【論文再録】携帯電話による電磁界が脳神経活動に与える影響

投稿者: | 2011年3月1日

携帯電話による電磁界が脳神経活動に与える影響
環境電磁界研究会+上田昌文
(NPO法人 市民科学研究室)
pdfはkagaku_emf_paper_2010.pdf
電磁界(電磁波)の人体への影響として現在,高圧送電線などの超低周波電磁界による小児白血病の増加や,携帯電話の使用による脳腫瘍の増加などが一般的に注目されている.このほかに,活発な研究が行われている分野の一つに,携帯電話などの電磁界が脳神経活動に与える影響がある.2000年ごろから,この影響が注目されるようになり,今日まで多くの報告がなされている.本稿では,近年発表されたレビュー論文など(1)~(4)に示されている影響を,留意すべき点とともに紹介する.
なお,以下で述べるICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)とは,電磁界の国際的な防護指針(各国が自国の防護指針を定める際に参照するガイドライン)を策定する機関である.そのレビューは最終的に,ガイドラインにも反映されるため,重要である.
脳波,血流,認知への影響
携帯電話の電磁界が脳神経活動に与える主な影響として,脳波影響,血流影響,認知影響などがある(1)~(4).これらは生体の温度上昇を伴わない,いわゆる「非熱作用」によるものと考えられるが,その確たるメカニズムは明らかになっておらず,影響の詳細の解明を難しくしている*1.
脳波においては,自発脳波におけるα波帯域のパワー値の増加を示す研究結果が多く出ている(1)・(2)・(4).睡眠時におけるα波,β波帯域の活動の増加を示す結果も多く出ており,ICNIRPは影響を示すいくつかの証拠があるとした(4).これがどのような意味をもつのかは不明だが,神経の集合的活動を示す脳波への影響は注目される.睡眠へのはっきりとした遅延影響も確認されており(5),アメリカの科学メディアでも取り上げられている(6).
血流に関しては,PET(陽電子による断層撮影)やfNIRS(近赤外分光法による機能画像)での計測の結果,局所的な影響が見られ,血流が増加する箇所と,減少する箇所のあることが報告されている(2)・(4)・(7).数は多くないが,レビューに示されているほとんどの研究において,血流への影響が示されている.これについてもどのような意味をもつのかは不明である.ICNIRPは,研究数が少ないこともあり現段階では不確定的としながらも,証拠の存在を示している(4).
認知影響は,電磁界暴露下で,主に単純なタスクを行った際の時間や正答率などを検討することによって研究されている.タスクを行った際の時間の増加・短縮や正答率の変化が見られる結果があるが,そのばらつきも多い(1)・(3)・(4).Barth らは,メタアナリシスの結果,電磁界の影響は少ないながらありうるとし(3),ICNIRPは結果にはばらつきがあり認知影響の確たる証拠は認められないとした(4).
なお,電磁界の認知影響は,通常の実験手法では検出感度が低いために検出できない可能性がある(1).また,認知影響は生理的影響の上に成り立つため,認知影響が検出されなくとも生理的影響が存在しないことにはならないとされる.
「皮質興奮性変化」説と非熱作用のメカニズム
では,これらの影響は何を示しているのか.脳神経では何が起こっているのであろうか.現在考えられるものの一つに,電磁界による脳の皮質興奮性(Cortical Excitability)の変化が挙げられる(2).この電磁界による皮質興奮性の変化,興奮性作用(8)についてはさかんに議論されており,欧米の主要メディアでも多く取り上げられているが(9),これが有害であるか無害であるかを含め,長期的にどのような結果をもたらすのかという結論は出ていない.しかし影響は,暴露後1時間程度続くともされ(5)・(8),また脳への興奮性作用は依存性と関係することがあるため,近年の若年層などに多く見られる携帯電話への依存症的利用傾向(10)と電磁界との関係を指摘する意見もある(11).
電磁界による非熱作用の生物物理学的メカニズムの解明はきわめて難しく,今のところ確立されたものはない.だがいくつかの仮説は存在する.Ferreriらは,酸化的ストレスによるGABAA,NMDAレセプターやイオン輸送などへの影響を挙げている(8).Curcioらは,Challisが考察した (1) タンパク質のコンフォーメーション変化による機能変化,(2) リガンド結合の変化(Ca2+とレセプターなど),(3) 生体構成要素の振動による電波エネルギーの吸収(微小管など),(4) 細胞の凝集作用(パールチェーン現象*2),(5) 復調による超低周波電界の発生などを挙げている(7)・(12).なお,非熱作用によって機能が変化するタンパク質としては,フェリチン(脾臓,肝臓,小腸粘膜などに含まれる鉄タンパク質)が知られている(13).
各レビュー論文について
Cookらは,これまでの電磁界影響の研究について注意すべき点をいくつか挙げている(1).一つは当該レビュー中11の研究において見られた,電磁界の暴露後に起こる遅延型影響(Delayed Effects)の存在である.通常,電磁界の影響は暴露中に計測され,暴露後に長く計測されることはない.用量反応関係を調べる際も,薬品のような暴露後一定期間の観察は行われていない.暴露後に間をおいて現れる反応があるとすれば,影響の有無を調べる際のデータの解釈に重大な影響をおよぼしうるとした.また認知影響においては,実験に用いられている手法の多くは脳の疾患などにおける機能障害を調べるためのものであり,電磁界の影響を検出するには検出能力が弱く,適切ではない可能性があるとしている.
Valentinoらによれば,基準を満たしレビュー対象となった33の論文のうち,シングルブラインド*3で行われた16中9において,ダブルブラインド*4で行われた17中13において,つまりそれぞれ過半数を占める論文が,電磁界の影響を検出したと報告しているという(2).そしてこれらの影響は,電磁界による皮質興奮性の変化によるものであろうとした.
Barthらは,認知影響についての10論文のメタアナリシスの結果,影響度は小さく日常生活への影響は実質的に排除できるとしながら,携帯電話からの電磁界は影響がありうるとしている(3).
ICNIRPは,自発脳波への影響についてのいくつかの証拠があるとする(4)。睡眠時脳波においては不確定ではあるが,影響を示す証拠が現れてきており,血流への影響を示す証拠もあるとした.認知影響については確たる証拠は認められないとした.
なお,日本でも携帯電話の電磁界の影響について,総務省の生体電磁環境研究推進委員会がいくつかの研究を行い,影響は確認されなかったとした(14)。しかし,上のように国際的には影響が認められるとする研究も多く発表され続けており,単純に結論を出すことはできない.
影響の長期的な結果と今後
電磁界の研究における大きな問題は,一つの影響をとってもそれぞれの研究手法・結果においてはばらつきがあり,また,常時再現できないものも存在することにあった.それらのばらつきの中で,証拠の重み( weight of evidence )をみることにより明らかになってきたのが,上のような脳神経活動への影響である.
これらの影響が,長期的に有害なのか,あるいは無害なのかについては現時点では不明である.ここで取り上げたレビュー論文は数多くの研究に言及しているが,今後それらの諸研究を踏まえた,幅広い場での議論・検討が望まれる.

*1携帯電話の電磁界は,そのSAR(比吸収率.単位質量の組織に単位時間に吸収されるエネルギー量のこと)が規制値以下であれば「熱作用」による生体への健康影響はもたらさないとされる(4).
*2電界によって細胞が真珠の首飾りのようにならぶ現象.
*3被験者に電磁界の有無をわからないようにした単盲検法.
*4被験者にも検査実施者にも電磁界の有無をわからないようにした二重盲検法.
文献
1.C. M. Cook et al. : Bioelectromagnetics, vol. 27 (8), 613 (2006)
2.E. Valentini et al. : Bioelectromagnetics, vol. 28 (6) , 415 (2007)
3.A. Barth et al. : Occup Environ Med, vol. 65 (5) , 342 (2008)
4.International Commission on Non-Ionizing Radiation Protection: Exposure to high frequency electromagnetic fields: biological effects and health consequences (100 kHz-300 GHz) , Review of the Scientific Evidence and Health Consequences. (2009)
5.C.-S. Hung et al., Neurosci Lett, vol. 421 (1), 82 (2007)
6.R.D. Fields: Scientific American (2008)
7.G. Curcio et al. , J Cereb Blood Flow Metab, vol. 29 (5) , 903(2009)
8.F. Ferreri et al. , Ann Neurol, vol. 60 (2), 188 (2006)
9.A. Carter: Cell Phones Give Brain Burst of Caffeine-Like Energy. ABC News (2006)
10.読売新聞: 高校生「風呂で携帯」半数. 読売新聞 (2009年10月5日)
11.L. D. LaPorta: Psychiatric Times, vol. 23 (11) (2006)
12.L. J. Challis: Bioelectromagnetics, vol. 26 (S7), S98 (2005)
13.O. Céspedes & S. Ueno: Bioelectromagnetics, vol. 30 (5), 336 (2009)
14.生体電磁環境研究推進委員会: 生体電磁環境研究推進委員会報告書(2007)
謝辞
本稿をまとめるにあたり,宮田幹夫氏(そよ風クリニック院長,北里大学名誉教授)に有益なコメントをいただきました.感謝いたします.
【『科学』vol.80,no.4, 2010年4月号 所収】

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