携帯電話と子どもの気がかりな話

投稿者: | 2008年9月4日

上田昌文
(『babycom mook』vol.4 からの転載)
 携帯電話は20世紀の末に登場し、瞬く間に社会に浸透しました。日本では2007年5月時点で、契約者数は1億人を突破し(携帯電話 97,580,300+PHS 5,028,200=1億260万8500件)、今では9割の世帯が所有していることになります。これほど短期間にあらゆる人々が買い求めるようになった技術もめずらしいでしょう。
 エネルギーや物質の面でみたときに私たちの社会を「石油依存社会」と呼ぶことができるのなら、携帯電話なしにはもう生活が成り立たないと思えるほどの普及率に達した今の社会を「携帯電話依存社会」と呼んでも差し支えないと思われます。携帯電話は、その便利さを誰もが享受するようになった反面、いくつものやっかいな問題を引き起こしていることも見逃すわけにはいきません。
 一つは、携帯電話のマイクロ波を曝露することで生じる健康への悪影響に対する不安です(これに加えて、このマイクロ波がもたらす電子機器への誤差動の問題も指摘しなければなりません)。次に、常習性や過度の依存がもたらす心理面や生活面での影響があります(携帯電話に投じられる金と時間の大きさゆえに、生活が相当変化してしまった人も少なくないのでは?)。そしてIT機器としての多機能化やそこへの個人情報の集積などで生まれるネット社会特有の危うさ・脆さの問題です。
 
 これ以外にも、公共性との兼ね合い(公共空間の私物化)といった”マナー”に属するだろう事柄や、固定電話の減少、環境負荷(廃棄物問題)、基地局の設置をめぐるトラブル(住民合意不在の設置が生む事業者と住民の軋轢)といったさまざまな問題があります。
 ここでは「携帯電話電磁波が子どもの健康に悪影響をもたらすおそれがある」という点を中心にお話します。
●携帯電話の何が問題か
 携帯電話の電波はマイクロ波を使っています。マイクロ波で生活になじみが深いのは電子レンジで、その周波数は2.45GHzです。
(注1:G(ギガ)=10億ですから、1秒間に24億5000万個の波ができる電磁波。)
携帯電話ではデジタル方式に切り替わった第二世代が800MHz帯、1.5GHz帯、第三世代(NTTdocomoのFOMAなど)が2.0GHz 帯が割り当てられています。電子レンジに比べて出力は1000分の1程度ですが、それでもモノを加熱する力はあって、そのことで身体に悪い影響がでないようにと、SAR値が一定の値を超えないように規制されています。
(注2:SAR「特異吸収率」:人体が電磁波にさらされることによって、任意の10gあたりの組織に6分間に吸収されるエネルギー量の平均値のことで、機種ごとに値が異なる。日本での規制値は2.0W/kg。携帯電話事業者のそれぞれのホームページにSAR値の一覧が掲載されている。)
また、電波全般についても「電波防護指針」が総務省によって定められていて、空間中の電波の強さがある一定の値を超えないように周波数ごとに基準値が設けられていますが、これも加熱作用を考慮して定められた国際的なガイドラインにならって定められたものです。
 携帯電話で長く通話すると、端末をあていた耳や頭部がちょっと熱くなったり、皮膚がチリチリし、目がチカチカしたりすると言う人は少なくないのですが、それはこの熱作用が関係しているかもしれません。しかし頭痛や疲労感やめまい、睡眠障害などを訴える人もいて、そうなると加熱だけが原因だとは言えない感じがします。事実、マイクロ波には非熱作用、すなわち温度の上昇をほとんどもたらさない微弱なレベルなのに生体に何らかの影響を与えることを示す実験データはかなりたくさんあるのです。
 もちろん、動物実験や分子や細胞のレベルの実験で何らかの異変が観察できたからといって、それがただちに人の健康へのダメージを意味するわけではありません。事実、昨年出版された、英国が2001年から880万ポンド(約20億円)を投じて行った中立的で包括的な研究「移動体通信健康調査プログラム」報告書では、新規の研究と詳細なレビューをもとに「携帯電話の短期的な使用(10年以下)による健康への悪影響はみられない」と結論づけています。ただ仮にそうだとしても、10年以上の長期的な使用による影響には不明のままであり、その中にはとても深刻な病気との関連が疑われているものもあります。その代表が脳腫瘍です。
●インターフォン研究の意味するもの
 携帯電話電磁波と脳腫瘍の関連に焦点をあてた研究で最も規模の大きいものが「インターフォン研究」です(2003年~2007年、現在最終結論をとりまとめ中)。インターフォン研究では、まず「通常の使用」を「1週間で少なくとも1回通話する頻度で、半年かそれ以上の期間使用していること」と定義しています。その上で、問題とするがんに罹った人(患者)の集団とそうでない人(非患者)の集団の一人一人について、それぞれから面接などで「通常使用をしていたか否か」を明らかにし、表にあるような比較を行って、結論を導いています(こうした手法を症例対照研究と言います)。WHO(世界保健機関)に属するIARC(国際がん研究機関)によって指揮された共同研究で、欧州をを中心に13か国が参加しました。携帯電話の使用の有無・使用量と頭部のがん(聴神経腫、神経膠腫、髄膜腫)ならびに耳下腺のがんの発症との関連を調べています。
 発表された13本の論文のうち脳腫瘍を調べた11本のすべてが、「通常の使用では脳腫瘍を引き起こすことはない」と結論づけているのですが、じつはこの表面的な結論だけをうのみにするとかえって危ないだろうことが、論文をていねいに読むことによって浮かび上がってくるのです。
 ここでの疑問はまず、この程度の使用頻度を「通常の使用」としてよいのか、という点です。これでは例えば毎日必ず30分から1時間ほど通話するヘビーユーザーと1週間にせいぜい数回それも1回に1分程度の通話ですませる人との区別がつきません。この2者の累積の電磁波被曝量は、10年もすれば大きな差になります。インターフォン研究の類別では、ヘビーユーザーに生じるかもしれないリスクが埋もれてしまっているおそれがあります。
 
 もう一つは、10年以上という長期的使用者には脳腫瘍のリスクが高まっていることを示すデータがいくつかの報告に含まれているのに、そちらの方に注目がいっていないことです。相対リスク(上記表のa/c÷b/dの値)でみると、全部の調査件数のうち65件がリスクの上昇、308件がその減少を示しています。65件のうち統計的に有意な結果を示しているのは3件ですが、そのすべてが「10年以上の使用で携帯電話をあてる側での脳腫瘍の発生リスクが高まっている」ことを示しているのです。
(注3:日本が発表した2007年の論文では10年以上の使用者が1名しかいなかったので「8年以上」の括りで分析しています。そのため、他国との比較はできません。さらに、日本の2008年の論文ではSAR値を用いての累積被曝量を比較できるようにしているという優れた点があるのですが、調査データの一部として「累積曝露量の最大のグループと最小のグループを比較すると、神経膠腫の相対リスクが5.84倍になること」を見出しておきながら、それが 95%信頼区間(この結果が”偶然に”生じる確率が5%以下であることを示す指標)を満たしておらず「有意でない」としています。しかしこれを計算すれば 94.9%となるので、この相対リスクを評価するやり方としては大いに問題があると思われます。)
 放射線による発がんの研究では、脳腫瘍は25年から40年もの潜伏期がある場合があることがわかっていますし、喫煙による肺がんの場合もほぼ同様です。この点を考えるなら、トータルでみて症例群で0.61%、対照群で10%しか「10年以上の通常使用者」が含まれていないインターフォン研究では、長期的影響を知ることが難しいのは明らかです。
●求められる子どもへの対策
 インターフォン研究のもう一つの大きな問題は、子どもを対象として取り込んでいないことです。携帯電話の日常的な使用量でみると、一部の子どもはかなり上位を占めるのではないかと思われます(例えば私が以前インタビューした女子中学生は「1日に200通以上メールする」と言っていました)。小学生の頃から使用していて高校卒業時にすでに10年の使用に達する子どもたちが出てくることになります。頭蓋骨の厚さや大きさも関係して、子どもは大人に比べて一般的に、電磁波の頭部への浸透度が高く、脳神経が発達の途上にあるので、損傷を受けやすい。場合によっては大人では影響の出ないレベルの電磁波曝露であっても、特別なタイミングでそれを被ると後々まで影響が残るという事態も想定できます。
 携帯電話電磁波の子どもへの影響を憂慮する声は世界各国から上がってきています。英国では2000年から「16歳以下の子どもは携帯電話を緊急時以外はできるだけ控えるように」との保健省の勧告を記したパンフレットが配布されていますし、バングラデシュでは2002年から16歳以下の子どもには携帯電話は禁止されています。ここ1年でもみても、
・フランス保健省が子供へ携帯電話を買いあたえることには慎重になるべきとの見解を発表(2008年1月)
・ウィーン医師会が「携帯電話の使用に関する健康ルール10か条」を発表(2007年7月、下記参照)
・米科学アカデミーが、無線通信や携帯電話での高周波電磁波が子どもや妊婦の健康に及ぼす影響を研究する必要があるとする報告書を発表(2008年1月)
といった動きが相次いでいます。電磁波の健康影響を憂慮する研究者たちが2007年まとめた『バイオイニシアティブ報告書』では、現在の規制値が緩すぎることを批判して次のように述べています。
(携帯電話などの高周波を)長期間被曝することの影響は、まだ確実にわかっていない。しかし、すでにある証拠のかなりのものが、生体影響と健康影響が、非常に低いレベルでも生じることがあると示している。そのレベルは、現在の基準値の数千分の一以下である。
 インターフォン研究が取りこぼしてしまった、子どもを対象にした疫学研究を、症例対照研究のみならず、コホート研究にま広げて実施して必要があると思われます。しかし研究を進めるうちにも、目に見えない形で被害が広がっていくおそれがあるのです。なによりもまず、親が自覚をもって、子どもが無制限に携帯電話を使用することへの警戒を強め、地域や学校でも協力をよびかけて対策を講じていくことが求められているのです。
(注4:特定の地域や集団に属する人々を対象に、長期間にわたってその人々の健康状態と生活習慣や環境の状態などさまざまな要因との関係を追跡調査する研究をいう。)
■症例対照研究の基本原理
               患者(症例群)   非患者(対照群)
通常使用(曝露群)           a        b
通常以下の使用(非曝露群)     c         d
                     a/c      b/d
a/c が b/d に比べて
(つまり a/c÷b/d の値<相対リスク>が)
1より大きい……患者の方に「通常使用」の割合が高い:その病気は「通常使用」のせいだ
1より小さい……非患者の方に「通常使用」の割合が高い:その病気は「通常使用」のせいではない
■ウィーン医師会の「携帯電話の使用に関する健康ルール10か条」
1)原則として、携帯電話の使用はできるだけ少ない回数で短時間ですませること。子どもと16歳以下のティーンエイジャーは絶対に使ってはいけない!
2)通話中、絶対に携帯電話を頭の近くで持ってはいけない! 
3)絶対に交通機関の中で使ってはいけない(自動車、バス、列車・・・の中では電磁波が強くなる)!
4)メールを送る時は、携帯電話をできるだけ体から離すこと!
5)周囲の人を被曝させないため、通話中はいつも他の人から数メートル離れること。
6)絶対にポケットに携帯電話を入れてはいけない。電磁波は男性の生殖能力に影響を与えるかもしれない!
7)夜間は常に携帯電話の電源を切り、絶対に枕元に置かないこと!
8)ゲームをするために携帯電話を絶対に使わないこと!
9)イヤホンマイクも安全とは言えないかもしれない。イヤホンコードがアンテナとなって電磁波を強くするおそれがある!
10)全ての無線ネットワーク、ローカルネットワーク、WiFi(無線LAN機器のひとつ)、
UMTS(第三世代携帯電話システム)は高レベルの電磁波を発生させる!

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