【書評】 『だから、アメリカの牛肉は危ない! 北米精肉産業、恐怖の実態』

投稿者: | 2004年12月4日

評者:上田昌文
ドナルド・スタル、マイケル・ブロードウェイ  著
中谷 和男 、山内 一也  翻訳
『だから、アメリカの牛肉は危ない!──北米精肉産業、恐怖の実態』
(河出書房新社 2004)
 本書の原題Slaughterhouse Blues (屠畜場ブルース)はかつて砂糖の有害性を告発して話題になったSugar Blues(邦訳『砂糖病』ウィリアム・ダフティ著、原著1975年)を思い出させる。ブルースとは「恐れ、肉体的不快、不安などの重圧による憂鬱な気分」が原義だが、砂糖や牛肉に限らず、何をどう食べればよいのかという問題が今人を不安にしている。本書の邦訳タイトルを見て、現今のBSE対策(米国産牛肉の輸入禁止や食肉処理前の全頭検査など)をめぐる判断材料を本書に期待する向きもあろうが、この書の焦点はもっと奥深いところに結ばれている。「一日二交代制で八時間の間に三千頭あまりの牛を処理する」能力――これは東京芝浦の屠場の10倍近いという――を備えた精肉工場でなされている労働の実態、4 大企業が米国の牛肉市場の85パーセントを支配するに至った経緯、そしてその巨大工場群が進出した地域にもたらしている様々な深刻な影響――本書は15年をかけて、これまであまり語られることのなかった問題に調査のメスを入れた労作であり、「牛肉の安全性」の背後に、経済性・効率性を追求するあまりとてつもなく巨大化してしまった生産・供給システムの問題が控えていることを私たちに教える。
 本書は米国とカナダの精肉(牛肉・豚肉・鶏肉)および養鶏産業を社会学、地理学、人類学の方法を用いて現地調査によって組織的に研究した最初の成果であろう。北米大陸における機械化農業の進展やアグリビジネスの台頭、飼育業者の大規模化、鉄道と冷凍技術の発達などが連動しながら、精肉生産の構造変化と地理的変遷(家畜供給源である農村地帯への移転)がもたらされ、最終的に小規模の家畜生産者たちが契約制度によって巨大精肉企業に囲い込まれる。ことにここ30年ほどの巨大化・寡占化は著しく、たとえばスミスフィールド社の豚の売り上げは1983年から2000年の間に10倍以上、ケンタッキーのチキンの生産は最近10年で154倍という驚異的な伸びを示した。労働者として移民をかき集めることで地元の社会は変質し、工場では「最低の賃金で最高の離職率」「誰かがケガをするまで何もしない」劣悪な労働環境が出現する。米国全土で動物の排泄物は人間のそれの130倍以上にもなることからくる環境汚染も見逃せない。もちろんこうした悪影響を批判し告発する人々もいる。しかし巨大企業にしてみれば応戦にかかる弁護士料・法廷経費・罰金などは必要経費なのであり、「健全な食」のための抜本的な代替システムに視線を向けることは、まずあり得ないのではないかと思わされる。
 その点で示唆的なのは、終章でごく簡単にふれられている西ヨーロッパとニュージーランドの事例だ。EU諸国では家畜への成長ホルモンや抗生物質の投与を禁止する動きが広まっており、たとえばドイツでは2007年に鶏のケージ内での飼育が禁止される。ニュージーランドでは大規模屠畜処理企業が、品質や安全性の面ではるかに優れた最新式の小規模工場の躍進で、廃業に追い込まれている。
 日本では吉野屋などの牛丼の復活を願う人は多いだろうが、いやその前に、牛肉や鶏肉や豚肉が安価で大量に輸入されることがいったい何を意味するのかを私たちは知らねばならないだろう。本書はその最初の手がかりとなるものだ。■
(上田昌文、『週刊読書人』所収)

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