生活者のための科学技術情報提供サイトの現状と課題

投稿者: | 2008年1月3日

写図表あり
csij-journal 012 ueda.pdf
生活者のための科学技術情報提供サイトの現状と課題
上田昌文(市民科学研究室・代表)
 科学技術のみならず多くの分野について、生活者による利用度が著しく大きくなった情報環境はインターネットであろう。ウェブサイトを通じて、信頼のできる情報をいかにすばやく容易に入手できるか、あるいは多くの人々を介しての問題意識の共有や意見交換
などが可能となるか、といった点は、生活者の科学技術リテラシーに重大な関わりをもつ事柄になっている。にもかかわらず、これまで科学技術の情報の提供や利用に関して、生活者のリテラシーの観点から、現存の様々なウェブサイトを系統立ってマッピングして、問題点を洗い出す調査がなされたことは少ないように思われる。
 そこで、「生活と科学技術」に関連する国及び海外(ただし英語圏)の主だったウェブサイトの所在を探り当てて収集しながら、それらの特徴の一端をまとめた。その過程で、日本には、争点となりやすい健康・環境リスクに関わる問題で、信頼のできる科学情報をわかりやすく提供するサイト(たとえば、オーソライズされた科学報告書や論文などの紹介・解説サイト)が欠落していることが判明した。『市民科学』第7号で報告したように、『GreenFacts』は海外でそうしたサイトの代表例である(「Greenfacts 科学的合意文書のオンラインサービス」牧尚史+上田昌文『市民科学』第7号2007年7月)。このサイトと類似の試みが日本において成立するには何がなされねばならないかも併せて考察した。
 生活者が生活の中で出会う科学技術に関わる様々な問題を考えると、自らその問題の所在に気づく場合と、なんらかの情報を通してその所在を認知する場合があることがわかる。前者では、自分の経験の中の感じ取ったことをなんらかの形で問題として認知するという作業がなされているし、後者では、情報が提供されるなんらかの場に居合わせるなり自らアクセスするなりするという入手の作業がなされている。
 生活者にとって、ことに関心が高いだろう様々な科学技術に関わるリスクの情報においては、この認知作業と入手作業がより効果的になされて)、意見形成や評価と変革行動につなげられるかどうかが、リスク管理やリスクコミュニケーションの上で、重要な課題となる。
 認知作業においては、
・生活で出会う問題と科学知との関わりが見えにくい場合がある
・大半の生活者が日常的に接するニュース報道は、認知への手がかりにはなるが、そこで的確で十全な情報を得られるとは限らない
といった問題が横たわっており、「生活と科学技術との関わりから問題を整理し、対応する必要情報を特定する」といった作業が求められることになる。
また入手作業においては、
・そもそも必要な情報がどこにあるのかがわかりにく場合がある
・見つけた情報はどこまで信頼できるのか(偏りがないか)の判別が難しい
といった基本的な困難があり、特にリスクに関する科学知という面からは、「問題解決を指向した科学知の情報の整理」と「提供される情報の信頼度を担保するための仕組みがあること」が必要になると考えられる。
 そこで、私たちは特にリスクに関連する科学情報がどのように提供されているかという情報環境の問題を探るために、環境や健康のリスクなどに関連する種々のウェブサイトを総覧し(その数は数百に及んだと思われる)、その基本的な類別と日本と欧米(英語圏)との代表的なサイトの特性を比較した。
 省庁や国公立の研究機関、自治体、企業、大学、NPO、個人など非常に多種多様なウェブサイトが科学技術情報に絡んでも存在するが、それらを性格を大別すると以下ようになるのではないかと思われる。
(1)科学知識解説(基本的な理科教育的な知識から最新の先端的な知識の解説まで)
(2)科学技術に関連するニュース・時事情報
(3)権威ある専門機関・国際機関が発行するレビュー論文・報告書
(4)問題を整理し多くのサイトへのアクセス情報を提供するポータルサイト
(5)市民・生活者からの質問を受け付け、それに答える質問サイト
(6)同じ問題関心をもった市民(専門家も含まれることがある)が意見交換するコミュニティサイト
(7)個人が意見と情報を自発的に発信するブログ
これらが混在する中で、生活者が利用しやすい形にそれらを整理し精選する方法が求められている。とりわけ、対立する立場や意見の持ち主の双方が依拠できる、信頼性の高い情報を、初心者でも理解可能な形でいかに提供するかが問題となる。
 全世界のこ数多く存在するウェブサイトのうちの主だったものを総合的に比較検討することは、現在も調査を継続中であるが、本研究でなしえた部分のうちの一部の結果を表1で要約して示す。
【表1】 主としてリスクに関連した”生活者と科学技術”の総合的なサイトの例
(○:明確に存在、△:総合的ではないが、特定領域では存在、×:存在しない)
科学の基礎知識 オーソライズされたレビュー報告書の情報 科学時事ニュース ポータルサイト
欧米(英語圏) △
NRPB(#1)
JUST THE FACTS(#2)
GreenFacts ○
GreenFacts
EHP(#4)

New Scientist
Nature
Environmental Science and Technology △
EarthTrends
EcoEarth.Info EcoMall
日本 ○
JST サイエンスチャンネル
生活環境化学の部屋(#3)
環境goo ×

Yahooニュース サイエンス (#5)
EICネット(#6)
環境goo △
安全門
BIGLOBE エコ
比較すると 日本ではかなり広い範囲の科学知識を教科書・事典的に提供するサイトは比較的豊富。欧米のサイトはリスクに関わる特定領域でより高度な専門知識をわかりやすく解説することに力点が置かれたサイトが多い。
日本では関係省庁が海外の主要な科学報告書を翻訳して掲載することが多いがその数は限られている。 日本には一般向けの科学雑誌として『科学』『ニュートン』などがあるが、いずれも科学報道面での取材は行わず、時事ニュースの扱いはわずかである。大部数のNew Scientist や
Nature は独自取材にもとずくニュースをウェブでも配信し、日本とは著しい違いを示している。 “生活と科学技術”全般に関わるサイトはない。リスク情報を総合的に提示するサイトも少ない。「環境」という括りでの大型のサイトは両方にある。「安心・安全」という領域でよく整理された「安全門」は異色。「BIGLOBE エコ」は生活重視。
注 #1 放射線分野に限るがすぐれた知識解説を動画も使って行う。
#2 人体発生の基礎知識の優れたビジュアルでの解説を提供し、健康リスクの理解につなげる。
#3 本間善夫氏が作る、環境やリスクに関わる化学物質の解説サイト。 #4 米国の
National Institute of Environmental Health Sciencesが発行する月刊のEnvironmental Health Perspectivesの全文がフリーで読めるサイト。 #5 新聞記事クリップを総集したものであり独自配信ではない。
#6 独自配信ではないが、広いソースの最新ニュースをカバーしている。
<表1の補足>
NRPBのサイトの”At A Glance”が提供しているような、たとえば動画を用いた「電場と磁場の違い」の説明は、日本ではどこにもない。またJUST THE FACTSが行っているような、妊娠出産に関わる発生学的な基礎理解に関して一般人でもわかる医学情報を動画でわかりやすく提供しているものは、欧米では大学医学部、教育NPOなど数カ所あるが、日本では皆無である。
 質問サイトについては、詳細な比較は今後の研究に期したいが、およそ次のような特徴を見出すことができる。
日本での質問サイトの代表例は、次のとおりである。
・人力検索はてな http://q.hatena.ne.jp/ ・OK Wave http://okwave.jp/
・Yahoo 知恵袋 http://chiebukuro.yahoo.co.jp/ ・教えてgoo http://oshiete.goo.ne.jp/
海外の類似サイトの代表的なものは、
Answer Bag http://www.answerbag.com/ Yahoo! Answers http://answers.yahoo.com/
Go Ask Alice! http://www.goaskalice.columbia.edu/
Google Answers http://answers.google.com/answers/ (現在は停止中) がある。
これらの難点は、
・”科学技術と生活”に関する質問のカテゴライズが難しく、有用な回答がなされた場合でも、それを他の人がサイト内のジャンル分けに基づいて検索し発見するのが容易でないこと(Googleなどの一般的な検索の末に、こうした質問サイトに記された有用な回答に行き着く場合がむしろ多いこと)
・回答が得られるとは限らないし、得られない場合の対処は基本的には何もないこと
・専門家と非専門家の継続的な対話が生まれるわけではないこと
・技術評価につながる情報は散在するが、何らかの形で評価を形成させていく方法が明確にあるわけではないこと(「回答」に対する”お気に入り度”(例えば、「教えてgoo」の「ありがとうポイント」など)を示すこと、簡単な「アンケート」「投票」が行えることがシステムとして組み入れられている場合もある)
逆に利点は、
・利用価値の高い情報が記されることが少なくないこと
・匿名性を生かして、ごく限られた専門情報が提供されることがあり、議論になる場合もかなりオープンな雰囲気が保たれていること
とまとめることができるであろう。
 コミュニティサイトについては、収集自体が容易でなく、意見交換の質も様々であり、比較は相当に困難ではある。しかし4-3-1で取り上げたbabycomのような活発な掲示板サイトが、生活者の科学知に対するリテラシーや能動性を高めることに大いに貢献しているだろう点は注目に値する。そのようなサイトの有用性と運営方法などを今後詳しく調査することが望まれる。
 すでに示したように、日本で欠落が明確なのは、科学時事の総合的な配信サイトであり(日本の大半の一般市民は、科学分野のニュースにふれるのは、日刊の新聞の中の科学面などの記事とTVの科学番組をとおしてである)、リスクの問題ではとりわけ重要になる、オーソライズされたレビュー報告書の情報提供サイトである。
 この後者の役割を持つサイトの代表例がGreenFactsであり、その特徴を次にまとめる。
(1)WHO, FAO, IRAC, UNEP, European Commissionといった国際機関のもとで大きな科学専門家委員会によって作られた科学合意文書において、健康や環境のリスクに関連する科学情報が最も良質な形で提供されるという考えに基づいて、それらを非専門家が理解できるものとするために、忠実でかつ分かりやすく要約することを目指してる。
(2)報告書が公平な方法で伝えられるということを保証するために、公表物が独立の科学審議会によって管理されるといった、マルチステイクホルダーによる管理をする、独立したNPOとして、GreenFactsが運営されている。
(3)研究トピックを大気・化学・飲料水・環境の変化・食料とライフスタイル・放射線という6つのテーマに分類している。
(4)GreenFactsがまとめるソースドキュメントは、独立した専門家で構成される科学審議会によって選定される。それらの文書の要約は、公平と忠実を期すために厳しい審議の手続きを決めている。
(5)科学審議会は、大学や政府研究機関のような独立した組織からの科学的専門家から構成されている。科学審議会は、GreenFactsの公表物の科学的コンテンツや研究のソースドキュメントの選定、そして査読の組織化、最終発表の認可といったことに責任を持っている。科学審議会は、専門家委員会から独立した決定権を持っている。
(6)要約文書は、レベル1(Summary)、レベル2(Details)、レベル3(Source)の3段階の階層に分けられ(次第に専門性のレベルが上がる)、利用する側の様々な知識水準や要求水準への配慮がなされている。
(6)専門用語の解説として、詳細でかつ膨大だが検索のしやすい「用語集」を備えている。
(7)GreenFactsは多様な財源を持っており、金銭の出資者からの独立性を保証するために、厳格な資金調達ルールを確立している。たとえば、企業からの出資を受けるにあたっては、自身の独立性を確保するため、企業パートナーからの総収入が、GreenFactsの年間収入の50%を超えないようにしている。
(8)2006年の総収入(大部分はパートナー会費と寄付)は510,000ユーロであり、9名の常勤スタッフを抱える相当に規模の大きなNPOとなってきている。
(9)1991年に創設されたが、年間のアクセス数は年々増え、2007年には年間320万ヴューに達すると予測されている。
特に健康・環境リスクや安心・安全など生活者の側からの利用の切実度をみすえた、科学情報の提供の方法の再編成が必要であると思われる。とりわけ、時事的な科学報道を深く理解できるようにする支援サイト、オーソライズされた科学報告書での議論や結論を一般の生活者でも理解できるように解説する総合的なサイトなどが求められているだろう。そのためにはある程度成功している良質な質問サイトやコミュニティサイトの仕組みや運営方法をさらに詳しく研究し、「質問し議論すること」が広い意味での技術の評価に連なっていくような方法を考案することが重要になるであろう。■

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