イラク日本人人質事件  ――自己責任論と自衛隊派遣について――

投稿者: | 2004年3月28日

イラク日本人人質事件
 ――自己責任論と自衛隊派遣について――
   勝田忠広 (ピースプレッジ・ジャパン)
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1 . はじめに
 「一、われわれの好意に対し、おまえたちは敵意で応じ、
米国に兵士と武器を提供した。
 一、われわれは同じ方法で応じる。われわれに戦争を
宣言したおまえたちは歓迎されない。
 一、おまえたちのうちの三人を拘束したことを伝える。
われわれの国から(自衛隊を)撤退させるか、われわれが
三人を焼き殺すか、どちらかだ。
 一、このビデオの放映から三日間の猶予を与える。」
(イラクの武装グループの声明要旨、共同通信4 月8 日)
 日本時間の4 月8 日午後8 時半、イラクにいた郡山総
一郎さん、今井紀明さん、高遠菜穂子さんの3 人が拘束
されたという情報が、上記のメッセージと共に飛び込ん
できました。
忙しい現代社会において、既に人々の記憶から消えよ
うとしているイラク人質問題について、ここで整理して
みます。
2 . どういう事件だったのか
 まずは時間に沿って振り返ってみましょう。事件発覚
から3 人が帰国するまで、実はわずか10 日間にしか過ぎ
ない出来事でした。
・第1 段階:拘束(4/8) ~解放声明(4/11)
 事件発覚直後の8 日から、市民グループやNGOは独自
のネットワークを使ってマスコミとは独立して正確に情
報収集を始めています。また政府は、自衛隊撤退はあり
得ないことをいち早く断言する一方、9 日に「在イラク邦
人人質事件対策本部第1 回会合」が行なわれ、外務副大
臣が現地に向かっています。マスコミの論調はそれほど
でもありませんが、既に「自己責任論」が出てきていま
す。
・第2 段階:解放声明後(4/11) ~解放確認(4/15)
日本の市民とイラク現地のテレビ局や市民の連携プ
レーによって、最終的に解放声明が出されました。しか
し政府は、外務省川口大臣によるコメントや小泉首相の
「テロリスト」発言など相手を刺激するだけで、少なくと
も表向きは有効な手段が出せませんでした。一方、マス
コミは論調が変化してきます。あたかも解放が確実に
なったことで、自信がなかったことをようやく言える様
になったかのようでした。「撤退しなくて良かった」「政
府の対応は正しかった」というコメントがテレビや新聞
を通じて現れ、「自己責任論」が氾濫し、3 人の家族への
誹謗中傷が強まります。
・第3 段階:解放確認後(4/15) ~帰国(4/18)
 3 人の無事が現地で確認されたものの、あまり反省が
ないと映った態度や、さらに日本人2 人が拘束されたこ
となどで、議論は煮詰まって疲労感が出ています。
帰国後の3 人は、拘束よりも日本人からのバッシングで
精神的なダメージを受けたようです。命は救われたもの
の、なにか後味の悪い、嫌な感じの解決でした。
3 . 自己責任論と自衛隊派遣について
 ここでは2 つの問題を少し詳しく取り上げてみます。
(1) 自己責任論について
「自己責任」という言葉が日本をかけめぐりました。誰
が言い出したのかは不明ですが、少なくとも自己責任論
によって矛先は3 人だけに向けられ、肝心の政府の対応
への非難は無くなったといえます。
3 人は、覚悟の上で現地に向かっていると考えます。つ
まり自らの死に関しては責任を負っていたはずです。問
題は、これは自衛隊派遣を問題視するグループが3 人を
利用して拘束したことであり、心構えのレベルの議論で
はないということです。つまりグループは、日本社会に
いる私たちや政府に対して脅迫を行なったのです。
結局、政府はそれを拒否しました。例え3 人が助かった
とはいえ、これは見殺しを選んだということです。日本
人の命よりアメリカに従うことを選んだということは、
今後気に留めるべき事かもしれません。
そもそも、現地で活動をしてきたNGO は、地道な活動
が報われなくなり危険な目に合うので、派遣を止めてく
れと主張していました。しかし、その主張を無視して政
府は自衛隊を派遣しました。もし仮に自己責任があるの
であれば、それは政府の方であって、三人に文句をいう
ことは筋違いと思います。仮に3 人に問題があったとし
ても国は国民を守る義務があるはずで、「政府に従わない
人間の命など知らない」という意見が通ることは危険と
思います。
この問題に関して、海外との考え方の違いが目立ちま
す。拘束期間中、家族の記者会見が外国人記者クラブで
ありましたが、誹謗中傷を受けていたために言葉を選び
ながら伏見がちに怯えている家族の様子を見て、多くの
記者はショックを受けています。
ところで、今回の問題に関するウェブ上でのアンケー
ト調査が幾つか行なわれています。それを見ると、毎日
新聞のような一人が何回も投票できるシステムでは政府
支持が多く、反対に、一人が一回しか投票できないもの
は政府不支持が多いという結果でした。この事実はあま
り注目されていませんが、個人的には、記録を残しやす
く顔の見えないウェブを活用した、保守的な人々の存在
や情報操作が気になります。
(2) 自衛隊派遣について
イラク特措法を確認してみると、基本原則第二条の中
に「戦闘行為が行なわれておらず、かつ、そこで実施さ
れる活動の期間を通じて戦闘行為が行なわれることがな
いと認められる地域において実施する」と書かれていま
す。
この「戦闘行為」がポイントと思います。これは「国
際的な武力紛争の一環として行なわれる人を殺傷し又は
物を破壊する行為をいう」と定義されています。そして、
防衛庁長官は、この要件を満たさなくなった場合には、速
やかに活動の中断を命じないといけないと定められてい
ます。ということは、小泉首相が固執したように「テロ
に屈さず」という根拠の無い根性論ではなく、法律上の
視点から撤退が有り得たかもしれないのです。
実は、内閣法制局が陸上自衛隊の撤退も有り得る解釈
をまとめたものの、福田官房長官( 当時) がそれを政府見
解にすることを留保したことが発覚しました( 東京新聞、
5 月15 日)。自衛隊が駐留するサマワでサドル派グループ
が活動しているのですが、彼らを「国または国に準じる
者」と解釈すれば、それは「戦闘行為」となり自衛隊撤
退理由が成立してしまう、というのです。法律とは解釈
次第でどうにでもなることがよく分かります。
4 . おわりに
 この問題は、一見複雑に見えて実は単純だったと思い
ます。しかし、国の問題に一市民は口を出せない、とい
う気持ちから、思考を停止した人々が多かったのではな
いでしょうか。だからこそ「この問題に手を出してお上
に逆らった人が悪い」という自己責任論が、意外と抵抗
なく人々に受け入れられたのかもしれません。
 しかし、文末に載せた解放声明を見て、文頭の犯行声
明と比較してみてください。同じ人々による文章かと疑
うほどです。これほどまでに彼らを変えたのは、軍隊で
はなくイラクや日本の市民の気持ちです。国を超えた一
人一人の行動が身を結んだのです。
私は今回、NGO や政府という組織ではなく、一般の
人々の動きに注目しました。もし「自分自身はどう動く
べきだったのか」という個人レベルの視点を持てば、問
題解決を他人任せにすることはなくなり、いろんな情報
に惑わされることがなくなるからです。私たちピースプ
レッジ・ジャパンの行なう科学者平和誓約運動も、一人
一人の問題意識に問いかけるところに特徴があります。
そしてそれこそが、一見地道で遠回りに見えて、一番確
実に平和な社会を形成する方法だと考えています。
「神の御名において  われわれは、日本政府が拘束され
た三人の人質について、自国民の生命を軽んじる評価を
行ったことを強い痛みを持って聞いた。これにより、わ
れわれは、日本政府に代わって日本国民の生命を守る完
全なる正当性を与えられた。日本政府は、自国民への最
低限の尊重の念を持ち合わせていないようだ。いわんや、
日本の首相の発言を拒否するイラク国民の生命を尊重す
るだろうか。われわれは、この政治家は、自国民とその
意思を尊重せず、戦争犯罪者ブッシュ(米大統領)に仕え
ていると確信している。広島、長崎に原爆で大量殺戮を
行った米国は、同じことを、いや、国際的に禁じられて
いる爆弾によってより残虐な形で、抵抗しているファ
ルージャに対して行っていると言っている日本の街の声
にわれわれは耳を傾けた。
 われわれは、イラクの抵抗は、いかなる宗教、人種、党
派に属していようとも、あるいは責任者のレベルであろ
うと、平和な文民の外国人を狙ったものではないという
ことを全世界に証明するため、また、今晩、マスメディ
アを通じて呼び掛けを行ったイラク・イスラム聖職者協
会の原則、純粋性、勇気を信頼して、また、われわれの
独自の情報源を通じ、当該日本人(人質三人)は、イラク
の人々を助けており、占領国への従属に汚染されていな
いことを確認したため、彼らの家族の痛みと、この問題
への日本の人々の立場にかんがみ、われわれは以下の通
り決定した。
 (1)イラク・イスラム聖職者協会の要請に直ちに応え、
三人の日本人を、神が望むならば、今後、二十四時間以
内に解放する。
 (2)いまだに米国の暴虐に苦しんでいる友人たる日本
の人々にイラクにいる自衛隊を撤退するよう日本政府に
圧力をかけるよう求める。なぜなら自衛隊の存在は不法
なものであり、米国の占領に貢献するものであるからで
ある。
 神は偉大なり、勝利するまでジハード(聖戦)にささげ
る。
 ヒジュラ暦(イスラム暦)一四二五年サファル月十九
日  西暦二〇〇四年四月十日  サラヤ・アル・ムジャ
ヒディン (了) 04/11」
( カタールの衛星テレビ、アルジャジーラが十日伝えた
「サラヤ・アル・ムジャヒディン(戦士旅団)」の声明文、
ドーハ共同)
参考資料
・共同通信社ニュース特集 イラク日本人人質
http://news.kyodo.co.jp/kyodonews/2004/hostages/
subs/zenmidasi.html
・イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活
動の実施に関する特別措置法
http://law.e-gov.go.jp/htmldata/H15/H15HO137.html

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