JRは事故の教訓を生かせるか? ― 尼崎事故2005と東中野事故1988 ―

投稿者: | 2007年1月6日

写図表あり
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JRは事故の教訓を生かせるか?
― 尼崎事故2005と東中野事故1988 ―
近未来生活研究所 桑垣 豊
0 事故の教訓とは何か?
 ルポライターの鎌田慧氏は、以下のような文章を書いています。だれしも、尼崎事故のことではないかと思って不思議ではありません。
……駅での事故の原因は、運転士などの話を総合すると、「ありうべきダイヤと現実の時間との乖離」にある。別のいい方をすれば、机上の時間と現実の時間との衝突、となる。その矛盾の解消を押しつけられているのが「運転士の曲芸的ハンドルさばき」である。
-鎌田慧『国鉄処分』1989年講談社文庫
 しかし、鎌田氏がこれを書いたのは、1989年。国鉄民営化から、それほど間がないときのことです。 鎌田慧著『国鉄改革と人権 JRは安全か』 岩波ブックレット1990年は、尼崎の事故を予想していたのではないかということで、話題になりましたが、『国鉄処分』はもっと直接的に類似の事故をあつかっています。しかも、JRという会社の本質にかかわる事故として、とりあげているのです。
 私は、尼崎事故の報道に接したとき、無理なダイヤの強制が事故を招いた点で、東中野事故(注)がすぐに思い浮かびましたが、マスコミではそのような報道はほとんどありませんでした。脱線と追突では、違うタイプの事故だと思い込んでしまうのでしょう。情報化社会と言っても、こんなもんです。問題意識が欠如していているのです。
 東中野事故の教訓が生かせないで、事故の教訓の意味があるのかと思うほど、典型的な例です。それは多くの事故の専門家、マスコミ、国鉄民営化を手放しに称賛したすべての人に問題を投げかけています。今回の事故は、小さな鉄道会社では、営業停止処分相当の犯罪的事故だったのです。
(注)東中野駅事故
 1988年12月5日、中央線東中野駅に停車中の各駅停車に、大久保駅方面からの後続の各駅停車が追突した事故。追突した各駅停車の運転士と乗客1名の合計2名が死亡。100名以上の負傷者を出した。12月1日にダイヤを変え、運転時間に余裕がなくなった上に、列車司令が無線を通じて運転士に運転の遅れを回復するように再三圧力をかけたことが背景にあると見られる。民営化1年半でJR東日本に起きた大事故。
筆者のとった事故現場の写真 2005年4月26日(事故翌日)
脱線した車両とマンション
最後尾の車両
1 所要時間短縮は、競争上必要だったか?
スピードアップすると車両が節約でき、輸送力も増えますが、何と言っても競合する私鉄との競争に打ち勝つことが民間企業としては当然のことだという報道が目立ちました。では、JR福知山線と並行して走る阪急電鉄宝塚線、今津線+神戸線とは、所要時間で抜きつ抜かれつの競争を展開しているのでしょうか。
阪急電鉄とくらべると、驚くべき事実が明かになりました。JRは、これ以上スピードアップしないでいいほど、所要時間を短くしているのです。→グラフ参照
このグラフは、2005年4月25日の事故当日時点のJRと阪急電鉄の「宝塚-大阪(梅田)」の所要時間を午前中のダイヤを個別にすべて調べて、乗り換え待ち時間も含めて、頻度を数えたものです。これを見ると、乗り換えの待ち合わせが悪くて、35分のところに両者が並んでいる以外は、ほぼ2つに分布が別れていることがわかります。つまり、比べ物にならないほど、JRのほうが所要時間を短くしていたのです。では、なぜ、所要時間短縮をこれほど、追求していたのでしょうか。
2 スピードアップは宣伝の手段
JR西日本では、列車が2、3分遅れても、一々アナウンスであやまります。少しくらい遅れても事故をおこさないほうが大切だと思うのですが、これは恐らくJRの時刻厳守を商品の品質と考える発想なのです。このアナウンスをたびたび聞いているうちに、利用者もそのような時間厳守がどうしても必要なものだと思えてきます。これは、従業員の管理から、利用者への管理へと、宣伝戦略が進化しているのかもしれません。運転士は、このような利用者の圧迫にもさらされていたのです。
JR各社は、半年ごとに小刻みにダイヤ改正をくりかえし、スピードアップを続けています。これは、宣伝の材料を少しずつ残しているのでしょうか。製造業では、このような方法で費用節約をはかるのは普通です。しかし、人間を運んでいる意識としては疑問です。
3 尼崎駅でストップウォッチでチェックしていた理由
 4月の事故の少し前、JR西日本では、福知山線の列車の実際の運行状況を、尼崎駅でストップウォッチで秒単位でチェックしていました。恐らく、間もなく導入する新型ATSにそなえてのことだったのでしょう。えっ、でも、導入して安全を確保してからやるのが普通ではないですか?。
ここから、私の恐るべき仮説が浮かび上がってくるのです。新型ATSを導入しても、作動しなくてすむように、無理なダイヤをこなす訓練をしていたのではないでしょうか。新型ATSを導入する前に、危ない運転を身につけるような本末転倒の発想。新しいATSを導入すると、危険な場合列車が止まる割合が高まります。それでは、ダイヤが乱れることになり、今まで気づいてきたイメージがくずれます。
また、新型ATS導入はコストアップの原因となるので、宣伝の材料にもしたいのでしょう。実は、東中野駅の事故が起こった直後、JR西日本は大阪環状線にATSを導入を決め、くず玉を割るセレモニーまでしているのです。このような考えの延長にあるのは、どこかで起こった事故への対応をいち早くおこなっったことが目に見えるようにするには、ATSは少しずつ導入したほうがいいという発想です。
1995年にJR東日本の中央線大月駅での事故の時も、JR西日本はATS導入の拡大を発表しています。事故の教訓を生かすということが、このように矮小化されていることは、ほかに例を見ないことです。
これは報道でもよく紹介していたことですが、旧型ATSでも2つをセットにすると速度超過対策は可能でした。それほど経費をかけなくても、できることはあったのです。もちろん、事実上守るのが「運転士の曲芸的ハンドルさばき」を必要とするようなダイヤをくまなくても、競争上特に不利になるわけでなかったことは、言うまでもありません。
4 利用者には責任はない
 一部報道で、多くの利用者が時間短縮を求めてきたことが今回の事故の遠因であったと、私たちの自省をうながしていました。しかし、だれが、安全を犠牲にしてでも、スピードアップすると思うでしょうか。スピードアップを必要以上にアピールしていたのは、JRのほうです。むしろ、安全と労働者の待遇を犠牲にして行った国鉄民営化の方法を、多くの国民とマスコミが賛美したことこそ反省すべきです。
 紙面の都合で今回の事故の一面にしかふれることができませんでしたが、講演では、さらに突っ込んだ議論をしますので、ご期待ください。■
【参考文献】
 『国鉄処分』鎌田慧 講談社文庫 1989年
 『国鉄改革と人権 JRは安全か』鎌田慧 岩波ブックレット160 1990年
 『鉄道事故の再発防止を求めて』安倍誠治、鉄道安全推進会議 日本経済評論者 1998年

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