雑音帖 No.2
~「オーディオブック」~
瀬野豪志(蘇音)
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蘇音カフェ vol.4 オーディオブック
「録音」というと、マイクロフォンなどのスタジオにある専用の機器や、レコード、磁気テープ、CD、音声ファイルなどの記録媒体を思い浮かべるかもしれません。そして、演奏者やプロデューサーが作業している様子や、自分が記録媒体を使ってきた経験から、「音楽」を連想しやすいのではないでしょうか。
しかし、それは20世紀に確立した、商品として流通する「レコード」、すなわち再生することしかできない記録媒体という、特殊な録音再生技術のデザインによる「音楽」です。レコードを購入して専用の再生機器で聞き、録音するにしてもレコードからテープなどに移す「複製」や「ダビング」のために使っているのなら、それは「録音されている音楽」を聞くことが多いかもしれませんが、録音して再生する技術を自分で「録音する」のに使うのであれば、録音機材を使って音楽を制作しようとするよりも、おしゃべりや出来事を録音する方がすぐにできるでしょう。そう言われてみれば、写真や映像を撮影するように、自分で録音したことがあるのを思い出すかもしれません。例えば、「ホームビデオ」には、音声も収録されているはずです。案外、わたしたちは「音楽ではない」音声を録音しているものです。
自分で「録音する」としたら、あなたは何を録音しますか。何のために「録音」を使いますか。
トーマス・エジソン
1877年に録音ができる機械の「フォノグラフ」を発明したエジソンは、1878年6月の「ザ・ノース・アメリカン・レビュー」誌で、フォノグラフの用途を提案しています。
・「手紙を書く(Letter Writing)」
・「口述(Dictation)」
・「本の朗読(Books)」
・「教育目的、授業(Educational Purposes)」
・「音楽の再生(Music)」
・「家族の記録(Family Record)」
・「録音の本(Phonographic Books)」
・「オルゴールなどのおもちゃ(Musical-Boxes, Toys, etc.)
・「おしゃべりする人形などのおもちゃ(Toys, Talking dolls)
・「時報、声で知らせる時計(Clocks)」
・「客引き、宣伝など(Advertising, etc.)」
・「演説や話し言葉の記録(Speech and other Utterances)」
・「電話の改良、通話の記録(Telephone)」
このうち、音楽に直接関わっているように思われるのは「音楽の再生」と「オルゴールなどのおもちゃ」です。ただし、「音楽の再生」といっても、エジソンが想像していたのは、友人に「歌」を聞かせるイタズラ(昨晩からの仲間が寝ているところを起こす「モーニングコール」など)や、教師が子どもたちに「歌」を覚えさせるといったようなことです。今であれば、その他の用途でも声に合わせて付随する音楽を入れようとするかもしれませんが、当時は一緒に演奏することなしには音楽を付随させるような録音はできませんし、自分の歌の使い道などというのも、たとえ自信があったとしてもそんなには思いつかないでしょう。エジソンの「音楽の再生」の用途は、記録されたままの形で繰り返すことができるという利点から考えられており、聞くだけで覚えるようなことや、気を引いたり笑わせたりする、というようなことが想像しやすかったようです。「歌」が「音楽の再生」であるとは言っても、一回性が含まれる音楽的な表現を完全に繰り返すということか、あるいは声のうちにある音楽的な要素を再現するのと同じようなこととして挙げているのかもしれません(初期のフォノグラフの実演では、「詩」の朗読を録音して再生することが行われています)。
電話の改良として「通話」の記録・保存を考えていたエジソンは、「口述」の記録という用途から「録音」の発想を広げています。「手紙を書く」と「口述」という用途は、速記者がいなくても文書がすぐに作成できることや、声で本人の確認ができることなどのように、ビジネスでの事務的な用途を示しています。
エジソンは「おしゃべりする人形」を実際に商品化し、その「人形」に仕込むために録音された「声」が残っています。
Hear Edison Talking Doll Sound Recordings
(Thomas Edison National Historical Park)
エジソンの「おしゃべり人形」は、子どもには怖がられたり、壊れやすかったりして、短期間のうちに製造されなくなったと伝えられていますが、エジソンは「動物(鳴き声)」や「機関車(作動音)」のおもちゃもできるのではないかと考えていました。「時報、声で知らせる時計」も、「口述」の録音から発展させた「おしゃべりする機械」といえるかもしれません。こうした「人間ではない声」は、今も「音楽ではない」録音で考えられている用途のひとつです。