TALKING SCIENCE 科学と市民の対話は可能か? (3) Cafe Scientifiqueにいく

投稿者: | 2004年4月12日

TALKING SCIENCE 科学と市民の対話は可能か?
(3) Cafe Scientifiqueにいく

岡橋 毅

doyou82_okahashi.pdf

前回は、Cafe Scientifique(以下CS)のはじまりとそのひろまりについて述べた。今回は、実際にイギリスの三都市のCSに筆者が参加してきた体験をもとにレポートする1。

まずCSをはじめたダラスさんのお膝元である、リーズのCSからみてみよう。場所は、リーズ市郊外の静かな住宅街の一角にある、レストラン&バーの地階。地元の関心を持った人たち(30代から50代が多く、男女比もほぼ同じ)が多いようだった。暗めの照明で落ち着いた雰囲気。開始予定の8時すぎには40人ほどの参加でいっぱいになった。開演15分まえに到着した筆者は、40代くらいの女性二人組みと歓談した。二人ともいわゆる自然科学系の学位をもっているわけでなく、家が近いので何度かCSに来ていて、いつも楽しんでいると言っていた。筆者が訪れた日のスピーカーは、薬の副作用や薬害について活動しているメダワーさん2。彼は、特に抗鬱剤の依存性の問題、レギュレーション(規制)や臨床試験の欠陥について話した(30分)。質疑応答も活発で一時間以上に及んだが、なかでも興味深かったのは、彼がほとんどの臨床試験は「rubbish(くず)だ」と主張したことについて、参加者の数人が「どうしてそこまで決めつけられるのか」とかなり感情的に批判した場面だった。こうしたことは私が参加したCSではほとんどなかったが、「話し方」と「聴き方」とにすれ違いが重なると、どんな場でも修復がきかなくなってしまうものだ。会のあとでメダワーさんと個人的に話したときには、「もっとシンプルにしなくてはいけなかった」と反省しているようであった。ちなみに、メダワーさんは来日予定。薬害オンブズマン会議などで話すらしい(ちょうど、この拙稿がでている頃)。

また、ダラスさんとも話すことができた。「人々は(自分たちの意見を)聞いてもらいたい」のだと言っていたことが、CSを実践しはじめた彼の信条のひとつを表していると思った。私は「人に会うことがすごく貴重になってきていて、それを求めて来ている人も多いのではないか」などと僭越ながら意見を述べた。

次にオックスフォードのCS。ここはオックスフォード大学とのつながりも深いようで、スピーカーがその後ノーベル賞をとってしまう例があったりする。場所はカレッジが点在する大学街の中心に位置する、老舗の書店Blackwell内にあるカフェ。書店内のカフェ(イギリスではほとんどの大手書店にカフェが入っている)を、書店の協力により閉店後に使っているのだ。ここは水やワインが用意されており、各テーブルにはスナックまでおいてある。そこまでしていただくと、無料なのが悪いような気がして、つい募金用の帽子にコインを多めに入れてしまう。その日のスピーカーは、気候変動のシミュレーションの専門家の話であった。参加者は30人ほど。この時は、PowerPointが多用され、グラフや数値がつぎつぎと現れては消えていった。手元にある案内チラシに「事前に科学的な知識は必要ありません」と書かれているのだけどなぁと思いつつも、私は英語という制約もあって専門性の高い内容についていくのがやっとであった。質疑応答に入るといっそう専門度が上がっていき、ますます自分が疎外されている気分になっていく。そんなことにはおかまいもなく、スピーカーは聴衆からの質問に対してグラフやまとめをPowerPointからしかさず拾い出し、応答していた。これは、現役の自然科学系の学生や研究者が多いからなのだろうか。

最後にニューキャッスル。ここのCSは、前回にも登場したシェークスピアさんが中心となって運営している3。その日の主題は、「尊厳死」等について元看護士の生命倫理学者が話すというものだった。場所は小劇場を貸り切っている。バーが隣にあり、ドリンクがオーダーできる。入場料は1ポンド(約200円)で参加者は50人ほど。話の内容は、尊厳死の肯定意見の論理的な背景を説明していたものだったが、質疑応答の時間になると、聴衆が次々に、肉親やパートナーを看取った経験とともに「末期医療」についての意見を述べ始めたのが印象的だった。賛否両論ふくめ、スピーカーを中心とした専門家と聴衆、そして聴衆どうしの「対話」が実現されていたように感じた。司会をしていたシェークスピアさんも、意見の論点をまとめたり、聴衆に具体的なテーマを示して意見を促したり、ときには自らスピーカーに質問を投げかけたり、対話の場の演出に大きな役割を果たしていた。

さて、どれもほんの感想程度の体験レポートであったが、カフェの大まかな雰囲気やそれぞれに違いがあることが少しでも伝わっただろうか。CSとは、テーマの違いはもちろんのこと、スピーカーのスタイル、マイクや機器の有無、司会者・聴衆の数や特徴、空間・時間などの条件によっていくらでも雰囲気が変わってしまう場である。だからこそ、多くの可能性と制約が混在しているとも言えるかもしれない。いわゆる「双方向性コミュニケーション」の難しさである。そうした議論については連載の後半でとりあげることにし、次回はロンドンにできた「科学を話すこと」を主な活動内容とする新しい科学館、Dana Centreを紹介する。

1 なお、筆者の英語力は、参加者の全てのやりとりを完全に理解できるわけではなく、質疑応答などはポイントをつかめないこともあります。

2 Social Auditのホームページ(http://www.socialaudit.org.uk/)。 なお、メダワーさんは、11月に来日しています。

3トム・シェークスピアさんは、社会学者でもあるが、科学コミュニケーション活動の担い手としても関係者の間では全国に名を知られる存在です。とくに、現在彼が所属するPEALSは、「科学と社会」のつなぎ役として、先進的な活動をしています。(http://www.peals.ncl.ac.uk/)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA