b)。しかしそういう試験や基準をナノ素材に適用した事例は非常にかぎられており、また既存の毒物的試験をもちいてナノ素材のあらゆる潜在的毒性を検出する方法もまだ確立されてない。
 食品含有化学物質の生体毒性試験は通常は、食事に物質を混合する方法によって実施される。人工ナノ素材の投与方法に関しては、ナノ素材と食品成分とのありうる相互作用も考慮されねばならない。これは毒物・曝露評価のために、食品・飼料中に試験素材を混入することを、支持する意見でもある。液体中にナノ素材を混入させて経口で強制給餌する方法は、食事に混入する方法に比べれば、用量の調節が容易であることはまちがいない。この方法はまた、特に研究の初期にあっては、最悪の事例すなわち慎重な方法をも代表している。ところがナノ素材の液体への投入は、凝集・集合性などその物理化学的性質を、想定される食品・飼料基質の性質を必ずしも反映しない方向に変化させるかもしれない。投与方法の選択はつねに正当なものである必要がある。
 試験管内実験は一般に、遮断目的あるいは毒物作用機序の研究に適合している(COT, 2005, 2007; Oberdorster et al., 2005a; Borm et al., 2006)。試験管内実験においては、SCENIHR (2007a)も結論したように、人工ナノ素材曝露の危険を評価する既存試験の感度と有効性は不確実である。だが変異原性・遺伝毒性や酸化ストレスなど、一部の毒物学的効果については、優れた試験管内試験が存在する。
 危険記述の段階においては、人工ナノ素材に関する戦略は原則として、溶液やミクロ・マクロ素材に関するものとことなるべきではない。ナノ素材の危険評価における不確実要因のとりあつかいは、他の形態の同一物質に関するものと、異なるものではない。しかしナノ素材においては、分析に問題があることや、データベースが限られていることも、考慮されなければならない。
全体をとおしての結論および勧告
結論
 本見解は本来的に一般的なものであり、ナノテクノロジーそのものや、その試験的ないし可能な応用、あるいは特定製品の危険評価をするものではない。ナノテクノロジーの可能な使用や、その食品・飼料分野への応用は、変化し発展している。その可能な使用と応用は、製造工程・農薬・接触素材・成分を含む、食品・飼料に関わる各段階のすべてにまたがるものである。ヨーロッパ市場で販売される製品の概観もまだない。人工ナノ素材のナノ的性質が、その毒物動態や毒物特性に影響することはありうる。指針に関する章では、人工ナノ素材を危険評価する際に、必要な一般的データと考慮すべき事項いついて述べた。
 科学委員会は以下のように結論する。
 ナノテクノロジーあるいはその食品・飼料分野への応用の危険評価が不確実なのは、各領域での現在の情報が限定されているからである。その不確実性というのはたとえば、食品・飼料ないし生体組織内の人工ナノ素材を特定・検知・計測することの困難や、ナノ素材試験の最善の方法その他、毒物学的・毒物動態学的情報がかぎられていることなどである。食品・飼料分野でありうる応用や製品による曝露や、それらの環境的影響についても、知識は限定されている。食品・飼料への実際の使用程度もわかっていない。危険記述段階で適切な不確実要因を選択するためには、人工ナノ素材危険評価に関するデータベースが限定されていることも考慮しなくてはならない。
 このような限界はあるものの、害悪特定・害悪記述・曝露評価・危険記述からなる通常の危険評価方法は、人工ナノ素材にも適用可能であるとみられる。
 食品・飼料に含有される人工ナノ素材を危険評価する際には、非ナノ形態の同一物質に共通する性質にくわえて、ナノ素材に特有の性質も考慮しなくてはならない。
 特定の人工ナノ素材の経口的曝露、およびその結果としての毒性について、得られる情報は極度に限られている。ナノ素材の毒性について入手可能な情報の大部分は、他の曝露経路を使用した、試験管内実験ないし生体実験からえられたものである。
 在来物質に対して現在使用されている毒性試験方法は、人工ナノ素材に対する事例ごとの危険評価においても適切な出発点となる。だが既存の毒物学的方法が、ナノ素材潜在毒性のあらゆる側面を検出するのに、十分なものかどうかはまだわかっていない。毒性試験法は、たとえば標本の入手や特徴づけについて、方法論的な改良を必要とするかもしれない。特有の不確実性は、標準的な方法でナノ素材を試験した経験が、極度に不足していることから生じている。人工ナノ素材によって引き起こされる、標準的な方法によっては十分に検知されない毒物学的効果もあるかもしれない。従来の目標にくわえて、自動的には設定されない新目標も、考慮される必要があるかもしれない。
 害悪記述の際には各種の用量測定値と毒性との関係が問題になるが、たとえば粒子数や表面積など、質量以外の測定値が考慮される必要もあるかもしれない。
 人工ナノ素材の物理化学的性質は、同一物質の溶液やミクロ・マクロ粒子とはことなるので、その毒物学的・毒物動態学的特性も、他形態の同一物質から完全には推測されない。よってナノ素材の危険評価は、事例ごとになされざるを得ない。
 人工ナノ素材危険評価のための適切なデータには、それがナノ形態で消化されるか、消化されるとすれば吸収時にもナノ状態を保つか、などといった、人工ナノ素材の包括的な特徴づけも含まれなくてはならない。もしナノ形態で消化されるのであれば、たとえば遺伝毒性のために、適切な試験管内実験にくわえて、複数回投与による毒性試験もなされる必要がある。その種の毒物試験の計画・実行のためには、毒性学的な情報が重要である。共存物質の摂取可能性を向上させることを目的とするナノ素材に関しては、その摂取可能性の変化も測定されねばならない。
 特定人工ナノ素材の事例ごとの評価は現在でも可能ではあるが、食品・飼料中ナノ素材の特徴づけと分析、毒性試験方法の適切化および入手したデータの解釈については、危険評価方法はいまだ発展の途上にあることを、科学委員会としては強調したい。このような状況のもとでは、いかなる個別の危険評価も、高水準の不確実性を含まざるを得ない。人工ナノ素材の試験についてデータと経験が蓄積されるまで状況はかわらない。
勧告
・食品・飼料分野における危険評価指針が改定される際には、ナノテクノロジーについても考慮がなされるべきである。
・ナノ規模の定義に関しては、粒子の大きさにのみ基づく現在の定義にかわって、非表面積もまた定義に追加されるべきである。
・食品・飼料分野におけるナノテクノロジーの応用に関しては、特に複雑な人工ナノ素材の出現が予測されるときには、現在と将来における同分野へのナノ素材の応用と、ナノテクノロジーの発展とが監視されるべきである。
人工ナノ素材の物理・化学的特徴づけ、食品接触素材や食品・飼料基質中の安定性および分析用具に関しては、
・同一物質の溶液ないしミクロ・マクロ粒子と比較した際の、物理・化学的性質への粒子の大きさの影響が測定されるべきであり、
・食品・飼料基質中、消化器官内あるいは生体組織中の成分の存在下での、ナノ素材との相互作用およびその安定性が調査されるべきであり、
・食品包装素材中や食品・飼料基質中あるいは生体組織中の、ナノ素材を検出・特定・計測する自動的な方法が、開発・改良されるべきであり、
・ナノ素材の性質への製造法の影響関する情報がえられるべきである。
人工ナノ素材の暴露評価に関しては、
・食品・飼料中に含有されるナノ素材の量や形態(分散ないし凝集)、およびその消化後のナノ形態での摂取可能性に関する情報が収集されるべきであり、
・ナノ素材を含む製品の消費に関する情報が収集されるべきであり、
・接触素材からの食品・飼料への各種ナノ素材の移行が計測されるべきである。
人工ナノ素材の毒性と毒物動態に関しては、
・経口曝露後のナノ素材の、毒物動態学的性質に関する情報が収集されるべきであり、多数のナノ素材を分類できるどうか見るために、そのデータが物理化学的性質に統合されるべきであり、ナノ素材の毒性と関連する、適切な用量計測集団に関する情報が収集されるべきである。
・広範囲の人工ナノ素材の、食品・飼料からの摂取可能性に関する情報が収集されるべきであり、各種臓器ないし母乳中の、あるいは胎盤を通じての、潜在的な蓄積が調査されるべきである。生体内移行と排出も研究されるべきある。
・可食動物組織への含有その他、食品・飼料の利用過程における、人工ナノ素材の「持ち越し」に関する情報が収集されるべきである。
・試験方法の信頼性・適切性もふくむ、計算機内・試験管内および生体内(特に経口投与)での、人工ナノ素材の毒性試験方法が、開発・改良されるべきである。
・曝露がありうる広範囲の人工ナノ素材の、経口接種後の毒性の対する理解が促進されるべきである。
・人工ナノ素材が、生体分子(酵素など)・栄養素および外来物質と相互作用する可能性と、毒物・アレルゲン等の輸送(「トロイの木馬」効果)を含むその種の相互作用の、人畜健康に対する重要性とに、関する理解が促進されるべきである。
・食品・飼料への使用が認可された物質のなかには、ナノ規模での使用もあり得るとされるものがある。ナノ規模での使用については懸念もあるので、その種の物質については、危険評価の再評価も検討されるべきである。
原文:SCIENTIFIC OPINION
The Potential Risks Arising from Nanoscience and Nanotechnologies on
Food and Feed SafetyScientific Opinion of the Scientific Committee
The EFSA Journal (2009) 958, 1-39
http://www.efsa.europa.eu/cs/BlobServer/Scientific_Opinion/sc_op_ej958_nano_en.pdf?ssbinary=true
この翻訳は、市民科学研究室が共同研究に加わっている、JST(科学技術振興機構)社会技術研究開発センターによる研究開発プログラム「科学技術と社会の相互作用」平成19年度採択課題のひとつである「先進技術の社会影響評価(テクノロジーアセスメント)手法の開発と社会への定着」(研究代表:鈴木達治郎(東京大学 公共政策大学院 客員教授))の研究の一環としてなされたものです。翻訳は、杉野実、畠山華子、上田昌文が行いました。)

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