ナノテク未来地図の作成作業から(前編)

投稿者: | 2007年9月2日

写図表あり
csij-journal 008-009 yoshizawa.pdf
ナノテク未来地図の作成作業から(前編)
吉澤剛
(ナノテクリスク勉強会メンバー)
ナノテクリスク勉強会ではこの夏、ナノテク未来地図を作成するにあたりナノテクに関わる専門家10名にインタビューをおこない、先日ホームページ(http://www.csij.org/04/nanotechrisk/)にてその内容を公開した。詳細な内容についてはホームページを見てもらうとし、ここではインタビューをおこなった感想や印象について簡単に触れ、専門家の素顔が垣間見えるようにしたい。
• 渡辺敏行さん(東京農工大学大学院共生科学技術研究院・工学府応用化学専攻教授)、6月6日
二酸化炭素からダイヤを作ったり、光によって運動エネルギーを得る有機物質の研究、細胞活性を高めるナノ加工など、ナノテクの幅広い分野について研究に取り組んでいることをうかがった。ナノテクの将来についても、さまざまな分野に対して深い洞察に基づいたコメントを頂き非常に参考になるものであった。ナノテクといっても一般の科学技術と変わらないと述べていた。話がとても分かりやすかったことが印象的であった。
• 阿尻雅文さん(東北大学多元物質科学研究所教授)・梅津光央さん(東北大学大学院工学研究科准教授)、6月11日
ナノ粒子の検出・計測・リスクについて関心を持ち、研究を進めようとしている両氏にうかがった。ナノ粒子の懸念される部分として、環境ホルモン、シックハウス症候群の二つを挙げていた。環境と医療の分野では受動的・能動的ということでリスクの扱いが異なるであろうことも指摘していた。ナノ粒子の検出やリスク評価と新しいナノ粒子の生成はニワトリと卵のようなもので、どちらも並行して進めていかなければならないと訴えていた。
• 山本健二さん(国立国際医療センター研究所国際臨床研究センター長)、6月25日
幅広い話題について独自の考えを持っており、未来の社会像を考える上で興味深い話を展開していた。ナノテクといっても従来の技術と同じことであり、リスクは研究開発者が先頭になって背負っていることも変わらない。米国のようにあえてリスクを承知で新しいものに対して引き受ける体制や、種々の倫理委員会がボトムアップ的に合意形成を図っていく仕組み、国際的な意識の共有が必要であろうと述べていた。
• 鈴木和男さん(千葉大学大学院医学研究院免疫発生学・炎症制御学教授)、6月26日
金属ナノ粒子であれば体内の蓄積に関する知見はなく、従来の化学物質とは扱いが違うという見解であった。アスベストの問題に対してもそうあるべきであるが、研究の半分をリスク評価にあてるなどして、研究費のあり方を構造的に見直すべきということを強調していた。テーラーメイド医療に対しては、医師不足の現状が続けば、余裕のある一部の大病院を除いて実現が難しいだろうという現実的な見方を示していた。
• 村山英樹さん(フロンティアカーボン株式会社副社長・開発センター長)・木下隆代さん(フロンティアカーボン株式会社営業販売センターGM(兼)知財・広報・学術機関担当GM)、7月6日
フラーレンの大量製造をおこなうことのできる世界で唯一の会社であり、そのために高い企業責任を持ってビジネスに取り組んでいる印象を受けた。ナノテクノロジーは技術発展に必然的な道のりであるとし、環境への影響の低さ、ITデバイスやエネルギー分野への応用可能性から見てフラーレンは有望であると語っていた。この技術にかける思いと同時に、社会全体を良くしていこうという強い責任感と意志が見えた。
• 亀井信一さん(株式会社三菱総合研究所先端科学研究センター長)、7月25日
ナノテクの政策的側面に話が集中した。アメリカの国家ナノテクノロジー戦略(NNI)を高く評価しており、分かりやすい技術的目標を御旗に「目的に最適な手段を選択する」という合理的な研究開発システムを見習うべき、としていた。また、日本人はビジョンを描くのは苦手とよく言われるところにも触れていたが、それは新しい概念を提示した人をあまり尊敬しないからだ、というくだりはうなずけるものであった。
• 甕(もたい)秀樹さん(産業タイムズ社週刊ナノテク編集長)、7月30日
ナノテクの産業振興によって地域活性化を目指すという方向性が明確であった。ナノテクのそれぞれの応用分野について広範な知識を元に現実味のある将来像を示してくれた。リスク面について見ることも大事だが、日本の企業は自主的なリスク管理ができているだろうと信頼を寄せていた。目標というよりも夢を与えることが大事であり、ナノテクなどのものづくり産業が若い人たちを惹きつけるものにしたいと期待していた。
• 岸村顕広さん(東京大学大学院工学系研究科マテリアル工学専攻助教)、8月3日
ナノバイオインテグレーション研究拠点に属している若手の研究者であり、この拠点の広報活動にもたずさわっている。DDS(ドラッグデリバリーシステム)を最終目標にした研究をおこなっており、必ずしもナノサイズにこだわっているわけではない。モノを作るところから始めているため、最初から安全な物質を使っていこうという姿勢が見えた。「ナノテク」は一般の人に歩み寄るための言葉として大事だというところが興味深かった。
• 野田優さん(東京大学大学院工学系研究科化学システム工学専攻准教授)、8月10日
さまざまな話題について非常に明晰な回答が得られ、また知識の構造化に関してとても参考になる話を聞けた。応用につながる単層カーボンナノチューブの合成について研究開発をしており、将来の用途についてかなり意識的であった。太陽電池に使う透明電極や、その他稀少元素の代替として有望であろうと期待している。リスクについてはライフサイクルアセスメントのような評価が必要であろうと述べていた。
• 五島綾子さん(静岡県立大学経営情報学部・大学院経営情報学研究科教授)、8月25日
自己組織化など新たなパラダイムとして、生命科学とナノテクが融合した形で発展することがナノテクの本質ではないかと語っていた。エントロピーが増大しないような形、すなわち省エネルギーの実現を目指し、物質のライフサイクルを意識したナノテク分野への展開が求められると強調していた。幅広い知見をもとに科学の将来について長期的な見通しを持ち、また科学者として鋭く自己批判的な見解も持っていたことが印象に残った。
以上のように、回答者は工学系、化学系、医療系の科学者のほか、企業経営者・研究者、ジャーナリスト、シンクタンク研究員、科学社会学者などさまざまである。インタビュー対象者は年齢や職業、所属組織、研究領域が分散されるように努めたが、結果として大学研究者が中心となった。インタビュー候補者を慎重に選定して連絡を試みたものの、大企業の担当者、労働安全や環境リスクの分野の研究者などへのインタビューは実現せず、今後の課題となっている。より幅広く政策形成者や科学コミュニケーションにたずさわる専門家も検討したが、ナノテクについて一定の知識や関心を持っている人材を見つけることが難しく、今回は対象から外している。
 ナノテクリスク勉強会のホームページでも説明しているとおり、インタビューは対話を重視して、あらかじめ決まった質問項目は用意しなかった。いろいろな話題について会話し、得られた内容を整理して各回答者に共通の話題を6つ抽出した。(1)ナノテク(ナノ粒子・ナノチューブ)とは何か?(2)ナノテクに関する取り組み、(3)将来像、(4)ガバナンス(政府の政策や大学・民間でのマネジメントのあり方)、(5)リスク、(6)社会とのコミュニケーション。これらの話題を見ると、ナノテク、社会、専門家のそれぞれをつなぐものとして次の概念図でまとめられる。
• なぜ専門家にインタビューをしたのか
ナノテクのことについて知りたければ、わざわざ専門家にインタビューしなくても、適当な入門書・専門書やネット上の情報がたくさんある。ナノテク未来地図を作成するにしても、ナノテクに限らずいろいろな技術予測やビジョン、シナリオの作成はすでにあちこちでおこなわれている。私たちにはナノテクについての特別な知識や経験もない。なぜ専門家にインタビューをしたのか?なぜナノテク未来地図を作成しているのか?なぜ市民研がおこなっているのか?
 ここではひとまず、最初の疑問に対して次のような答えをしたい。下の図はナノテクと社会の関係である。市民参加活動の問題設定としてよく見られる図式である。すなわち、私たちはナノテクをどう受容(あるいは意識・理解)し、ナノテクにどう関与するかという問題である。
しかしナノテクは私たちにとって見えやすいものでも、分かりやすいものでもない。ナノテクという言葉は耳にするが、ことさら意識することはなく、またきちんと理解しているわけでもない。そのようなナノテクにどう関わったら良いか、にわかには分からない。実際のところは次の図のような関係として考えた方がいいだろう。
この図でナノテクが点線で囲まれているように、ナノテクにははっきりした境界線はなく、専門家によっても定義が異なる。専門家はそれぞれナノテクはこういうものだという定義をおこない、研究開発や製品への応用などの形でナノテクにそれぞれ関与している。専門家はそれぞれ社会に対して研究成果や製品のアピールという形で、あるいはフォーラムやサイエンスカフェなどを通じて社会とのコミュニケーションを図る。つまり私たちがナノテクを理解したりナノテクに関与したりするときに、ナノテクそのものがこちらに働きかけてくるわけではなく、それを媒介する専門家がいるのである。上の図で専門家がナノテクの方に寄っていることに注意してほしい。ここでの専門家とは直接ナノテクの研究開発や製品開発、普及などに関わる者であり、科学と社会の橋渡しが専門という意味での専門家ではない。先にも述べたように、特にナノテクについては大学や研究所、業界団体、消費者団体、マスメディア、NGOや自治体を見回しても、橋渡し役となる専門家が少ないのが現状である。つまり、今の段階では第一線のナノテク研究者が社会に対するコミュニケーションに対しても中心的な役割を担わざるをえない。一般市民はそうした専門家からナノテクについて学び、彼らとコミュニケーションを図ることになる。したがって、彼らがナノテクに対して何を考えているかはもとより、現在や将来の社会に対して何を考えているかを知ることはとても重要になるのである。それが、今回のインタビューの動機である。
 しかしなぜ未来地図なのか?そもそもここで言っている未来地図とは何か?なぜ市民研がおこなっているのか?という疑問は残る。また、上の図で専門家とナノテク、専門家と社会を複数の線でつないでいるように、専門家の見方は一様ではなく、さまざまであると考えられる。どんなタイプの専門家がいて、どのような考え方を持っているのか?上で紹介した10名のインタビューを整理すると、専門家には大まかに3つのタイプがあることが分かった。それについては次の機会に説明したい。■(つづく)

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