ナノテクノロジーのリスクとどう取り組むか~消費者の立場から考える

投稿者: | 2008年4月4日

上田昌文(市民科学研究室)
●東京都が国への提案要求
 2008年2月22日に東京都の福祉保健局は、「カーボンナノチューブ等に関する安全対策について:国へ提案要求をしました」というプレスリリースを行いました。これは、国立医薬品食品衛生研究所の研究で、高用量の多層カーボンナノチューブを腹腔内に投与したマウスに中皮腫が見られた、という結果が2月に発表されたこと、そして東京都健康安全研究センターの研究でも同様の結果を出たことを受けてなされました。
 カーボンナノチューブは炭素が網目のように結びついて筒状になったもので(サイズは直径0.5~5ナノメートル、長さは10~100ナノメートル:1ナノメートルは10億分の1メートル)、それを樹脂に混ぜ込んで電磁波シールド効果や帯電防止効果のある自動車部品にしたり、リチウムイオン電池の添加剤にして充放電の繰り返しによる劣化を防止したり、といった応用がなされています。
 東京都が要求したのは次の3点です。「1.カーボンナノチューブをはじめとするナノマテリアルについて、健康リスク評価に関する研究を一層推進すること」「2.予防的観点から、カーボンナノチューブ等の製造・取扱い作業現場における職業ばく露及び環境中への飛散を防止する対策を講じること」「3.国民の健康を守る観点から、関係府省と連携のうえ、カーボンナノチューブ等の健康影響及び生産・利用・廃棄の実態などについて把握し、産業界及び自治体等への情報提供を行うこと」。
 これらの要求項目それ自体はきわめてまっとうなものです。厚生労働省でもこうした動きにも呼応する検討会(「ヒトに対する有害性が明らかでない化学物質に対する労働者ばく露の予防的対策に関する検討会」及び「ナノマテリアルの安全対策に関する検討会」)が3月3日から始まりましたが、具体的にどう対策が講じられるかとなると、どの項目も、とりわけ消費者の立場から見ると、容易には解決しがたい困難を抱えていると言えます。その点を欧州などの動きをとおして考えてみましょう。
●ナノ粒子を禁じたソイル・アソシエーション
 一つはすでに市場に出回っているナノテク製品をどうするか、です。その代表例である化粧品は、日本では「ナノ粒子を用いている」という表示もなされていませんし、それをどのように加工しどう安全性のチェックしているのかもわかりません。国も化粧品工業連合会も、十分に安全性が保証できていない中での流通という事態に対して消費者が抱く不安に、まともに向き合っていないのです。一方、欧州委員会の「消費者製品科学委員会」は、「化粧品中のナノ物質の安全性に関するパブリックコメント」をとりまとめて検討を加え、2007年12月に「化粧品中のナノ粒子の吸入と摂取の評価手法に大きなデータ・ギャップがある。皮膚浸透および毒性に関する既存の試験はナノ物質について適切ではない。ナノサイズの二酸化チタンの安全性を検証し、湿疹などの病変した皮膚からの浸透について考慮する必要がある。二酸化チタンおよび酸化亜鉛のナノ粒子を用いた日焼け止めの安全性についてはデータが不十分で意見を述べることができない」と表明しました。
 
 現時点でリスクの評価や管理が十全になしえないとすれば、とるべき対応の一つは消費者サイドからの不買・不使用です。現に、英国の代表的な有機農産物の検査・認証の第三者機関であるソイル・アソシエーション(英国土壌協会)は、「健康と美容製品や食品にナノ粒子はいらない」との立場から、同組織が認定する全ての有機製品で人工ナノ物質の使用を禁じることを打ち出しました(2008年1月)。世界で初となる実質的なナノテク製品ボイコットです。
●リスクと便益の折り合い
 一方、国や企業にしてもこのナノ技術の(不確定なままの)リスクと(いち早く製品化すれば得られる)便益・利益の両者をどう折り合いをつけていくかは難問で、推進する人々の間で「遺伝子組み換え食品(GMO)の轍を踏まぬように」という言葉が繰り返し語られています。リスクの評価や管理、ナノテクノロジーの社会の受容のあり方に関する研究にも国は相当額の資金を投じていますが、消費者用途でもみてもすでに200種類以上の製品が市場に出ていること(米国のウッドロー・ウィルソン・インターナショナル・センターの「ナノ技術消費者製品目録」2006年)からわかるように、いまだリスクの適正な評価管理体制が整わないまま見切り発車的に市場化されている現実があることは否めません。
 ナノテクノロジーの対象となる物質の種類や形状や存在状態の途方もない多様さ、そしてそれに輪をかけて複雑になるだろう生体や環境中でのナノ物質の挙動をターゲットにしながら、”リスクを減らすために打てる手はすべて打っておく”ことが本当にできるのか――そんな本音が研究者の間からも漏れ聞こえてきそうな気配です。
●企業の”自主規制”の先にあるものは?
 たとえば、2007年に米国の大手デュポン社と米国最大の環境保護NGOである「エンバイロメンタル・ディフェンス」が共同で、ナノテクノロジーのリスクに関するガイドラインを策定し、他の企業や行政、研究機関に利用を呼びかけているのも、リスクと開発促進の折り合いのつけ方の一つとみなせるでしょう。
彼らは「ナノ物質とその用途について完全に記述し文書化すること」「情報のギャップを調査し、リスク・データまたは”最悪ケースのシナリオ”を評価すること」「内部および外部の団体と情報を共有すること」といった枠組みを提案し、デュポン社は自社が製造する酸化チタン製品、カーボンナノチューブ、地下水浄化のためのゼロ価鉄という3種類のナノ材料のデータを公開しています。
 
 これには確かに先進的な取り組みですが、ナノリスクの評価を企業ならびに企業に同調する者による自主規制に委ねかねない動きとして警戒する向きもあります(たとえば「地球の友・オーストラリア」ら21団体による提案拒否宣言)。
 
 以上のような動向からみえてくるのは、リスクの管理にしろ、技術の受容にしろ、消費者との対話や消費者の納得が不在であってはならない、ということです。「重要な大枠は国で決めるが、個別の材料や技術についての詳細なリスクの評価は各企業の自主チェックに任せます」「多少のリスクはあるかもしれないけれど、まず製品を開発して市場に出し、様子をみながら使っていきましょう」という路線が打ち出されたとき、消費者として何をすべきか――その点をしっかり見据えておくが、今私たちに求められているのだと思います。■
(『消費者リポート』第1399号 2008年4月7日)

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