“リビングサイエンス”のアプローチ~子ども料理科学教室の実践から

投稿者: | 2007年6月4日

上田昌文(NPO法人市民科学研究室・代表)
●リビングサイエンスとは
 毎日の生活の中に科学がある――これは、生活の中に、現代の科学の成果としてじつに様々な技術が様々な形で入り込んできているという意味では、その通りだと誰しも思うだろう。では、「科学の探求の場がある」と言い直してみたらどうか。『現代化学』の読者は、おそらく小中学時代に自然現象の不思議さや美しさ、あるいは自然科学の探究の面白さに魅せられ、夢中になって何かを作ったり、実験や観察をしたりした経験を持つ人がほとんどだと思う。しかしそうした人でも、自分の毎日の生活の中のありふれた事象やモノを対象にして実験や観察を行った人は、そう多くはないのではないか。
 たとえば携帯電話はすっかり身近になった技術だが、そこから出る電波の強さはどれくらいなのか――たとえば電子レンジをオンにしたときに周りに漏れてくるマイクロ波と比べてどちらが強いのか――を計測した人はほとんどいないだろう。あるいは自分の住まいの熱効率。エアコンやストーブで部屋を暖める時、部屋の各所の温度分布は一様でなく、外気や日射との関係もなかなか複雑ではあるが、どのような温熱器具をどう使うのが一番効率がよいかは、計測データをもとに、いろいろと推理していける興味深い問題であるはずだ。
 私たちNPO法人市民科学研究室は、科学技術に関連した様々な社会問題の解決を見すえて「市民にとってよりよい科学技術とは何か」をここ10年ほど探ってきた。その中で気づかされたのは、健康や環境へのリスクなどのいわば科学技術のネガティブな側面の問題に市民が主体となって適切に対処していくのに、科学的探求の面白さを感知し、自分なりに科学を取り込んでいくというポジティブさが市民自身にあるかどうかが大いに影響する、という点である。日常生活を基点にして、今の科学の知をツールにしながら、生活と科学技術の両者を見直していく――そんな活動を私たちは「リビングサイエンス」と名付けている。ここに紹介する私たちの「子ども料理科学教室」は、科学の魅力を伝えることと、そして今その重要性が広く認識されつつある”食育”の両者を出会わせたところに成立する、リビングサイエンスの実践例だと考えている。
●子ども科学料理教室
 食べ物を作るという最も基本的な技術は、それをどう身につけて応用していくかで、生活自体を大きく変える可能性をもっているが、科学の学びの観点からもじつに豊富な内容を含むものだ。一方で調理科学、食品学、栄養学などが積み上げてきた分析的な知見があり、”料理のコツ”の科学的説明がある。もう一方には、物理学、化学、生物学などのどれにも関係し互いに切り離すことのできない食材、調理、食べることの統合性・総合性がある。その両者をどうすりあわせて、発見と探求の面白さを引き出す学びをデザインするか。
 かつて実験生物学を学んだ私には、自炊をしていて「料理は生化学そのものだ…」と思える瞬間が何度もあった。考えながら実験しながら”作り”、できたものを”味わう”ことで、自らの五感を働かせながら「なぜそうなるのか」を問うていく姿勢が生まれる。体験をとおして”理屈”がわかれば、それを忘れることはないし、その理屈を他の様々な現象に適用し、推理する力も養われる。食べ物という具体的な題材から、リアリティをもって科学を習得していく方法を例示できるかどうか――それがこの「子ども料理科学教室」のねらいだ。
 
 プログラムの開発スタッフは合計7名。料理専門学校の講師、マクロビオティックの実践家、主婦、健康問題などに詳しいライター、栄養士、女子栄養大学の大学院生など、いずれも料理好きな面々だ(ほとんどが女性)。現在までに4種類のプログラムを開発し、数回の実験教室を実施してきた。幸い種々の雑誌や新聞にも紹介され、食育関係者や地元の教育関係者にも注目されている。
 (2)~(4)のテーマからわかるかもしれないが、私たちは和食の基本メニューや食材(ご飯、お味噌汁、野菜、発酵食など)を主たる対象にしている(5回目は発酵を扱う予定)。作る手間がかからず、安くて美味しくて、しかも健康的で環境にも優しい――そんな料理を小さい頃から自炊できるのが理想的だと考えているからだ。(2)では、土鍋とガスの火だけでふっくらと炊きあげたご飯、(3)では、砂糖を使わないけれどほんのりと甘く美味しいクッキー、(4)では、ダシの相乗効果を生かした雑炊を、子どもたちが自分で作り、一緒に食べることをそれぞれの締めくくりにしている。
■これまでに開発したプログラム
(1)鼻ってすごいね/浸透圧マジック!/小麦粉からガムができる?
(2)お米をおいしく炊く秘訣
(3)野菜の甘さを生かしたクッキーづくり
(4)ダシの秘密をさぐる
 実験メニューの詳細は、市民科学研究室のホームページで公開しているが、ここではまず読者に、私たちの実験に関連した次の6つの質問をしてみたい。
(1)野菜を塩で揉むのと同重量の砂糖で揉むのと、どちらが水分がよく出るか? その違いが生まれるのはなぜか?
(2)料理の際に調味料を入れる順番を「さ(砂糖)・し(塩)・す(酢)・せ(醤油)・そ(味噌)」とするのにはどんな理由があるのか?
(3)沸騰させた水にナマの米粒を入れておいしくご飯を炊きあげることができるか? できないとすればなぜか?
(4)同じ小麦を使いながら、うどん、パン、スポンジケーキ、クッキー、天ぷらの衣といった形状や性質の違いが生まれるのはなぜか?
(5)野菜を茹でたり炒めたりするとなぜ甘くなるのか?
(6)ダシの素材は乾物を使うことが多いがなぜか?
 もちろん読者の中には、(1)は浸透圧、(3)はデンプンの糊化(アルファ化)、(4)はグルテンというタンパク質の性質や塩や砂糖の作用、(5)と(6)は細胞質中の酵素の活性と熱の関係、細胞膜の働きなどが現象の主たる要素となっていることを見抜く方もいるかもしれない。しかしこれを “理屈”から入らずに、実験や観察をとおして子どもたちに推理させていくとなると、なかなか手強いことがわかってもらえると思う。
 
 たとえば「浸透圧」を理解してもらうのに私たちがしつらえた実験は、囲みに示した実験1「野菜絞り」と実験2「玉子絞り」だが、こうしたプログラムを作るのに、いろいろな文献にあたり、さんざん議論を重ね、予備的な実験を繰り返す。そんな中で、まだ現在の科学で完全には解き明かされていない疑問(たとえば「グルタミン酸とイノシン酸を混ぜた場合になぜうま味の相乗効果が生まれるのか」)や、意外な事実(たとえば「鰹節を生産しているのは、鹿児島県の枕崎市と山川町、そして静岡県の焼津市の3カ所しかない」)に行き当たったりする。
 
 子どもたちには、あえて”まずいもの”を作ってもらうこともある。失敗した料理とは何か――じつはそこから美味しさを生み出す技の姿とその理屈がより鮮明にみえてくる。
●科学の探究の場としての生活
 「子ども料理科学教室」は、子どもたちの学年を問わないし(小1~中3まで)、学校の理科の知識を前提としない。かなり無謀な試みだが、実際に数回の講座に集まって実験を楽しんでくれた子どもたちを見る限り、心配は無用だと思える(同じグループ内で、高学年の子どもが低学年の子の面倒を自然にみるようになる)。顕微鏡などを除いて特別な実験用具もほとんどいらず、どの実験も家庭のキッチンで行える。公開講座には親も一緒に来てもらうことを前提にしているが、親子が語らいながら食事することで美味しさが増すように、家に戻ってから親子で一緒に実験することで科学の魅力は倍加するだろう。
 
 料理科学教室の実験に熱中する子どもたちの姿を目にすれば、”理科離れ”は、生活の中の実用と体験から離れ、単元の過度の切り分け――”わかりやすさ” と満遍なさにこだわり過ぎているのではないか――で硬直化した教えに問題があることがわかるだろう。料理に限らず、生活の中に科学の探究の場を創り出す試みを、科学者や技術者、科学教育や科学コミュニケーションにたずさわる人々とともに、これからも考案し実践していきたいと願っている。■
■実験1-1「野菜絞り」
浸透圧の実験として、キャベツやナスに塩、砂糖を加えてもむとどうなるか。また、塩と砂糖ではどのような違いがあるのか。ナスから出る水分は、加えるものにより色の違いがあるか。
◆道具◆
ボール、はかり、透明のコップ、計量に使う皿
◆材料◆
赤キャベツ100g×3、ナス100g×3、塩小さじ1×2、砂糖小さじ1×2
□実験方法□
①3つのボールにそれぞれ下記のものを用意する。
1…刻んだキャベツ+塩 小さじ1 計100g
2…刻んだキャベツ+砂糖 小さじ1 計100g
3…刻んだキャベツのみ 100g
②それぞれのキャベツを約2分間もむ。(比較できるよう、時間やもみ方を統一させる)
③キャベツから出た水分を手で絞り、透明のコップに移す。出てきた水分量を比較する
④残ったキャベツの重さを比較する。
★ナスでも同じ実験をする。ナスは砂糖と塩での水分の出方、水の色の違いについて観察。
■実験1-2「玉子絞り」
浸透圧の現象をよりわかりやすくするため、卵の黄身を1つの細胞に見立てて、実験を行う。卵の黄身を塩水、醤油、水につけると、それぞれ黄身の様子はどのように変化するか観察する。
◆道具◆
透明のコップ、方眼紙、はかり
◆材料◆
卵4個、塩水100cc(約20%)、しょうゆ100cc、水100cc
□実験方法□
①4つの透明のコップに卵黄を入れ、それぞれの大きさ(コップの下に方眼紙を敷く)、重さをはかる。卵黄をそっと触り、感触を確かめる。
②4つのコップにそれぞれ下記のものを加える。
1…塩水 100cc
2…水 100cc
3…醤油 100cc
4…何も加えない。
③1~2日置き、卵黄の変化を観察する。再度卵黄の大きさ、重さを測り、卵黄を触って感触の変化をみる。
 丸い卵黄を包んでいる卵黄膜は半透膜で、卵黄と卵白を分ける役割を果たす。卵黄膜内の浸透圧は食塩水の浸透圧より低いので、卵黄膜内の水は細胞膜を通って外部に吸い出され、食塩水を希釈する。この作用は卵黄と食塩水の浸透圧の差がなくなるまで続く。こうした水の移動により、卵黄の容積は縮小する。水の場合は、卵黄膜内の濃度のほうが濃く、卵黄膜の外に存在する水を浸透圧の差がなくなるまで吸い込もうとするので大きく膨れる。
 野菜の細胞の場合、卵黄膜と同じ半透膜になっているのが細胞膜である。野菜を塩もみすると野菜から水分が抜けてしおれたように柔らかくなるが、これも浸透圧の差によって野菜の細胞内の水分が吸い出されるから。しかし、同量のキャベツとナスを同量の塩で塩もみすると、吸い出される水の量に違いが現れる。それはキャベツとナスの細胞膜内の溶液の浸透圧が、キャベツ:8.53atm、ナス:7.23atmであり、キャベツのほうが高いためである。砂糖でキャベツやナスを揉んでも水分を出すことができる。ただし、浸透圧を同じ濃度(重量%濃度)の水溶液で比較すると、塩は高い浸透圧をもち、食塩と同じ浸透圧にしたい場合、砂糖では10倍以上の濃度が必要となる(浸透圧、モル濃度、分子量の関係)。
(『現代化学』2007年6月号 特集「科学コミュニケーション」)

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