はじめに
敗戦50年の節目にあたる今年、アメリカのワシントンDCにあるスミソニアン航空宇宙博物館は、日本への原爆投下、第二次世界大戦の終結、そして戦後の冷戦構造の意味を歴史的な立場から考察し、大衆の教育をねらった「エノラ・ゲイ50周年記念特別展」を企画した。だが、アメリカの「世論」の猛反発を受けることとなり、その企画内容は完全に骨抜きにされたばかりか、博物館のハ-ウィット館長が、辞任を強要されるという政治問題に発展し完全に葬られてしまったのである。
ここでいうアメリカの世論とは、退役軍人協会、アメリカ政府議会、マスコミなどの強圧的な問答無用の猛烈な反発であった。最近のアメリカの政治情勢は、原理的キリスト教徒の台頭による右傾化(1)とアメリカ政府議会における共和党の躍進等々による保守化(2)などの政治情勢の動向もあいまって、日本への原爆投下こそが、第二次世界大戦を終結させる決定的な要因であったとする、いわゆる「原爆神話」によって、博物館側の学芸員たちの歴史の見直しの目論みは、完全に封じ込められたのである。
アメリカの気鋭の占領史研究家で、今回の原爆展の諮問委員の一人で企画にもかかわったスタンフォ-ド大学教授バ-ンスタインによれば、この間の原爆論争は、歴史認識をめぐる戦いであったと総括するとともに、短期的にみれば、勝者は、米国退役軍人協会、米国空軍協会であったかもしれないが、皮肉にも、国立航空宇宙博物館の展示中止をめぐる熾烈な論争は、過去の原爆問題に今後高い関心もたれるであろう、と見ている(3)。
こうして今回のアメリカにおける歴史解釈をめぐる原爆論争は、博物館側の敗北に終わったのではなくて、いまはじまったばかりなのであり、昨今の日本の第二次世界大戦での侵略行為をどのように日本国家として明確にして行くか、さらには、日本厚生省が推し進めている「平和祈念館計画」をどうみるか、とも関係する、歴史認識の根本に据えられる貴重な教科書でもあるのである。
というのも、のちにみるように、スミソニアン航空宇宙博物館の学芸員たちは、アメリカ政府議会直轄の国立博物館で、日本への原爆投下した当事国と人間として、自らの国家の行為、そして第二次世界大戦の総体を見なおそうと、世界に訴えたこと、それ自体から、われわれは学ぶべきなのである。
そもそもあるべき博物館とは、「重要な史実をすべて公けにし、建設的な議論を招くものではならず、権力を後盾にした歴史の一方的な解釈を押しつけたり、在郷軍人会や遺族会といった特定の利害グル-プに歴史を私物化させる場ではあっていけないのである」(4)。
こうしてみてくると、敗戦50年の節目にあたり、日本の歴史認識が国際的にも注目をされているこんにち、スミソニアン航空宇宙博物館の学芸員たちが企画した原爆展が、どのような目論みで企画されたのか、アメリカ世論を巻き込んだ熾烈な論争はどのようなものであったのか、そしてどのような終末を向かえたのか、といったことを、歴史認識形成のための教訓としておさらいしておくことも無意味ではあるまい。
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