3月のシンポジウムに向けて 「大学」の何が問題か (その1)~複数の論者による大学論の試み 3月のシンポジウムに向けた作業の指針と計画

投稿者: | 2000年1月10日

上田昌文

「大学紛争」と「大学改革」をつなぐものは

1960年代の後半、日本では全国で大学紛争の嵐が吹き荒れました。大学がまだ現在ほど大衆化されておらず、日米安保闘争で社会全体が揺れに揺れていた中で、学生たちは「学問とは何か、何のためにあるのか」という真摯な問いを、’大学’という自らが生息する基盤そのものの向けて発したのです。当然その問いと批判の矢の矛先は、誰よりもまず体制としての大学当局、教授たちに向けられました。
性急でしかも集団による実力行使を辞さない学生たちの交渉に対して、大学当局が選んだのは、機動隊導入などのまさに国家権力を後ろ楯にたのんだ’防衛’手段でした。教授たちの中で、自らの判断で体制側を抜け出て学生との対話を貫こうとした者は少なかったし、学生側も、セクト化した運動の呪縛を超えて、運動の出発点になった「学問は何のために」という問いを深める努力を持続し得なかったように思えます。まもなく学園は平常の風景を取り戻し、過激な暴力的衝突やセクトの凄惨なリンチ事件の印象だけを残しながら、「大学問題」は終息してしまったのです。

私は大学紛争を経験した世代ではありませんが、まさにこの紛争を経験した世代(当時の学生たち)の少なくない人々が、現在大学の管理・運営の中枢にいて、「大学改革」にあたっているのだという事実を見逃すわけにはいかないのです。過去の経験を深く受け止めることによって、「何のための学問か」という問いを忘れず、それに対する具体的な新しい応答を作り出そうとしているのだろうか。かつて自ら体制に反旗を翻した者は、真の学園の自治や学問の健全なあり方を実現するための「本当に必要な改革」を真剣に構想し、それを、官僚主導ですすめられている「改革」に、ねばり強く対峙させ続けているのだろうか。

市民に開かれた大学、という視点
私は、科学技術社会の転換の時代にあって、大学(ならびに国立研究機関)という国民の税金を使って運営される研究・教育機関が、その転換の方向を明確に打ち出せないでいること、あるいはその方向が市民たちが望んでいる方向と背馳してしまうことは、決定的に不幸なことだと思います。大学紛争でも、そしてそれとは全く趣の違う、大学内部で進行してきた「大学改革」でも、おそらく一番欠落していたのが、「大学を社会に対してもっと開かれた存在にする」という視点です。市民や地域社会との恒常的なやりとりをとおして、何が必要な学問であり、そこで得られた成果をどう社会に還元していくかを、具体的に見出すことができるという、相互学習的な開かれたシステムに大学を作りかえていくための具体的な作業が必要なのです。
1つの例をあげましょう。日本の大学の図書館のほとんどは、一般市民は利用できません。貸出しやコピーサービスはおろか、身分や所属を明確にしないと入館さえできません(例外はあります、たとえば長崎大学。『地域創造と大学』長崎大学生涯学習教育研究センター運営委員会編1999参照)。少なくとも欧米の大学の大半は、きちんと登録さえすれば誰でも図書館が利用できます。それも市民が仕事が終わってからでも立ち寄ることができるようなかなり遅い時間帯まで。この差は何でしょうか。大学紛争も「大学改革」もまったくなし得ないできた、「大学の社会貢献」の1つがこれです。まさに、市民に対して開かれた大学という視点が欠落してきたことを象徴しています。

私が土曜講座の大学論で目指したいのは、「市民の科学」が要請される転換期にあって大学がどう変わらねばならないかを明確にし、大学と市民社会との具体的な結びつきの実例を作り出して、そこから一歩ずつ、上記の「開かれたシステム」に向けた改革を、ともに考え実行していくことです。大学という巨大で複雑な機関の問題をもれなく取上げていくことは難しいし、市民との結びつきを築いていくこと自体が、心ある大学関係者の協力なしには実現しないことですから、この企画をすすめるには熟考された’戦略’が必要です。たとえば、先の温泉合宿では、「市民審査による’草の根科研費’を創設しよう」「『市民版・科学技術白書』を作って、市民にとって望ましい科学技術研究の方向性を毎年提示しよう」「’仮想(ヴァーチャル)大学’を作って、市民が招きたい講師や講義を体系化してみよう」……などさまざまな建設的な意見が出ましたが、これらをいざ社会的システムとして構築しようとすると、幾重にも入り組んだ検討・呼びかけ・交渉などが必要であることがみえてきます。

ここで、今後の作業の進め方を説明しておきます。

シンポジウムに向けた作業計画
1●土曜講座にかかわる方々に「大学問題・その論点」という形で、現在の大学が抱える問題を上記の視点から指摘した文書を作り、投げかける。それに対する意見を募り、大学問題を論じることの意義ができるだけ多くの人に共有されるようにする。温泉合宿(1月15日、16日)での議論や、この『どよう便り』第29に掲載している井口さん(寄せていただいたコメントを上田の「大学問題・その論点」メモとともに掲載)、高野さん、中野さんの文章が、このステップに対応するものです。
2●3月11日のシンポジウムの呼びかけをかねて、私が「市民の側からみた大学:改革にむけての提言」をまとめ、雑誌に投稿する。そこは、下記の「アンケート」への協力も要請する。
3●合宿参加メンバーの周辺の方々を中心に、具体的に「アンケート」を依頼できる大学関係者・教育関係者などを選定する(50名ほどを想定)。2月はじめにアンケートを発送し、2月末に回収、その結果を3月のシンポジウム用の資料としてまとめる(アンケート協力者にはその資料を全員に配布する)。「アンケート」には多岐にわたる質問項目があるが、図書館開放度、地域との連携事業の有無など、できる限り具体的な回答を得られるように工夫する。
4●アンケートの回答者を中心に、シンポジウムのパネラーを選び、当日の議論の論点を整理する。
5●土曜講座が実際に大学と共同で実行する市民向けの企画を提案し、「実行委員会」を発足させる。

以上、まだ不確定な点も含みますが、とにかく多くの人の注目を集め、意欲ある人にすすんで関わっていただける魅力ある企画にしたいと考えています。皆さんのいろいろな知恵をお借りできることを心から願っています。どんな些細なことでもかまいませんので、電子メールなりファクシミリなりでご意見やアイデアなどをお寄せください。

 

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