翻訳 インターフォン研究の教訓

投稿者: | 2010年11月1日

訳者より:
以下に掲げるのはカナダのトレント大学の環境資源学准教授である Magda Havas が自身のブログに2010年5月20日に書いた、インターフォン研究に対する論評です。この研究を批判的にとらえたものとして、大変よくまとまっている思いましたので、以下に訳出しました。
元のブログのサイトは
http://www.magdahavas.com/2010/05/20/lessons-from-the-interphone-study/
インターフォン研究の教訓
Magda Havas (トレント大学 環境資源学准教授)
International Journal of Epidemiology (2010年5月18日、2010:1-20)に掲載された最近の論文「脳腫瘍リスクと携帯電話使用の関係:国際的な症例対照研究であるインターフォン研究の結果」”Brain tumour risk in relation to mobile telephone use: results of the INTERPHONE international case-control study”では、潜在的には何十億もの命を危険さらす可能性のある、何千億円もの金を動かしている製品が科学の対象とされたのだが、いかに資金が提供され、研究が実施され、査読がなされ、そして報告されるのか、というに点で欠陥を免れなかったことがはっきりと見て取れる。
13カ国の科学者を集め、莫大な資金(2500万ドル)を使い、これまでに行われた最大規模(5111の脳腫瘍症例)で携帯電話の使用と脳腫瘍の関係を調べたインターフォン研究は、当初から欠点をかかえていた。不都合な結果は最小限に留められるように実験計画が立てられたにも関わらず、不都合な結果が報告された。側頭葉の脳腫瘍のリスクが最も高くなる場合では、携帯電話を1640時間以上使用し、携帯電話をあてている側の頭に神経膠腫(脳内のグリア細胞が侵される脳腫瘍の一種)のリスクが40%増加した。言い換えれば、電磁波に長時間暴露していた人たちでは、ほとんどの脳腫瘍は電磁波を一番受けている脳のまさにその部分で発症していたということになる。著者達はこの結果をどう扱ったのだろうか? 彼らはこれをバイアスと誤差によるものとした。なぜだろうか?
不都合な結果が最小限に留められるように仕立てられた実験計画
1)この研究では「通常の携帯電話使用」を「6ヶ月間の毎週一回以上電話をすること」と定義している。一週間に一本以上のタバコを吸う人は果たして肺ガンになると予測されるだろうか? 電話使用回数を低く(半年で24回以上)設定することによって、携帯電話の影響力を弱く見せ、”影響無し”という結果に有利になるようにしている。
2)コードレスフォンを使用している人も実質的には同じ電磁波に暴露しているが、この研究ではその暴露はないものとみなされている。タバコで類比して述べると、一種類のタバコのみを吸う人と、多種類を吸う人を比べる際に、多種類を吸うグループが”非喫煙者”とされているようなものである。これもまた”影響無し”という結果に都合のよいことになる。私たちがここで知っておかねばならないのは、携帯電話(コードレス電話も含めて)を使用しない人でも、周囲の使用者、近隣の基地局アンテナ、最近では無線LANルーターや都市全体に広がっているWiFiなど、さまざまな電波にさらされる機会がますます増えているという事実だ。したがって私たちが電磁波曝露でできるのは、タバコで喫煙者と受動喫煙者とを比較するのに相当するような比較でしかない。このこともやはりマイクロ波の実際のリスクを過小評価することになる。

以上の1)と2)の二つのバイアスの影響力があまりにも強かったため、インターフォンでは「携帯電話は脳腫瘍を防ぐことが出来る」といった最終結果が出てしまったのだ。
3)脳腫瘍は成人の場合、10年以上の期間をかけて発達するが、この研究では10年以上携帯電話を使用していた対象人はごく一部(10%以下)である。4、5年で肺ガンが見つかるとは予期されないように、脳腫瘍も短期間の携帯電磁波の暴露者から見つけるのは困難だと考えられる。
4)対象者は30歳~59歳までという年齢制限があり、大人よりも影響の出やすい若年層は、外されてしまっている。この欠点については、若い使用者を対象とした他の新しい研究でも指摘されている。
このような実験上の欠陥や研究計画段階でのバイアスは、見つけることも改めることもできたはずなのだが、そうならなかった。なぜなのだろう?
なぜこの分野の一流の科学者たちがこのような間違いを起こしてしまったのか? インターフォン研究の資金の一部は、まさにその研究の対象となった製品を生産している産業界から集められたわけだが、その資金的誘惑のためなのだろうか? International Journal of Epidemiology に掲載されているこの論文は、実験計画に多くの欠点があるため、ピアレビューを行う雑誌の論文としては掲載が認められるべきではなかっただろう。はっきり言えば、査読者はこの論文を拒否するか、もしくは大々的な改訂無しには出版を容認できないと忠告するべきだったのである。ここから分かるように、私たちが科学の分野でとても重きを置いているピアレビューシステムにも根深い問題があることが明らかであるが、これはその一例にすぎない。
インターフォン研究は、資金の出所(25%が無線通信業界から提供されていた)が出版物の結果に影響する可能性があることを示している。これは再三再四(マイクロ波、タバコなどを含む環境有害物質で)明らかになっているので、この研究だけがそれを免れていると期待することはできない。実際、著者の中には、利益相反や、研究資金の供与の範囲を超える業界との関わりもあったと認めている者もいる。
不完全な実験計画から生まれる結果は不確実なものとなる。インターフォン研究の二つの主要な結果とは、「短期間の携帯電話の使用によって脳腫瘍のリスクが低下する」「長期間の使用によって神経膠腫のリスクが増加する」である。そして著者達はこれをバイアスと誤差によるものとしている!
また、原論文に関連する付録1と付録2が同じ雑誌に別々に掲載されているが、これらが原論文に組み込まれなかったのはなぜか? それは、この二つの付録では2種類の脳腫瘍のリスクレベルが原論文よりも高くなることが示されているのからなのか?
付録1:インターフォン研究の原論文では、携帯電話使用によって髄膜腫のリスクは下がる、もしくは無いと述べているが、付録1ではデジタル携帯電話を1640時間以上使用した場合は84%の髄膜腫のリスクの増加、そして、デジタルとアナログ携帯電話の両方を使ったか、またどちらを使ったか不明だった場合は343%の髄膜腫のリスクの増加と示されている!
付録2:「リスクを減らす方向に偏らせるバイアス」を「訂正する」試みとして付録2と題された短い論文が同じ号に別枠で掲載されている。この付録2では、2年以下の「通常の使用者」とより長期間の使者用者とを比較している。
付録2の表には困惑を招くような結果が記されている。統計では携帯電話をたった2~4年間使用した場合でも神経膠腫のリスクが68%だけ統計的に有意に増加し、また、10年以上の使用の場合はそれが118%の増加となることが示されている。原論文の暴露区分では、神経膠腫のリスクが減少すると述べてあった! この表のハイライトされたコメントのある部分を見て欲しい。実際に、原論文では1640時間以上の携帯使用者の神経膠腫のリスクが40%増加すると記されているが、「通常の携帯電話使用者」と比べると82%の増加が見られることになる。
table.pdf
私たちはここから何を学ぶことができるのだろうか?
科学者がどんなに客観的であろうとしても、資金によって結果が影響を受けることがある、ということが学べる。
次に、大きければ良いというわけではないことが分かる。2500万ドルというお金が、携帯電話の生物影響を確かめることのできる様々な領域の独立した科学者たちに渡っていれば、インターフォン研究より遥かに進んだ結果が望めただろう。
また、欠陥のある実験計画から生まれる結果は不確実だということも学べる。この研究を行った研究者でさえ、この結果は確定的ではなく信頼度が低いと主張している(その結果がバイアスと誤差のために生じたと述べているのだから。)
そして、基準値を設定したり政策を決めたりするには妥協が必要だが、科学研究に妥協があってはならないということだ。科学は委員会で決めるものではない。つまり合意や妥協の余地はない。多数派が正しいとは限らないことは、様々な科学分野での多くの事例で示されている。
私はこのインターフォン研究の報告とその研究に参加した研究者たちのインタビューを読む中で、彼らが研究中に苛立ちを感じただろうこと、そしてなぜこの論文を作り上げるのにこれほどまで時間がかかったのかが分かった。私は関係者の中には、この結果にひどくがっかりし、困惑している人さえいるのではないかと思う。インターフォン研究の統括責任者であるエリザベス・カーディスElizabeth Cardisは「もっとしっかりした結論が出るまでは、電磁波暴露を減らすようにするのが妥当だろう」と述べているが、これは聡明なコメントであり、誰もが心に留めておくべきだろう。
カーディスは、唾液腺腫が10年の潜伏期間を経て、携帯電話を使用した側においてその発症率が増加することを示した論文の共著者である。彼女は現在、Mobi-Kidsという若者の携帯使用者に関する研究に取り組んでいる。この新しい研究でインターフォン研究の欠点を訂正し、信頼できる結果を生み出して欲しいと思う。
科学の進歩の多くは、好奇心を抱いて真実に迫ろうと、外的な世界の何らかの事象に可能な限り接近していくことから生み出されてきた。それは、予想外の結果に偶然出くわした時、今までの概念に縛られない人にしかできないことだ。事実、このような予想外の結果が私たちの科学の理解を深め、このような予想外のことの価値を知る者こそが、”発明”をなして名をあげるのである。
トーマス・クーンはこの過程を描いて、パラダイムシフトとして名付けた。科学には時としてこのような革命的な変化が起きるものだということを私たちは知っている。これ以上は否定することができないくらいに証拠が出そろわない限り、真実は受け入れられないことが多いのだ。
非電離放射線(電磁波)の生物影響について言えば、私たちは今パラダイムシフトのまっただ中にいる。非電離放射線が加熱を伴わないで生物影響を生じることの証拠は今や圧倒的になっている。古い”学派”が新しい学派にとって替わられるのは時間の問題で、もしそうなれば、電磁波の有害な効果と、治癒的な効果の両方において私たちの理解は急速に進むだろう。より安全な技術への移行や公衆衛生防護のためのガイドラインの改善の動きも見られるようになるだろうと期待したい。
そしてこれを100年以内でなく10年以内に実現するには、非電離放射線(電磁波)の生物影響の研究に対して、独立した立場からの資金提供が必要だ。研究に使われる資金は、医療費が節約でき、電磁波過敏症を患う人への障がい補償が実現し、職場や学校にいる人々の生活が改善されることで、幾度となく報われることになるだろう。■

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