欧州環境省、 過去の教訓からナノリスク規制を強く警告

投稿者: | 2013年6月10日

欧州環境省、過去の教訓からナノリスク規制を強く警告
小林 剛(カリフォルニア大学環境毒性学部元客員教授)

PDFはこちらから→csijnewsletter_018_kobayashi2_201306.pdf

1. 社会正義と企業そして環境
人間は高度の学習能力を持つ動物といわれている。しかし、その反面、多かれ少なかれ、必ず過ちを冒すことも、残念ながら事実である。これらを総合すると、場合によっては、人間以外の動物の方がむしろ賢明であるともいえるであろう。人間の失敗の多くは「邪念」に兆し、個人と組織とを問わず、自己利益第一や拝金主義、すなわち、「救いがたい欲望」に根ざしている。環境問題もこの例外ではない。動物には邪心がない。

今回、欧州環境省 (EEA)から、過去における環境問題への対応の誤りを反省したリポート「早期警告を生かせなかった教訓」が発行された。これは自己の「非」を絶対に認めない権威主義の悪弊が通例といわれている官僚主義の跋扈する環境行政機関としては、他の国々とは全く異なる立脚点である。もし、有害性の警告を生かしたならば、多くの死傷者を出さないで済んだであろう世界の環境災害-いわば人類の大失敗-を例示し、時には国の責任にも言及した画期的な「反省の検証」「懺悔録」である反面「警世の書」でもある。

このリポートには、1) 加鉛ガソリンによる精神障害誘発 2)水俣病における民主主義と正義の挑戦 3)タバコ産業による有害研究結果の隠匿や操作 4) 50年を経過したDDTによる「沈黙の春」 5)殺虫剤によるミツバチの激減 6) チェルノブイリの教訓をムダにした日本の原発事故などが含まれている。
さらに、これらの惨事の根底をなす「社会正義とイノベーション」の分野では、単なる「環境白書」の域から先行して1)不作為のコストと損益勘定 2)早期警告提起者に対する社会的ハラスメントからの保護 3)警告無視による犠牲者の救済 4)早期警告を拒否する企業の体質 5)予防原則をどうするのかなど、「よくぞ書いてくれた」といえる、重大であるにもかかわらず、かつて、各国政府のメスが加えられなかった「秘部」の実態を白日の下に曝している。

この EEAの勇気ある快挙は、志ある科学者らにとって絶賛されるであろうことは確実である。「過ちを繰り返すな」とのEEAの悲願にも似た正論には熱烈な声援こそあれ、反対することは不可能であるに違いない。しかし、環境規制分野で、いわゆる「社会正義」が確固たる地歩を確立するには、なお多くの困難が待ち受けている。特に、よく言われる「企業の社会的責任やコンプライアンス」は「言うは易く、行うは難し」で、資本主義の牙城に対しては、世論の風潮は半ば諦めの傍観状態を余儀なくされている。

2. ナノテクノロジーのあり方
EEAは、発足以来既に10年以上を経たナノテクノロジーの現状に対して、次のような勧告と評価を示している。
1) ナノテクノロジーは、過去のニューテクノロジーの過ちの例を繰り返すな。
2) ナノテクノロジーの開発のスタートにおいては、化学者と物質開発者のみが、EHS(環境・健康・安全)問題を考慮せずに、明確なデザインルールなしに強行した。それを補完するためには、遅まきながら、積極的な「グリーン・ナノテクノロジー」の導入が喫緊の課題である。
3) 現状では、政策決定者はナノリスクに対応できていない。
4) 予防原則の採択を妨げる状態が継続している。
5) 現状のままでは、ナノテクノロジーの発展は保証されない。

3. ナノテクノロジーに対する早期警告
超微小物質の毒性研究は、ディーゼル排気問題に触発されて急速な進歩を遂げたが、ナノリスクに対する最初の警告は、イノベーションとしてのナノテクノロジーの浮上直後の1986年、Drexler による先見の明として「創造のエンジン、来たるべきナノテクノロジーの時代」(Anchor Books社)において、実に 27年も前に予言している。

その後、カーボンナノチューブ類 (CNTS) については、2004年、米国航空宇宙局 (NASA)が革新的材料の宇宙科学への利用に際し、その毒性について事前評価を行った。そのNASAの中正かつ卓越した着眼点と実行力は賞賛に値する。この重要課題は、ジョンソン宇宙センター・ワイルラボラトリー毒性部長ラム博士(筆者の長年の友人)らにより、マウスに対する気管内注入法で行われ、呼吸器毒性として肉芽腫・繊維症の誘発という画期的な成果として発表された。ナノマテリアル (NM)の毒性に対する警戒の気運は、これを契機として、さらに急激に高まっていった。

2005年以降においては、Oberdorster教授ら(ロチェスター大学環境医学部)の一連の超微小粒子類の呼吸器毒性を含む健康影響についての多数の論文により、その広範囲で強力な危険性が実証され、NMの毒性研究について「ナノトキシコロジー」の研究領域が確立されるに至り、その有害性データは蓄積の一途を辿っている。

その間に日本発の画期的な研究として世界的に注目されたのは、国立医薬品食品衛生研究所の菅野らによるCNTのマウスの腹腔内注射による中皮腫(肺ガンの一種)の誘発(2008)、さらには、東京理科大学武田らによるチタンナノ粒子類の妊娠マウスへの皮下投与における産仔オスの精子生産能力の20%以上の低下および脳の病理学的変化と異常挙動の誘発など、新次元の「次世代影響」が2009年に報告された。このナノ毒性が被暴露者のみでなく、コドモの世代にまで悪影響として伝承される事実は重く受け止めるべきである。さらに、今後においては、3世代以降多世代にわたるリスクについても検討が求められるであろう。

4. ナノマテリアルの発ガン性の確定
発ガン性は、一般的な生体毒性とは全く異なり、許容量が認められないため、最強の毒性と見なされている。ナノサイズ二酸化チタンのラットにおける2年間の慢性吸入暴露による肺腺ガンの統計学的に有意の増加(Heinrichら、1995)の結果評価により、米国国立労働安全衛生研究所 (NIOSH) は、2012年に至り、それらを職業性発ガン物質と認定するに至り、NMのリスクの重大性は確立された。因みに、 IARC (国際ガン研究機関) は、既に、2010年、二酸化チタンを「ヒトに対して発ガン性を示す可能性がかなり高い」として発ガン物質2Bに分類している。

さらに、欧州議会科学技術評価委員会は、2012年3月、NMの毒性についての報告書「ナノセーフティ:ナノ粒子製品のリスクガバナンス」を発行し、次のような見解を示し、NMは発ガン物質であるとの明確な決定を下している。

5. ナノマテリアルの毒性プロフィル
NMは、吸入・経皮・摂取などの経路により、体内の種々の血液バリア(肺胞・脳・胎盤その他)を通過して、標的臓器に沈着蓄積し、体内濃縮による活性細胞の放出増加を来たし、生物体はそれらの除去能力を喪失し、酸化ストレスは細胞を損傷死滅させ、各臓器の機能低下のほかDNAにダメージを与え、遂にはガンまでも誘発する。これらの毒性発現機序と評価手法について、図 1~4に示す。

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