和白干潟保護運動に関わって考えたこと

投稿者: | 1999年4月16日

和白干潟保護運動に関わって考えたこと

田中浩朗

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この号に掲載する田中さん、梶木さん、平川さんの文章は、今年の土曜講座夏合宿での報告に関連したものです。

 

★はじめに
私がいま住んでいるところの近くに和白干潟という干潟があります。現在,この干潟のすぐ沖合に大きな人工島が建設されていて,干潟の自然環境が悪化しつつあります。昨年からこの問題に関わり始め,住民運動グループにも所属して多少の活動をするようになりました。
ここでは,和白干潟とその保護運動の紹介,またそれに関わって考えたことを書いてみたいと思います。

★和白干潟とは
和白干潟とは,博多湾の東の奥にある面積80haほどの比較的小さな干潟です。
金印で有名な志賀島へと続く細長い洲(海の中道)の付け根にあります(できたらお手持ちの日本地図を参照して下さい)。博多湾は遠浅の内湾で,いつも波は静かであり,干潟も広く,鳥のえさであるカニやゴカイなどが豊富です。夏などは干潟一面無数のカニとウミニナやヤドカリがうごめき,生命に満ちあふれている場所ということが実感できます。そのため,日本列島を通過する渡り鳥の中継地・越冬地になっており,多数の渡り鳥が飛来します。冬には多数のカモとシギ・チドリ類が越冬し,春秋にはシベリアとオーストラリアを行き来するシギ・チドリ類が羽を休めます。博多湾は,日本列島に沿って移動するコースと朝鮮半島に沿って移動するコースの交差点になっており,特に渡り鳥の種類や数が多くなっています。その中には,日本では珍しいミヤコドリや世界的に珍しいクロツラヘラサギも含まれています。少なくなったとはいうものの毎年必ずやってくるので,地元の愛鳥家はとても楽しみにしています。
博多湾の海岸は,ここ10年ほどの急速な開発によってほとんどが埋め立てられ,港や倉庫,住宅やレクリエーション施設などになってしまいました。残されたのは湾東部の和白干潟と西部の今津干潟のみです。かつてはごくありふれた干潟だったのでしょうが,今では本当に貴重な自然になってしまいました。

★人工島建設計画
和白干潟も当初は埋め立てられて港湾施設になる予定でした。しかし,干潟の埋め立てには住民の強い反対があり,計画は変更されました。干潟を残すために沖合に面積400ha(能古島より広い)ほどの人工島を建設することになったのです。これにも住民の反対がありましたが1994年に着工され,現在4割程度が埋め立てられ,対岸につながる道路の橋げたが一部出来ています。10年計画なので予定では2003年度に土地の造成が完了することになっています。
人工島の最大の目的は港湾で,外国貿易用のコンテナターミナルを建設することを目玉にしています。そのほかには,工場,研究施設,住宅,道路などを建設することになっています。港湾その他すべてについて,貴重な自然を壊してまでつくる必要性があるとは思えないものばかりです。しかも,経済的に採算のとれる事業とはとても思われず,総工費4600億円(実際にはずっと増えると予想される)と借入金の利息の大半は国民・市民の税金を投入してまかなわなければならないでしょう。
人工島は400haもの浅海域を消滅させるもので,それだけでもそこで育っていた魚介類の稚魚・幼生などは生育の場を失います。また,その海域で生活していた海ガモ類も生活の場を失います。

さらに,和白干潟の前面を巨大な島でふさぐため,干潟の前面海域では水の循環が悪くなり,淡水化と水質の悪化が進んでいます。干潟の砂を掘り返すとすぐにヘドロのような悪臭のする黒い層(還元層)が現われます。アナアオサという海草が異常発生し,それが干潟表面を覆って腐ります。福岡市は海上に船を出してアオサをとったり,海岸のアオサをブルドーザーで回収し,ダンプカーで運んだりしています。
そうした環境悪化のためか,飛来する渡り鳥の数も以前に比べてかなり減りました。昔のことを知らない私にはそれでもたくさんいるように見えますが,地元の人に聞くとかつてはずっと多かったとのことです。
巨大な環境破壊と税金の無駄づかい,そのしわ寄せの福祉・教育の切り捨て。
これが人工島建設のもたらすものです。

★和白干潟保護運動
和白干潟の埋め立て計画や人工島建設計画が出された当初から,地元の住民は反対運動を始めました。特に,1991年には多数の住民運動体のネットワーク「博多湾の豊かな自然を未来に伝える署名の会」が発足し,12万人の署名を集めて人工島建設に反対しました。
また,着工の年の1994年,いくつかの団体・個人が住民訴訟をおこし,裁判闘争も始まりました。裁判は今年3月に判決が出て,原告敗訴ではあったのですが,原告側の主張をかなり認めた異例の判決を獲得することができました。次のような判決文は広く知られていいと思いますので少し引用します。

事業開始前の環境アセスメントに関して「環境影響評価として本来備えていなければならない筈の科学的で客観的な性格とはやや異質なものを感じさせさえする」「博多湾の東部海域が400ヘクタールも埋め立てられてしまうことによる自然環境への重大かつ深刻な影響を軽視している嫌いがありはしないかとうことが懸念される」。結論部では「本件整備事業に対しては,福岡市民はもとより相当広範に根強い反対意見があることも既に見たところから明らかであるのに,福岡市としては右意見に真摯に耳を傾ける姿勢に欠ける嫌いがなかったとはいえない」「これらの諸事情を踏まえるならば,この際,本件整備事業を抜本的に見直すというようなことさえ一つの政治的な決断として考えられないではない」とまで言っています。

反対運動が長期にわたり,しかも工事は進んでいるため多くの運動体の活動は低調になってきています。しかしその中で今でも活発に運動しているのが「署名の会」の後身の「博多湾の豊かな自然を未来に伝える市民の会(略称,市民の会)」と和白の地元住民が中心の「和白干潟を守る会(略称,守る会)」です。
私は両方の会員ですが,主に守る会で活動しています。守る会は,和白の地元に住んでいる人が中心で,月1回の清掃や水質・野鳥調査,また小学校などの自然観察会の指導などを活動の中心としています。人工島反対のための行政への申し入れや記者会見,各種シンポジウム開催等どちらかというと政治的活動は市民の会が行ない,清掃や観察会など地元に密着し,干潟の大切さを地道に伝える活動は主に守る会が行なう分担関係が成り立っているように思います。

★市民による自然保護運動の課題
住民運動ともいうべき地域に密着した市民運動に私が積極的に関わるようになったのは,この和白干潟を守る会が初めてです。会長は空席で会「鳥」はミヤコドリ。事務局長は干潟のすぐそばに自宅・アトリエを持つ切り絵画家の女性です。会員(会費を納めている人)は全国に200名以上いますが,実際に具体的な活動をしているのは地元の主婦や退職者が多く,少し会社員・公務員・学生などがいます。全体的に中高年が多く,若い人は少ないです。

私たちが直面している問題は,他の多くの市民運動体が直面しているものと共通しているでしょう。たとえば,慢性的な人手不足。しかも少数(あるいは一人)の人に仕事が集中し過労になります。新しい担い手がなかなか増えないのでメンバーは次第に高齢化していきます。
また,素人集団なので行政等に対抗するための専門知識がありません。運動を展開していくノウハウもあまりなく,行き詰まってしまうこともあります。
そんな中で,様々な分野で専門知識を持った人が少数ながら関わっているのは大変大きな力になります。たとえば,人工島裁判を起こす際,市民の会事務局長をされている弁護士やその同僚,市民の会代表で九大名誉教授の水質の専門家,高校教諭(現在熊本大)で和白干潟の調査を長年されている底生生物の専門家,きれいなポスターやパンフレットを作ってくれるデザイナーといった方々が大きな力になったことは確かだと思います。

しかし,専門家と市民運動の関わりがいつもこのようにきわめて偶然的・個人的な関係になっているのには疑問を感じています。たとえば,あれほど社会問題になり,現在でも解決したわけではない水俣病を研究している医学者(医師)として、なぜいつも熊本大の原田医師しか登場しないのでしょうか。最近,日本精神神経学会が現在の水俣病認定基準を否定する見解を発表しましたが,これは画期的なこととはいえあまりに遅すぎる対応ではないでしょうか。科学的に論争になっている問題について学界がきちんとした回答をするという仕組みがないために公害・薬害被害者が苦しみ続け,あるいは自然破壊が生まれ続けているということもあると思います。

もちろん,すべての問題が科学によって解決できるわけではなく,その科学者の見解をどう社会に生かしていくかということについての知識や経験も必要です。たとえば,因果関係が科学的に立証できない場合,影響関係が科学的に立証できるまで原因を放置するのか,影響関係のないことが科学的に立証できるまで原因を差し止めるのか,これは科学ではなく社会が判断すべき問題です。このような科学と社会の関わりについてどう考えていくべきかということについては科学論やSTSといった分野の専門家が何らかの貢献をすべきかも知れません。私自身はそうした分野に関心を持っており,自分が関わっている運動と自分の学問的関心をどのように関係付けていくか思案しているところです。

さてここまでは,市民運動に専門家あるいは専門知識がいかに必要とされているかということを強調して書いてきました。しかし,これが下手をするとかつての社会運動の支配的パターンであった「知識人による大衆の指導」というものになってしまうので気を付ける必要があります。実際問題としては,会を代表するような立場には何らかの専門家が当たることが多いのですが,私が関わっている市民団体ではそこに上下関係のようなものは幸い生じていません。そのためには,会のメンバーが同じ活動を一緒に行なったり,メンバーの意見を細かく聞きながら会の運営をしていくことが大切だと思います。

市民運動と科学者・専門家の関係をもう一度まとめますと,まず第一に,市民運動が必要としている専門的見解を専門家集団(学界)が責任を持って示すようなシステムを作る必要があると思います。もちろん,学界でも意見が分かれることは普通でしょうが,それでもどこまでは意見が一致しており,どこから意見が分かれているのかを明確に示すことが重要な情報になります。和白干潟の例でいえば,人工島の建設によって環境がどの程度悪化したのかということについての見解などです。福岡市にも環境モニタリング委員会という専門家の委員会があるのですが,影響はない(少ない)と言い続けており,御用学者になり下がっているのではないかと思われます。反対派の学者も納得できるような客観性のある結果が欲しいのです。

専門家が市民運動に関わるもう一つのあり方は,専門家が一市民として運動の担い手になることです。市民が専門家と個人的に接する機会はそう多くないと思います。一般的には,素人が専門家に意見を求めるのにもなかなか敷居が高くて難しいのではないでしょうか。しかし,日頃一緒に活動している仲間であれば,かなり気軽に行なえるようになります。そして,その仲間の専門家を通して専門家集団と関わりを持つことも可能になってくるのではないでしょうか。

現在,大学や官民研究所の研究者は,厳しい業績競争に追われて市民運動などの「余計な」活動をする余力がますますなくなっています。そのような中で,上に書いたような市民運動と専門家の関係を作っていくことは難しいです。特にまだ定職を持っていないような若い研究者にとっては,市民運動に関わっているということが就職に不利に働くということもあります。
このような状況を変えていくには,社会の構成要素として市民団体を正当に位置づけ,そこに関わることを学界も自らの社会的責務として引き受けることが求められているのではないでしょうか。

★おわりに
先日(11月15日)福岡市長選があり,福岡の巨大開発を進めてきた現職の桑原敬一氏(自民・社民推薦)が落選しました。当選したのは開発見直しを訴えた山崎広太郎氏です。人工島凍結を訴えた共産党推薦の林健一郎氏は3位だったものの,人工島のある東区では他区に比べ高い得票率を得ました。山崎氏は桑原市長と協力して人工島推進を決めた福岡市議会の議長だったこともあり,「見直し」が実際にはどのような結果をもたらすのかはまだ未知数です。しかしともかく,福岡市民は桑原市政の大幅な変更こそ求めなかったものの,これまでの巨大開発優先路線にはノーを言ったと解釈できると思います。
山崎氏は公約で市民の意見を市政に反映させると明言しています。私たちは政治家の公約違反にしばしば失望させられていますが,今のところは12月に始まる新しい山崎市政に期待したいと思います。

最後に,和白干潟の自然や人工島建設および自然保護運動に関する情報は和白干潟を守る会(http://www.bekkoame.ne.jp/~miyakodori/)や博多湾の豊かな自然を未来に伝える市民の会(http://www.sam.hi-ho.ne.jp/m-hana-owl/)のホームページにもありますので,合わせてご参照ください。

 

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