電磁調理器計測:ノヴァ研究所から得たアドバイス

投稿者: | 2005年10月30日

欧州取材記②
電磁調理器計測:ノヴァ研究所から得たアドバイス

上田昌文
pdfはこちら→emf_017.pdf
今回の欧州旅行の主たる目的は、電磁調理器(IHクッキングヒーター)の調査研究に役立つ情報を収集し、確定的ではないが懸念される電磁波リスクに対して予防原則をいかに適用して対処すべきかという点について専門家たちと意見を交換することだった。訪れたところは次の3箇所であった(前回報告したWHOワークショップを除いて)。
・スイス連邦政府保健局(Bundesamt für Gesundheit、ベルン):研究員のMartin Meier氏
・オランダ政府「健康評議会」(Gezondheidsraad / Health Council of the Netherlands、デン・ハーグ):Executive DirectorのW.F. Passchier 氏
・ドイツのNPOであるnova研究所(nova-Institute、ケルン):Peter Nießen氏およびMonika Bathow氏
ここでは、まず調査のねらいについて述べ、欧州取材で得た有用な情報を簡単に紹介してみよう。
●なぜ電磁調理器をとりあげるのか
電磁調理器(IHクッキングヒーター)は、現在電機メーカーが普及を狙う主力商品の一つになっている。火をまったく使わずに焼いたり煮たりするこの厨房の機器が「調理の革命」をもたらしている、と喧伝する向きもある。1950年代半ばの電気冷蔵庫、洗濯機、掃除機という「三種の神器」、1960年代のカラーテレビ、クーラー、カー(乗用車)の「3C 」は国民の生活を大きく変えたが、今、”新三種の神器”と目されているのは、薄型テレビ、DVDレコーダ、デジカメという”ディジタル家電”であり、あるいはIHクッキングヒーター、食器洗い乾燥機、生ゴミ処理機(これに替えて洗濯乾燥機を挙げる人もいる)という台所の家電製品だ。
これらの台所”新・三種の神器”にはちょっとした共通点がある。生活必需品とはなり難いが、メーカーの謳う「地球環境を配慮したライフスタイル」を演出してくれる品である点。そして、台所にモノが増えるのが好まれないことに配慮して、ビルトイン(調理台や流し台に予め組み込む)タイプでの普及が狙われている点だ。収納型のいわば”見えない家電”にするために、電機メーカーは商品の開発・普及を住宅メーカーと連携で進めていくことになる。「オール電化」を推進する背景の一つがここにある。
実際IHクッキングヒーターの普及台数は最近かなりの伸びを示している。不思議なことに経済産業省の統計でも、日本全体での最近の普及台数を確認することができなかったのだが、種々のメーカーのホームページなどに散在しているデータをつなぎ合わせると、次のようになる。
・IHクッキングヒーターが商品化されたのは1971年。
・1990年~2000年の日本全体での生産台数の推移は表のとおり。
・2003年度には、国内での販売台数が59万台。2004年には62万台。2005年には76万台の販売台数が見込まれている。(松下電器のホームページなどより)
普及に関して付言すると、じつはあまり注目されていないのだが、IH(電磁誘導による発熱)を用いたIHジャー炊飯器の普及は著しくて、松下電器一社の製品ですでに2003年に累積生産台数は1000万台を超えている。
こうした中で、私たちが電磁調理器やIHジャー炊飯器について見落としてはならないことは、主に2点あるだろう。
第一は、「オール電化」住宅やIHは、エネルギーの使い方からみて、本当に適切だと言えるのだろうか、という点だ。メーカーが盛んに宣伝する「ガス併用よりも安くすむ」のは本当なのか? 家庭内のすべてのエネルギーを電気でまかなうことはエネルギーの過剰消費につながりはしないか? 火を使わない調理を”安心でクリーン”とみなすことに大きな問題が潜んではいないか? 等々、ひとたびメーカーの宣伝文句の根拠を問うてみるなら、家庭内でのエネルギー使用の適切なあり方を私たち自身で具体的なデータをもとに探っていくことが必要だとわかるだろう。
第二は、電磁波被曝のリスクの問題だ。IHが数ある家電製品の中で最強の電磁波を発生するものであることはかなりよく知られている。IHは、電流をコイルに流すことで磁力線を発生させ、その磁力線の変動と同調して鍋の金属に渦電流が発生するしくみ(電磁誘導)を用いて発熱させている。通常の電熱器が「電流→熱」であるのに対して、IHは「電流→磁気→電流→熱」であるわけだから、強い加熱のためには強い磁気がどうしても必要になる。市民科学研究室の「電磁波プロジェクト」が現在すすめている精密な計測でも、通常の調理で身体が被曝するであろう位置において、数十mG(ミリガウス)から高いものでは300mG(=数μT(マイクロテスラ)~30μT)を超えるほどの値を得ている。家電メーカーや電力会社は、「IHからの電磁波の強さは国際非電離放射線防護委員会(ICNIRP)のガイドラインを下回っているので健康に影響を与えることはない」と”安全”のお墨付きを与えるのみで、近年いろいろな動物実験や疫学調査で示されてきている低周波磁場(家電製品から出る電磁波は50Hz(ヘルツ)もしくは60Hzの超低周波磁場が大半)のリスクを適正に考慮しようとはしない。しかしたとえば、「高圧線から4mG以上の磁場を被曝する環境で小児白血病の発症率が2倍ほど高くなる」という国際的に共通の認識になりつつあるリスクの知見に照らしてみるなら、高圧線からの磁場を1日24時間被曝4mGで被曝する場合の被曝量を「4×24=96」で計量できると仮定すると、この被曝量に相当するのが、IHを用いて一日1時間調理するとしてのIHからの磁場の強さが96mGとなるわけだから(96=1×96)、現実問題として通常のIHの使用において何らかの健康リスクを生じかねないとみなすのが、まっとうな判断だと言うべきだろう(この推測では、IHでは高圧線からの電磁波と同じ周波数の電磁波、すなわち50Hzもしくは60Hzの電磁波が96mGだけ寄与していると単純にみなしている:注)。ことに妊婦が使用する場合は、胎児の電磁波感受性を考えるなら、とりわけそのリスクには真剣な配慮が必要だろうと思われる。
私たちは以上の2点について、現在なしえる最高の精度の計測と信頼度の高い文献を用いて、今の時点での最も適正な判断を導こうと考えている。

注:IHから出る電磁波は、商用周波数である50Hz または60Hzの成分が一番強いのだが、それだけではなく高調波が発生する。高調波とは基本波(一般には商用周波数50Hzまたは60Hz)の整数倍の周波数を持つものと定義される。インバータなどの機器から発生する高調波が近隣の機器設備に影響を及ぼし、障害の発生が問題視されている。IHは、インバータを用いて家庭用の交流電流をいったん直流に交換し、その後電流(交流)に変換しているため、この高調波が少なからず発生する。それらは10kHz(キロヘルツ)あたりから100kHzあたりの周波数の磁場に相当し、じつは今までの家電製品ではあまり見られなかった周波数での磁場である。この周波数帯に着目してなされた動物実験や健康影響の研究そのものが大変少ない。IHの電磁波リスクを考える際に最も注目しなければならない点の一つである。
●電磁調理器計測に関するアドバイス――ノヴァ研究所
欧州の取材では最終日に訪れたのがノヴァ研究所(nova-Institute)だが、そこで教えられたことを先にとりあげる。
ケルンにあるノヴァ研究所が取り組むテーマは3つ。一つは電磁波、さらに過疎地域援助(EUから資金援助を受けて、旧東ドイツの産業不振地域などを対象に)、そして代替原料(ディーゼル→菜種油、木綿→麻などエコロジカルな原料の推奨・普及)である。専属スタッフ20人、うち電磁波チームは4人でそのうちの2人が電磁波問題専属である(インタビューに応じてくれたのがこのお二人)。
電磁波問題での彼らの活動の例を挙げると、
・携帯基地局電磁波の計測・分析に基づく、自治体への建設プラン提供
アッテンドルンという村からの依頼によって携帯基地局建設プラン(どこにどう建てれば電話使用を可能にしながら電磁波を一番弱くすることができるか)を作成した。環境中の電磁波強度に関しては、ICNIRP(国際非電離放射線防護委員会)の現在の基準値は高すぎるので、健康影響に関する様々な研究をレビューしながら、独自の「推奨する規制値」を提供している。携帯基地局に関しては、ザルツブルク市で以前に実施されていた基準値0.1μw/cm2 を推奨しているが、それが難しい場合でもスイスの現在の基準値1.0μw/cm2を守るように勧告している。
・ブレーメン大学のワイヤレスLANの計測
・図書館などの盗難防止装置の電磁波計測
・電磁波問題に関する情報提供
携帯端末につては、SAR値(エネルギーの体の組織に特異的な吸収率)については、ドイツ国内の基準値は1.0w/kg(日本は2.0 w/kg)
政府が推奨する値(”青い天使マーク”つきの携帯電話)は0.6 w/kg、TCO(スウェーデン)の基準値は0.8 w/kg、だが、ノヴァ研究所は0.2 w/kgを勧めている。技術的にはこの範囲に抑えることが可能であるから、現在のように高いSAR基準値を設定する必要はないと考えている。
・コードレス電話からの電磁波の計測
基地局よりずっと強い電磁波を出しており、しかも24時間常時電波を出している(DECシステム)ので、電磁波被曝を少なくするように適切な場所に設置することをすすめている。
雑誌 『Elektrosmog』(毎月4ページ)を発行しており、その中で注目すべき最新の電磁波健康影響研究を要約して紹介し、自身の取り組みの進展状況を簡潔に報告している。市民科学研究室でもこの雑誌を講読していて、近々毎号の大まかな中身を私たちのウェッブサイトで紹介していく予定である。
電磁調理器については、彼らは2002年にすでに自身で計測したデータをもとに報告をまとめている(◆別枠にその概要を記した)。その経験に基づいて、今回私が示した市民科学研究室の計測計画(被曝リスクを推測する上で必要になる曝露量を推定するための「被曝モデル」作りを含む)を示し、検討していただいた。
お二人にからは次のような具体的アドバイスをいただいた。
①発生する高調波をオシロスコープで確認すること
従来の低周波電磁波の計測器では1Hzから30kHz までしか拾えなかったが、最新のものでは400kHzまでの周波数帯域に対応している(narda社製のELT-400という計測器)。これを用いて、オシロスコープをそれにつなぎ、周波数ごとの磁場の強さを特定すること。これを行ってはじめて、IHに特異的な電磁波の様相が把握できる。
②どの計測においても標準として用いる鍋を決め、その際に鍋は「大」「小」2種類を用意すること
これは、IHにおいては、小さい鍋を用いた場合にプレート上に鍋に覆われない空間(鍋の近傍の空間)ができるが、そこでの電磁波漏洩の様子を把握する必要があり、おそらくそのあたりでの最大の磁場を被曝することになると考えられるからである。
③「強度×時間」を曝露量を計量する一つの指標とすること
ノヴァ研究所は、歯科医院での調査を行った際、磁場の強度を測ったデータに「時間」のファクターを入れて曝露量の計量を行い、その値をもとにリスク評価を行った。これはIHの場合のリスク評価に生かせるはずである。
④高調波成分のリスク評価をどう行うかが研究の難所となるだろう
50Hzより大きい周波数(10kHz~100kHzあたりの低周波)での磁場の生物影響や人体の健康影響を探った研究はそれほど多くないはず。リスク評価のための判断基準をどうするかが問題になるだろう。
以上の点をも考慮しながら、現在私たちは数件のご家庭を訪問してIHクッキングヒーターの計測を続けてきた。その計測値に、私たちが考案しつつある「被曝モデル」を適用して行うリスク評価は、10月あたりにまとめる報告書で扱うことになる。『市民科学』誌上でも近々その要点をお伝えすることになるだろう。
「被曝モデル」作りやリスク評価に関して、訪問先のスイスとオランダの機関からいくつか重要な情報と示唆を得た。次回はそれについて述べてみる。 【つづく】
電磁調理器から出る交流磁場
◆Elektrosmogreport 2002年4月号の報告より(計測方法や計測値の解析部分は省略/翻訳協力:永瀬ライマー佳子)
メーカーによれば、電磁調理器は従来の調理器より優れているという。ノヴァ研究所が測定したところ、発生する磁場はこれまでの電気コンロからの磁場と大きな違いはない。ただし、電磁調理器の周波数は従来の調理器の1000倍高く、そのため撒き散らされた磁場から体内に誘導電流が発生する。科学的にも不確かであることから、ノヴァ研究所は電磁調理器を導入することを推薦しない。
ノヴァ研究所による測定
従来の電気コンロから出る磁場は50Hzだが、電磁調理器から出る交流磁場は20kHzから50kHzに及ぶ。これまでの健康に関する調査は、主に50Hzについて行なわれてきているので、電磁調理器からの交流磁場が健康にどう影響するか判断するのは難しい。50Hzに関しても、ドイツの法的規制値(100μT)とノヴァ研究所の勧告値(0.2μT)はかなり違う。磁場の生体効果が周波数によってどのように異なるか、評価する必要がある。
周波数によって生体影響はどのように変化するか
ドイツの法的規制(連邦流入物規制法第26条)では、交流磁場によって生じる誘導電流密度によって生体効果がおきるとしている。誘導電流密度は、周波数の上昇に比例して大きくなり、かつ磁場の強さに比例して大きくなる、と仮定されている。
しかし周波数800Hzから150kHzでは、基準値は一律に6.25μTとされている。この基準は、すぐに知覚できる現象に基づいている(つまり長期の効果は考慮されていない)。
ノヴァ研究所による予防措置のすすめ
ドイツの法的規制の仮定、つまり800Hz以上では生体効果は大きくならないという仮定が正しいかどうかは、科学的には未解明である。例えば長期的な影響があるかもしれない。従って、800Hz以下で考えられているような生体影響と磁場の比例関係を、800Hz以上にもあてはめて考えるべきではないか。
測定結果の評価
電磁調理器の放射する磁場は、法的規制を下回る。連邦放射線防護局は次のようにコメントしている:「電磁調理器からの磁場は、規制値を大きく下回っている。注意が必要なのは、ペースメーカー装着者で、医師に相談すべきだ」 これに対して電磁調理器からの磁場は、ノヴァ研究所の勧告値を上回っている。
ノヴァ研究所の勧告値は、24時間連続照射を受けた場合を考慮している。したがって、短時間の曝露であれば、ノヴァ研究所の勧告値を上回ったとしても、その人が他に多くの磁場の曝露を受けていないかぎり、電磁調理器を利用しても大丈夫だろう。
ノヴァ研究所は、目下科学的に解明できていないリスクがあると考えている。したがって電磁調理器の導入はお勧めしない。少なくとも、子供と妊婦の使用は避けるべきだ。

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