関係性の食学 第2回 油(その1)

投稿者: | 2005年7月4日

食の総合科学研究
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 食の総合科学プロジェクトでは現在、重要な食材を個別にとりあげて多角的に分析し、その結果を『つぶつぶ』(いるふぁ発行の季刊雑誌)に「食べ物はどこから来るの?」という連載にまとめている。ここでは、その連載に掲載し切れなった事柄も含めていくらか詳しく報告する。人は何をどう食べるべきなのか 複雑な食の問題を解いていくための”関係性の食学”の構築に向けての第一歩にしたい。
●誤解されている「脂肪」
 ダイエットばやりの世の中で目の敵にされている「脂肪」。しかし油・脂肪の摂取と太ることがどう関係するのかを正確に知っている人は少ない。人間は砂糖なしでも生きていけるが、脂肪なしでは生きていけない。脂肪は効率の高いエネルギー源であるばかりでなく、細胞の形成と新陳代謝に不可欠であり、体内で水と塩とバランスをとりながら働く万能調整剤でもあるからだ。
 血管の調整と筋肉の収縮を司り、悪玉コレステロールの増加を抑え、善玉コレステロールを活性化してくれる1。また免疫力を高め若さを保つビタミンEをはじめ、ビタミンA、D、Kの吸収や、炭水化物の燃焼には脂肪が欠かせない。
 脂肪の働きをよりスムーズにするためには、ミネラルたっぷりの塩、食物繊維、ビタミンの入った食事が必要だ。脂肪は十二指腸で胆汁によって細かく砕かれ、小腸の壁に住む酵素によって分解が可能になる。胆汁の主成分はナトリウムなので、減塩すると脂肪の分解がスムーズに行かない体質になってしまう。また余分な脂肪は繊維と一緒に排泄されるが、繊維が不足すると脂肪が全部吸収され過剰な脂肪は不完全燃焼して有害に働く。そして脂肪の燃焼システムが働くにはビタミンB群の全てが必要なので、ビタミンが不足すると脂肪が燃焼できなくなってしまう。普段の食事からバランスのよい油のとり方として、ミネラルたっぷりの塩、食物繊維、ビタミンがしっかり含まれた食事をしていれば、必要以上の脂肪分は排泄され、消化吸収もスムーズに進み、油のおいしさ、香味を安心して楽しめる。
 脂肪を摂ること自体が問題なのではなくて、脂肪の働きを適正に引き出すためにどんな脂肪をどう摂るかが問題なのだ。
●脂肪とは何か
 ではそもそも脂肪は何か?  脂肪の性質を決めるのは「脂肪酸」だが、これは炭素(C)と水素(H)でできた長い鎖の端っこに酸素(O)が2分子だけくっついた形をしている(図1)。脂肪酸の鎖が1~3本、「グリセロール」という留め金に吊るされて、脂肪ができている。私たちが食事で摂る脂肪の90%以上は、このグリセロールに脂肪酸が3本まとまってつながっている「トリグリセリド(中性脂肪)」だ。
 脂肪酸の鎖の中の炭素どうしの結びつき方(二重結合があるかないか)とその位置(どこに二重結合ができるか)で、身体にとっての脂肪の役目が決まる。個々の食材や油が、次の4タイプの脂肪酸をどれくらい含んでいるかを知ることが、油の賢い使い方のポイントになる。
 飽和脂肪酸や不飽和脂肪酸の違いは、炭素と水素の結合の違いによる。炭素は4つの手を持っていてそのうち2つを隣の炭素とつなぎ合い、残りの手を水素と結ぶ。このような手の結び方をしているのが飽和脂肪酸で、全ての生物は体の中で飽和脂肪酸を作ることができる。これに対して、水素の数が足りず、その分だけさらに炭素が炭素と手をつないで二重結合を作ってしまうものを不飽和脂肪酸という。この二重結合は、鎖の中で1個できるものもあれば(一価の不飽和脂肪酸、図2)、複数個できるものもある(多価不飽和脂肪酸)。
 すべての生物は、糖質とたんぱく質をもとに飽和脂肪酸を作り、さらにその飽和脂肪酸からある特定の一価不飽和脂肪酸を作ることができる。しかし動物の体内で必要なのに自分では作れない脂肪酸がある。これはどうしても食物として摂取する必要があり、「必須脂肪酸」と呼ばれる。多価不飽和脂肪酸がそれにあたる。植物油にしか作れないその必須脂肪酸は、炭素の二重結合の位置によって、リノール酸の仲間とα-リノレン酸の仲間に分かれる。
 脂肪酸の一番端にある炭素を「n炭素」と言うが、その表記を用いて、二重結合が3番目の炭素にある脂肪酸を「n-3 系」(α-リノレン酸の仲間)、6番目の場合を「n-6 系」(リノール酸の仲間)と言う(図3)。この2者は、たとえばn-3 系は血小板の凝集を抑えるのに対して、n-6 系は出血を抑える働きをするというように、拮抗しながらもそれぞれが重要な働きを持つので、この2者のバランスが健全な身体作りと健康の維持の重要な鍵を握っている。
 人間の身体では余分な糖類やたんぱく質はすべて脂肪として蓄えられる。植物がリノール酸とα-リノレン酸を作るとき、一般にリノール酸を種子に、 α-リノレン酸を葉と根に蓄積する傾向がある。そこで、リノール酸の多いコーンや大豆のような種子を餌として食べる家畜類は、リノール酸系列の脂肪酸を多く含むことになり、一方、植物プランクトンがα-リノレン酸を多くつくるので、これを餌とする魚介類やその魚介類を餌とする動物などはα-リノレン酸系列の脂肪酸を多く含むことになる。私たちの身体のなかの脂肪酸のバランスにはこのような食物連鎖が反映している。
 種子から絞られる植物油はリノール酸が主成分なので、健康にいいからと摂りすぎるとリノール酸過剰になり、むしろ健康にマイナスだ。飽和脂肪酸は体内で作られ、リノール酸は穀物や植物油から摂取できるが、現代の食事ではα-リノレン酸が大きく不足してしまうことになる。
●激変した油の「量」と「質」
 現在私たちは1日1人あたり約60gの油を摂取していて、これは50年前に比べると3倍ほどになっている(図5)。摂取している油の内訳を調べてみると、いくつかの特徴が見えてくる(図6)。
特徴1:動物性と植物性の油をほぼ半々で摂取していること
特徴2:「見えない」油の摂取量が全体の4分の3を超えていること(肉と卵と乳製品ならびに菓子類で摂る油が多いこと)
特徴3:「見える油」として摂取しているものは植物性油脂(大豆油・なたね油・ごま油やマヨネーズやマーガリンなど)がほとんどであること
 これらの特徴には戦後の食生活の激変が見事に反映している。「見える油」のほぼ全部を占めている工業生産される食用油(化学薬品を用いて抽出精製される油)はもちろんのこと、魚介類を除く動物性脂肪を、戦前の日本人はほとんど口にしたことはない。安く大量に出回る工業的食用油―しかしたとえば JAS基準でも「天ぷら油」と「サラダ油」の違いが非常にわかりにくく恣意的であることをあなたは知っているだろうか―に圧されて、伝統的な圧搾絞りの国産油(菜種油、ゴマ油)を造る業者はごくわずかになっている。
●油の消費拡大の背後にあるもの
 日本人は戦後急速に油脂を摂取するようになっていった。その一因として米国の輸出戦略があげられる。第二次大戦直後に米国が日本に行った食糧援助は、米国の農産物を売りつけるための布石だった。援助協定によって大豆や菜種が油脂の原料として供給されたが、引換えに小麦製品の普及が義務付けられた。その結果、学校給食などを通じてパン食が導入され、油脂摂取量が多い食事スタイルへの第一歩となった。その後高度経済成長期には、日本の業界団体と米国の大豆生産者団体、農務省が協同でPRキャンペーンを行った(1966年~72年)。中でも最も注目すべきはサラダ食の増加である。移動料理教室でのサラダ料理の教習や、テレビを通した世界のサラダの紹介が行われ、サラダ文化が日本に根付くとともに、マヨネーズやドレッシングの消費量が大幅に増加した(図7)。この援助やPRの資金の多くは米国から提供されている。日本に油脂の原料を売ろうとする米国の意図に加えて、当時の厚生省(現・厚生労働省)が打ち出した「動物性油脂の摂取を減らし、リノール酸系の植物油をとるべきである」との指針が効いた。「動物性油脂は身体に悪いコレステロールを増加させる」というのが理由であったが、不確かな実験に基づいたこの指針が取り下げられたのは1994年だった。
【つづく】
(「市民科学」第3号 2005年7月)

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