連載:博物館と社会を考える
第8回
第2回世界科学館サミットと東京プロトコル
林 浩二(千葉県立中央博物館)
連載「博物館と社会を考える」
第1回 科学館は博物館ですか? (2015年5月)
第2回 博物館はいくつありますか? (2015年7月)
第3回 博物館の展示は何かを伝えるのですか? その1 (2015年9月)
第4回 博物館の展示は何かを伝えるのですか? その2 (2016年2月)
第5回 博物館の国際的動向2016 (2016年10月)
第6回 科学館・科学博物館の社会的役割宣言(2017年3月)
第7回 世界科学館・科学博物館の日(2017年8月)
はじめに
本連載の第5回(2016年10月)以来、3回に渡って、科学館・科学博物館の社会的役割、特に持続可能な開発目標(SDGs)の達成に向けての取り組みについて、最新の動きを含めて紹介してきました。今回はその締めくくりとして、2017年11月に東京で開催された第2回世界科学館サミット(SCWS2017)と、それに先立ち2017年6月に採択された東京プトロコル(Tokyo Protocol)をとりあげるとともに、この世界的な流れに、日本の科学館・科学博物館がほとんど追いついていない、気がついてさえいない問題を指摘したいと思います。進行中の事案の紹介であるため、内容の一部が連載の第5〜7回と重複してしまうことをお許しください。
1. 第2回世界科学館サミット SCWS2017
連載第6回で紹介したように、世界科学館会議(Science Centre World Congress、SCWC)は1996年に始まります。1996年フィンランド(ヴァンター)、1999年インド(コルカタ)、2002年オーストラリア(キャンベラ)、2005年ブラジル(リオ・デ・ジャネイロ)、2008年カナダ(トロント)、2011年南アフリカ(ケープタウン)と3年おきに会議が開かれ、6大陸を回って世界を一巡しました。このうち、後半の2回では、それぞれ、トロント宣言(注1)、ケープタウン宣言(注2)が採択されています。
第7回にあたる世界科学館会議(SCWC)は世界科学館サミット(Science Centre World Summit、SCWS)と名称を変え(注3)、その第1回 SCWS2014を2014年3月にベルギー、メヘレン市の科学館 “Technopolis” で開催しました。テーマは “Public Engagement for a Better World”(より良い世界のための市民の参加)で、58か国から464名が参加しました(http://www.scws2014.org/)。トロント宣言とケープタウン宣言を踏まえて、世界中の科学館が「社会へ貢献し続けることを決意」して採択したのがメヘレン宣言(Mechelen Declaration)です。前2回の宣言は英語だけで公開されていましたが、メヘレン宣言は12か国語;アルファベット順に、アラビア語、中国語、英語、オランダ語、ドイツ語、ヒンディー語、イタリア語、日本語、ポーランド語、ポルトガル語(ブラジル)、ポルトガル語(ポルトガル)、スペイン語に翻訳されて公開されています(注4)。
第2回世界科学館サミット/SCWS2017は、日本科学未来館(東京都港区)で2017年11月15日(水)〜17日(金)に開催されました(写真1)。17日午後の閉会式での発表によると、98か国から828名が参加したとのことです。連載第6回で記したように事前の予想は50か国から500名の参加でしたので、参加国数・参加者数のいずれも、予想を大幅に上回ったことになります。ところが、日本からの参加者は極めて少数に留まったようです。このことについては最後に言及します。
SCWS2017のテーマは「世界をつなぐ-持続可能な未来に向かって」でした(写真2)。このテーマの元、
1日目(11月15日)は Global Sustainability (グローバル・サステナビリティ)
2日目(11月16日)は Co-design for Transformation (ともに創り、ともに変わる)
3日目(11月17日)は Personal Engagement with Science (一人ひとりが科学に関わるために)(注5)
というサブテーマを設定し、2016年6月30日付け文書をウェブで公開して6〜8のパラレルセッション枠の企画を募り、希望者同士には打合せの機会を作っていました。
最終的なプログラムには、基調講演(keynote speech)6名、全体会(plenary session)2件、半全体会(half plenary session)2件、特別セッション2件、分科会(parallel sessions)は5枠で計38件のセッション、ポスター発表は35件が掲載されています(注6)。なおポスター発表全35題は初日からすべて掲出されていましたが、その三分の一ほどずつ、各日に指定された45分間を発表・質疑・討論のコアタイムとして設定する仕組みにしていました。
プログラムの詳細はウェブサイト(https://scws2017.org/programme/)で公開されており、分科会についても、個々の分科会の企画意図とそれぞれのスピーカーの話題の概要が掲載されています。
わたし自身が特に注目したセッションとして、3日目(11月17日)の全体会、”When Do Museums Make a Difference?” は講演者が3名とも科学館・科学博物館とは別の分野からであり、特に Jim Richardson(英国、Museum Next 創設者)と Michael Murawski(米国、ポートランド美術館 教育プログラム部門長)の両氏からは、日本の博物館がこれから学ぶべき,社会とかかわる運動の方向と実践報告を聞くことができました。また同じく3日目の分科会のうち、E-5 “Connecting Socially and Educationally Vulnerable People with Science and Education” ではいずれも、難民キャンプやへき地などの館外に、展示やプログラムを持って行く、いわゆるアウトリーチ活動が話題になっていて(舞台はそれぞれオーストリアとメキシコ)、地域や周辺での社会的な課題に果敢に挑戦しようとする科学館・博物館の活動を心強く感じました。
前段でとりあげた2つのセッションに限らず、今回のサミットでは数多くのセッションで持続可能な開発目標(SDGs、連載第6回で詳しく紹介しました)への言及がなされていました。
世界の博物館コミュニティの動きをすべて見ているわけではありませんが、今回の世界科学館サミットは、博物館コミュニティがSDGsを正面から取り上げる国際的で大きな会議としては、もしかすると最初だったかもしれないと想像しています。それがなぜなのか、 この連載で続けて取り上げてきたわたしは以下のように考えています。
連載第6回で解説したとおり、SDGsがニューヨークでの国連持続可能な開発サミットで採択されたのは2015年9月のことです。科学館・科学博物館のコミュニティは、その前年、2014年3月の第1回世界科学館サミットの時に、すでにSDGsに着目しており、サミットで採択したメヘレン宣言の中でSDGsについて言及しています。一方、博物館界の世界最大の組織、国際博物館会議(ICOM)の当時の会長は同サミットに出席し、メヘレン宣言への支持と連携の署名を記録に残したのですが、広く博物館界でメヘレン宣言やSDGsに直ちに反応があったようには見えません。
連載第7回で紹介したとおり、SDGsを科学館・博物館と直接に結びつけて考えるように促したのは、2016年11月10日に始まった世界科学館・科学博物館デー(ISCSMD)が恐らく最初で、今回の第2回サミットの直前には2回目の世界科学館・科学博物館デーが行われ、スマートホンを用いた生物調査への市民の参加の試みも取り組まれました。他の博物館コミュニティがSDGsとの接点を積極的には見つけられない中、このように世界科学館サミットは2014年以来、SDGsに注目し続けており、そのため、今回のサミットでは数多くのセッションでSDGsがとりあげられるようになったと思われます。
このあたりの事情について情報お持ちの方はぜひお知らせいただければと思います。