写図表あり
市民研csij-journal 025 nano-ireland.pdf
ナノ技術と食品
アイルランド食品安全局
ナノ技術とは、少なくとも一方向において100ナノメートル以下という、非常に小さな粒子(ナノ粒子)を利用することです。1ナノメートルは1000億分の1メートルにあたります。
ナノ粒子の化学的・物理的性質は、同じ物質のより大きな粒子とは相当にちがうことがあり、通常なら不活性な物質が、反応性を高めることも稀ではありません。
まだ新しい分野ではありますが、ナノ技術はすでに化粧品などの製品製造に応用されており、ある種の病気の診断・治療に役立つともいわれています。ナノ技術にはこのように有用な点も多数ありますが、ナノ粒子と人畜および環境との相互作用については、まだ十分な研究がなされていません。
ナノ技術は食品の安全性と栄養価を改善すると業界はみており、そのような製品は世界の一部ではすでに市販されています。
この小冊子は、ナノ技術と食品の用途・安全・規制との関係について、客観的な概説を簡潔に、みなさまにお伝えすることを目的としています。
ナノ粒子の大きさ
ナノ粒子は人間の目には見えません。少なくとも一方向において100ナノメートル以下ということは、本のページの厚さ(平均100,000ナノメートル)の1,000分の1、あるいは細い人髪の直径(平均10,000ナノメートル)の100分の1という小ささなのです。
ナノ粒子の特徴
ナノ粒子においては、質量のわりには表面積が相当大きくなるので、反応性や表面電荷などの物理的・化学的性質が、同じ物質のより大きな粒子とは相当に違ってきます。たとえば金は、通常は電流を通し化学的には不活発であり、色は黄色ですが、それに対して金のナノ粒子は、半導体であり化学的には活発であって、しかもその色は、粒子の大きさに応じて、桃色から赤あるいは橙色へとかわります。大きさが小さいということはまた、より大きな同一物質ならば到達しないような人体の部位に、ナノ粒子であれば到達し得るということをも意味しています。しかし、そのような特性をもったナノ粒子の、人畜の健康および環境への影響については、まだ不明な点が多いのです。
食品中のナノ粒子
ナノ技術は、さまざまな食品の製造において、味・色・香り・感触・濃度の改善のために使用されることがあります。ナノ技術はまた、特定栄養成分の吸収を改善することにより、食品の栄養価を高めるためにも使用されえます。
蛋白質・炭水化物・脂肪のような、食品中に元来含まれる有機成分は、ナノ粒子としては、大きな重合体からより単純な分子まで、さまざまな形態をとりえます。有機ナノ粒子はまた、接取を改善するための栄養成分のカプセル化、ないし不快な風味の遮断といった、特定目的のために製造されることもありえます。金・銀・チタンなどの無機ナノ粒子は、食品中に本来ふくまれるものではありませんが、保存料その他の添加物として、広範な用途をもっています。
食品包装中のナノ粒子
未来の包装は、単に食品を周囲の環境から保護するにとどまらず、感覚面や安全性の向上をともなう多機能的なものになるかもしれません。
「現代風の包装」は以下のような特徴をもちえます。
伸縮性・気密性および温度・湿度への安定性をもつ、食品に接触する素材。
品質保持期限、あるいは風味等の感覚特性を改善するような、ナノサイズの抗菌剤・抗酸化剤ないし香料を放出することができる、活性をもった食品接触素材。
特定の微生物や化学物質を検知し、製品の安全性や追跡可能性を向上させる、「知性のある」食品接触素材。
生分解性ポリマーとナノ素材との混合物。
2008年11月に、ヨーロッパ食品安全局の「食品接触素材・酵素・香料・加工助剤に関する科学作業団」は、PETボトル1キログラムにつき20ミリグラム程度の窒化チタンナノ粒子は、溶出することはなく、したがって食品汚染の危険があるとはいえないとする、利用に積極的な意見を採択しました。
水質浄化
都市でも農村でも、さまざまな原泉からの化学物質および微生物により水が汚染されているので、水質の維持は世界中でますます重要な課題になっています。ある地域では、細菌やウイルスを水から除去するために酸化アルミニウムナノ繊維がもちいられているし、酸化ランタンないし酸化鉄のナノ粒子が、それぞれ硫黄および砒素を除去するために、使用されることもあります。
食品中ナノ粒子の安全性
人体へのナノ粒子の曝露は、皮膚接触・吸入および粒子を含む食品の摂取によりおこりえます。ナノ技術の有用性に関する調査研究は着々と進んでいます。ところが、ナノ粒子が体内でどうふるまい、どう作用するかということに関する知識は十分ではなく、したがって、この技術の安全性を確立するためには、解決すべき課題がまだ多々あります。こういう情報の欠如を埋めることもさることながら、ナノ技術を利用して製造された食品の安全性を評価するのに、既存の危険評価の方法がはたして適合するのかという問題も、また検討されねばなりません。
食品中に本来ふくまれる有機ナノ粒子の多くは、人体の安全に直接の影響をおよぼすとは思われませんが、栄養分の摂取改善にそれらを使用した場合には、一日許容摂取量あるいは一日推奨摂取量といった安全性基準について、再考することが必要になるかもしれません。それに対して、銀やチタンなどの無機ナノ物質は、食品に直接に使用するにせよ、あるいは食品接触素材に使用するにせよ、より厳格な安全性評価を必要とするでしょう。このような無機粒子は、有機粒子にくらべてより反応性が強い一方で、その体内での挙動と作用については、まだわかっていないことが多いのです。
食品製造・包装に使用されるナノ技術に対するヨーロッパ連合の規制
食品製造におけるナノ粒子の使用は、ヨーロッパ連合においても各国においても特別に規制されることはなく、むしろ既存の規制で十分と一般には考えられています。一般食品法(規制EC178/2002)は、「安全でない食品」は市販されてはならないと定めています。特殊食品に関する規制(規制EC258/97)によると、ナノ添加物を含んでいたり、ナノ技術を用いて製造されたりする食品は特殊食品であって、販売以前に安全性評価をすることが要求されます。食品添加物は、ヨーロッパ食品安全局による安全性評価をへなければ、認可添加物の目録に記載されません。認可された添加物が、たとえばナノ粒子などのことなる形態で使用される場合には、その製品の安全性を再評価し、あらためて認可をえることが要求されます。
食品接触素材の規制が、主として「食品に接触する物質・素材に関するヨーロッパ連合規制」(規制EU1935/2004)から発している一方、「ヨーロッパ連合再利用プラスチック食品接触素材規制」(規制EU282/2008)は、再利用の過程が、ヨーロッパ食品安全局による危険評価を経て、認可されることを要求しています。「活性のある」あるいは「知性のある」食品接触素材が、使用される以前に、ヨーロッパ食品安全局の安全性評価をうけることを要求する、より進んだ法制度も、ヨーロッパ議会により策定されています。
ナノ技術およびその食品への使用を規制するのに、現在のヨーロッパ連合と各国の法制は十分と思われますが、ありうる規制の欠陥を補うために、より進んだ法の整備がヨーロッパ連合ではおこなわれているのです。
市場におけるナノ食品
少なくとも1種類の、ナノカプセルを含むサプリメントがアイルランドでは市販されていますし、ヨーロッパ食品安全局は最近、ある種の瓶の製造における、窒化チタンナノ粒子の安全性を積極的にみとめる意見をだしています。2008年にフィンランド税関は、ナノカプセル化によりビタミンCの吸収性能を向上させたとする、あるサプリメントの輸入を阻止しました。フィンランド当局は、他国や協議会とも協議して、この製品を、販売前に安全性評価と認可が要求される、特殊食品とみなしたのです。しかし、ナノ技術を使用した食品原料やサプリメントのなかには、インターネットで売買されているものがいくつもあり、それらを規制するのは困難なのが現状です。
食品製造におけるナノ技術に関する既刊報告
ナノ技術およびその食品製造への応用に関する詳細な情報は、いくつかの文献からえることができます。
●アイルランド食品安全局『食品・飼料産業におけるナノ技術の応用と食品安全との関連』(2008)
http://www.fsai.ie/publications/reports/Nanotechnology_report.pdf
●アメリカ食品医薬品局ナノ技術作業団『ナノ技術』(2007)
http://www.fda.gov/nanotechnology/taskforce/report2007.pdf
●イギリス王立協会『ナノ科学とナノ技術・機会と不確実性』(2004)
http://www.nanotec.org.uk/finalReport.htm
原文:Nanotechnology and Food by Food Safety Authority of Ireland (FSAI) 2009
http://www.fsai.ie/assets/0/86/204/faf0f328-fdae-4983-a4c8-27a0104ecb79.pdf
この翻訳は、市民科学研究室が共同研究に加わっている、JST(科学技術振興機構)社会技術研究開発センターによる研究開発プログラム「科学技術と社会の相互作用」平成19年度採択課題のひとつである「先進技術の社会影響評価(テクノロジーアセスメント)手法の開発と社会への定着」(研究代表:鈴木達治郎(東京大学 公共政策大学院 客員教授))の研究の一環としてなされたものです。翻訳は、杉野実、畠山華子、上田昌文が行いました。)