インタビューシリーズ「市民の科学をひらく」(9)村松 秀さん

投稿者: | 2006年9月1日

2006年6月22日 市民科学研究室にて 聞き手:上田昌文(当NPO 代表)

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◆村松 秀さん( NHK 制作局 科学環境番組部 専任ディレクター)
むらまつ・しゅう 1968 年横浜生まれ。東京大学工学部電気工学科卒。現在、科学環境番組部・専任ディレクター、「ためしてガッテン」デスク。
 主として科学系番組制作に携わり、環境、先端科学、ナノテクノロジー、医療、生命倫理、生活科学、自然など多方面のジャンルの科学番組を手がける。特に環境分野では、生物の内分泌をかく乱する作用を持った化学物質、「環境ホルモン」問題を日本で最初に取り上げた。その後もNHK スペシャルなど数々の番組を放送、環境ホルモン汚染は大きな社会問題となり、化学物質リスクの新しい観点を提示してきた。「環境ホルモン」という言葉は、市民にもなじみやすいようにと研究者達とで考えた科学的造語で、世界の研究者も口にするようになっている。
 また、「サイエンスアイ」「地球! ふしぎ大自然」「迷宮美術館」などの多くの新番組を立ち上げてきた他、最近では、アマチュアカメラマン撮影のフィルム映像のみで日本の戦後史を描いた「映像の戦後60 年」など、日本文化を考察する特集番組制作や、アートに関する番組制作も多い。
 千葉大学、東京工業大学非常勤講師。環境省まちづくり評価検討会専門委員、林野庁ほか森林セラピー研究会幹事。

主な担当番組

「NHK スペシャル 阪神大震災~防災都市をどう作るか~」
「NHK スペシャル 生殖異変~しのびよる環境ホルモン汚染~」
「NHK スペシャル 環境ホルモン汚染 人間の生殖に何が起きているか」
「秋季特集 雪辱への長き闘い~平尾誠二、情報戦略でラグビー革命に挑む」
「忠臣蔵300 年・拝啓 大石内蔵助殿」
「BS ドキュメンタリー 史上空前の論文捏造」
「あなたと作る時代の記録 映像の戦後60 年」など

著書

『生殖に何が起きているか ~環境ホルモン汚染』(NHK 出版)
『環境から身体を見つめる』 ( アイオーエム)など

インタビュー

上田:──村松さんのお仕事については以前から存じ上げていますし、番組もたくさん拝見していますが、今日はあらためて、番組づくりに対する思いをはじめとして、科学コミュニケーションに関するお考えなどを伺えればと思います。どうぞよろしくお願いいたします。メディアでのお仕事は、学生時代から希望していらっしゃったんですか?

村松:子どもの頃から新聞委員会とか放送委員会に入っていましたから、関心はありましたね。でも、それは漠然とした憧れという感覚です。大学では科学も好きでしたが文系科目も非常に好きでしたし、進路について悩んだりもしました。僕は工学部の電気工学科で、半導体の材料などを作る研究室にいたんですね。そこを選んだのは、ものづくりであれば、ある種、職人さん的に働くことができるので、それなら何とか卒業させてもらえるんじゃないかと(笑)。実は心理学科に転科しようかとも思っていたんですけど。

 就職する段になって、成績も良くないし、理系の就職をしてもしょうがないから文系就職を目指そうと思ったときに、かつて漠然とあこがれを抱いていたメディアの世界にリアリティをもったんです。そして、新聞よりもテレビの世界の方がやれることが大きいというイメージを抱いていたので、就職活動をしたのは、メディアとしては放送業界だけでした。ただ、理系にいるとテレビ関係の就職の情報は全く入ってこないので、一人で右往左往していたんですが、運良くNHK が採用してくれて。

 就職ご担当の先生に報告したら「帝国大学以来、前代未聞の奴だ」と怒られて(笑)。しょげましたが、でもそのあと指導教授に報告しにいったら逆に非常に温かくて「いま科学にとって一番必要なのは、科学の世界と一般の人たちをつなぐ人間だ。そこを担う人材が今後必ず必要になるから、非常にいい就職先を選んだね」と。「是非がんばってくれ」と言われて、それは本当にいまだに忘れられない言葉です。先生がおっしゃったその一言のためにがんばっている、というところがありますね。

──なるほどそうですか。村松さんがテレビというものに注目した理由とは、どういうものなんでしょう?

 一つはミーハーだったと言うこと(笑)。好奇心旺盛じゃないとなかなかつとまらないと思うんです、そもそも。それから、具体的にこれをやりたいっていう番組って何かなと思い返すと、『ウルトラアイ』だったんですね。

──ありましたねえ。

 僕が就職したときには後番組の『トライ&トライ』に替わっていましたが、小学校の終わりくらいからずっと見ていた記憶があったので、『ウルトラアイ』とか『トライ&トライ』のように非常に身近な生活感があるところから科学を見たり、科学の手法で生活を見るということが、テレビ的にすごく面白いなと。しかも全然科学らしくないですよね、良い意味で。そこが非常に魅力でした。あと新聞との違いという意味では、異論があるかもしれませんが、新聞は基本的には情報を集めて伝えるのが役割ですよね。テレビは、客観性も求められるけれども、作り手側の気持ちの部分、思いの部分が非常に重視されるし、それをしっかり考えていないとできないメディアだと感じるんです。

──作り手の意図がよりダイレクトに出てくるメディア、という感じですかね。

 はい。やっぱりその力は強いのかなあと思っていたりしていて。入社面接で言ったことを今でも覚えていますが、できれば時代の最先端を目で見たいんです、と。

──目でね。

 さらに欲を言えば、時代の最先端をつくりだすこともしてみたいんです、ということを言った覚えがあります。いまにして思えばずいぶん偉そうですけどね。

──実際にNHK に入られて、どういうふうにトレーニングされて、番組づくりを学ばれたんでしょう。

 私が就職したのは特殊な時期に当たっていて。普通はディレクターは年間に50人程しか採用しないんですが、その場合、最初はまず必ず地方のローカル局に配属され、地方に寄り添った番組をつくって、そういう中から自分の指向を見出して、東京に戻るときに分野を選ぶケースが多いんです。でも僕のときはたまたま大量採用された時代で、同期のディレクターは確か160人くらいいたんです。それで、半分くらいの新人は当時、初任地が東京になり、たまたま僕は東京赴任になってしかも科学番組部に配属になったんです。

──はじめから…。

 さらに言うと、『トライ&トライ』担当になったんです。だから、いきなり夢がかなっちゃって(笑)。あらあらという感じで。また恐ろしいことに、当時はライオンが子供を崖から突き落とすような教育がおこなわれていて、僕は7月の収録でいきなり演出・進行を任されたりしました。当時はほとんど生放送スタイルで30分番組を放送当日の午後に収録していたので、やり直しもきかないし、タイムコントロールもVTR を出すタイミングも完璧にして、音楽もその場で付けて出すとか、VTR のコメントも現場でアナウンサーが読むとか、職人芸の世界でした。それをなんとかこなして、10月くらいには先輩に見てもらいながら番組を1 本自分で作れと…。すごい会社だなあと思って(笑)。まぁ当時の上司からは、もちろんものすごいバックアップ体制は敷いていたから、だからできるんだよと後に言われましたけど・・・。2年目の6月頃には「虫歯」に関する回を制作して、司会の山川静夫さんという大アナウンサーにも喜んでいただいたので、なんとかやっていけるかもと思ったりしましたね。

 番組というのは基本的に、一人のディレクターが全部責任をもってつくらなければいけないものなんです。最近は何人かのディレクターが一緒に一本を作ることも増えてきていますが、原則は一番組一人。そのディレクターが、企画段階から取材、撮影、編集、収録の段階と全部をディレクトし、コントロールしていくわけで、もちろん、カメラマンの方や編集の人、取材先の方々など本当にたくさんの人にお世話になりますが、番組の最初から最後までを全部トータルでコントロールするのは基本的にはディレクターしかいないんです。

──なるほど。

 『ためしてガッテン』では13 ~ 14 回に1 回くらいの割で各ディレクターが担当を任されます。その上に、デスク、プロデューサーといます。今、僕はデスクをしています。プロデューサーは、全体のクオリティですとか予算などを管理しています。デスクは各番組の一本一本を詳しく見て、毎週いいクオリティになるようにディレクターを細やかにサポートしていくのが仕事です。

──そのときに一つ思うのは、例えば、その番組全体のコンセプトがあって、その中で各回をどういうテーマにしていくか、というネタの問題がありますよね。そういう部分はどう決められているんでしょう。

 各回の「ネタ」は、原則はディレクターが出してくるものを最優先しています。「僕はこれをやりたいんだ」というものをなるべく尊重するんですよ。やっぱり作りたいという思いがなければいけないわけですから。ネタ探しも含めてディレクターの仕事だと思いますし、僕自身もそうやってきたつもりなので、後輩にもそうして欲しいと思いますしね。それを基本にしつつ、あとは視聴率とか番組のアピール度とか、社会情勢とのリンクなどを考えて、番組全体としてのハンドリングをするわけです。単純に言えば、食べ物ネタばかり月に4 本続いても仕方がないと思うので…。

──(笑)なるほど。

 後輩に提案することもあります。新年度の時などはやっぱり番組の勢いをつけるためにもチャレンジングな感じにしたいし、今年4 月の冒頭は「脂肪」という回と「くも膜下出血」という回だったんですが、意外によそでやられていなくて、しかも関心も高そうなのを取り上げたりとか。5月で言うと「モーツァルト」という回がありましたが、これはたまたま隣の席のディレクターが音楽好きなので、「モーツァルトとかやってみない?」と。できるわけないじゃないですかって言いながら、ちゃんと傑作を作ってくれました。一方で「オレオレ詐欺」の回は、ディレクターが是非こういうテーマでいきたいと。こういったチャレンジングなネタを月に1 本くらい入れようということも、皆の総意で決めています。

──村松さんがやっていらっしゃった『サイエンスアイ』を入り口にして、具体的にお聴きしていきたいと思います。私は、科学系の番組はどんなふうに類型化できるんだろうかな、とときどき考えることがあるんです。

 一つは、今まさにホットな話題で科学ネタがあったら、それを取り上げて、背景を説明したり、検証していくこと。もう一つは、常時変わらず一般の人が興味を持つ、健康や食べ物の話。もう一つはピュア・サイエンスに近いといいますかね、新しい研究成果などを見せていくという目的もあるかなと。さらにもう一つは、社会問題として切り込んでいくというのがあると思うんです。環境問題だったり薬害エイズだったり、回転ドアの事故の話だったりだとか、言ってみれば、科学技術が表にくるというよりも、社会で起こっているいろんなリスク被害そのものを入り口にして科学を見ていく。

 そういう中で、村松さんが『サイエンスアイ』に関わっているときに、番組としてはどういうものにしようと考えておられたのか、どういう点で苦労されたとか、ちょっと振り返って教えて欲しいなと・・・。『サイエンスアイ』で「環境ホルモン」を取り上げた経緯について具体的にお話しましょうか。

──是非お願いします。

 環境ホルモンには、本当に偶然が偶然を呼ぶような形で出会ったんです。それも、全く違うアプローチを色々していて、その試行錯誤が何年か続いた後にたどり着いちゃったような話なんです。

 僕は初任地が東京で、その後で新潟へ転勤になって、それからまた東京の科学番組部に戻ってきたんですが、新潟時代には芸術系の番組をつくることが非常に多くて、今でもアートを小さいながら自分のもう一本の柱にしています。新潟時代につくった番組の中で、佐渡に住んでおられる金属工芸の宮田藍堂さんという著名な作家さんのドキュメンタリーを作らせていただいたことがあって。で、その方はサイドワークとして、海岸の漂着物を集めてアート作品をつくるということをやっておられたんですね。流木とか…。

──流木アートは有名ですよね。

 ええ、その人は流木だけではなく、プラスチックのゴミなんかまでアレンジして作品をつくるんです。金属工芸で四角い箱を作って、その中に、海岸に流れ着いた櫛とか注射器とか、いろんなものをデコレートして作品にする。それに例えば「世阿弥の流人箱」なんていうタイトルを付けるんです。

──おもしろいですね。

 佐渡は世阿弥が流されていた場所ですね。世阿弥自身も漂着してきたわけです。もし世阿弥が当時の感覚で宝箱を作ったらこんな感じじゃないの、なんて言われると、本当にそんな感じがする。非常に思索の深い作品で、強い感銘を受けました。そこでさらに、漂着物アートのコンテストを企画して、その番組を作らせてもらったりしました。だから東京に転勤になったときに、漂着物アートの全国版コンテストをやりたいと提案を出したんですが、「非常に面白いけど、ここは科学番組だよ」って言われて(笑)。

 その作家さんは、ゴミにしか見えないものを、視点を転換してアートに見せた。そこで逆にもう一回視点を戻して、ゴミだという風に見てみると、やっぱり漂着ゴミという大きな問題を抱えているんじゃないかなと思いついて、そういう内容の番組を『サイエンスアイ』でやったんです。漂着物問題をフォローしていくと色々深い問題がたくさんたくさんあって、漂着ゴミによって海鳥に被害が出ていることなども知ったりもしました。『地球!ふしぎ大自然』という自然番組を担当したときは、ハワイ諸島のミッドウェー環礁へ行って漂着ゴミによる被害の様子も取材しましたが、プラスチックのゴミをコアホウドリが飲み込んで死んでしまうという状況を目の当たりにして、しかも東京あたりの「スナック○○」なんて書かれたライターが死んだ鳥のお腹の中から出てきたりする。捨てた人は何とも思っていないでしょうが、こういう具合に、原因と結果がものすごくかけ離れているその距離感が、環境問題の本質かなと思ったりして…。

──なるほど。

 一番気になったのは、そうやって飲み込んでしまった生き物にどういう影響があるのか。当時『サイエンスアイ』で紹介したのは、おなかが満腹になってしまって餌が食べられないとか、あるいは吐き出そうとして内臓を傷つけてしまって死に至る、といった物理的な影響でしたが、まあ人間の感覚として、自分がプラスチックを飲み込んだらどうなるかなと考えれば、やはり何か溶け出してケミカルな影響があるんじゃないかと考えますよね。そこでそのことをずっと取材していたんです、放送が終わっても。でも結局、プラスチックはとても安定している物質なので、逆に言うと海をぷかぷか浮いても壊れないものだったりするので、むしろ安全、という話しか出てこない。だからこそ数が増えてきたという経緯があるわけです。まあ、そういうことならあんまりケミカルな影響はないのかなと考え出した頃に、海外取材で偶然、影響があるという話を知ったんです。それはボストンのタフツ大学の先生の話なんです。

 その先生は、細胞がどう分化、増殖していくのかを、乳がん細胞を使って調べていた。その乳がん細胞は、女性ホルモンを入れると増えるタイプの乳がん細胞だったんです。それがある日、女性ホルモンを入れていないにもかかわらず勝手に増殖する、という現象にめぐり合ってしまった。勝手に増えてしまえば実験自体が成り立たないじゃないですか。それで半年間研究をストップして、一体なぜそんなことが起きたのかをしらみつぶしに調べていったら、結局その乳がん細胞が入っていた試験管がプラスチックで、そこから溶け出ていたノニフェノールという合成化学物質が女性ホルモンのように働いているという結論に行き着いたんですね。ありがたいことにそのタフツ大学の先生が「日本にいい先生が一人いるから紹介してあげますよ」と言われ、それでご紹介いただいたのが、当時横浜市立大学にいた井口泰泉先生だったんです。今や環境ホルモンの大家ですね。

──なるほど。

 そうして井口先生にまたいろいろ教えていただく中で、これは単に漂着物なんて言っている場合じゃなくてもっと大きな問題かもしれないということが段々わかってきて、番組にしていこうという話になったんです。

──その頃、エンドクリン・ディスラプトendocrine disruptという概念は既に出ていたんですか?

 まさに概念が出てきた頃です。ちょうど当時タフツ大の研究によって、ノニルフェノール以外にもいろんな合成化学物質がホルモンのように働くっていうことがわかってきました。身近にある人工の化学物質がホルモンのように働くということは当時の生物学者の誰も想像などしていなかった状況だったんです。さらに、それとはまったくパラレルに、例えば男性の精子の数が減っているんじゃないかとか、フロリダではワニが実際にDDTのせいでホルモンをかく乱されて数を減らしているとか、イギリスのある場所では、羊毛工場から出た洗剤が
下水処理場で分解されてノニルフェノールになり、ローチという魚を雌雄同体にしてしまったとか、日本でも有機スズの影響でイボニシという巻き貝のメスにペニスが生えているといった話が、それぞれ横のつながりもなくばらばらと出ていたタイミングだったんです。そしてそれらを、コルボーンさんらがちょうどその頃『奪われし未来』にまとめようとしていらっしゃったわけです。

──なるほど。

 一方日本の方は、有機スズに関するイボニシの異変の研究はなされてはいましたけれども、それはどちらかというと有機スズ汚染の問題として見られていました。いわゆるendocrine disrupting chemicals について、本当に当時この問題を知っていたり研究していたりした科学者は、井口先生を含め20 人ぐらいしかいなかったと思います。今では2 千人規模の環境ホルモン学会がありますけど、なにしろ当時は僕が取材で訪ねていくと「村松さんがメディアで初めて来られた方ですよ」と言われるばかりで、井口先生ももちろんそうでした。みなさん、重要だ重要だとおっしゃるんですが横のリンクがないし、実際、研究の方向もまだ非常に漠とした状態で、行政もやっと環境省などが目を向け始めていた、といった時期ですね。

──そうしますと、番組で取り上げられた当時は、まさに問題提起にはなり得るけど、確定的、確証的なことは十分証明されていないって言いますか、認められていないような時期だ、というふうに理解していいですか。

 おっしゃるとおりです。ですから、テクニカルタームがなかったことは全くそれを表わしていて、海外ですら色んな用語が並んでいた。endocrine disruptor 以外に、modulator とかmimics とか。日本は日本で、それぞれ先生方が自分なりに訳した用語を使っていたり。外因性内分泌攪乱化学物質とか、内分泌攪乱物質という言葉もあれば、ホルモン阻害物質だとか、業界系の方はホルモン活性物質などと、色んな言い方をしていたんですよ。しかも、おしなべて難しくて、そんなこと言われても誰もわからなそうな用語だったんです。そこで、やっぱり一般市民の方にもイメージとして伝わり、かつサイエンティフィックにも間違っていないタームを作らないといけないんじゃないかと先生方に申し上げて、例えば「環境ホルモン」はどうでしょうという話が上がったんです。「それは非常にいいですね」ということで、『サイエンスアイ』で初めて使わせていただいたという、そんな流れなんですよ。だから手前味噌ですが、「環境ホルモン」というタームができたことは、結果的には一つの求心力にはなったかと思っています。

──そういう段階で番組として取り上げるのは、ちょっと冒険だったのかなぁと感じるんですが…。

 でも、出している情報に関しては、実際に事実として言える事柄を出していて、個々の話は事実なんですよね。ワニのペニスが短くなっているとか、DDE によってワニの男性ホルモンの働きが阻害されるとか、あるいは男性の精子が半分に減っているんじゃないかという話も、科学的議論はありますけれども、少なくとも当時までに世界中で出版された文献に出ている精子数を時代順にプロットしていくと、減少する線が引けるということ自体は事実だたりしますよね。だから、その事実は事実としてお伝えしつつ、それ全体があいまいとした問題を内包しているということ自体が問題だったりするわけなので、僕らはそれを正直に伝え続けてきたつもりです。僕はそれを「わからなさの問題」という言い方をするんですけど。環境ホルモンの問題は、本質はわからない問題なんだってことがわかってきた、ということだと思っているんです。だから僕らは、NHK スペシャルで取り上げたときも「これについては分かっていません」とか、あるいは「日本の北海道で調べてみると精子の数は20年前と比べて変化がありませんでした」ということも正直に出す。そこを判断しなければいけない時代なんじゃないでしょうか。

 僕たちの番組が問題を「煽った」と言う人もいますが、僕らとしては極めて冷静にわかっていることを伝え、わからないことは「わからないんです」とお伝えする。でも、非常にブラックボックスながら、もしかしたら悪い影響を及ぼしているかもしれないこの状況をどう見ますか、ほっといていいと思いますか、ということを提示してきた意識を持っているんですね。

──そういう意識は、非常に私には真っ当に思えるんですけど、実は世の中でつくられている色々な科学番組、科学がらみの番組について見ると、必ずしもそうではないなと感じるんですね。先に結論があって、それを効果的に見せるために科学を裏づけとして使うような。あるいは、そこまで言えないはずなのに言っちゃっている、というところが、特に健康や食品に関する番組でありますよね。テレビならではの、伝え方の問題として非常に難しいところもあるように思いますが、その辺はどんな風に考えてらっしゃいます?

 どこまでちゃんとできているかはわかりませんが、僕らはそこは相当意識してやっているつもりなんです。言えることだけを言おうとか、あるいは、ちゃんと「ここまではこういうデータはあるけれども、これはネズミでしかいえない実験なんで本当かどうかわからない」と正直に言うとか。特に『ためしてガッテン』は、逆に言うとそこを正直にやってきたことでブランド力をつけてきた番組でもあるので、来週(6 月28 日放送)の「環境ホルモン」がテーマの放送回を見ていただいたら驚くと思いますが、およそ「こんなことがわかりました」と納得してもらうための番組では全くないんです。それは番組を見ていただきたいんですが。

──「わからなさ」の問題、というとらえ方には、私も非常に共感できます。

 特に「環境ホルモン」以降、わからない状況をどういう風に考えたらいいのか、どう向き合っていったらいいのか、という点を問題意識として強く感じています。しかも環境だけではなく、経済でも政治でもちょうど90 年代から2000 年代にかけては、まさに「わからなさ」の時代であると思っているんです。「失われた10年」なんていう言い方もしますが、経済が上り調子だったころには考えもしなかったような、まるで先が見えなくなったような状態になっている。政治も国際問題も、教育や格差、安全といった問題も、結局「わからない」
ことにどう向き合えばいいのかがわかってない、という状況なんじゃないかと。そうすると、「わからなさ」を捉えるということは科学の問題のみならず、いろんな所で当てはまる問題でもあるので、じゃあわからないということにきちんと向かい合っている事例を出していくことが個々のシチュエーションに対するメッセージにもなるし、そういうことをわかってもらえれば、逆に環境ホルモンのような問題でも解決につながるかもしれないと思って。

 そこで、環境ホルモンの番組の後に僕は、ラグビーの番組を作っているんです。それは、当時の日本代表監督・平尾誠二さんがワールドカップに臨んだときのドキュメンタリーでした。平尾さんは「これからのスポーツは情報である」と言って、情報戦略という言葉を掲げた。今は情報分析は当たり前ですが、99年ですから、当時はわりと新しい話だったんですよ。そこで上司に、情報だから科学でも扱えますよね、といってやらせてもらったんです(笑)。

 ラグビーはそれまで、極端に言えばとにかく体力任せでやるようなものだったんですが、平尾さんたちが言うには、そうでは全然ない。実はものすごく知的なものであるし、情報処理能力を持っている人間じゃないとできないスポーツなんですとおっしゃってたんですよ・・・。

──なるほど。

 日本は集団球技が押しなべて弱いと。当時のサッカーは弱かったし、ラグビーももちろん、ハンドボールとかバスケットとか皆弱い。それはなぜか。集団で球技をやる場合は、11人とか15人とかが皆同時に何かアクションを起こしながら、一つのことに向かって、ゴールやトライをすることをやらないといけないわけですね。でも、そこでは瞬時に、すべての状況がコロコロと変わっていく。その中で、明確な意思統一があるかわからなくても皆が判断して、結果として意思が統一されているかのように進んだ結果としてトライができたり、ゴールができたりする。そういうわからないシチュエーションに対しての個々の対応能力が日本は全然ないから、日本は弱いっていうことなんです。

 番組では「わからなさ」がどうのこうのとは全く言ってないですが、裏のメッセージとしては、その「わからなさ」といかに向き合うかがこれからの日本を変えていく一つのキーワードになるんじゃないですか、と言いたくて、その意味で今の日本社会に対するカウンターカルチャーになるものを出したかったんですよ。

──非常に面白いですね。

 例えば、その後『迷宮美術館』という番組を立ち上げたりしたんですが、アートの中でも僕は現代アートをやるようにしました。それはもう本当に「わからなさ」の塊だから。

──なるほど(笑)。

 混沌とした状況の中で何をつかめばいいのか、ということを問うていたり、今までの物の見方を変えてみようとか、そういうのがアートのテーマになっていたりもしますので、そこが面白いなと思ってやってきました。それから、日本人はいつからその「わからなさ」に向き合うことができなくなったのか、という観点もありますね。

 例えば『忠臣蔵』の番組をつくったときは、忠臣蔵という話が300年間にいかに姿形を変えてきたかを示したんです。史実としては大したボリュームはないのに、講談とか文楽とか歌舞伎を通してどんどん話が膨らんでいく。江戸時代の頃には、むしろ「わからなさ」を楽しんでいるような状況があって。ところが明治時代以降になると政治目的に利用されていったり、特に戦争のときとかは、国威高揚のために使われたりしたわけです。

 去年作った『映像の戦後60年』では、僕がメインで担当したのは1960年から75年の15年間。しかも市民の皆さんが撮影した映像のみで2 時間構成するという挑戦的な番組でした。僕がこの年代を選んだのは、やっぱり高度経済成長期という「わからなさ」のなかった時代、国民全体が高度経済成長という大きな目標をもって邁進していればよかった時代というのが、一体どういう状況だったのかを見たかったからです。

 映像を選んでいると、やっぱり非常に皆が前向きにがんばって、日本がどんどん良くなっていくという美しい面と、その裏側でひそかに進んでいた非常にダークな部分がよく見えましたね。番組の冒頭に使ったのは大阪万博の映像でしたが、その大阪万博をみんなが能天気に撮っている映像を並べた中に、一人だけ、万博閉幕の直後に、会場がバンバン壊されていく映像を撮っていた人がいるんですよ。その方にお話を伺うと、大阪万博は科学や技術がもたらす明るい未来を提供したイベントだったわけですが、実はその万博の会場が、たかだか半年の会期を終わったあとにバンバン壊されていくと。今までは自分の住む住居とか建物って言うのは、50 年、100 年使い続けるものだったけど、高度経済成長によって日本人が消費することを覚え、その大量消費社会の負の面がついに建築物にまで来たのかと思うと、絶対カメラにおさめなきゃいけないと思ったんだと。

 それは非常に示唆的で、番組のタイトルを「疾走する日本・光と影」としたんですが、まさにそういう感じだと思うんですよ。その人はたまたまそこに気が付いたけれども、大半の人はやっぱり一面的に、発展していく日本の姿に、もちろんいい意味でも、踊らされていったところがあると思うんです。そして、その時代が終わりを告げ、混沌として先が見えない時代がたぶんまさに今で、「わからない」状況と向き合うことは非常に難しいのだということを皆さんどうお考えになりますか、という隠しメッセージを込めたつもりなんです。

 まあこういうやり方は僕のスタイルなんで、これがいいのかどうかはわからないんですけど、自分では一貫して同じテーマを追いかけているつもりです。

──おっしゃったように、あたかも「わからないこと」を隠して邁進したあり方が、いま「わからないもの」をつきつけられてどうしていいかわからず、あたふたした状態になっている、そういう大きな流れで捉えたときに、科学技術と人間との関わりも似たところがあって、本当に私たちが「これがわかりました、あれもわかっています」みたいにどんどん教えられてきたのに、よくよく見てみると、生活に入ってきた科学技術は、使う身でありながらわかっていないことだらけである。で、何か事故が起こったりリスクが生じたりして、ちょっと想像を働かしたら非常に不安に包まれる、みたいな部分がありますよね。

 「高温超伝導」に関するベル研究所の論文捏造事件を取り上げた『史上空前の論文捏造』(NHK BS)もそこにつながっています。よく聞かれますが、当時はまだ多くの捏造事件が出てくる前で騒がれてもいなかった頃なのによくあんな番組を作っていたねと。偶然に過ぎないんですけど、でも時代を先駆けて問題を提示できたという思いはあります。
 
──どういうきっかけだったんですか?

 それも偶然なんですけど、もともとベル研究所の事件自体は知っていて、『迷宮美術館』から解放されて体が空いたんで、そろそろやってみようかなと。ちょうど事件発覚から1年ぐらいたっていたので、関係者の口も多少ゆるくなっているだろうという非常に現実的な理由もあります。捏造の番組は制作に一年かけましたが、こういう具合に番組作りは平気で時間を食ってしまうので、是非やりたいというモチベーションがないとなかなかできないものなんですけど、捏造の話にはそれがあったと思うんですよ。それは、さっきの「わからなさ」の話と非常にリンクしている。

 どういうことかというと、「わからない」というのは、時代状況がどんどん変わっているにもかかわらず、その中にいる人は変化の本質がわかっていない状態ということなのかな、と。万博の例もそうですけど。社会の仕組みそのものが大きく変わっていることまではなかなか体感できてない部分がありますよね。それも本当は大きな「わからなさ」じゃないかと思うんですよ。

 一つの典型が、科学を扱っている科学社会にもあるんじゃないかと。科学自体が爆発的に進化を遂げて、我々の生活も恩恵を受けて豊かになったりしているわけですけれど、その背景に、純粋に科学的なことを追究していればよかったアインシュタイン以前くらいの時代と今はやっぱり明らかに違っていて、科学に企業や商品が結びついたり、それから国家との結びつきもありますし、善し悪しは別としても、少なくともピュアなサイエンスとは違う状況に大きく変化してきたというのがありますよね。

 しかも、かつてはブルジョアの人々が勉強して、自分の趣味や知的好奇心を満たすために行われていた科学が、もはや隣の研究室ですら何をやっているかわからない程、先鋭化して、深く狭くなっている。そういう状態の中で、科学における真理追究を、科学者たちが確認しあった上で次の段階に進むことを担保している仕組み、簡単に言うと論文発表や学会発表でしょうが、その仕組みはなんら変わっていない。一方でものすごくダイナミックに変わってしまった科学に対して、本当に今の仕組みはそれでいいのか? 学会発表も論文も、基本的な仕組みは何も変わっていないじゃないか、と。論文捏造への関心はまさにそこから起こっています。

 つまり、これは「わからなさ」の典型的なケースになっている。社会がものすごく大きく変わった中、その変わった変化に気づかず、その隙間に生まれてしまった大問題こそ捏造だという風に見ることができる話だなあ、と。

──なるほど、なるほど。

 事件を詳しく調べていくと、ジャーナルが捏造を見抜けなかったり、研究所が内部告発を受けても疑惑をクリアにできなかったり、といったさまざまな問題があるんですが、大きな「科学の変容」というものを科学者の人たちがとらえきれていないことが大きいんだろうなと。科学自体はサイエンティフィックに行われているとしても、科学を行う人たちが築いている科学社会で起きていることは、別にサイエンティフィックでもなんでもない。そういうことを皆わかってないのかもしれないな、という問題意識があったんだと思います。

──わかります。最初に「社会と科学をつなぐ役目」っておっしゃいましたけど、これを単純に、科学の業績をわかりやすく伝えることと見なす向きも多いんですが、実は今おっしゃったように、科学者コミュニティーがどんな社会になっているかは科学者自身も語らないし、ひょっとしたら科学者自身も言葉にできていないかもしれない。一般社会から見れば、科学は嘘が許される世界じゃないはずだから、捏造などしたら科学者の命は終わりだよね、と見る。なぜそれが生じたのか、というところまでの理解はなかなか及ばないと思うんです。だから村松さんの番組は、両方に対する問いかけになっていると思うんです。科学者と、市民と。科学というもの、科学者コミュニティーというものの深いところにぱっと光をあてた感じになっているので、いいなと思ったんですね。

 ありがとうございます。

──ところで、村松さんは番組づくりを通して、たくさんの科学者・技術者と関わるでしょうが、そういう時の立ち位置についてはどうお考えでしょう。つまり、一般市民を代表し
てらっしゃる面もあるだろうし、科学者寄りで動いているところもあるだろうし。そのあたりで、どの辺に身をおいてらっしゃるのかな、と…。

 理系というキャリアが役立ったことは全然ないかなと思うんですけど(笑)、科学コミュニティの雰囲気はわかっているので、それは大きいと思いますね。わかっているのでシンパシーもありますし、基本的には僕は応援団のつもりでいるんですよ、やっぱり。いい形で科学社会が発展していけば、その恩恵は大きいでしょうし。問題は、そのいい形が何で、本当にその方向に導かれていくかでしょうね。だから、そこで問題がないかどうかきちんと見立てるという姿勢は必要と思っています。

 それから、NHKに入ったときにまず言われたのが、「理系出身で科学に詳しいからこそ科学番組が作れる、という考え方は捨てなさい」と。今振り返ってみると非常に真理だと思います。これは経験則的な話ですが、なまじ科学の知識をすごく持っていてその知識を伝えようという思いが強い人が作る番組ほど、つまらないんです。その場合、伝わらないですね、経験則としても。それは、知識を持っていることによって、興味のもちどころが普通の人からどんどんズレていってしまうことが最大の問題なんです。取材すればするほど面白くなり、こんなこともあんなことも聞きたいとなるんですけど、もちろん十分に取材はしますが、その結果をストレートに出しても一般市民にとってはたいした意味はないんですね。

 先日の『ためしてガッテン』の「ひざ痛」の回で、ひざの中で炎症を起こしてビラビラになった部分を説明するのに、担当ディレクターに「軟骨がそうなっているの?」と聞くと、「いや軟骨じゃないんです、かつ膜というところがそうなってて…」などと細かに説明し始めて「それをCGで表現したいんです」とか言うんです。でも普通の人にとっては、軟骨かかつ膜かはあまり意味がなくて、ビラビラで痛そうな炎症があるということだけで十分だと言ったんです。こういう知識にはまると、どんどんズレていっちゃう。もちろん科学の知識はきちんと押さえた上で、しかしそれに埋没して本当に一般の人たちが欲しい情報や、僕らが本当に伝えなきゃいけない情報が隠れてしまうこともあるんだ、ということです。

 同僚との話でも、「エル」と「ワル」の違いという話になって、僕らは「伝える」んじゃなくて「伝わる」ことをしよう、と。かつ膜がどうこうというのは「伝える」の話であって、「伝わる」の話は、炎症をいかに起こらなくしてあげるかということなんですね。
 
──なるほど。

 「伝える」ためには科学的知識は必要ですけど、「伝わる」ためにはともすると知識が邪魔することもある、ということなんだと思うんです。だから、取材でも相当気をつけながら取材をしています。こちらが無知では取材相手がしゃべってくれないということもありますが、知っていれば、こいつわかってる奴だなと教えてはくれるけれども、そこにまた埋没し過ぎてはいけない。視聴者にとって必要な情報が逆に出てこないケースもあるからで、その駆け引きとか加減は取材のテクニックとしてものすごくデリケートなところがあるんですね。論文ばかり積み上げているディレクターもいるんですが、それだけではろくな番組にならなかったりする。一回引いた目で、「伝わる」ことにこだわれるか。

 そうなると、なるべく立ち位置は一般市民の側に立つことが基本ですが、でも姿を変えながら、科学者の方に立ち位置を置いてみたりしないと、また問題も見えなかったり。そうして行ったり来たりするということでしょうね。知識が不要というわけでは決してないのは、番組でひとこと間違えるだけで直ぐにお叱りをうけてしまうポジションでもあることからわかってもらえるでしょう。だからやっぱり、膨大な取材で知識は蓄積しながら、一般市民の立場で物を見る「複眼」が不可欠ですね。

──「科学コミュニケーション」という観点からご自身のお仕事を見ると、どうお考えになりますか?

 僕は、最近の「科学コミュニケーション」の議論とはやや違うところから、科学コミュニケーション的なことをやらせていただいていると考えています。コミュニケーションにはもちろん相手がいますが、僕らにとっては例えば視聴率だったり、視聴者からの問い合わせの
電話やお手紙を通じてコミュニケートしていたり、場合によっては本当に社会が動いていくことでコミュニケーションしているんですね。『ガッテン』の中でも、「血液
サラサラ」がブームになるとか。去年は「寒天」について放送したら、放送日が「寒天の日」になってしまった、これはいいんだろうか、みたいな(笑)。

 たぶん「科学コミュニケーション」といってもそのコミュニケーションの相手や種類によってやり方は全然違うとは思いますが、基本的には相手の気持ちを考えることが大事ですよね。僕らは、すぐにでもチャンネルを変えてしまいそうな視聴者の皆さんを相手にしている。つまらないと思ったらバラエティ番組に変えられちゃう。45分間チャンネルを変えられないよう引き付けることは至難の業ですよ。だから編集した映像の1カットや台本のコメント一つとっても、絶対チャンネルを回させないというような魅力をつくるために、相当な努力をしているという思いがあって、それでやっと45分間見続けていただける。テクニック論に聞こえるかもしれないですけど、実際に見てもらうことで僕らが伝えたかった事や思いが伝わるわけで、こちらが自信をもっているものであればこそ、そういう努力をするわけです。だから一般市民の方の目線や気持ちを極めて大事にしないとできないので、その辺が今行われている科学コミュニケーションの議論と違うように感じます。基本的に、科学者と科学者周辺にいらっしゃる方で議論が行われていますよね。

──そうですね。

 仕方のないことだとも思いますけども、やっぱり見立て方が研究者側に偏れば、コミュニケーションにはならないんじゃないかなと。サイエンス・カフェなどの試みは風穴をあけることにもつながっているとは思うんですが、そうした場で、ある程度関心をもって来る、モチベーションや意欲がある人に対してのプレゼンテーションやコミュニケーションとは違って、テレビの向こうの視聴者は、普段の生活の中で科学なんて関係ないように思っている人が大半を占めている。でも、うまいことプレゼンテーションすれば関心を持っていただける余地があるものなので、そのプレゼンテーションの仕方で全然違ったりすると思うんです。そういう意味で、僕らなりにコミュニケーションの専門家としての自負もあったりもするので、がんばりたいとも思っていますけどもね。

──非常に広い意味で教育的というんでしょうか。子どもたちの興味をかき立てようあの手この手で工夫していらっしゃる学校の先生に通じる点があるように思えますね。でも面白いのは、番組の場合、自分たちで次はこれをねらって世の中にこういう影響を与えてみよう、というクリエイティブなところがあると思うんです。

 その点については、こう考えてみると面白いと思います。最近、科学コミュニケーションを担う人の「肩書き」や「呼び名」が議論されることがありますよね。

──ありますね。

 コミュニケーターとか、トランスレーターとか、インタープリターとか。それはそれとして、では僕らディレクターは自身をどう捉えて考えているかというと、僕らは自分たちのライバルとして、例えばヒッチコックとか、黒澤明、小澤征爾とか、あるいはディズニーとか、ブロードウェーのプロデューサー、そういう人たちを考えるんです。コミュニケーションの概念が全然違っていると思うんですが、それを職業的に考えていくと、科学的に考えるという側面をひとまず除けば、相手の心を読む心理学者みたいな側面も必要ですし、市民のニーズを探るマーケティング・プランナーでもあるし、映像センスで言えばクリエーターですし、多種多様な職業を広く浅くフォローし合体させているようなところがあって、他にもスタジオ収録やロケではスポーツ選手のように、瞬間瞬間の相手の動きに合わせるという反射神経的な動きも必要。スタジオ収録では立川志の輔師匠とうちの小野文惠アナがゲストと向き合うわけですが、実はゲストには台本も何も渡していない。本当にわかってもらえるかの真剣バトルなんですね。そこを僕らもバックアップしながら瞬時に対応していかなくてはいけない。

 だから総合芸術だと思うんです。大きく言えば、ですよ(笑)。科学コミュニケーションをするってことは、科学をそれくらい総合芸術のように捉えて人々にプレゼンテーションしないと、「伝える」じゃなくて「伝わる」にならないというふうに思うんです。だから、最近の議論の状況と、僕らが思い描くコミュニケーションの実像とのギャップを、それを悪いとは言いませんが、違うんだなあという感じはすごく抱いたりしますね。

──それは面白い視点ですね。私も科学技術コミュニケーションを話題にするとき、はたと考えて、「コミュニケーションの技術を考えるなら、なんで演劇のことなどを取り入れないの」なんて思うんです。そういう分野はものすごく厳しく鍛えられてきたコミュニケーションを備えているわけですから、今さら科学技術に関わっている人だけでコミュニケーションをどうこう論じるのはちょっとヘンだなと思うところがあって。今おっしゃったように総合芸術的な要素というのは、なるほどと思います。それで黒澤、小澤と並んでいるんですね(笑)。

 足元にも及ばない巨人たちですけど。せめて心の部分だけでも、そういう人たちに伍して戦わねば、くらいに思ってないといけないんだろうなと。

──最後に、テレビというメディアについてお聞かせ下さい。

 例えば、テレビがもっとインタラクティブになるとか、メディアとしてのテレビについていろんな議論が盛んですが、一方では、市民メディアを市民が自ら創ろうといった動きなどもありますね。そういう中で、テレビというメディアのあり方や今後について、村松さんの思いをちょっと聞かせていただけますか。

 大先輩に相田洋さんという、『電子立国・日本の自叙伝』という番組を手がけられた方がいますが、その方が「番組っていうのはバナナの叩き売りなんだよ」とおっしゃるんです。これは非常によくわかります。つまり、バナナの叩き売りもある種、総合芸術みたいなところがあって、たかだかバナナなのに、そのバナナをいかに魅力的に、今あなたはこのバナナを買わないと損をしますよ、ということを様々なテクニックを使って語るわけです。品物の鮮度も落ちてはいけない、という点では情報も全く同じですし。しかも、そこを人が通過してしまうだけでは売れないわけで、チャンネルを合わせてくれるかどうかという面と同じ。他には紙芝居屋さんとか、僕もあんまり知らないですけど(笑)、でも子供たちを引き付けるプレゼンテーションの達人でしょうね。そういう人たちが実質的なライバルなんですよ(笑)。

 そう考えていくと、インターネットとか情報をとりまく様々な事情は変わってきているとはいえ、いずれにしろテレビの本質は「バナナの叩き売り」なんだと。それはたぶん変えようがないし、そこに特化していくことが僕らの生きていく道かなと思うんですね。インターネットは非常に能動的なツールでもあって、検索するにしても、キーワードを入れなければYahoo もgoogle も動かないわけで、自分が知りたいことをずんずん調べられるけど、それは知りたいと思うモチベーションがあるからできるのであって、知識を得るツールとしては非常に便利なんでしょう。インターネットとか本とか、いろいろある中で、テレビは一番伝えなければいけないエッセンスをちゃんと抽出して、しかも興味のない人であっても心地よく見ていってしまうというように誘ってあげることが「商売」なんだと思います。

──一面的な見方では、テレビは受動的などと批判されますが、実はそういった状況であっても、ふっと見ていたら引き込まれて、見終わった後に社会を新しく見ていく、といった
狙い方だと理解していいですか。

 そうですね。それは「わからない」話ともつながっていて、今の時代はあまりにも情報がたくさんあって、でも、必要な情報や知識にたどり着ければいいですが、これだけ情報過多になると、むしろその知識にたどり着こうとも思わないということの方がよっぽど多いんだろうなと思うんです。しかも、みんな忙しい。本当は知っておかなくてはいけないけれども、わざわざアクションを起こして知ろうとは思わない。それでも重要なものって言うのは、実は山のようにあると思うんですよ。科学界でも科学者ですら気づいていないような重要な科学的な話もたくさんあるでしょうし。

 そういった非常に複雑化した情報過多の時代の中で「わからない」シチュエーションが広がっている。しかも情報が一個見えてきたことによって、さらにその裏側の大きな「わからなさ」が増えていく、どんどん宇宙が膨大していくような状況が21 世紀のいまなんじゃないかという思いがあるので、「こういうことって大事でしょ」と上手に切り取ってプレゼンテーションしてあげるメディアは、やはりテレビでいいのではないか、と。今話しながら、さらにそんな気がするんですけども(笑)。

──僕も生まれて間もない頃からテレビを見ているわけですけど、テレビへの憧れって何かと改めて考えてみたら、今のお話が響いてくるものがあります。いい話をうかがいました(笑)。今後ともいい番組をつくっていただきたいですし、私たちも番組の感想や、面白い話題を提案できたらなと思います。

 是非お願いします。僕らも、情報の見立て方を教えてくださる皆さんのような人たちにおんぶに抱っこで成り立っている仕事ですから。既にある事実や価値、あるい
は見立て方を、僕らなりの考えを通してプレゼンテーションしているということなわけです。クリエイティブでもあるけど、それは人様に色々力を貸していただかないとできないということも事実ですから、もっともっと勉強させていただきたいと思っています。

──今日は本当に長い時間ありがとうございました。

村松さんの新著案内

村松秀著『論文捏造』中央公論新社(中公新書ラクレ)、2006年9月10日発売予定。予価:903 円(税込)
インタビュー中でも触れられている番組「史上空前の論文捏造」をもとに、科学界の問題点に迫っています。この機会にぜひお読み下さい。

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