◆図書・文献紹介◆求む!原稿

投稿者: | 2003年4月19日

◆図書・文献紹介◆求む!原稿
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★ダニエル・ネトル,スザンヌ・ロメイン著、島村 宣男訳『消えゆく言語たち―失われることば、失われる世界』
知恵は力よりも尊い
それでも、貧者の知恵は見下され
そのことばは聞き入れられない
旧約聖書『伝道の書』第9章14-16節
(本書p.235より)
●多様性の価値
この本の題材は言語であるが、この本が読者に投げかける問いの本質は、「多様性の存在に対してあなたはどのような意味と価値を見いだしますか?」という点に尽きる。
多様性diversityとは何か?たとえば生物種の多様性とその存在意義については、NHKスペシャルで提唱されるほど社会的に認知されてきた。生物種がこれほどまでに多様なのは一見ムダに見えるかもしれない、だがその多様性が環境変化への適応力を担保しているというのがこの考え方の要点である。
このような考え方(=多様性志向)が提唱されるようになった背景には、それと正反対の考え方(=統一性志向)を長きにわたって信奉し続けた結果として人類は自らを破滅の瀬戸際まで追い込んでしまったという苦い現状認識がある。マルクス主義、英語崇拝、米国中心経済など、統一性志向の例は枚挙にいとまがない。
近代という時代は、長い間「真理」と「進歩」という概念を世界中にふりまいて人々を幻惑し続けてきた。だが、そのカラクリが破綻しつつあることはもはや誰の目にも明らかだろう。数百年もの間信じてきた理念が根底からひっくり返されるという事態に人々は茫然とし、現状の混迷を収拾してくれる代替選択肢を模索している。多様性志向という考え方もまた、その模索の中でクローズアップされてきた。
●言語多様性の危機
この本の著者である文化人類学者のダニエル・ネトルと社会言語学者のスザンヌ・ロメインが着目する多様性のフィールドは「言語」である。言語学者の推計によると世界中には現在5000~6700もの言語があり、世界総人口の90%は使用頻度トップ100言語を話し、残りの人口10%がその他の約6000言語を話しているのだが、このうち死滅の恐れのない言語は約600にすぎない。すなわち世界の言語の圧倒的多数がいま、死滅の危機に瀕している(本書pp.9-11)。
「オーストラリア先住民の言語は250にもおよぶが、その大部分はすでに消滅し、今後とも長く存続しそうなものはほとんどない。しかし、このことを知っている人も、関心を抱いている人もあまりいないようだ。カリフォルニア州で話されていた100近くもの北米インディアン諸語も、どれ一つとして子どもたちに学習されていない。(中略)同じような暗い話は世界に現存する他の言語についても語られている。少なくとも世界の言語の半数は今後100年のうちに死滅する可能性がある。これら多様な言語が、どうして死に絶えつつあるのか?」(本書冒頭)
少し前までそうだったように人類がこれからも統一性志向を掲げ続けるのであれば、この事態は別に気にするようなことではない。バベルの塔の崩壊以降ずっと人類の災厄であり続けた複数言語利用にともなう意志疎通の疎外が、亡びた言葉の数だけ収束に向かうのだから。そういう理念を掲げる人にとって、多様な言語が統一されないまま存続していることは「後進性」の証であり「矯正」の対象なのだ。
だが、もしも多様性志向という新しい理念を掲げるのであれば、「言語の大量死滅」という現状は恐るべき大問題であり至急取り組むべき課題となる。それというのも、先史時代以来人間が蓄積してきた知恵、それも世界各地の人類がその風土に根付いて環境を記述し、その環境のなかで生きる術を記述してきた手段である諸言語が失われれば、それらの諸言語で記述された人間の知恵もまた永遠に失われるからだ。世界の先住民族言語には十分に記録されていない莫大な量の科学的知識が実在する。言語を失うことは、人間が言語を使って表現できる概念空間が狭くなることに直結する。
「海洋生物学者R.E.ヨハネスは、長くパラウで漁民生活をしてきた1894年生まれの老人にインタヴューしているが、彼は300種類以上の魚の呼称を把握しており、世界中の科学文献におけるあらゆる記述の数倍にもおよぶ種の魚の産卵周期を熟知していた。現代の科学者たちが、北極の気候についてはイヌイット族から、海洋資源の管理については太平洋諸島の島民から、それぞれ学ぶべきものは多い。このような先住民族の知識の多くは、何千年にもわたって、彼らの言語の口承によって伝えられてきたものである。その知識がいまや、彼らの言語が消滅するにつれて忘れ去られていく。(中略)パラウの首府、コロールの典型的な若者は、パラウ原産の魚がほとんど区別できない。父親もまたできない。こうした知識の忘却が、魚の乱獲や海の環境の悪化と歩調を合わせて進行しているのである。」(本書pp.24-25)
知識だけではない。言語が失われれば、その言語で記述された文化もまた失われる。このことは、もし日本語が失われれば日本文化は世界にとってどう見えるようになるかを少し考えてみればすぐに分かることだ。源氏物語、わび・さびの理念、武士道など、日本語なしに日本文化を記述し継承することはほとんど不可能だろう。言語はそれが使われる共同体において文化的意味の構造(すなわち「世界観」)を与える。自分の言語を失い他人の言語に依存する者は、他人の世界観を借用して思考せざるを得なくなる。
言語はある意味で生物種と似ており、ある動植物種がもし絶滅したら二度とよみがえらないのと同じ理由で、ある言語がもし絶滅したらその言語によって記述された文化もまた二度とよみがえらない。世界各地の生物多様性と言語多様性には密接な相関性があること-すなわち生物種が豊かな地域は言語もまた豊かであり、しかもそういう地域には先住民族が住んでおり、そこではほぼ例外なく自然、民族、言語、文化が同時に存続の危機に瀕していることが本書には示されている。
●言語の生態学1 -多様性の発達-
言語の発達を調べると、大きな流れとして、新石器時代から続いていた「諸言語平衡」の時代、ユーラシアに発祥した農耕革命の波及に伴う支配的言語の登場と小言語の死滅の時代、経済発展にともない人の移動をともなわず母語から支配的言語への言語切り替えが自発的に生じた時代、に分けて考えることができる。
このうち言語多様性の原点ともいえる「諸言語平衡」の状態はほとんどの地域で失われてしまったが、例外的にパプアニューギニアでは比較的よくその状態が保たれている。パプアニューギニアではフランスと同じ広さの山間部に400万人の人口、860の言語を擁し、諸言語のおそらく1/3は500人以下の話者しかいない。書き言葉がなく、5000-6000人の話者によって支えられ、その機能はコミュニティの意志疎通に限定されているというのが地域言語の典型的な姿である。
そのような小言語は話者が少ないからと行って急速に話者が減っているのではなく、小規模のままでそれなりに安定している。地域ごとの共同体は地理的条件により分断されているが、互いに孤立しているわけではなく特に縁辺地区では交易等のやり取りが継続している。交流はあっても特定の支配的言語が周辺の小言語を滅ぼすことはない。
言語集団が大きいと縁辺区域の人々だけが多言語併用者となり、集団が小さいと実際上誰もが縁辺区域の多言語併用者になる。いずれにせよ多くの地域で多言語の知識が当たり前になっている。たとえばガプン村では40歳以上の男子が理解している言語数の平均は日常語と通用語に加えて三つほどの他の地域言語の計5言語だった。
物理的な孤立が崩れてもそれだけで多様性が失われるわけではない。ニューギニアの事例では、通用語を知った人々がそれを習い覚えると共に残った差異に対しては誇りの高まりが起きた。つまり、話者にとって母語に文化的価値が生じた。つまり、大言語との出会い=小言語の滅亡では「ない」。
大言語との接触後の小言語はローカルなアイデンティティを示す手段として利用される(p.134)。だからその接触だけでは多様性は失われない。そこでは「言語間に序列がない」。共通語を強化する理由が存在しない。必需品はほとんどがローカルに安定して供給されてきたから。この背景には、単一世帯でも食糧自給が可能になりそうなほど、豊かな生活がある。高い自給自足性が人口分散化を支え、それが諸言語の共存(平衡)を支えている。
●言語の生態学2 -多様性の死滅
言語死滅の第一要因は言語自体の中にはない。その言語が置かれた環境全体を視野にいれて社会的変動をとらえる必要がある。言語の死に方には大きく分けて、次の三つの場合がある。
1. 話者集団の滅亡(ex.南北アメリカ先住民)
2. 非選択的言語変更(ex.エチオピア・シャボ族)
3. 選択的言語変更(ex.欧州の多くの小言語)
話者集団の滅亡は、ヨーロッパ人が過去500年間に南北アメリカ大陸、オーストラリア、ニュージーランドに進出していく過程で生じた。すなわちこれらの土地には先住民が住んでいたが、先住民は進出してきたヨーロッパ人によって直接殺戮されたり、またヨーロッパ人が持ち込んだ疫病に対する免疫システムを持っていなかったために病気により滅亡していった。
ちなみにヨーロッパ人が体質として獲得していた免疫システムは熱帯地方では機能しない。このため熱帯地方(アフリカ赤道付近、東南アジアなど)に進出したヨーロッパ人は逆に自分たちが多く死んだ。また、中国やインドのように、ヨーロッパ人の世界展開に先行して集約的農業が存在していた地域にもヨーロッパ人は破壊的進出ができなかった。現在、ヨーロッパ人の進出地域が南北アメリカ大陸の大部分、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカとなっている理由はこの2点による。死滅した先住民の言語は人といっしょに滅んでしまった。彼らの文化もまた滅んだ。
第2のパターンである非選択的言語変更による母語の喪失の例としてハワイ語のケースが挙げられる(p.143-148)。ハワイ語は壊滅したが、日本語も同じ道を歩む可能性があったし、今後もあるかもしれない。
第3のパターンである自発的な言語変更では長期的に先住言語が滅びていくのだが、これには「上から下へ向かう」死と「下から上へ向かう」死の二通りがある。欧州の小言語の多くは上から下に向かって滅んだ。新天地への移民における母語喪失でもこのパターンが多い。後者は祭礼などの儀礼目的の宗教活動に例が見られる。インドのサンスクリット語、復活以前のヘブライ語も後者の例である。
自発的な言語変更をする人、すなわち「みずから母語を捨てる人々」は、「言語を変更することによって、発展した経済の分野と象徴的に結びつき、参加しようとしている。 (p.198)。経済を支配する言語の縁辺地区では、例えば父母は日本語のみ、本人は日英のバイリンガル、子どもは英語のみをしゃべる日系人のように三世代を経て少しずつ縁辺言語が滅びていくパターンがみられる。
ちなみに経済発展の原動力となるのは、人々の生活水準を向上させる情熱というよりは、経済力を求める資本家(エリート)が自分たちの経済的権益圏に人々を組み入れようとする関心である。発展途上世界ではエリート集団による縁辺言語の抑圧がしばしば見られるが、これは、発展途上世界のエリートにとって縁辺地域を支配することが資源と労働力を自分たちの経済に蓄積することを意味するからである。
●感想:英語支配の呪縛と日本語
言語はしばしば社会問題の要因となるが、現代の日本において中心的課題となっている言語の問題は「英語支配」であると断言して良いだろう。「英語支配」とは英語=国際語イデオロギーに支えられた国際コミュニケーションが非英語国民にさまざまな差別、不平等、抑圧、病理をもたらしている問題のことで、津田幸男が『英語支配の構造』(1990)、『英語支配への異論』(1993)などで指摘した。
日本人が母語である日本語を大切にしなかったり英会話ができないことに劣等感を抱いたりする背景には、この「英語支配」の呪縛があるように思う。『消えゆく言語たち』が提唱する多様な言語が共存する社会が実現するには、日本人の場合、まず最初にほとんど潜在意識に沈んで自覚すらできなくなっている暗黙の「英語支配」構造を認識し、これを克服する必要がありそうだ。
「英語支配」の呪縛から逃れるためには、「英語支配」の代替選択肢としての「言語多様性尊重」「多言語共存社会」が信念としてしっかり自分の中に根付いている必要がありそうだ。
●付記
本書は文化人類学者のダニエル・ネトルDaniel Nettleと言語学者のスザンヌ・ロメインSuzanne Romaineが1998年に英国オックスフォード大学で行った連続講義をもとに同大学出版局より2000年に出版した”Vanishing Voices:The Extinction of the World’s Languages”の邦訳である。構成としては、まず言語の多様性と危機の現状を紹介し(第1章から第3章まで)、続いて多様性の危機が生じた理由を分析し(第4章から第6章まで)、最後に言語多様性の維持と再興への指針を示す(第7章と第8章)。巻末の参考図書ガイド、文献一覧、索引とも割愛なく訳出され、訳者あとがきには国内で入手可能な日本語版参考図書の一覧も添付。■河野弘毅
★加賀乙彦 著「永遠の都」1~7 新潮文庫
東京生まれの東京育ちなので、東京には二律背反の感情を抱いている。とても好きなときもあり、嫌でしかたがないこともある。
無秩序に広がる町並み、うるさいばかりにきらめくネオン、ひたすら多い人ごみ、なんでこんなところに生まれてしまったのだと嫌悪する。反対に東京の偉大さ、素晴らしさを感じることもある。
たとえば朝、新宿からリムジンバスに乗って成田空港へ向かうとき。ぐちゃぐちゃした店が密集する繁華街から都庁を通り、中央線の信濃町駅に沿って走り、皇居のお堀からホテルニューオータニを見上げ、東京タワーを通り過ぎれば、川が広がり、やがてレインボーブリッジを渡ると海が見える。工場地帯、倉庫地帯。ときに香港を思い出し、ときにニューヨークと思える。
東京は圧倒的な広さ、大きさと、高層ビル、オフィス、繁華街、住宅地、商店街、港、川、倉庫、工場、すべてがそろっている複雑さ、重層性という意味で世界最大の都市であると思う。
東京は二十世紀に二度、焼け野原になった。1923年の関東大震災と1945年の米国による無差別空襲である。
焼け野原のほうが本当の姿であって、今の街並みが偽物であるという錯覚、幻覚におちいることが時々ある。
加賀乙彦は1926年生まれだから、45年の東京を、焼け野原で何もない「永遠の都」を見たはずである。この文庫本、7部作は単行本のときは3部作で、その第3部「炎都」と名づけられた地獄を実際に体験したのかもしれない。
日本随一の長編小説の書き手である加賀乙彦(「私の好きな長編小説」新潮選書もお勧め)は、1935年から1947年までの東京の平凡な中流家庭の歴史を文庫本7冊で描ききった。
時田利平という、漁師の息子から裸一貫、働き、勉強し、医者になり、海軍の軍医として日露戦争に従軍。その後、三田に時田病院を設立、2500坪に増設に増設を重ね、たった一人で病院を大きくしていった。独裁者で発明家で女好きで、1935年に60であった利平を取り巻く三代の家族の物語である。平和なブルジョワ時代から36年の2・26事件以降、時代は戦争に一直線に向かい、日米開戦、ついには米国の無差別爆撃で時田病院が燃え、利平も全身やけどで失明する。
家族には軍人や政治家で軍国主義を進めていく者たち、また政治に関心がなく政局にうまくたちまわり、株で儲ける小市民がいて、ついには発狂してしまうフランスに憧れる文学青年や、姦通(姦通罪を皆さん知っています?)を犯してしまう利平の娘、そして、キリスト者ということだけで予防拘禁措置で牢屋に入れられてしまう者、戦争中にもかかわらず亡命ユダヤ系ドイツ人にヴァイオリンをならい、戦後すぐにパリに渡る利平の孫娘、さらには関東大震災のときに虐殺された朝鮮人を父にもつ、せむしの男、天体観察や小説を読むのが大好きで文学全集を読破した少年なのに時代のために陸軍幼年学校に入った利平の孫、悠太(多分加賀さんがモデルだと思う)など。
ごく普通でどこにもいそうな人がほとんどなのだが、その中でとても印象に残る異形の人がちりばめられ、加賀乙彦の長編小説の腕は見事しかいいようがない。
加賀乙彦はカトリックなので、戦前のカトリック教会の戦争責任についての描写も鋭い。
菊池透という利平の娘と結婚した男は、東大のセツルメントにいて、マルクス主義者と疑われ投獄され、特高に拷問を受けます。かれはカトリックでマルキストではありません。透は徴兵されてノモンハンで負傷し、腕を失いますが、カトリックのアメリカ人神父との付き合いを疑われ、日米開戦後、スパイ容疑で予防監禁されます。戦争中のカトリックの状況は克明に描かれています。靖国神社へ参拝したり、日本の戦争勝利を祈ったりします。
敗戦後、透はマルキストと一緒に釈放されます。(共産党指導者たちが革命が起これば階級がなくり、宗教もいらないと発言する描写もあります)。
国外追放され、戻ってきたアメリカ人神父と透は論争します。広島の原爆や東京の空襲について。お互いに日本にいたときは平和を願い、つかまったのに意見は一致しません。
カトリック教会にも、戦前、軍国主義に追従した人が戻ってきて、また権力を握り、透は非国民で教会を壊しかけた要注意人物として居場所を失います。
もう一つ、おもしろかったのは、戦前、軍国主義を進めた政治家で、戦後、公職追放されたので、義理の息子である元陸軍将校を選挙で当選させた利平の義理の弟の発言。「天皇がマッカーサーに、国体護持が民主主義に、聖戦完遂が恒久平和に変わったのは筋を曲げたのではない。すべては国を守り、国民を守るためだ」 こういう言い方を加賀乙彦は平然と書いています。いろいろな人のことを同時に書けることが小説家の力量であると思います。
この物語が始まる1935年のころの東京の描写はまことに美しく、特に新宿付近が細かく描写されています。現状と比べるとおもしろいかもしれません。
文庫本7冊、読むのに2週間かかりました。ゆっくり読む人ならたっぷり1ヶ月は楽しめると思もいます。じっくりと本を読んでみたい人にはお勧めです。
加賀乙彦さんはこの続編、「雲の都」を新潮社から出版しました。1947から52年が舞台らしいです。利平の孫の悠太が主人公らしいです。早速買って読んでみます。■湯沢文朗

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