“改訂版・科学技術基本法”の骨子
「科学技術社会基本法」原案
原案作成/平川秀幸
第83回の研究発表で発表された「市民版・科学技術基本法」の骨子です。「科学技術社会基本法」と名付けて、私たちが科学技術を社会の中でどう位置づけるべきなのか、その基本的な姿勢についてまとめてみました。土曜講座では、この文章をたたき台にして修正を加え、現行の「科学技術基本法/基本計画」に対する「改定版」を完成させたいと考えています。また、「改定版」が完成すれば、科学技術社会の変革のための様々な方策を打ち出していく際に、今後基本としてふまえておくべき理念として、この「改訂版」を常に参照することになるでしょう。そうした意味で重要な文書となりますので、是非読者の方々のご意見を頂戴したいと思っています。字句の細かな修正でもかまいませんので、どんどんお寄せ下さい。私たちのプロジェクトの今後の具体的なステップに関するアイデアなども寄せて頂けたら幸いです。どうかよろしくお願いいたします。
1.「科学技術社会基本法」の意義付け
20世紀は,科学技術のめざましい発展と社会生活への浸透・拡大が見られた時代であり,それによる経済発展や生活水準の大幅な向上が見られた時代であった。しかしながら同時に科学技術は,核兵器を代表とする軍拡競争や,有害化学物質による環境破壊,バイオテクノロジーや高度医療技術による倫理的問題の発生など,人類史上未曾有ともいえる多くの脅威をも生み出してきただけでなく,今後もその発展とともに,その脅威も高まってゆく危険性は,今日の私たちの社会の大きな問題となっている。
ところで,このような今日の危機や困難の解決のためには,科学技術のさらなる進歩が必要であることはいうまでもないが,しかし同時に,科学技術の進歩だけでは問題は解決しないことも真実である。そもそも今日の危機や困難が生じてきた背景には,これまで私たちが,社会発展の原動力として科学技術の進歩を推し進めてきた一方で,それが社会や自然に与える影響について充分に考慮せず,一面的な進歩の追求に終始してきたという事実がある。たとえば農業の機械化・化学化は、確かに農業労働の負担を軽減し、高収量を実現してきたが、しかしその反面、農薬や化学肥料の集約的使用による食品汚染や土壌・生態系の破壊のみならず、慢性的なコスト高とそのための出稼ぎ増加による農村家庭生活の変容や、労働形態の変化による村落共同体の絆の希薄化などの社会的問題も数多く生じてきた。また経済力や科学技術開発能力に乏しい南側諸国への技術移転においては,高度で高価な技術の導入とその維持に必要な経済的コストや,専門技能をもつ人材の確保などの面で,導入国に対する被導入国の経済的・政治的・知的依存性を生み出し,それを強化してしまう危険性がしばしばある。
それとともに私たちは,自然世界の圧倒的な複雑さと多様性に比した,科学技術を含む人間の能力の有限性について深く自覚することが重要である。これまで私たちは,科学技術の発展は,次第に私たちを自然の束縛から解放し,人間により大きな自由を与えるだろうと信じ,またどんな困難も科学技術の進歩によって解決されるだろうと期待してきたが,それは人間の「おごり」に過ぎない。なぜなら,どんなに進歩しようと人間の知識は常に有限であるために,科学技術の力によって自然界に働きかけ,それを改造する行いそのものが,自然界のなかに未知の因果連鎖を引き起こし,その結果として,全く予期せぬ新しい危険を生み出してしまう危険性は避けられないからだ。
たとえばフロンガスによるオゾン層破壊などはその好例であり,遺伝子組換技術などバイオテクノロジーにおいて懸念されるのも,正にそのような予期せぬ危険の発生なのである。また予期せぬ危険は,しばしば長期的な潜伏期間と,その間の複雑な因果連鎖を経て顕在化することが少なくないために,何らかの被害が発生してからではその原因と対応策の追求が困難となるだけでなく,被害発生の責任主体の特定も困難となり,被害者に対する補償が為されないなどの不正義の源となりうる。
従って,科学技術の開発や実用化に当たっては,それがもたらす複雑な社会的・生態的な影響についての分析や評価が不可欠であり,それらに基づいて,個々の技術や知識の適不適や要不要を吟味しなければならない。また,単に新しくより複雑で高度なものを追求することばかりを科学技術の発展であると考えるのではなく,それぞれの社会が,その社会固有の自然環境との交わりの長い歴史のなかで培ってきた伝統的な技術や知識の有効性を評価し,それらを再生させる努力が為されなければならない。
以上のことは私たちに,科学技術というものを,人間社会一般に対して,いつでもどこでも有用になるような普遍的な知識や技術を生み出す営みではなく,場所や時代に応じてさまざまに異なる「風土」のなかに埋め込まれ,その違いに応じてさまざまな発展の可能性を持ったものとして考えることを要求する。ここでいう「風土」とは,単に社会的環境とそれを取り巻く自然環境を包括するものではない。そのなかでどのように人々が,他の人々や自然とのあいだの関わりを築き,生活を営んでゆくかという,生活のあり方,文化のあり方の全体をも含むものである。今日私たちが手にしている科学技術に限らず,すべての知識や技術は,それらが育まれた風土の反映であり,そこに住む人々が何を価値あるものとして生きているかの表現である。従って,科学技術の研究開発や知識の追求は,そのような風土の「持続可能性」を実現し,それを維持することを究極的な目的とし,無限の進歩ではなく,風土の違いに応じたその「多様化」と「成熟化」を目指すものでなければならない。
ところで上記のような科学技術の成熟化に向けての研究開発は,大量生産によるコスト低減や,技術革新による付加価値から利益を得る従来の産業・経済の論理にはなじみにくい面がある。そのため,その実行にあたっては,NGOなど市民ボランティアがその担い手となることが期待されるとともに,社会全体としても新たな経済価値原則の確立が必要となるだろう。
以上に鑑みて「科学技術社会基本法」は,21世紀に向けて,人間と人間,人間と自然の調和ある社会生活を築くために,そこで益々重視されねばならない科学技術と社会の諸問題に関する人文・社会科学や科学技術の研究促進のみならず,それらへの市民の自発的な取り組みや,両者を有機的に結びつけ交流を可能とする研究・教育・評価のシステムの実現,さらには安全性と社会的正義を守るために必要な法的整備を目指すものである。
このような科学技術社会基本法の理念に資する努力は,すでに国でもいくつか為されている。
たとえば科学技術会議第18号答申(1992年)において,「科学技術と人間・社会との調和」が重点施策として掲げられ,さらに「人類共存のための科学技術」及び「生活・社会の充実のための科学技術」が推進すべき重要分野とされ,「科学技術活動の展開に当たっては,科学技術のみが先行するのではなく,人間・社会のための科学技術という原点に立って,人間そのものに対する理解を深めながら,科学技術と人間・社会との調和を図ることが重要」とされている。1995年に制定された科学技術基本法でも同様に,基本法第2条「科学技術の振興に関する方針」の中でも「科学技術の振興は,人間の生活,社会及び自然との調和を図りつつ,積極的に行われなければならない」と規定されている。またこれらに応えるものとして,1994・5年には,科学技術庁科学技術政策研究所による「生活関連科学技術課題に関する意識調査」(NISTEP Report No.45)が,一般国民や有識者を対象に行われた。
2.「科学技術社会基本法」の骨子
(1) 科学技術の社会的・生態的な影響や役割に関する人文社会科学および自然科学の研究を推進し,それらを科学技術の研究開発現場に還元する学際的交流の促進・支援と,そのための研究機関やデータベースなどの整備。
(2) 科学技術の成果や動向は,その正負両面にわたって積極的に一般市民に向けて情報公開されなければならない。その際,その情報は専門的知識を持ち合わせていない人々にも理解しやすい形で公開されなければならないが,なかでも特に重要なのは,個々の研究開発の課題がもつ目的や意味,その社会的帰結を明確化することである。
(3) 科学技術の研究開発における目的や意味,その帰結についての是非を判断する究極的な主体は,専門家ではなく,一般市民でなくてはならない。
(4) 人文・社会・自然科学の専門的研究者と一般市民との交流の促進,及びそのための国レベル・自治体レベルの機関の設立。またこの点では,知的資源の宝庫としての「大学」が重要な役割が期待される。
(5) 科学技術活動,および科学技術と社会の問題についての研究に対する,市民の自主的取り組みや交流の促進と支援を行う。
(6) 研究者や市民の研究成果や意見が,国や地方自治体での科学技術政策へと反映し得るような行政システムや機関,制度の創設を行う。
(7) 科学技術の研究者が,その研究開発についてより適切な判断を下し,それに基づいて障害なく行動できるための,行動規範や権利保護を定めた技術者倫理綱領や,企業や行政の責任範囲の明確化を行う。
(8) 人間社会と自然世界からなる人間の生活環境としての「風土」の持続可能性を実現・維持するために必要な,科学技術や生産システムの「成熟化」に向けた研究開発の振興と,そのための監査・評価システムや法制度の整備を行う。
(9) 伝統的な技術の見直しや再生を積極的に行う。これは同時に,私たちの資源集約的な生活様式の改善や,地域コミュニティの再生の一環ともなりうる。
(10) 科学技術の開発に当たっては,安全評価や管理はとりわけ慎重に行われなければならず,その際には,予防原則や汚染者負担の原則を基本に据えなければならない。特に,たとえそれに対する科学的に充分な証拠がなくとも,予期される危険性に対する事前対策を怠るべきではないとする予防原則は,科学技術の進展に伴って生じうる予期せぬ危険性を可能な限り回避するだけでなく,社会的不正義を回避するための方法でもある。(不確実性の中での安全性と正義の最大限の追求。)