科学は100% ではない(2) 不妊治療の現実

投稿者: | 2006年9月8日

科学は100% ではない 不妊治療の現実
講師: 宗田聡さん(産婦人科医・パークサイド広尾レディスクリニック院長)
報告: 渡部麻衣子
PDF版はこちら→bio_010.pdf
■前回のまとめ
 広尾レディースクリニック院長の宗田先生を囲んだ着床前診断についての勉強会をまとめた報告の二回目である。前回は、着床前診断の技術的な難しさについて伺い、先生ご自身の経験に基づいたお話をまとめた。その中で、宗田先生が着床前診断は100%の診断技術ではないという点を何度も強調されたことを記した。
 前回のおさらいになるが、着床前診断の不確実性の二つの要素をはじめに確認しておく。一つにはテクニックの難しさがある。これは、主には着床前診断の過程に遺伝子をコピーするという作業が含まれることで生じる難しさだ。遺伝子のコピーを用いた診断方法には、PCR法とFISH 法の二つがあり、これらのテクニック自体難しいのだが、着床前診断にはそれにさらに一個の細胞のみで診断するという難しさが加わる。そのため、診断結果は確実ではなく、着床後にもう一度出生前診断の行われていることがほとんどということだった。着床前診断の不確実性のもう一つの要素は技術の長期的影響がまだ明確ではないということだ。先生のおっしゃるように「たかだか15 年の技術」なのだ。今後20 年、30 年と経った時に何の問題も生じないとはまだ誰も言えない。
 しかし、技術に伴うこうした不確実性・リスクに対して、技術を提供する側が打てる対策手段は限られている。議論は、技術を受け入れる側の人、社会にある問題へと発展した。今回はそれらを紹介する。
■医療現場の現実:誰でもできてしまうという問題
 着床前診断が実験的な医療であるという時、それは技術のことだけではなく、技術を提供する仕組みにおいても実験的であることをも意味する。日本では、この仕組みがまだ十分に整っているとは言えないようだ。それは、着床前診断以前の体外受精の段階で既に発生する問題だ。
 「実際僕の知ってる先生なんかでも、『先生は体外受精やってるんですか?』って聞いたら『うん、やってるよ』、『いつ勉強したんですか?』『この間一日行ってきた』、って、それでできちゃうんだ!っていうね。」
 産科医であれば誰でもできてしまう。これが日本の体外受精の現実だ。そこに新たに着床前診断の問題が加わってきている。問題が解決される前に、新たな難問が上塗りされている。しかし女性はそれを知らないことがほとんどなのではないか。そして知らないまま深刻な問題に対峙することになる。
 不妊治療を経験した参加者の一人は、次のような女性である。「すごく高学歴で、会社でもバリバリ働いて、40 前に駆け込みで出産やろうって言って、『近所の先生すごい評判がいいみたいで』って言う。『どこで受けてるの?』と聞いてみたら、ほとんど、80 年位開業してるみたいなところなんです。『絶対できないと思うよ、絶対!』って。なんか、『不妊外来って書いてあるから行ったら結構よくてね。雰囲気が』って言うんですね。話聞いてくれるとかそういうところがいいって。『結構つらいって聞いてたけどいい感じなんだよね』って。」
 「雰囲気に弱いからね、日本人は。」
と宗田先生は苦笑いする。しかし、雰囲気に流されて結局最後につらい思いをするのは女性自身だということは、以前生命操作プロジェクトで行ったアンケート調査でも明らかになっている。残念ながら、不妊治療が制度として確立していない今の段階では、「厳しい言い方をすると、それは個人の責任」という宗田先生の指摘は尤もと言わざるを得ない。個人が強くなれば制度がついてくることもある。その先例をアメリカの状況が示している。
 アメリカには国としての制度はないが、日本のように産科医なら誰でも先端技術を提供するという状況にはなっていない。それはなぜか。宗田先生は、「個人的な意見だけれども」と前置きをしつつ、それはアメリカが「患者主義」だからだろうと言う。
「そうしないと患者が行かないわけです。患者の方が勉強して、パソコン買うんだったら近所の電気屋で買うんじゃなくて、みんなでヨドバシに行くぞって言ってヨドバシに買いに行く。だからヨドバシが大きくなる。そして全国からヨドバシまで電車賃までかけてやってくる。それは市場原理が働いているからですよね。」
 しかし日本ではどうか。
「すごく最先端の技術、倫理の難しいところと、普段の寿司食うなら歩いてくところじゃなきゃ食べたくないという、生活の話がごっちゃになってるんですよね。そういうことが何でも多い。そこが問題だと思うんです。」
 遺伝カウンセリングに従事している参加者から次のような指摘もあった。「日本の人がよく聞くのが『みなさんどうしてますか』ですよね。これすごく日本人。」「あと『先生だったらどうしますか?』」
 しかし残念ながら「先生」も知らないことがあるのだ。知らないにもかかわらず、「女性が求めるので」やっている、という医師がいる。宗田先生はそのために起きる
問題を多く見てきた。
 「体外受精で実はすごい問題になってるのは、不妊やってる先生は誰でもできて、一日講習会でできて、そういう人ほどテクニックに問題があって、三つ子四つ子をばんばん作っちゃう。そういう人たちは、でも、作りっぱなしなんですよね。情報も与えない。やる前にそういうリスクがあるんだということを言わない。患者も聞かない。先生がやってくれるんだから雰囲気もいいし、優しいしというのでやっていく。で、できたものは今度周産期センター(宗田先生は前にここで働いていた。)とかそういうところに来る。で、僕らとすると『四つ子だよ、どうしましょう』と。そうすると患者も『どうしましょう』と。『そういうこと、作った先生と相談してこなかったの?』ってことになる。そこの先生は、作るまでが仕事だからって言って、後は専門の先生と相談してくださいといって相手にしてくれない。それが全然珍しいことじゃなくて、全国で起きている。なのに、それは全く公にならない。」
 宗田先生は、着床前診断の是非を問う前に、まずこうした不妊治療に関して現実に起こっている問題を、社会で議論するべきなのではないかとも言う。それは実は「倫理的に難しい問題」でも何でもなく、不妊治療を受ける女性と生まれてくる子の身体への負担を考えれば自ずと配慮され得る基本的な問題だろう。それすら考えない病院もあるという現実。伝えられるべきは、不妊治療の素晴らしさよりもむしろこのような深刻な問題なのではないか。宗田先生のお話の中で見えてきたことは、この点だった。
■さいごに
 実は筆者は、この原稿の最後に、これから不妊治療を受けようとする女性に役立つ情報サイトなどを紹介しようと思っていた。しかしやめた。Google で不妊治療と検索すれば、140 万件ものサイトがヒットするのだ。その中から「よい」サイトを私一人で選ぶことはとてもできない。できると思うほうが浅はかであった。そう思って、はたと気が付く。これが、まさに、今不妊治療そして着床前診断を受けようと思っている女性の直面する現実なのだと。この状況に対処するには、今のところ、これから不妊治療をうけようとする女性が、少なくとも、自らが未だ混沌とした「実験」に参加するのだという認識を持つこと以外には、よい方法はないのかもしれない。

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