欧州環境先進地域事情
小寺昭彦
全文(「その1」から「その5」)のpdfはこちら→environ_005.pdf
環境問題に関心を持ちだした人が不思議に思うことがある。戦後日本がお手本としてきたのはアメリカであったはずである。それが、環境問題に限っては先進地域といわれるのはアメリカではなくドイツとスウェーデンを中心とするヨーロッパである。環境税の話にしてもパークアンドライドにしてもTVに出てくるのはドイツだし、原発を閉鎖したのも風力発電に熱心なのも北欧らしい。なぜヨーロッパなのだろうか。本当にヨーロッパは環境に優しいのだろうか。もし本当に見習うべき点があるとすればどこをどの様にして日本に取り入れるべきなのだろうか。いずれにしても、百聞は一見に如かずである。運良く欧州の環境先進地域を視察する機会を得たので、何でもかんでも見てやろうと、見て聴いて調べて自分なりに考えてみたところ、すこしずつ見えてきたことがある。今回上田さんの御好意により、それを問題提起という形で話をさせていただく機会を得たので(2001年1月13日土曜講座第124回研究発表)、つたないながらも文章にもまとめてみることにした。
初回である今回は、時事テーマとしてこの10月末を持って閉幕したドイツハノーバーの万国博覧会について報告してみたい。ハノーバー万博は国際博覧会事務局(BIE)に登録された20世紀最後の一般博覧会であり、同時に1851年のロンドン博覧会以来150年の万博史上初めてドイツで開催される博覧会である。この点に関しては二度の敗戦を経験したという事情はさておき不思議な感じを抱かざるを得ないが、それだけにドイツ人の意気込みは相当なものであったようだ。万博はそもそもは産業革命以来の科学技術による物質文明礼賛の場であったが、近年この負の側面を取り上げる事が増えてきており、そういった流れの中で今回のハノーバー万博ではテーマとして「人間・自然・技術~1992年リオの地球サミットでの『持続可能な開発』に結びつくもの~」を掲げている。サブテーマとしては、1.健康と栄養,2.生活と労働,3.環境と開発,4.コミュニケーションと通信,5.レジャーと移動性,6.教育と文化の6つのコンセプトに基づき理想的な問題解決手段を提案することを出展者に求めるという、いわばメッセージ型万博と言われている。こういったハノーバー万博の取り組みは、2005年に愛知県で開催される次回万博につながるものとして位置づけられるだろう。
6月に開催された万博に対して、私が訪れた9月初旬までに寄せられた評価はあまり芳しいものではなかった。動員目標の4000万人の達成は絶望的といわれ、日本はもちろん,ドイツ以外のヨーロッパではその存在自体も全く知られていなかった。他方見てきた人の話を聞くと、だいぶテコ入れをして入場者数も増えてきたようだといった話や、こういった環境問題にいかにもドイツ人らしく真っ正面から取り組んでいる、といった前向きの評価も聞かれ、実態はどちらかと半ば楽しみに万博会場を訪れた。会場最寄りのハノーバーメッセ駅を降りると各国語でWelcomeメッセージが並び、会場までの動く歩道の両脇には子供たちの書いた未来予想絵画がならび、いやがおうにも雰囲気は盛り上がる。チケットを買って中にはいると無料のシャトルバスや黄色の丸いゴンドラが各ゲート館を行き来している。ガイドを見ると日本館が人気パビリオンだというので愛国心が盛り上がり嬉しくなり最初に訪れた。
長さ90m高さ15mの繭玉のような曲線ドーム(写真1)で確かに行列ができている。最後尾に並ぶと列を待つ間もディスプレイで日本文化を紹介すると同時に、この建物の解説パンフが配られている。この建物は紙管の支柱と壁材とも再生紙でできていて、万博終了後には廃棄物をほとんど出さずにドイツの小学生の教科書ノートに再利用されるそうである。なかに入ると確かに建築物としては圧巻である。ところがどうもここからがいけない。展示はディスプレイやボタンを押すと表示が動き回るだけのもので、その内容もどこかでみたようなそれでいてリアリティがない。例えば「ITが進むと在宅勤務が増えてエネルギー問題に有効」(?)などとある。他にもヨーロッパから大きく遅れているはずのITS(高度交通情報システム)や自然エネルギー利用などを、マルチメディアだけで展示していることに、日本人としてその浅薄さに恥ずかしくなってしまった。
他にやはり人気館であるオランダ館を訪れた。ここも、建物の屋上に屋根や池をつくったり、途中のフロアに森をつくったり(写真2)となかなかインパクトがある。なまじ変な主張をした展示がない分日本館よりはましであろう。とはいえ、次々と各国のパビリオンや10以上のテーマ(エネルギー移動食料人間健康環境など)を扱ったテーマ館も見ていったが、見れば見るほどいけない。確かにこういった難しい問題を真っ正面から展示すれば面白みは少なくなるかもしれないが、それならそれで見る人に何かが伝わってくるべきであろう。その「何か」が感じられないのだ。
では何が問題なのであろうか?一つは万博が歴史的に国家間の技術競争の場であった事が原因であろう。例えばアジア館とか北欧館とかを造り地域性のあるメッセージを発信できればこういった事も変わるのかもしれないが、一つの国家が複数の展示に絡むことを禁止する万博条約なるものがあるらしく、そうもいかないようだ。人類共生をテーマにする環境万博とナショナリズムの問題は相容れないのかもしれない。もう一つには、環境をテーマにした展示をこういった展示場(幕張メッセやビッグサイトを想像していただきたい)で行うとこうなるのかもしれない。そう思ってみると会場の雰囲気も大阪千里の万博のステレオタイプに写る(写真3)。今回の万博のテーマである「持続可能型社会」の議論をしている際に、持続可能型社会を視覚的にイメージできている人はなかなかいない、と良く話題になる。逆に1970年の時点での未来社会の視覚的なイメージはまさに大阪万博そのものであって、それが結局ここまで引きずられているのかもしれない。そういった意味では、海上の森を愛知万博でどう使うかという問題は注目に値する。ぜひ市民も参画してつくりあげていって欲しい。
全般として私は高い評価をつけていないハノーバー万博だが、もちろん学ぶべき点もある。一つは成功事例の紹介である。たとえば竹で造られた建物(写真4)、開発途上国でのビール醸造時のカスからパンを作るというリサイクル事例展示、そしてそのパンを食べさせるというZERI(Zero Emission Research Initiative)館は一見の価値はある。つまり日本館やオランダ館にしても持続可能な建築物の実施事例としては素晴らしいといえるのであろう。そしてもう一つはワールドワイドプロジェクトと呼ばれる地方分散型の開催である。これは万博そのもの以上に話題になっていないが、ドイツを中心に300以上のプロジェクトをエキスポの一環として実施している。次回はこのワールドワイドプロジェクトを訪ねたフライブルグについてふれてみたい。
【第2回~第5回はpdfでお読み下さい】