紙の話、昔・今・この先は

投稿者: | 2002年6月21日

後藤 高暁
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 紙は、日常生活に欠かせない身近な素材でありながら、製造やその背後にある技術についてあまり知られてはいません。一方で、森林資源、地球温暖化問題などをはじめとして環境問題からの視点では、原料の採取、再生紙利用、白色度などで話題にのぼることも多く、省資源、再生紙使用、分別回収など環境に関して私たちがすぐに行動できる存在でもあります。2001年12月の土曜講座では、後藤高暁さんに、紙の種類や原料、製造方法、用途など基礎的なお話をしていただきました。今回は、紙の製造や社会の要請に応じた品質向上、そして環境対応型産業への転換といったことに技術者たちがどのように取り組んできたかを、30数年間製紙会社の技術者として現場を見続けてきた後藤高暁さんに、臨場感あふれる製紙工場の現場の視点をもとに、製紙工場の模様から製紙産業の流れ、そして消費者としてどう紙を使用していけばいいのかなどについて語っていただきます。■(古田ゆかり)
●プロローグ
 1954年4月11日の朝、私は上野駅常磐線のプラットフォームに立っていました。
 私が22才の時10人の新入社員と共に特急夜行列車に乗り青函連絡船で津軽海峡を越え、33時間かけて新たな任地旭川に赴いたのが、私と紙・パルプ工場との初めての出会いでした。それまで紙の製造といえば和紙の手漉きくらいしか見たことがなかったので、工場の種々の木材の小山が並んで向こうが見えないほどの広い土場(どば)や寒地ゆえに20階建てのビルのような建物の中に並んだ巨大な木釜(木を煮る釜)の列に圧倒される思いでした。当時は木材と水と石炭に恵まれた理想的な立地条件の工場でした。しかし三十数年後、私が会社を去るころには木材はチップとして大半が海外から船で運ばれ、エネルギーは石炭から重油になり、環境に影響の大きいこの内陸工場はたいへん不利な工場になっていました。この間に会社は合併を重ね世界でも有数の規模になり、新しい工場がいくつも建設され、設備も人の働き方もすっかり変ってしまいました。日本全体の経済や技術の高度成長と意識の変化が製紙業界にも大きな変化をもたらしていたのです。
 日本の紙・板紙の年間生産量は紙の博物館資料によれば、1955年の20万トンが1995年には2966万トンに、2000年には3183万トンと10倍以上になっています。市場は量的な要求をしただけではなく、高度に発達した用途や器機は紙に新しい用途や厳しい品質を要求しました。また競争社会に生き残るための生産性向上を初めとする、省エネルギー・省力あるいは資源多消費型の紙パルプ産業にとってたいへん厳しい環境対策等の課題がつぎからつぎへと押し寄せてきました。私自身も今振り返って見ると、約3年毎に種々の職場を変りながら、品質と製造技術を中心に種々の変革の先駆けの仕事ばかりを夢中になってやってきたものだと痛切に思います。
 製紙のプロセスや紙に関する基礎的な説明は、先の土曜講座研究発表会(2001年12月)で使用したレジュメにまとめましたので、ここでは解説的な話ではなく、近代化したとはいえ今なお内在している製紙過程の問題や、私たちが日常使っている紙の種類や目的について理解を深め、企業の中で人々が変革をどのようにして乗り越えてきたかなど、私が経験したことまじえてお話しし、最後に資源や環境の厳しい将来についてどう対処していくべきかをみなさんと一緒に考えていきたいと思います。
 紙は自然の素材が主原料であるし、製造原理は昔と少しも変わらないから、工場にはかなり古い体質が残っていました。社会の近代化に応えていくにはいろいろ改善すべきことが山積していました。第一に取り組むべきことは、製造工程で頻発するトラブルをなくすことです。トラブルの中でもなんと言っても最大の問題は、紙を抄いている最中に抄紙機(マシンという)の中で紙が切れることです。月に百回以上も発生していた紙切れをどうやってなくしたかという話から始めましょう。
1●悪夢「閻魔のマシン」
 夏のマシン室内は40度近い熱気に包まれています。調整され繊維は濃度0.6%くらいに水で薄められてストックインレットという鉄の箱のスリットから突っ走るワイヤー(60メッシュの金網)の幅いっぱいに噴出してきます。水はワイヤーの下に落ち、ワイヤーの上で繊維濃度10%程度までになった湿紙は、プレスというフェルトに挟まれて大きなロールの間でさらに絞られます。
 ついで、ドライヤーという内部に蒸気を吹き込まれた2列の巨大なシリンダーの列の表面をカンバスで押しつけられながらS時型に通るうちに乾燥されて紙になっていきます。ドライヤーの最後にある何段も堆積した光った金属ロール、カレンダーの間を通るうちに紙の表面はすべすべして平らになり、これを大きなロール状(リール)に巻き取ったらマシンの仕事は終わりです。当時のスピードはせいぜい100~200m/分、幅は2~3mくらいでしたが、室内の焼けるような蒸し暑さと耳を聾する轟音はまさに地獄のようでした。
 突如、マシン室内に「ブオーン・ブオーン」と警笛が鳴り響く。
 「紙切れだ!」
 どこからか7~8人の作業員がさっと持ち場に散っていく。ドライヤーの間から切れた紙(損紙)がみるみる溢れ出てくる。これをジェットのようにエアーを吹き出すホースで階下に突き落とし、ドライヤーの表面に付いている紙の切れ端を吹き飛ばす。下でも作業者が損紙をパルパーという溶解槽に突っ込むために格闘し、上ではフェルトもプレスロールも湿紙が巻き付いてベトベトだからシャワーホースで洗い落とす。ワイヤー周囲の床は一面水びたしだ。
 一段落すると「ピリ・リ・リ・リ……」と職長の合図の笛が鳴りわたる。さて、紙継ぎだ。湿紙の幅を10cmくらいにして、手で機械の間をワイヤーからプレスへ、ドライヤーへと渡していく。紙が最後までうまく通れば幅を広げていくが、湿紙は弱く乾燥条件もまだ整っていないから切れやすく、何回も失敗してやっとリールに紙が巻き付いて一段落。すべての条件が安定して、水分や厚さ等品質の調整が終わったころはみな汗と水の飛沫でグチョグチョ・ヘトヘトになっている。悪い日には何度もこれが繰り返えされ、たまったものではない。これが「閻魔のマシン」と呼ばれる所以だが、それでもマシン屋は誇りをもって胸を張って威張っていた。
 「俺達が工場を背負っている、俺達の紙○○(ブランド名)は超Aクラスの上質紙なんだ」と。
 紙切れがおこると、切れてから完全に復旧するまでの時間のロス、エネルギーや副原料のロスがあるうえに、皺や孔が生じたり、厚さなど品質も乱れるからあとで不良紙選別という手間が増えたり、ユーザーの信用を落とす可能性も生じるので、たいへんな実害があります。このようなトラブルがあってはとても新しい時代の流れについていけません。
 それから三十数年後、マシン室の様子はまったく変わっていました。マシンはとてつもなくジャンボ化して、リールに巻き取られた紙の直径は見上げるように大きくなりました。一例をあげると新聞用紙マシンの最高スピードは1000~1500m/分、幅も最大級は10mにもなります。M社の新聞紙一部が200gとして、1時間に20万部分近くも抄くことができます。ドライヤーは密閉化され、周囲は空調されているから、マシン室はもう暑くはありません。床は全体が綺麗に明るくカラーリングさてれ乾いています。現場には人影がなく、別室で計器やコンピューターを数人が監視しているのみです。もちろん紙切れはほとんどありません。稀に切れても自動的に継ながってすぐに回復します。むしろ時々人為的に切って設備を洗浄したり整備したりしています。いろいろな難しい要素があるから完全自動化は難しいのですが、かつての”閻魔のマシン”の雰囲気はまったくなっています。
2●紙切れをどうやってなくすことができたのでしょうか?
 新聞紙を濡らしただけなら、弱くはなるが触るなどして力がかからなければ破れはしません。抄紙の際におこる紙切れもこれと同じ。濡れた状態の紙に、何らかの力がかかるために紙切れがおこるのです。しかし切れるのはある一瞬だけで後は切れないのだから、この一瞬の原因をなくせば紙切れは絶対になくせるという考え方への転換がまず必要でした。しかしそう簡単に紙切れはなくせませんでした。
 紙が切れるのは何かの変動によって走る紙のどこか一点に力が集中するからですが、その要因はたくさんあり実際に解決するのはたいへんなことです。私は、今までマシンの従属物に思われていた原料の調成工程を重視し、原料の濃度や流量等の変動をなくすことから始めました。このとき、マシンの優秀な職長を調成に配転したら最初は左遷みたいに思われてしまいましたが、良い仕事をして改善効果を上げてくれました。乾燥に伴う微妙な各パートの速度変化の制御精度を徹底的に上げました。新設備の導入は機械屋や計装屋の仕事でしたが、管理上の問題や抄紙技術は現場で働く人たち自身でしか改善できません。結局は現場の人の知恵と頭脳をいかに結集するかが鍵だったのです。そのためには労働者の意識から変えていかねばならなかったし、教育も必要でした。
  入社したころはストライキが頻発し「資本家を倒せ」などと組合役員が赤旗を振ったり、ルーズな労働慣行を「既得権」だなどといって、自分の権利だけを主張していた時代でした。それもイデオロギー的には時代的な意味があったのでしょうが、対立だけでは工場は潰れてしまっていたでしょう。社会が厳しくなり競争が激しくなると、それでは駄目だとの意識が全社的に拡がり、次第に労使協調体制ができてきました。
 現場の改善に最も効果があったのが小集団活動でした。考え方は日本能率協会などが提唱するQC(Quality Control)サークル活動からきています。同じ持ち場で働く5~7人が1つのグループをつくり、自分たちが決めた目標を解決していく運動です。管理者は大きな目標を示し活動の補助をして、提案を実現させていきました。自分がしている仕事のことだから、いろいろ具体的な良い意見がでました。それが採り上げられることの充実感は労働者の生き甲斐となりました。紙切れの解決・品質改善・省エネルギー・省力化など近代化への大きな力を発揮しました。私自身も品質管理手法と考え方の導入を入社早々から担当したことが問題解決にたいへん役に立ちました。現場の人達ととことん話し合って仕事を進めた充実した時期だったように思います。
  省力といっても今のリストラとは違います。紙切れのような肉体を酷使する仕事から知的な仕事への転換であり、人手を減らしても現場は楽になり別の高度な仕事への転換は当人にとっても幸せでした。世間並みの給料が貰えるようになったというよりも、それによって会社全体が生き残ることができたというべきなのでしょう。
 このような改善は全社・全工場の各部門で行われ、また新マシンや新工場建設の時に根本的な機構や設備改善がされていったのです。
3●女性の職場だった仕上げ
 マシンは荒々しい男の職場でしたが、その後に何十人もの女性が働く広いフロアーがありました。紙を四角に切った平判や、ロール状の巻取りにして包装し、出荷する最終工程です。マシンで抄かれて大きい巻取りとなった紙は、仕上げに運ばれてカッターでA判やB判の全紙の大きさに切られます。切られた紙が1.5mくらいの高さまでパレットに積まれてフロアーに運ばれてくると、2名が1組で少しずつ降ろして、1枚ずつ調べて皺や孔の開いた紙などの不良紙を抜き取とっていたのです。つぎに、枚数を数えて差し紙を入れていきます。全部すんだら包装してラベルを貼り、またパレットに乗せるという緻密でたいへんな労働を女性がしていました。切り口に紙粉がついていないかなどの外観検査も仕上げの仕事でした。
 巻取りの場合は、ワインダーという機械で所定の幅や長さに巻き直し、輪転式オフセットやグラビア用紙やコンピューターの用紙として出荷します。手間は平判ほどかからないのですが、紙自体に皺や孔があってはいけないし、巻いたときに左右で堅さ不均一な紙は走行中に片寄って走るので厚さの均一性を非常に重視します。
 その判定をどのようにするか。実は木の棒で叩くのです。通常はカンカンカンという音が、端でキンキンキンと高くなったら紙が厚くなっているし、ボコボコと鈍くなるとその部分は薄いので著しい物は不良品となり出荷できません。非常に原始的な方法と思われるかもしれませんが、これは実に精度のよい方法なのです。時代とともに電子機器などが精密になるにつれて品質に対する市場の要求は厳しくなり、少しの異音でも出荷停止の指示を出さねばならなくなってきました。が、それに技術が追いつけない現場とはかなりの軋轢が生じたこともあります。不良品を道路に積んだことさえありました。
 仕上げ室の様子も今はがらりと違います。もう広場がなく女性もほとんどいません。紙切れがなくマシンの管理が厳しくなったので選別するべき不良品があまり出ません。不良紙を見分けて取り除く設備も導入されました。枚数もラベル貼りも包装も全部自動化されています。マシンとの間に倉庫を設け、コンピューター制御で納期に合わせて巻取りが出てきます。平判カッターに行くもの、小さな巻取りに巻き直されるものなどがコンベヤーで別々に運ばれ、注文寸法に切られ、ラベルを張られ、包装されます。無人でカタカタと機械だけが動いている感じです。しかし要所要所で紙はサンプリングされて試験課で品質を検査されています。時代とともに用途に合わせた品質要求は多様で厳しくなってきていますが、不良品をここで見逃してはたいへんで、責任重大な関所です。
4●「どんな紙が良い紙か」って考えたことがありますか?
 紙の用途は千差万別ですからそれぞれに応じた品質が要求されるのは当然ですが、時代と共にユーザーは精密な機械にスムースに通る機能性、使いやすさ要求するようになってきました。
 以前はマシンを出た時の紙の水分量は2~3%(重量%)でした。それ以上に高くするとドライヤー内で幅方向の水分差が大きくなって、最終段階のカレンダーを通るときに水分の多いところはより圧縮されて薄くなったり透明な部分(焼けといった)ができてしまったからです。日本の高い湿度では空気に触れると間違いなく吸湿して紙は波打ってきました。
 以前印刷会社では、使う前に湿度調整をしてから印刷したのですが、それはだんだんに許されなくなってきました。水分は日本の平均的な湿度に対して安定な水分量(相対湿度)である6~7%まで上げなくてはなりません。これはかなり難しいことで、マシンの外部を囲って密閉したり、ドライヤー内の空気の流れをコントロールすることなどで解決していきました。
 幅方向の厚さの均一性が厳しくなったことは前述の通りです。一般の印刷機やコンピューター等の電子器機などで、巻取りで使われることが急速に増えました。幅方向にわずかでも厚さの差があると紙は真っ直ぐに走らず、皺になったり、切れてしまいます。
 紙がカールしてコピーがうまくできなかった経験はありませんか。紙は外気から水分を吸うと裏面に向けて曲がってくる傾向があるのです。ワイヤーで水を切るときにどうしても網目から細かい繊維が抜けて表裏で繊維構造に差ができてしまうからです。カールすると紙が機械を通りにくくなるので、コピー用紙では特に嫌われます。
 紙に孔があってはいけないのは当然ですが、コンピューターの用紙で1巻き3000mとして、そこに1~2mmの孔が1つあってもいけないというほど厳しいのです。伝票の大切な数字や金額が万が一抜けたらたいへんなことはわかるけれど、孔を検出する精度の良い計器がマシンにつけられ、ブーという警報が鳴ると、もうその用途には使えません。例えばボールペンが1本転がりこんで砕かれたら、何千・何百の孔があくから現場の整理整頓にも神経を使います。
 印刷用紙では紙表面の強さ(表面強度)がないと、印刷中にインキで表面がむしられて白点ができてしまいます。繊維だけではインキ等の強さには耐えられないので表面を強くするためにでんぷんや有機化合物を添加します。特に効果があるのはドライヤーの中間で2本のロールに挟んででんぷんの液や紙力増強剤を塗ることで、この設備をサイズプレスと言います。濡らすから紙が切れやすかったり効率が落ちたりするのですが、今では当たり前の処理です。ここでは他にいろいろな薬品を塗って特殊な品質を紙に与える秘術もできます。
 このような市場の要求をいかに早くキャッチするかがまず大切なのですが、従来の品質に対する過信があったり、改善技術がないときはなかなか要求品質に達成するのに苦労しました。ベテラン職長に対して「この品質ではもう紙とは言えない」などと酷いことを言って、「悔しくて泣いた」と後で言われたこともありました。
5●紙・板紙にはどんな種類があって、どこに使われているのでしょうか?
 この答えは比較的わかりやすいと思います。身の回りを丹念に見まわせば良いのですから。
①新聞用紙
 新聞用紙の2000年の消費量は約330万トンで紙全体の18%を占め、単一の紙としては最も多い紙です。夜遅くテレビで見たニュースを翌朝届けるために、深夜高速オフセット輪転機で刷り上げる様はまさに戦争です。印刷中に紙が切れたり皺が入ってはたいへんです。紙に巻取りの均一性・印刷適性など完全さを要求されます。軽量化もすすみ、紙の坪量(1㎡当たりの重量)は52gだったのが今は43gに軽くなっています。文字が裏に透けて見えないように(裏抜け)原料にGP(グラインドパルプ)を使い、古紙もたくさん配合できます。今は最も安定した需要のある紙ですが、将来ニュース的価値がテレビなど別のメデイアに変わってきた時に新聞がどうなるかは甚だ疑問です。少なくとも内容的に大きな変化があるのではないでしょうか。新聞社の利益は広告に大きく依存していると聞きますが、将来広告がどのようなメデイアに変わるかによっても変わってくるでしょう。
②印刷用紙
 印刷用紙には、漫画本や雑誌のように古紙やGPの多い低級紙、BKP(漂白したクラフトパルプ)にGPが若干入る中質紙、さらにBKP100%に近い上質紙等の非塗工紙と表面にカオリンや炭カル等の顔料を塗るコート紙があります。低級原紙の表面に薄く塗って印刷効果を良く見せる微量コートや軽量コート紙がチラシや雑誌には多量に使われています。原紙に古紙を多く混ぜることができるので省資源にマッチした紙です。原紙に上質紙を使い、コート量が多くなるほど、印刷は美麗になります。 自動車等の高級品のカタログには、アート紙などが使われてます。表面の艶を抑えたマット調のアート紙もあり品の良い効果をだしています。一般の印刷物や事務用紙は上質紙が使われることが多いのですが、読んですぐ捨てるのにもったいないと思いませんか。日本の顧客の綺麗好きはわかるけれど、過度の白さを考え直すべきではないでしょうか。
③情報用紙
 情報用紙は、コピー紙やコンピューターの用紙(フォーム用紙・レジスター用紙)です。ペーパーレスになる等と言われながら、需要は爆発的に増えて紙メーカーは大喜びでしたが、第2のペーパーレスかと言われるIT時代にはどうなるでしょうか? 人々の情報の取り方や保存に対する考え方によって需要は大きく変わりそうな気がします。各家庭にパーソナルコンピューターや印刷機が入ってまた増えそうな気もするし、親指族のように手元で用が済めば紙はいらないのかも知れません。業界でも論議されていますが年代や職業によっていろいろな考えがあるようです。
④本の紙
 本の紙(本文用紙)は、開きやすいように横方向の柔らかさを要求されます。また質感とか色・厚さなど内容によって用紙が選択されます。私の初仕事である出版社から少年少女文学全集用の紙を作るように依頼されたことを思い出します。子供向きの柔らかい手触りの良い紙ができたと感謝されて、嬉しくて永らく書棚に飾っておきました。 しかし、本は眼が活字の上を通った瞬間に存在価値がなくなってしまうし、保管の場所がすぐ一杯になるから、薄くて折り畳めて1枚で40ページ分の文章が出るという電子ペーパーが実用化されればその方が良いと思う人が多いのではないでしょうか。一方、紙の文化は捨てられないという人も多いようです。いろいろ開発が進んでいる新しい電子器機やソフトの性能によっ
ても紙の存在価値は変わると思います。
⑤包装用紙
 包装用紙には、両更クラフト紙と呼ばれるセメントなどの重量物を入れる袋(重袋)と手提げ袋や封筒・デパートの包装紙など美麗さと強さを要求するものがあります。 重袋は100%未晒しの針葉樹を使ってありますが、昔ほどの需要はありません。全体として需要は減り傾向のようで、ドイツでアンケートをとったら二次包装用紙の98%は不必要との答えだったそうです(地球白書より)。過剰包装の話はよく出ますが一向に改まらないですね。商品を受け取る時に何も考えずに受け取ってしまいがちで、人々の意識改革が必要です。
⑥衛生用紙
 衛生用紙も変わってきました。昔のちり紙はほとんどが小規模の製紙会社で古紙から作られていました。今は35%くらいがテイッシュペーパーとかトイレットペーパーと呼び名を変えて大手メーカーで造られBKP主体の紙になっています。回収・再生ができないのでなるべく古紙を多く使うべきだし、清潔でさえあればそれほど白くなくてもよいと思うが、買う主婦達はそうは思わないようです。吸水性の原料が開発されて紙おむつ系統の製品が非常に増えました。高齢者が増えればますます需要が増えてくるのではないでしょうか。
⑦その他の用途
 思わぬものにも紙が使われています。木机の天板(化粧板)やフローリングの表面は紙に木目を印刷し表面にプラスチックを貼り合わせたものが多いのです。 壁にも壁紙が多く貼られています。自動車の内装には軽くするために樹脂を含浸させた紙のようなものが多量に使われているらしいですね。レクリエーションなどでよく紙コップが使われますが、紙コップの縁は強度を出すため、クルクルっと綺麗に巻いてあります。扇形の紙の端を湿らせて型に合わせて回転させて巻くのですが、外側が強く伸ばされるから加工中に割れてしまってよくクレームを受けました。ユーザーに呼ばれての帰りに研究所に寄ったら、たまたま別の研究で開発した新技術では繊維が捻れて伸縮性があり過ぎてこまっていました。それこそ望んでいたパルプなので取り壊されそうになっていた装置を工場に移設してその処理をしたら割れはほとんどなくなり、現場は社長表彰を受けたことを思い出します。
 
 紙コップは、通常はさらにワックスを含浸させたりプラスチックをラミネートしています。今でもコップの裏をひっくり返してメーカーなどの名前を見ることがあります。
 電子機器にもコンデンサーや電線の絶縁体には電気絶縁紙が使われ、IC等を乗せたボードには積層板といってふわっとした紙に樹脂を含浸させたものが使われています。当然電気的に完全に中性でなくてはならず、管理が難しい紙です。
⑧板紙
 板紙の代表である段ボールは、各種製品をトラック等で運ぶのが一般化してきて、戦後から需要が急速に伸びました。内部の波打っている芯(コルゲート)は100%古紙を使い、表面の紙に強度を要する場合はKPが使われています。 上記の他にも日本ではいろいろな用途に紙が使われていますが、その国の文化や習慣によって使い方と量には大きな相違があります。
6●日本や世界で紙はどのくらい使われているのでしょうか
 日本では、2000年には1年間に一人当たり約250kgもの紙・板紙を消費しています。一家族4人として1トンも使っているのです。一番多いアメリカ・ベルギー・フィンランド等が300kg台です。開発の進んでいない国とは極端な差があります。
 20%の経済的先進国が世界の70%の紙を消費しているそうです。中国も年間の全消費量は日本よりもいつの間にか多くなっていますが、一人当たりにするとまだ約10分の1の28kgです。現在の全世界の紙・板紙の消費量は3億2千万トンという膨大な量で、日本はその約10%も消費しています。今後、開発途上の国々の消費も当然増加すると思われますが、中国だけでも日本並みに使うようになると、世界の紙消費量は一挙に2倍になるというからたいへんです。それも遠い話ではなさそうです。果たして将来の世界の需要を賄うだけの資源があるのでしょうか。便利さ、安さに溺れて紙を無造作に使い捨てている現在を後悔する時がきっと来ると思います。このことをよく心に留めておいてください。
7●紙は森林を食い荒らすのでは?
 現在世界中の森林蓄積量は3800億㎥、面積にして34.5億ha(1997年FAO資料)と言われます。膨大な数値のように思われますが、かつて地球を覆っていた森林はすでに半分が消え失せてしまって、人の手が加えられていない天然林は元の森林の22%が熱帯と亜寒帯の辺境の地に残っているのみだそうです。なお伐採は拡大しつつあり、残存する森林の健全性や質は低下しつつあるのが現状です。こうした伐採は農業と林業の機械化が進み、世界消費と林産品貿易の爆発的な伸びがもたらしたものであり、また牧畜のために広大な森林が牧草地に転換され、ところによっては砂漠化が進んでいるそうです。また最近30~40年の森林の消失は大部分が熱帯地方で森林破壊が進み、年間に1600万haの森林が消失していると言われています。(1998年地球白書より)。
 日本野鳥の会で旅行した時の夜話ですが、日本の森林はそれ程大きな変化がないのに小鳥が年々著しく減っている原因は、東南アジアの酷い森林減少にあるのではないかとの話が出ていました。鳥を求めて従来から諸国を歩いている人の実感のある話と思います。
 一方では、子孫にもっと豊かな自然を残し生態系を大切にしたい、地球温暖化防止には緑によるCO2の吸収を爆発的にも増やさなければならない等、森林に対する期待の中で紙の需要増大をどのように可能にできるかを考えねばなりません。しかし問題が非常に大きいからまず日本の紙・パルプと日本や世界の木材源について考えてみたいと思います。
 私が入社したころには、工場には広い土場という木材置き場があり、木材が積まれていました。同期に入社した山林部の男は、何か月も山に入り国有林や山持ちと交渉し樹木を測定して購入し、良い部分は製材して建材として売り、切った後の背板という樹皮側の半月形の切り口の部分等の屑材を製紙用に搬入していました。また、建材にならない曲がった木や山に残った太い枝、根に近い部分などを買っていました。ときどき私も山を見学にいきましたが、ある割り箸製造工場では、建材用に大部分を切り取った後の樹皮に近い部分(背板という)からさらに取れるだけ細かい板材を切り取り、その後の本当に使い道のないような細い部分から割り箸を作っていました。製紙会社はさらにその後の屑や割り箸の不良品を買って来ていたのです。そのころでも一部に丸太を使うGPがありましたが、それ以外は他の用途には向かない部分を安く買うしかなかったのです。丸太を使うGPもやがてRGPというチップからの製法に変わりました。
 日本の森林は、人々が山を大切にし、里山を有効に利用してきたから自然林が多く残っています。自然林と言っても原生林ではなく、人が間伐をしたり下草を刈って手を入れて育成してきた森林です。適正に切ってその金で森林を育てるという良い循環が必要なのですが、だんだん安い海外材に押されて森林経営が苦しくなっていきした。そのような時に山に残ってしまうような木を買ってくれる製紙会社の存在は本当にありがたかったと元営林局員だった友人が言っていました。
 価格的にも量的にも国内での資源には限度があるので、海外材に対する依存度が増えてきました。製紙各社はチップ船というタンカーのような大型船を建造し、チップを輸入するとともに、海外に現地と合弁で工場を作ったり海外森林開発の事業を盛んに行うようになりました。かくて1999年には68%(L材(広葉樹)の84%、N材(針葉樹)の45%)が輸入材になっています。
 製紙に使う海外樹種は、針葉樹は国産材エゾマツ・トドマツ・マツ類と似た材質ですが、広葉樹では生産地によって非常に適性が異なるので何十種類も試験をしました。
 南方熱帯樹系のラワン・センガワン・サリン等のフタバガキ科の材はいずれも樹脂や太い導管が紙の表面強度を落としたり汚点を発生する等の理由で採用できませんでした。ユーカリはやや繊維が粗く嵩張る紙になってしまうが、かえって最近の抄紙には適しているし、アカシアは使いやすく良い紙ができることがわかりました。このふたつの属には多くの品種があるが適正な品種を選べば伐採できるまでの期間が7~10年と非常に早く経済的に有利であり、昔はその地を覆っていた原産樹種でもあるので植林に適した有力な木になりました。
 1973年にブラジルで日本19社と現地国営会社と合弁でユーカリ植林と製紙工場を作ったのを初めとして大手各製紙会社によって海外植林が積極的に進められました。当初オーストラリアの森を開発した会社の担当者の本を見ると、地域的に木が老朽化して芯が腐って製材不可能な森林を有効利用して欲しいとその地の政府から依頼されたことから開発がはじまったと書いてあります。ユーカリのような他に類を見ないほど堅く重い木を伐採して、奥地から輸送し、港を造り、船に乗せる設備すべてをゼロから造りたいへんな苦労があったようです。しかし一方ではそれまでその森林を利用して生きてきた原住民は、生活を冒され少しの利益もなく、植樹されたユーカリは生態系などを破壊し環境に多大の被害を与えたと訴えています。手元に「沈黙の森・ユーカリ」という本があり、ユーカリの性質にはつぎのような問題があることを挙げています。
(1)生長が非常に早く7~8年でパルプ材としては利用できるが、商業的見地からは早いとばかりは言えない。
(2)乾燥地では水分を多く吸収し、また土地の栄養を急激に奪うので他の植物・農産物に影響を与える。
(3)水系の循環を壊す。
(4)ある種のユーカリは葉が分解しにくく有害物を出して他の植物の生長を阻害する。
(5)単一な森林は生態の多様性を持たない。また多様なニーズを持つ地元の森林経営ができない。
開発初期はやはり天然林の皆伐(かいばつ、ある地域にある木を全部切る)が主であったようで、いかに当地政府の依頼があったとか許可を得たといっても、住民にとっては環境破壊以外のものではなかったでしょう。このような問題のある方法では 絶対に長続きはしません。かくて製紙各社は将来の資源を得るには海外植林事業に大々的に行う他はないと、地元にも迷惑がかからない方法を研究して取り組んでいるのです。
その考え方の一端はつぎのように要約できます。
(1)効率的な植林でパルプ材をなるべく小面積で育成し、原始林およびこれに近い森林の面積をできるだけ大きく残す。具体的にはユーカリ・アカシア等の生長の早い樹種を牧草地や伐採跡地などに計画的に植林していく。
(2)計画的な輪伐(10年で切るなら10の区域に分けて順次伐採・植林を繰り返し10年で元に戻る方法)によって年齢層と空間的な分散を図り、森林を改善しながら伐採していく。自然林であっても生長が止まって枯れ始めたり、腐食や火災が待っているような森林ならば輪伐によって更新する。
(3)このように森林の量を大きく増やし生長を促してCO2の吸収を増大し、地球温暖化防止に寄与し、よりよい生態系をも維持する。
 実際問題として海外植林事業というのは、他の国の土地で行うから国あるいは地域の利害と密接な関係にあり、費用が莫大にかかり、政治的・経済的・気候・自然災害あるいは植物自体の病虫害など非常にリスクの大きな事業です。したがって業界としてあるいは会社の全力を投入して長期計画を立てリスクに対応しながら進めているようで、会社の基本的な構想が立てられています。1999年の海外産業植林センターの資料によると、製紙業界では主要樹種であるユーカリほかアカシア・ラジアタパイン等でオーストラリアをはじめニュージーランド・チリ・ブラジル等の牧草地や荒れ地に400万haの目標を立てて植林事業を発足しているのが見られます。なお海外植林には紙・パルプだけではなくCO2効果を狙って種々の業種も参入しています。
 先日久しぶりの会社の開発研究所を訪れてみたら、山林の研究が大きなウエイトを占め、栽培技術やバイオを導入した優良樹開発研究などがたいへん力を入れて進められているのを感じました。以前にはなかったことです。
 しかしこれだから将来の資源は心配ないとか、森林は守られるとはどうしても考えられません。植林の面で言えば、単一目的の経済性を主眼にした方法すなわち単一樹種の密植はいかに栽培技術をつぎ込んでも天然の生態系とは大きな相違があります。いつまでも循環的に続けられるものなのか疑問です。
 
 またその土地に利用価値のない樹種だけつくって土地を専有することが許されるものなのかも疑問です。最近、「おもしろブックス2002」で紹介された本『日本の森はなぜ危機なのか』(田中淳夫/著 平凡社新書)を読んでも、その地域の自然林に近づける方法を取り入れていかないと長続きしないような気がします。また日本は計画がある程度見えていますが他の国がどう考えているかよくわかりません。世界の森林の問題ですからもっとグローバルな理想の下で進められねば将来に禍根を残すのではないでしょうか。
 増大する生産は莫大な資源を使うと同時に、やはりそれに伴う廃棄物や環境汚染も増大すると考えねばなりません。たくさん植林してたくさん作ると考えるより、古紙回収を極力徹底的して資源を少なく抑えることの方が本筋と思います。
8●古紙の再利用はどの程度まで可能でしょうか?
 ちょっと前まで「えー、チリ紙交換です……」と小型トラックが街を走っていました。今は、家庭の古紙は区が持っていく前に回収業者が持っていってしまう程商売になっているのでしょう。2000年の古紙回収率は58%、18.331千トンに達しています。この内訳を見ると新聞紙古紙が118.3%(チラシが入っている)、段ボール系古紙83.4%で、印刷用紙系古紙32.9%、その他20.6%ですから、今後古紙回収率を上げるには上質紙系、とくに企業で使用している紙を系統的に集めることが鍵になると思います。
 可燃性ゴミの1/3は紙のごみと言いますから、家庭でも仕分けして回収にまわす努力とシステムが必要です。業界では将来の回収率限度を65%程度見ているようです。回収できない、あるいは適さないものとして衛生紙・プラスチックや金属箔等と張り合わせて紙などがあり、また何回も繰り返して再利用されると古紙の強度等が低下したり、処理コストが上がってかえって不経済になったりすることも考えてのことと思います。
 分別回収やオフィス古紙の回収など消費者の協力および回収方法のシステム化を進めなくてはならないと思います。これから事務所などで古紙回収を進めようとされる方は、全国製紙原料商工組合連合会(TEL.03-3833-4105)にすると相談に乗ってくれます。
 古紙を配合する方からみると、板紙類は88%を配合しているから限度に近いが、新聞用紙は40~50%で、まだ増やす余地があります。上質紙系では古紙はわずかしか使われていません。トイレット用の紙では世田谷区では古紙配合の多い世田谷ロールを発売し、区の施設では必ず使っています。2001年4月から政府が購入する物質についてグリーン購入法といって環境負荷の少ない物を使うように定めた法律が施行されました。それによると印刷紙やフォーム用紙では古紙配合70%以上、コピー用紙は100%古紙を使ったもので、いずれも白色度は70%以下となっています。衛生用紙は古紙100%の指定です。一般にはなお白く綺麗な紙を好む傾向が強いようですが、再生紙を進んで使い用途を拡げることが大切です。グリーンマークやエコマークの入った製品を積極的に使用し、トイレットペーパーやコピー紙など一時的に使用する用途には、なるべく古紙配合紙を使うようにしましょう。
 古紙回収に出せるもの、出せないものの見分け方を消費者リポートから紹介します。
(A類)製紙に無縁な物、重大な障害を生ずるもの: ガラス・プラスチック・ろう紙・感熱性発泡紙(点字用紙)合成紙・不織布など
(B類)混入は好ましくないが少量(0.3~0.5%くらい)はやむを得ないもの:カーボン紙・ノーカーボン紙・樹脂コーテイング紙・ラミネート紙・粘着テープ(ただし段ボールについたものはのぞく)
 感熱紙など実際には紙とプラスチックや金属箔等が張り合わせてあるものも多く、判断に迷うかも知れませんが、処理工程や製紙工程を見てわかるように、原則として水に溶けない物は障害があると考えて配慮してください。金属もホチキスなど小さい物は除けますが大きい物は設備を傷めるので注意して欲しいと思います。
 全原連では全国に23.814千トンの古紙処理設備を持っているそうですからまだ余力があります。(全原連ホームページより)
 再生紙の製造では、古紙を水に溶解した後異物やゴミを取り、分散剤でインクをはがして取り、漂白して洗浄します。大量の水と電力と蒸気・薬品を使います。選別が不十分であったり再生回数がある程度を越すとエネルギーが過剰に必要になったり、脱インクパルプ(DIPという)の品質が落ちて、かえって資源のむだになり、また廃棄物の処理に困るようになります。
 
 古紙は必ずしも紙に再生するのではなく、いろいろな資材の基材としても使えます。ボードなどの建築や器具等の資材や透水性舗装材料・断熱材・防音材種の利用を進めればさらに再生循環型の強みを発揮して環境改善を発揮しつつ生活の役に立たせることができると思います。先に紹介した田中淳夫の本にはリグニンをリグノフェノールの形にして溶解し、古紙などのパルプに浸みこませ硬化すると、再び木材のように丈夫な材質になる技術が紹介されています。これで作った成型物を利用し、また廃棄物になったらまた同じように溶かして利用するというのです。こうなれば繊維は無限に利用できることになります。実用化すれば良いのですが、他にも循環型資源として大切に使うには、いろいろなアイデアと技術の開発が必要です。
9●エピローグは究極のクローズド化推進
 これまで木材資源も単なる植林などで増やすばかりでなく、再利用を進めるのが本筋であると述べてきましたが、作れば作るほど大量に発生する排水や排気および廃棄物に含まれる環境汚染物質についても厳重な配慮をしなければなりません。これも発生してから処理をするような考え方では2次3次の廃棄物が出たり、コストがかかったりして結局は環境を汚染することになってしまいます。すべての物質を再循環して使うクローズド化を徹底することが究極の答えと思います。
 私が入社したころにもアイデアルな処理法として紹介された文献はありました。しかし現実とは遥かかけ離れたものでした。ヘドロとか悪臭などのたれ流しと言われてもやむ終えない状態だったのが、1970年に公害基本法ができてから真剣に環境基準や排出基準を守るための努力が始まったように思います。私が現場にいた時は水質や大気の公害管理者の資格を取り、試験の担当になってからは環境物質の測定に関する資格も数々取り、管理と共に改善の対策に没頭しました。まずは汚染物質を工場外に出さない設備にして排出基準をクリアーするのが先でしたが、そのころから工場のポリシーとして「発生源対策」という考え方に基づいて設備を改善したり、工程内の水・薬品・エネルギーなどすべてを循環して閉じこめることに重点をおいてを進めていきました。技術的な解決策は徐々に開発されてきても経済性が伴わなかったりして、基準を守るのが精一杯だった期間が続きました。会社生活の最終段階で環境保全の責任者としてした仕事も社会からの要求に対する企業の立場を防衛するようなことを心ならずもしていたように記憶しています。
 でも退職後15年経って会社を訪れてみると、全社的な取り組みや雰囲気には当時とは大きな相違があると強く感じました。懸案の技術が業界全体で大幅に実現して、問題になる処理方法や設備は新しい方式に転換し、全社的な環境管理体制も「環境憲法」という形で全社的方針で厳しく進められていました。社会に向けて規制物質はもちろんPRTR対象物質のすべてのデータが公開され、苦情に対する窓口もオープンにされています。産業廃棄物についてのゼロデイスチャージは製品に対して0.1%の段階は過ぎて0.01%目標に向かって努力されています。しかしこの段階でもまだクローズドというにはまだ遠いのです。研究所を訪ねてみるとかなり達成の見込みの高いクローズド案がいろいろ考えられていますから、やがてもっと近づいていくのではないでしょうか。
 紙切れ対策などから始まった近代化対策は、まず社会の強いニーズがあり、会社全体のいろいろな事の解決が総合されつつ、全社的な強い意志の下で着々と進められていったのだと強く感じました。結局は社会のニーズに早く応えることが生き残る道なのです。
(写真・図:『日本製紙株式会社 会社概要』/『紙のできるまで』(財)紙の博物館 より

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